とびきりの最悪なやつ
アリシャが追い出されたのは午前十時ごろだった。
ーーこの世界はどう考えても地球とは思えないのだが、ハンガーの壁には一から十二までの数字が並んだ丸い時計がかかっていた。もちろん、数字はこの世界の言語で描かれているし、針はなぜか一本しかないが、あの丸い盤の役割はやはり時計以外にはありえないだろうーー。
時計がかかっているのと反対側の壁には、巨人が出入りするための大扉がある。その脇に、人間用の小さな扉があり、アリシャはそこから出ていった。
ぼくは陰鬱な気持ちで、扉を見つめ続けた。
奇跡が起きてアリシャが戻ってくれるのを祈っていたのだ。
ぼくのパイロットであるドストエフは、都市防衛隊の隊長であり、いちばんの腕利きだ。これまでに、ぼくを操って四機もの敵を撃破している。ぼくがこの体に宿る前を含めれば、もっと多いだろう。だが、彼はぼくのダメージを厭わない乗り方をするのだ。
たとえばぼくが腕を吹き飛ばされるが、代わりに敵の首を落とせる局面があるとする。そんなとき、彼は迷わず腕を犠牲にする。合理的ではあるが、ぼくの負担は大きい。
ぼくたち巨人は、再生槽に浸かることで、人間では致命傷といえるような傷でも再生できるものの、溶液には複雑な調整が必要らしく、整備士によって機体の再生率は異なる。ぼくはハンガー内のほかの機体よりも、回復がずっと早かった。アリシャは腕が良かったのだ。
頼むから戻ってきてくれ。ぼくは念じた。彼女なしでドストエフの戦闘に付き合うなど、悪夢以外のなにものでもない。
ぼくの思いが通じたのか、十一時半過ぎ、人間用の扉がゆっくりと開いた。
現れたのはドストエフだ。
驚いたことに、彼は扉をあとに続く人間のために抑えている。これまで、そんなことをしたことは一度もないというのに!
「どうぞ」しかも敬語を使っている。
彼に続いて現れたのは、二十代半ばと思しき女性だった。目鼻立ちのくっきりしたたいへんな美人だ。金色の輝く髪を後頭部でまとめ、動物の革でできた作業つなぎを身につけていた。
「ありがとう隊長」つなぎの美女がいった。「でも、本当にわたしなんかに、あなたの機体をいじらせてもらってよいの? たしかにわたしはサントラの巨人学院で学んできたけど、現場は未経験なのよ」
「市長のご息女に、我がヴァミシュラーを管理していただけるのですよ。たいへん光栄なことです」
市長の娘!?
ドストエフがいった。
「さて、まもなく昼です。いかがでしょう。この機体の特性について、お昼などご一緒しながら説明させていただければと思うのですが。三番塔のカンドランドなどどうでしょう? 最近、味が良くなったと評判なのです」
「本当ですか? 嬉しいですわ」
ぼくの温度検知機能は、二人の深部体温が僅かに上がったのを確認した。
とくに知りたくはなかったが、二人は共に互いに対して多少の興奮を覚えている。
どうやら、ドストエフは、自分の恋人候補を大抜擢したらしい。いや、出世のために利用しているのか。
いずれにせよ、出来レースだったのだ。
アリシャはわずかな咎を理屈に追い出された。
ぼくはドストエフのやり口に怒りを覚えたが、だからといってどうにもできなかった。
もう、この新しい整備士の腕がたつことを期待するほかなかったが、この日以降、ぼくの再生速度は劇的に落ちた。