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プロローグ② 『選択』

暗闇、忘却、無我。

形の違うパズルピース同士がはまる様に、僕は瞬間的に理解した。

これこそが『死』なのだと。

歳を重ねる毎に羨望の色がより濃くなり、先程ついに幻想を決意に変え、真意で心を焦がした僕の願いそのものなのだと。

さも当然の如く現在置かれている事実をゼリーの様に飲み込んだ。

何故理解できたのかは分からない。これも創造の際に埋め込まれたプログラムの一つだとでも言うのだろうか。

しかし、あれだけ望んだこの世との乖離が、いつもの日常の中で突然の事故による命の消失という結果に終わろうとは。

存在自体が不定形で曖昧な人間である僕にとっては、全くお似合いの最低にして最高の最後であると言えるのではないだろうか。

僕に対し意地の悪い神様が、最初で最後に届けてくれたプレゼントとやらが、万人にとっての最悪の終点地である『死』なのは、まったくもって皮肉な話だが。

改めて今立つ空間に俯きがちな顔を上げ、風景を眺望する。

眼前に広がるのはただひたすらに真っ黒な闇。

見えている景色の全てはもしかしたら、僕が死に際に見ている夢にすぎないのかもしれない。

だがもしも魂というものが存在するのならば、ここは死後の世界だとでも表現すべきなのだろうか。

僕はできれば後者の方を信じたい。

正しい人間らしさなんてとうに捨てた筈だと自負しているが、せめて最後にはロマンチックな感傷(ノスタルジック)に浸った方が恰好がつくってもんだろう?

漂う別次元の空気に圧せられ、生じた虚無と忘却をそのままに。

抱き堪能し、深い意識の底へ沈殿していく事に躊躇いはなかった。

なぜなら、僕は既に死んでいるからだ。

死人に口なしという言葉がある様に、魂だけとなった僕にはもう迷う事も選択する権利さえ与えられない。だから何も考える必要はなく、単純にこの場における無形の法則に身を任せ従えば永遠の安らぎが約束されるのは、だれの目から見ても明白だろう。

そう、僕はもう・・・・・・『存在』するのを止めても誰にも文句は言われない。

迷惑など掛けようもない。

輪廻転生というものが仮にあったとして、来世ではせめて『善良』な心の欠けてない人間になれる事を祈っておこうか。

そうすりゃいくら当たりが強い神様でも慈悲のもと、真人間のガワを用意してくれるだろう。

だって僕に加護が降りてこなかったのは、他でもない『僕』自身がクソッタレだからだと自覚しているが故なのだからーーーー









ーーーー”おかしい”。

何がおかしいのか、それはこの空間に飲み込まれつつある事でも、僕が魂だけとなったであろう可能性に対しての疑問ではない。

いくら時間が経っても依然意識が存在する事に対し、僕は違和感を覚えたのだ。

通常、宗教による教えは様々でも、共通する部分は同じ。そう、人間の魂はあの世に到達した場合過程は違えど然るべき裁定を受け、滞留または消滅するという点だ。

だが実際のところどれくらいの時間が経過したのかは分かりかねるが、僕の意識はいつまでも何が起こる事もなく”ここ”に立ち佇んでいる。

罪を洗いざらい丁寧に数えてくれる素敵な独占裁判の長、閻魔さまもどこにも見当たらず、僕はただ朦朧とした感覚の中でただ一人取り残されてるだけ。

もしかしたらこの『虚無』こそが本来備わっているあの世のルール、つまりは善人は天国へ罪人は地獄へ向かうなど、人類の考え出した単なる妄想に過ぎないのかもしれない。

一度生まれた魂が向かうべき領域など、端から用意されておらず、善人も罪人も等しく『生』と『命』の喜びを現世にて培ってきた分の領収書こそが『死』であり、支払いは『虚無』にて永遠なる孤独を味わされる。

