すり鉢都市
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
船首付近の手すりに群がっていた兵士たちは、ヤズデギルドに気づくと、さっとスペースを開けた。
ヤズデギルドがリガの手を引き、二人は並んで手すりに掴まった。
母艦の前には穴があった。
直径は五十メートルほど。完全な水平で、形状は真円。そこに向かって雪原に作られた道が降っている。
穴の縁は驚くほど薄い。雪が数センチ乗っている分を差し引けば、ほとんど厚みがないように見える。
よく見れば、雪原のそこかしこに、同じような黒い穴があり、それらからは周辺都市へ熱を運ぶパイプラインが突き出している。
穴同士は、大きな円を描いていた。リガの視覚なので正確性には欠けるが、直径十キロから十五キロほどか。
前方の穴に近づくに連れ、両脇の雪原がせりあがっていく。まるで富山県の雪の大谷だ。やがて、母艦の甲板の高さが、雪原の高さにまで下がり、お祭り騒ぎをする大勢の人々がよく見えるようになった。
みな、この極寒の世界ではみたこともないほどの薄着だ。なかには〝半袖〟シャツ一枚きりの男もいた。この世界に、半袖なんてものが存在したとは!
人々の数は、五千人ほどか。彼らは「万歳!」と叫びながら、母艦に向かって手を振っている。甲板の上の兵士たちも嬉しそうに応える。
リガが「ものすごい数」と、つぶやいた。
隣のヤズデギルドが笑った。
「まあ、全員がわたしたちを出迎えに出てきたわけではないがな。太陽の光を長期間浴びないでいると、体が弱くなる。だから、帝都の民は、こんなあたたかな日には、必ず日光浴をするんだ。そのついでに、遠征隊を労おうと考えたものも多いだろう」
母艦が、穴の中にゆっくりと入っていく。
「帝都は地下にあるのですか?」
「地下とは少し違うな。帝都は〝大穴〟の中にあるのだ」
リガたちから穴の天井までの高さは数メートルしかなかったので、天井の材質がよく見えた。岩ではない。布だ。見るからに丈夫そうな布でできている。
「リガ、違う。下だ。下を見ろ!」と、ヤズデギルドがはしゃいだ調子でいった。
リガの目線が、天井から下方へと動く。
目の前に現れた光景に、彼女もぼくも、言葉が出なかった。
帝都は、とてつもなく巨大な穴のなかに作られた都市だった。ダイヤモンドの露天掘り鉱山のように、巨大なすり鉢様に地面が抉られている。
深さは、少なく見ても二千メートル以上。すり鉢の壁面には、バネの様な模様が何本も走っている。道だ。母艦がいま進んでいる様な道が、渦を描きながら底に向かっているのだ。
壁面全体には、家々が張り付いていた。
すり鉢の上の方は、物置に毛が生えたような小さな家が身を寄せ合い、底に近づくに従って、一軒一軒のサイズが大きくなり、集合住宅があらわれ、王侯貴族が住むような豪奢な屋敷が登場する。
人口はどれだけいるのか。百万人? 二百万人? 見当もつかない。
穴の底は、モヤがかかっていてよく見えないが、どうやら、湯の湖があるらしい。




