さぁ飯でもいこうか
「馬鹿者!」
ヤズデギルドがギレアドを叱責し、コクバに駆け寄った。
「コクバ殿、大事ありませんか?」
コクバはよろめきながら立ち上がった。
滝のように鼻血を出しながら、ヤズデギルドを指さす。
「殿下、わたしにとって、いや、帝国市民にとって重要なのは、法です。法こそが、この限りなく厳しい世界を生き抜くための道標なのです。
たしかにあなたは大したお方だ。一回の遠征で反応炉を四機も持ち帰られた。あなたの軍団は当代最強でしょう。しかし、どんな強さも法を破るなら、単なる暴力に過ぎませんよ。
わたしは暴力が法を支配するような真似は決して認めません」
ギレアドが拳を握った。
「あんた、殿下を侮辱する気か?」
コクバが、「ひい!」と悲鳴をあげて駆け出した。
母艦の脇に停めていた三輪の自転車のようなものに乗り込み、大慌てで道を下に向かって走らせる。
ギレアドが鼻で笑った。
「暴力は認めないとかいっておきながら、尻尾を巻くのが早いね」
ヤズデギルドが額に手を当てた。
「この大馬鹿者。コクバ殿はたしかに妹を支持しているが、法にのっとってわたしが権力を握るなら、決して敵とはならなかったはずだ」
ギレアドが片膝をついた。
「すみません。あいつが殿下の御心をあまりにも分かっていませんでしたので、つい。リガちゃんだって、ヴァミシュラーを優先して再生して欲しいのを堪えてるってのに。なあ」
「え? それは、まあ。その、はい」
リガは反射的に頷いた。
ぼくが乗ったキャタピラ車が坂道を登り続け、ようやく彼女の視界に入ったところだった。
ヤズデギルドが治療中の市民たちを見回す。
「わたしも巨人乗りだ。自身の片割れが傷ついたお前たちの気持ちはよくわかる。ギレアドのアルダトは、最後まで母艦を押しとどめようとして右腕を全損。リガのヴァミシュラーはわたしを救ったがために崖から落ちた。だが、〝彼ら〟の治療はしばし待ってくれ。再生に緊急を要する機体はないと聞いている。なら、市民を優先したいのだ」
ヤズデギルドの表情には民への慈愛が表れていた。
「もちろんですよ」と、ギレアドが笑顔で頷く。
「それは、はい」
リガの返事は若干キレが悪かった。
そもそも、さきほどからヤズデギルドをまっすぐに見ていない。リガのなかで、リガ自身も言葉にできない感情が膨れ上がっているのだ。
ヤズデギルドが気まずそうに横目でリガを見た。
「そう怒るな」
「いえ、怒ってなど」
「お前にとってヴァミシュラーが特別な巨人だということはよくわかっている。再生液の製造が追いつき次第、修復にかからせる」
ギレアドがリガの肩を抱いた。
「リガちゃん、殿下がこうまでおっしゃってるんだ。な。そうだ! ちょっと早いが飯でも喰おうか! 殿下、リガちゃんをお借りしますよ」
「ああ、頼む。おっと、わたしの目の届く範囲でな。どうも最近、お前がリガを狙っているという噂を聞くのでな」
「ははは、まさか。殿下、俺の好みはもっと成熟した女ですよ。では!」
ギレアドがリガの背をぐいぐい押して、炊き出しの方へ向かった。
ヤズデギルドから十分に離れたところで、小声でいう。
「リガちゃん、マズイよ。殿下を殺したいという気持ちが、ずっと顔に出てた。連れ出す機を作れてよかった。あのまま殿下の隣にいたら、絶対に何か不審に思わせていたよ」
「さっきのはーー」リガが言葉に詰まった。
ギレアドがいう。
「わかるよ。殿下に命を救われちまったんだってな。そりゃ、苛立つのも無理ないさ。でも、殺しの基本は心を表に出さないことだ」
「自分で落としておきながら、素知らぬ顔をしているようにですか?」
ギレアドが微笑んだ。
「それは勘違いだ。殿下もいったろう? 俺は巨人の筋肉が断裂するほどまで耐えたんだ。だいいち、落下の衝撃で、母艦の反応炉が暴走する可能性もあったんだ。爆発は〝上〟に抜けるとはいえ、数万人は死んだろう。いくらなんでも、そこまではできないさ」
「そこまで? なら、数百人ならよいのですか?」
「リガちゃん、今回のは不幸な事故さ」
「わたしも死にかけました」
「だから、本当に事故なんだって」




