表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/172

貴族になろうよ

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


ぼくの傷は再生液のおかげで、翌々日にはかなり回復したが、リガはそうもいかなかった。彼女の傷は身体の内側から生じたため、医師にできる手当も、温湿布くらいだった。


そういうわけで、彼女はベッドに横たわり、窓を流れていく景色を眺めるほかなかった。


外は、かわり映えのない雪景色が続いていたが、一日に一つのペースで〝都市〟が現れた。どの都市も大小の差はあれ、最初に見た帝国圏の都市と同じように、城壁に囲まれ、蒸気を吹き出し、パイプラインのようなものが母艦の進行方向に伸びている。


リガが、見舞いに来たヤズデギルドに尋ねたところ、帝都から伸びる蒸気管だということだった。


ギレアドは、ヤズデギルドが何かいったのか、密約の日以降、現れなかった。


母艦が進むにつれ、都市が現れる頻度は半日に一つになり、やがて一時間に一つになった。


このころになると、都市の大きさはエスドラエロンの数倍にまでなっていた。交易用と思しき大型雪上艦と、橇を引いた商人たちが、ひっきりなしに城門を通過し、白い装甲の帝国の巨人たちが、門の横で神像のように構えている。


都市の人々は母艦に気がつくと、城壁の上や外に出てきて手を振った。中央の塔から蒸気を高く噴き上げたり、ホーンを盛大に鳴らす都市もあった。


ある都市の前を通ったときなどは、あらかじめ全住民と巨人たちが、母艦の進路のそばに並び、〝ヤズデギルド陛下万歳!〟と書かれた横断幕を掲げていた。


ちょうど病室には、ヤズデギルドと老将のヘブロンが見舞いに訪れていた。


ヤズデギルドは窓を開き、身を乗り出しながら、都市住民に手を振って応えた。


走行音以上の大歓声が響く。


リガはヘブロンにいった。

「すごい人気ですね」


ヘブロンが頷く。

「殿下は常に民のために戦い続けておるからな。みなそのことを知っておるのよ。


帝国は年々、寒冷化が進んでいる。


何年か前には、皇帝陛下はじめ、主だった皇族が熱を帝都に集中させようとした。だが、それは周辺都市に送っていた熱供給を断つことであり、そこに住むもの全員を見捨てるということだ。


唯一、殿下だけが反対なされた。すべての帝国市民が生き延びる道を探すべきじゃとな。


皇帝陛下は、もし周辺の民を救いたいのなら、敵対する国々から〝反応炉〟を奪い取ってこいと命ぜられた。


難しい話じゃ。反応炉を持っとる国は強いからの。だが、殿下とワシらは、わずか四十日で〝流浪の王国〟を攻め落とした。


皇帝陛下は、自らが成したことだと触れ回ったが、市民は、本当は誰が救ってくれたのかはわかっておる」


外で、ヤズデギルド万歳!と、大合唱が響いた。


ヘブロンが白い髭をなでた。

「その後、寒さは厳しさを増し、さらなる反応炉が必要になった。


周辺都市の民は、前回のことから、いざとなれば皇帝は自分たちを見捨てると悟っておった。互いに連携をとり、帝都に攻め登るような動きさえ見せた。


皇帝陛下はあわてて彼らに伝達した。主要な皇族と彼らが抱える軍団に大遠征をさせて、反応炉を奪ってくるとな。さらに、もっとも功のあった皇族に継承権第一位を与えると。


反乱の機運は収まった。これはもう、ヤズデギルド殿下を次期皇帝に指定するに等しいからの。


みな、殿下を信じておったのよ。殿下ならば、必ずや敵を打ち倒し、反応炉を手にしてくれるとな。


そして今、殿下は旅を終えて戻って来たのだ」


「それは、めでたい、ですね」

リガが平坦な声でいった。帝国民のために犠牲になったのは、彼女の姉、友達、故郷なのだ。


母艦は進み続け、大歓声は遠のいた。


ヤズデギルドが窓から顔を引っ込めていう。

「リガ、そうめでたい話でもないのだ。もっともつらく、困難な戦いはこれからだからな」


ヘブロンが顔をしかめた。


リガがいう。

「暗殺、ですか?」


「そうだ」と、ヤズデギルド。「兄弟たちはこれまで以上にわたしの命を狙おうとするだろう。家族同士が血で血を洗う争いを繰り広げることになる」


つまり、ギレアドは、ヤズデギルドの兄弟の誰かに従っているのだろう。


ヤズデギルドがリガの肩を叩いた。

「我が軍団は精強だが、先日の暗殺者の件もあったように、心から信じられるものは少ない。そんななかで、リガ、お前という存在を得たことは何よりの救いだ。お前は、わたしの兄弟たちに接触したはずがないからな。ヘブロン、ギレアドとともに、引き続きわたしを支えてくれ」


ヤズデギルドの瞳がリガをまっすぐに捉えている。


「わたしはただの蛮族ですよ」と、リガ。


ヤズデギルドが首を横に振る。


「お前は誰よりも心の綺麗な娘だ。お前が近くにいてくれるだけで、わたしがどれほど救われているか」


「しかし、たしかに、蛮族というのはいただけませんな」ヘブロンがいう。「殿下は、帝都に戻り次第、リガを軍学校に入れるおつもりなのでしょう? あそこは入学者の家格を重んじますからな」


「お主のいうとおりだ。誰か適当な貴族の養子にでもするか」


「ご冗談でしょう?」と、リガ。


ヤズデギルドが真顔でいう。

「いや、リガ、これはいい考えだぞ。貴族の娘となれば、お前は兵役なしに、即、帝国市民となれる。まあ、わたしがお前に課したことの〝償い〟としては、まだまだ足りないがな」


毒見係をさせたことを、そこまで気に病んでいるのか?


リガが手を振る。

「償いだなんて。わたしは殿下に救われた身です。殿下はわたしに何も負ってなどいません」


ヤズデギルドが小さく微笑んだ。


「もう旅も終わる。そろそろ本音で話さないか?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ヤズデギルド陛下万歳って気が早い都市だなって最初思ったけど、大丈夫?現皇帝への不敬罪とか問われない?
[気になる点] おう?もしかしてバレてた? いやまぁ、リガの話の筋は通ってたけどやっぱり怪しかったしなぁ… [一言] 自国の為に他国を犠牲にする… ヤズデギルドのやってる事は為政者としては何も間違いじ…
[一言] トルメキアと皇族とクシャナ殿下…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