エピローグ
読んでいただきありがとうございます。
ピーピーピーピー
ピピピピピピピ
ピリリリリピリリリリリ
ピーピピピーピピピーピピピーピピピー
意識の底から引きずり出されるような、容赦ない音により目を覚まさせる。目覚まし時計の響きは鋭く耳に突き刺さり、まるで鉄槌で頭を叩きつけるかのようだ。苦し紛れに手を伸ばし、その残酷な音を遮ろうとしたが、身体は二日酔いの鎖に縛られ、まともに動くことすらできない。
(二度と酒なんか飲まねぇぞ・・・くそったれ・・)
人生において何度目か分からないし、これからも一生守られることもない政治家の薄っぺらいマニュフェストのような決意を胸に、この家の主であり今年で大学三年生となる町屋宗は目を覚ます。
二日酔いの苦しみに耐えながらなんとか体を起こすとそのまま不安定な足取りで布団を出て、壁に手をかけてバランスをとりながら立ち上がった。
(ダメだ・・・気持ち悪っい)
頭痛が鈍く脳を包み込み、吐き気が喉を締め付ける。目を開けることさえ困難で、部屋の明かりでさえ俺を苦しめる刺激と化す。二日酔いの症状は体を徹底的に打ちのめし、もう一度布団の中の世界へと引きずり込んでこようとする。
(ダメだ・・・ このままじゃ絶対に二度寝する)
俺は寝ぼけたままの頭を無理矢理覚醒させるため不安定な足取りでシャワーを浴びに浴槽へと向かう。過酷な道のりを得てたどり着いた脱衣所で少しでも動くとこんにちはしそうなゲロを我慢しながら服を無造作に脱ぎちかして浴室へと向かう。
恐らく昨日、誰が人の家で勝手に風呂に入ったのだろうか?
湯船にはお湯が張ってあり浴槽には湯気が立ち込めている。
(おっ、これはついてるな)
いつもだったら犯人に水道代でも請求してやるところだが今回ばかりは見逃してやろう。
俺は二日酔いの症状を和らげるため、湯船にゆっくりと身を浸した。温かな湯に身を委ねると、疲れた身体がほぐれ、心地良い緩和感が広がっていく。
湯船の中で時間を忘れゆったりとした安らぎに包まていると、二日酔いの苦しみがゆっくりと消えていくように感じる。次第に意識がクリアになり、俺はようやく二日酔いの魔の手から解放されていく。
(何とか大学にはいけそうだな)
普通の健全な大学生であればこんな日はお得意の自主休講を決め込み夕方まで惰眠を貪るところなのだろう。俺もいつもだったら確実にそうしている。
だが残念ながら今日という日はそういう訳にはいかない。
今日の一限は俺の通う大学の中で一番の落単と名高い、出席点八十点という破格の成績評価基準を持つ仏の進藤の講義なのだ。卒業する為に必要な単位が大分足りない俺にとって単位はお宝同然。地を這ってでも出席だけはしなければならない。
まだゆっくりしたい。そんな誘惑を振り解き何とか風呂から出た俺は乾き切った喉を潤すため朝ご飯がわりに冷蔵庫に常備してあるエナジードリンクとキンキンに冷えたミネラルウォーターを一気に飲み干す。
ようやく完全に頭がスッキリしてきた。
「しっかし、きったなぇ部屋だなぁ」
霧が晴れ頭がスッキリとした俺が周囲を見渡すと飲み会の後のせいか部屋がゴミで散らかっているのが目に飛び込んだ。空き缶や食べ残しの包装紙が床に散乱し、荒れ果てた部屋はまるで荒野のように見える。
(くっそ、帰ってきたらこれを片付けなきゃいけないのか、憂鬱だなぁ)
俺ははそんな考えに後ろ髪を引かれながら、空き缶やゴミやら酔っ払いやらが散乱している汚部屋から、洗濯した後適当に畳まず放置していたスェットとTシャツ、そして誰のだか分からない帽子を探し出しまだ酒臭い匂いが残る体を覆うように身につけて大学生として最低限の身支度を整える。
ふと壁にかけられている時計をみると時計の針は8時半を指している。今から家を出れば十分一限の講義には間に合う時間だ。
「よし、そろそろ行くか」
俺は最後に洗面所にあるマウスウォッシュで口を濯ぎ、そのまま鏡をチラッと覗いておかしな所がないか一応チェックした後、狭いワンルームの部屋で死屍累々と倒れている友人達を蹴っ飛ばしながら玄関に向かう。
「じゃあ行ってくるわ。もし帰るなら玄関の鍵いつもの所にあるから鍵かけてポストに入れといて」
俺は玄関の扉を開けながら、どうせ大学をサボって夕方まで惰眠を貪るであろう友人達に声をかける。
もちろん誰からも返事は返ってこなかった。