そういった平等な最期(はじまり)こそが全人類に正しく用意された等価交換の真理なのかもしれない。

或いは『人』として命を授かったその時点で祝福などなく、咎人として処理される可能性も否定できなくはないが。

いや、本当は・・・・・・

ーーーー『黒水和塔』だけに与えられた、僕の罪なのかもしれない。













「半分正解、半分大間違いと言ったところですかね、罪人。いつまでもそこに居座る必要は何処にもありませんので、迅速にこちらに移動して頂きましょうか」















頭に声が響いた刹那、僕の視界は一瞬のうちに別の光景へと変貌していた。

何が起こったのかは分からなかった、いや僕に限らず例え聡明な頭脳を持った人間が目の当たりにしても同様にパニックにすらならない程困惑するはずだ。

物理現象、オカルト、超能力、違うそんなチャチなものじゃない。

その現象はもはや人類の理解を超えていた。次元を超越した力にたまらず畏怖の感情を覚える。

冷静に考えれば起こった事はただのワープだ。

無論ワープなんてものは現実世界には存在しないし、もしも実際にそんな超能力者に出会えたら僕は驚愕するだろう。

しかしこの浮かぶ”空気”が違う、察せられる感覚が異質だ。

理屈なんか出せない、ただ本能のまま感じ取れる把握した脳内電気の迸る神経接続の快感はステロイドにも勝るチアノーゼにも似た伝染病、羅列に隠されそのモニターから現れる次元、伴う存在確立波動関数が次元を切断し101010110011101001011100111010011111001110-----


「----ッ!!?」


瞬時に僕は僕自身の『脳内』がまるで電極でも刺されたかの様に、ぐちゃぐちゃな思考で埋め尽くされてる事に気づいた。

言語が言語として成立しない、ウイルスに侵されたコンピュータの如く弾き出されるデータがバグだらけになってしまったかの様にも感じられるほどの。

そんな脳みそを掻き毟りたくなる様なむず痒さが全身を、気づきと同時に咄嗟に駆け巡る。

そこ()に残るべくは困惑でも驚愕でもなく。

先程唐突に体験したワープという名の超常現象を目の当たりにした、その時の想いすら超える圧倒的な恐怖だけだった。

理性ではなく本能に直接語り掛けてくるような、拒否反応に近しいもの。

実はこれによく似た現象、もとい体内にて起こるあらゆる器官が痙攣する”体質”を僕は現世にて知識として存じてる。

免疫反応が特定の抗原に対して過剰に起こり、疫を免れるはずの免疫反応が有害な反応に変わる一種の病気にも数えられるもの。

ギリシア単語における"Allos(変わる)"、"Ergon(反応)"を語源に医学的造語で名付けた、広く知られる名で言えば通称”アレルギー”。

それはDNAに刻まれた一つの呪いと言い換えてもいいだろう、絶対に克服できないもの。

大げさしく語る訳はアレルギーとは必ずしも飲食によるものや、皮膚接触により起こるだけのものではないという事を自分に言い聞かせたかったからだ。

まさしく今生じてる身の震えこそが、アレルギーに置き換えて表現できる『何か』だという事を確信に近い形で認識したからだ。

未知で無形のものだが身体にそれらが入った事によりその身が強張り、自然に呼吸ができない状態。これは『アレルギー』、もしくは最も近しい現象と言って差し支えないだろう。

少なくとも『人間以下』である僕にできる精一杯の例えだと思う。


「ーーー申し訳ありませんが、そろそろこちらに対し何らかのアクションを起こして頂きたいですね。『アレルギー』で脳内機能が一時的に狂ってしまっているのは理解できますが」


