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007 酔いどれの幹≪ドランクトランク≫

 世界樹に枝の手が生えてジョッキで酒を飲んでいる様子が描かれた看板……この店かな?


 俺はルカが働いている食堂酒場"酔いどれの幹(ドランクトランク)"を見つけた。中から賑やかな声が漏れ聞こえている。


 扉を開けると、ガヤガヤと賑やか――というよりもはや騒がしい声がわっと俺の体に飛び込んできた。


 店内は大盛況だ。ブランチギルドにいたような人々が、所狭しと卓について手に手にジョッキを掲げ、大盛りの料理にかぶりついている。なるほど、ルカがブランチ共に大人気と言っていたのは本当らしい。


 俺が入り口から店内を見回していると、両手に3つずつジョッキを持って卓を忙しく回っていたルカが俺を見つけた。


「あ、イオ! いらっしゃい、あっち座ってー!」


 ルカが指したのは、店の奥の厨房に向かって設けられたカウンター席だ。壁際に2つだけ席が空いている。俺はほとんどくっついた客と客の間をなんとか通り抜け、壁際の席に着いた。


 間もなく、酒を配り終えたルカが隣に座る。


「お疲れー、待ってたよ! ささ、なに食べる? 今日のオススメはねー、森豚の山賊焼! これイオと一緒に今日仕入れたやつ」

「……俺、金持ってないんだけど、ホントに奢ってくれるの?」

「アタシが奢るって言ったら遠慮は無用! ガツガツ食べて、いっぱい稼いで、また食べに来てくれたらいいのさ!」

「じゃ、それ頼もうかな」

「おっけー! オヤジ、森豚ひとつ!」

「あいよ!」


 ルカのオーダーに、厨房で大鍋をかき混ぜる大柄の男が返す。ルカと同じ燃えるような赤毛、あれがルカの父親か。なんだかそこらのブランチよりごついぞ、お玉より斧の方がよっぽど似合う。


「しっかし、あんたホントに着の身着のままで田舎から出てきたのね。金も持たずに来たなんて。そんなんじゃ今日の宿もないんじゃないの」


 言われて気付いたが、その通りだ。どうしよう、野宿でもするか?


「イオさえ良ければ、うちの部屋貸してもいいよ。2階に1部屋空いてんだ、アタシの部屋の隣」

「え!? いいのか、それは助かる!」

「ただし!」

「ただし……?」


 ルカはびしっと人差し指を立てて俺を見つめる。何だ、家賃か? 商売上手なルカのことだ、タダで貸してもらえるとは思わない。


「週に1回、仕入れを手伝って。そしたら、タダで住まわせてあげる。ブランチとして稼げるようになったら、どこか良い部屋探せばいいわ」

「それだけでいいのか!?」

「……何よ、アタシがもっと強欲な条件でも付けると思った? 金はね、ある所からいただくものさ。これもオヤジの言葉ね。言ったろ、稼げるようになったら、うちでいっぱい食べてってよ」

「……ありがとう」

「いいってことさ、これから重い食材はイオに手伝ってもらう日に仕入れることにするから」

「はは、任せてくれ」


「おーいルカちゃん、ソイツとばっか話してないでこっちにも来てくれよ! キツイの一杯ちょーだい!」


 遠くの席から長い槍を持った男が槍をブンブンと振りルカを呼んだ。


「ハイハーイ、(ひが)まないの、男の嫉妬は醜いよー? 今行くねー! ……それじゃイオ、食べ終わったら声かけて。部屋に案内してあげる」

「わかった」


 ルカはそう言うと厨房からグラスを受け取り柄の悪い男の方へ向かっていった。酒屋の髭オヤジの言う通り、ルカはブランチ達に人気なようだ。男女問わずルカに親しげに話しかけ、ルカもまた気を置かず接している。


 程なくして、別のウエイトレスが俺の前に料理を運んできた。大きな木皿に黒胡椒がこれでもかとかかった大きな豚の山賊焼が盛られている。これはでかい、俺の顔と同じくらいあるぞ!? 皿の端には申し訳程度の葉物が添えられている。食器は大きなフォークのみ、これでがっつけってか。


