巨人激突
「おお!」先生が大慌てでコクピットに引っ込んだ。
視界の中で、世界が完全に逆さまになる。
頭の上にすり鉢の底、足元に崖から突き出して止まっている母艦が見える。
その母艦がどんどん小さくなる。
ぼくの肉体が恐ろしい速度で落下しているのだ。
恐怖が湧き上がる。
奇妙なことに、ぼくはデジャヴを感じていた。
以前にも、こうやって仰向けに落ちたことがある、そんな気がした。
〝ヴァミシュラーさん!〟と、リガの思念。
彼女の視覚のおかげで、何が起きているのかがよくわかる。
ぼくは頭から真っ逆さまに落ちていた。
真下には突き出た尖塔。
後頭部に衝撃を感じた。
ぼくの頭部装甲が尖塔の先を突き崩したのだ。
尖塔はレンガ作りだった。リガの視界の中、細かなレンガが四方八方に飛び散るのが見える。
ぼくの身体がくるりと前方向に回り、凄まじい速さで屋敷の母屋に叩きつけられた。
母屋の屋根が人型に凹み、ぼくは一挙にめり込んだ。
ミルフィーユが潰れるように、複層構造の母屋の各階が潰れ、クリームならぬ建物の中身が外に飛び出す。蒸気パイプが破れ、もくもくと水蒸気が立ち上る。
屋敷の中、ぼくは仰向けになって、真上を見つめていた。
〝ヴァミシュラーさん!〟リガの思念が繰り返す。
ぼくは生きている。
信じられない。
百メートル近くも落ちたというのに。
いや、ぼくの身長そのものは十数メートルあるのだから、ふつうの人間の縮尺でいえば、鎧兜を着たうえで、三階建てマンションのベランダから落ち、下に停めてあった自動車の屋根に激突したようなものか。
脇腹がじわじわと痛みはじめた。内臓破裂ほどではないと思うが、骨が何本か逝ったのは間違いない。
リガが〝ヴァミシュラーさん!〟と繰り返す。
〝大丈夫だ〟
ぼくは身を起こそうとしたが、いつものように、身体はぴくりとも動かなかった。
頭上では、崖から突き出していた母艦が、ずるずると後退していく。周りの巨人たちが道路に引き込んでいるようだ。
崖上から、母艦の装甲の小さなカケラがゆっくりと落ちてきて、コクピットの装甲に当たった。
しばらくすると、コクピットが開いた。
が、誰も出てこない。
なかから「誰かいないか?」とか細い声が響いた。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
〝先生〟は腰の骨を折る重傷だった。
とはいえ、衝撃を吸収するパイロットスーツなしだったのだから、骨折で済んでラッキーというべきだろう。
先生は、救助隊の巨人の掌で掬い上げられながら、「こいつの再生にはコツがいる。配分表は俺の船室の右の引き出しの中だ!」と誰かに向かって叫んでいた。
ぼくが瓦礫から引っ張り出されたのは、先生が救助されてからさらに一時間ほどしてからだった。
二機の巨人が、ぼくが屋根に開けた大穴を広げて、建物の中に入り込み、ぼくを運び出した。
ぼくは母艦の十分の一ほどのサイズのキャタピラ車に横たえられ、渦巻き道を〝穴〟の上へと向かった。
ぼくの乗った輸送車以外にも、たくさんの車が上へ上へと向かっていた。どの車も怪我人を満載していた。荷台に、包帯を巻いた人々が横たわり、医者たちが必死で治療している。
ぼくの見ている前で、腹部が血まみれになった少女が息絶え、妹と思しき小さな女の子が悲鳴をあげて縋りついた。
ぼくの心のなかに哀しみが広がる。
ぼくの目を通してリガもこの光景を目撃していた。
彼女の心は暗く沈んでいる。
ぼくが瓦礫の山に閉じ込められている間、彼女は同じような場面を、自身の目で見続けていたのだ。
いま、リガがいるのは母艦の前に作られた仮設の救護所だった。崖の間際から引き戻された母艦は、巨人たちの手で道を進み、道の途中に作られた大きめの待避所に停められた。
ヤズデギルドの指示により、母艦内で生き残った全兵士総出で、艦外に人間用の再生槽が用意された。作りは実に簡単で、巨人が道に穴を開け、そこにビニール系統の素材で作られたシートを被せ、急造された再生液を流し込むだけだ。
重傷者は兵士、民間人の区別なく、再生液の風呂に放り込まれた。
再生液による治療は寿命を縮めるが、そんなことをいっている場合ではない。怪我人は何百人といるし、医者が〝穴〟の各所から集まってくるのを待っていては、手遅れになりかねないからだ。
ここまで運ばれたものの、命が尽きた者は、道の端に横たえられた。遺族が「再生液に浸けてください!」と懇願するが、母艦の医者や整備士たちは拒否した。再生液には限りがある。奇跡を願って死んだ人間に使うことなどできない。
ヤズデギルドは救護所を歩き回っては陣頭指揮を取り続け、リガはヤズデギルドの命令で〝護衛〟としてその後ろについていた。
あらかたの救護活動が落ち着き、ヤズデギルドが、整備士たちと、再生液の残量について相談しているときだった。薄いトーガのようなものを羽織った背の低い男が、彼女を呼び止めた。
「ご健勝なによりですな、殿下」
男の肌は妙に白く、たるんでいるのに艶があり、それでいて顔には深いしわがあった。年寄りなのか子供なのか、よくわからない。
ヤズデギルドが顔をしかめる。
「クナエ・コクバ評議員。久しぶりだな。だが、いまは旧交をあたためているときではない」
「もちろんですとも。わたしは評議会からの伝言をお持ちしたまでです」
「伝言?」
「はい。殿下はいま大変貴重な再生液を、ただの市民の治療に浪費しております。いますぐ、治療行為を中止し、救護所を畳んでください」