転生してラブホになりました
ぼくは敵の巨人と相対していた。
敵はずいぶんと太った体型をしており、装甲も分厚い。得物は両の手に握った二本の斧だ。
吹き付ける吹雪の中、背中に生えたパイプのようなものから、蒸気を吹き上げる。
敵の足元には、右足を切断された味方の巨人が横たわっている。
その巨人内から、ドストエフの部下が通信をよこした。
「隊長! 気をつけてください! こいつ、ただの盗賊じゃありませんよ!」
電波状態が悪いのか、コクピットモニターに中継される映像は乱れ、彼の顔はぼやけている。
かなり奇妙な感覚だ。ぼくは生身の目で倒れた巨人を捉えながら、ドストエフの視覚を通してモニターを見ている。
ドストエフが、ぼくの操縦席で頷いた。
「どこかの大都市が抱えていた特別機だな。パワー、スピード、耐久力、申し分ない」
彼は盾を捨てると、剣を青眼に構えた。
敵が雪煙を立ててつっこんでくる。
あの巨体のぶちかましをまともに受け止めれば、ひとたまりもない。
ドストエフもわかっていた。彼はぼくの両足に力を込めた。高く舞い上がり、相手を飛び越え、背後から斬りつけようというのだ。
ところが、とびあがる直前、左足の力が抜けた。
筋肉の一部が突然断裂したのだ。
苦痛に、ぼくは心中で叫んだ。
敵はもう目と鼻の先だ。
ドストエフは毒づくと、無事な方の足を使い、そのままゴロリと前方に転がった。這うように雪原を進み、敵とのすれ違いざまに、その足を切り捨てた。
敵が雪原に倒れ込む。
ドストエフは剣を捨て、腰から短剣を抜くと敵に踊りかかった。
彼の得意である。超至近距離の格闘戦で、これまでに何機も仕留めているのだ。
果たして、彼は今回もコクピットを貫いて勝利した。
ぼくはまた直接的に人間を殺すハメになった。
部下が「うおおお!さすが隊長!」と叫ぶ。
割り込み通信が入った。
ドストエフがボタンを押して切り替える。
禿頭の市長がモニターに現れ、「隊長、君はすばらしいよ!」と告げた。首元で太陽の形をした金色の首飾りがゆれる。どうやら、これが市長の証らしい。
「どういたしまして。しかし、この巨人はまだ肉にしないでいただけますか?」
「なぜだ? 倒した巨人の肉を食べるのは、慣わしだろう?」
「味方の損耗率があがっているのです。いつもと逆で、まずパーツ取りに使います。もちろん余った肉はまわしますが、こいつを使わないと持ち堪えられませんよ」
「お、おお。そういう理屈ならまったくかまわんよ」
「それと、新しい操縦者の選抜を急いでください。ここの樽、反応炉は規模がでかい。盗賊連中から狙われやすいんです。東西南北の整備庫に3機ずつの配置ではじき抜かれます。一機でも通せば、百人規模で死人がでますからね」
「そいつは、わかっとるんだが、なかなか適性者が見つからなくてね」
「五千人からの人間がいるんです。適性者は必ずいます」
「わ、わかったよ、隊長」
「それと、商人どもに熱金をわたして帝国の動向を探ってください」
「ああ。そうする」市長がまるで思い出したように付け加えた。「そういえば、うちの娘はどうだね? 君のところで整備士を始めたと聞いとるが」
ドストエフは満面の笑みを浮かべた。
「お嬢さんはすばらしい腕をお持ちです。わたしが鍛えていけば、超一流の整備士になれるでしょう」
「それはよかった! よろしく頼むよ隊長」
「お任せください、市長」
ドストエフは通信を落とすと、笑みを貼りつけたまま
「貴様のバカ娘の整備不良で死にかけたんだぞ、まぬけ。怪我が怖いなら整備士になどなるな」と毒づいた。
彼はぼくを操ると、さきほど倒した巨人の足首を掴み、ずるずると城内に引っ張らせた。途中、また左足がこむらがえりを起こした。
もこもこの毛皮を着た子供たちと、犬のような生き物がぼくの足元を駆け回る。
大通りにさしかかると、市民たちが建物の小ぶりな窓から顔を出し、「隊長!」「あの方がまたやってくれた!」「防衛隊万歳!」と声をかける。
ぼくは彼の意思通りにハンガーに敵巨人を運び込み、空の再生槽に横たえた。それから、自分の再生槽に腰からつかり、懸案の左足の装甲を両手ではずした。
ドストエフがコクピットハッチを開けて胸部装甲に立つ。ドストエフとぼくとのつながりが絶たれ、ぼくは彼の視覚や聴覚を共有できなくなった。
ドストエフが作業用通路に降りたつ。
市長の娘が彼に抱きついた。
「隊長、お疲れ様でした!」
「もったいないお言葉です。お嬢様の見事な整備のおかげで、ヴァミシュラーは今日も見事に働いてくれました。そうそう、左足についてなのですが、一度筋肉のーー」
ドストエフが最後まで言い終わる前に、市長の娘が彼に口付けをした。
ハンガーのほかの作業員たちが、ドストエフたちに興味深げに首を伸ばす。市長の娘が入って以降、整備士たちを補助する人間が大幅に増えた。ドストエフは少数精鋭主義だったが、〝おじょうさま〟の提案は受けざるを得なかったらしい。
ドシンドシンと振動が伝わってきた。
作業員が「来るぞ!準備だ!」と声を上げる。
ハンガーの扉が押しあけられ、二機の巨人が入ってきた。
一機が、足を切断されたもう片方に肩を貸している。
切断された機体を担当している小太りの整備士が天を仰いだ。
作業員たちは、大怪我をした巨人の修復にかかりきりになった。
ドストエフと市長の娘はまだ接吻している。
ドストエフはまずいと思ったのだろう。
「操縦席を見ていただけますか?」といって、市長の娘をぼくのコクピットに入れた。
ぼくとドストエフの接続が回復した。
彼はハッチを半ば閉めると、
「おじょうさま。わたくしもあなたのことは大切に思っておりますが、ここは責任のあるーー」
と、さとし始めた。
しかし、市長の娘は耳に入らないのか情熱的な接吻を続け、おまけに毛皮の防寒着を脱ぎ、タートルネックのセーターをも脱いで、その下の肌にぴたりと張り付いた人工繊維の衣服、さらに肌着もコクピット内に放り出した。
大きく、形の良い胸があらわになる。
二つの乳房の間には、黒い樽のようなものを図案化した刺青が入っていた。
ドストエフはため息をつくと、ハッチを完全に閉めた。