 フォークをぶっ刺してかぶりつくと、よく言えばワイルド、悪く言えば大雑把な味がした。やっぱりでかすぎるのか、ほとんど豚そのものだ。樹都で一番安い、早い、盛り沢山、味は食べてのお楽しみ、か。上手く言ったもんだ。


 俺がどでかい豚と格闘していると、後ろの卓から突如ワッと声が上がった。


「お前それホントかよ! よく生きて帰ってこれたな!」


 何だ、どこぞのブランチが危険な冒険譚でも自慢してんのかな。俺は振り向かずに何となく聞き耳を立てる。


「それがホントなのよ! 今日は楽勝な依頼のつもりでソロで出てたんだけどね。いきなりあの魔王の使いが現れたと思ったら、横から見たこともない黒い魔獣が飛び出してきて、一瞬で魔王の使いを斬ったの! 一刀両断とはあのことね、もうスッパリ! んで血がブシャーッて――」


 ん、それもしかして俺のことじゃないか? これ話してるの、あの時逃げた女か……?


「魔王の使いってあれだろ? 灰の冥狼(マーナガルム)の眷属のでっかい狼! 1年前に北の砦を一晩で壊滅させた化け物だ、何であんな奴が森に出るんだよ!? しかもそれを一刀両断する魔獣!? お前よく生きてるよ、強運だな」

「どこが強運なのよ、最悪よ最悪! たまたま樹士団がいたから良かったものの……帰ったらソッコーでギルドに報告したからね、多分明日にも()()されるわよ」

「手配っつっても、魔王の使いをぶった切るようなバケモン、誰が相手すんのかね」

「そりゃ聖女様でしょ! 聖樹士様は魔王討伐で忙しいし」


 ぶほっ!


 俺はつい水を吹いてしまった。後ろの卓の連中がこちらをちらりと見て、また話の続きを始める。


 嫌なこと聞いてしまったな、いや、リナにはすでに1回命を狙われてるけど……。さっさと食べてしまおう。


 森豚の山賊焼を完食した頃には、もう俺の腹はパンパンだった。が、不思議と脂っこくはなく、後味は良い。満足度は高く、通いたくなるのもわからんではないな。


 俺がフォークを置いた所にちょうどルカが通りかかり、俺は声をかけた。


「ルカ、ご馳走さま! 腹一杯食わせてもらったよ」

「そりゃ良かった! それじゃ、案内するね。ついてきて」


 ルカは俺を厨房の中に通し、奥にある階段から2階に上がっていく。階段を上る直前、ルカの父親が俺を鬼の形相で睨むのが見えた。


 こええ~……大丈夫ですお父さん、娘さんに絶対手は出しませんから……


 2階に上がると3部屋並んでおり、手前からルカの父親の部屋、2番目がルカの部屋で、一番奥を貸してくれるらしい。


 ルカが扉を開け、俺を中へ招き入れた。


 中にはベッド、タンス、簡易な円卓セットに洗面台まである。空き部屋には勿体無いほど揃ってるじゃないか。


「ここ、自由に使って良いから。もともと酔い潰れた客を介抱するために整えてあるんだけど、もう酔い潰れる奴らばっかりで介抱するのやめたのよ。だから空いてるってわけ」

「何だそりゃ、でもお陰で助かった」

「それじゃ、アタシはまだ店があるから。おやすみ!」

「ああ、おやすみ」


 俺はルカが出るのを見送ると、ベッドに倒れ込んだ。全身をどっと疲労が襲う。長い、長い1日だった……結構、精神的にキてるな。


 そりゃそうか、一世一代の告白をするつもりが、いきなり死んで、かと思ったらワケわからずリナに命を狙われて、ブランチになって成り上がりを目指すことになって……イベントの洪水だよ。


 とりあえず今日は、もう、寝よ…………




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