自身の昂る恐怖の感情を抑えるため、短時間の内に叩き込まれた膨大な情報を頭の中で演算処理していた矢先に、ふと後方で無機質な少女の声が響いた気がした。

いや、気がしたという曖昧な幻聴ではなく、確かに聞こえたはずだ。

その声が響き渡った瞬間に僕はやっと我に返る事ができ、自分が現在位置する『場所』の風景を冷静には程遠いがこの眼で一望した。

一瞬で情報が頭に入ってくる。

一瞬で入ってくるほどこの場所は異様で強烈だったのだ。

一言で言い表すのなら、『白』。何もかもが『白い』空間だ。

ただ白いだけではなく、地面や空中などといったあちらこちらに現代アートのような立方体に限りなく近い物体が点在している。

それだけでも目を引く趣なのだが、更に言えばそのどれもが『不定形』なのだ。

さながら形なんて概念など端から存在しないが如く、底から湧き上がるエネルギーに従い、一定の間隔で少しづつ移動しながら形を変えていく。

はっきり言ってその様子は不気味だ。しかし同時に、何と言ったらいいか神秘性のようなものも感じ取れる。

しかしもっと根本的な疑問が浮き出てくる。

『ここは』一体『どこ』なのだろうか。

だがそういった疑問を考えるまでもなく、はっとしたようについ先ほど声が聞こえた後方へと身体ごと振り返る。


「やっとこちらを見つめましたか、罪人。大方『ここ』が何なのか気になってきたのでしょう?可能な限り質問はお答えさせて頂きますよ」


耳に入った声調通りに、そこには少女がいた。

第一印象は『美しい』と感じた。他人に関心など欠片もないこの僕がだ。

この空間に同調するかのようにどこまでもが真っ白な髪、瞳、肌、服。

そのどれもがあらゆる光を生み出す原始的な色調で構成されている。

顔立ちは人によれば少女にも見えるし、妖艶な美女にも受け取れる不思議な雰囲気を放っていて、もはや芸術の域に達するレベルで端正に整っている。

さっきまでの畏怖の感情などどこかに消えたみたいに、思わず近づき触れてしまいたい想いに胸を一杯にされる。

だが、それだけだ。そう、それだけなのだ。

目の前の少女からは『美しい』という感想以外何も飛び出てこない。

恍惚に浸るにはあまりにも、全てが無機質すぎる。表情も、言葉も、何もかもだ。

例えるなら人が造るアンドロイドに近い。どんな人間であろうとも感じ取れる生気というイメージがどこにも描かれていない。

まるで『魂』だけがそこに存在しないと思わせる、美的感覚を狂わせてしまうが如き人を逸脱した超然としたオーラのみが佇んでいる。


「疑念の通り、私には貴方たちが内包する『魂』は存在しません。そもそもの発生経緯が根本的に異なるため、『必要ない』と言い換えた方が理解して頂けるでしょうか」


心を覗かれたのか、言葉として発するまでもなく僕の感情に杭を刺してくる。

心を覗く、つまりは僕をこの異形の空間に引きづりこんだのも彼女の持つ能力の仕業だと考えた方が無難だろう。

そんな事が実際に可能な存在など、どう考えても『神』なんて超越した者に他ならないはず。

要するに僕が既に死んでいると仮定するならば、彼女こそが『神』なのだろうか。


「その問いには『否定』と言っておきましょうか。私は神ではなく、我らが主の申し子・・・北欧神話、ギリシア神話における『天使』に相当する概念体と認識して頂ければよろしいです」


『天使』・・・か。実際に目の当たりにするともはや新たな疑問が湧き出るまでもなく、すんなり告げられた事実を受け入れられる。

そう思わせるだけの説得力が彼女にはパーツとして備わっており、それらは僕に刷り込み定着していく。

それにしても表情筋が死んでる僕が言うのもあれだが、神界の住人には感情というものがないのだろうか?

いやもしかすると『感情』とは生き物にだけ発生したバグのようなものかもしれない。

しかしまあ、既に、会話など必要ないらしいな。

では遠慮なくそのご厚意に甘えるとしよう。

・・・じゃあ二つ目の質問だ。今更だが尋ねる。

ーーー『ここ』は何だ?


「貴方と私が現在立ち、そして感覚を依存するこの『世界』の名は『無名の墓場(カラーレス・ホール)』。全ての割合が暗黒物質で構成された、どの宇宙にも属さない例外的な位相次元・・・一つ前もって宣告しておきますが、あの世ともまた異なる空間です。ご理解頂けたでしょうか?」


思わず「え?」という言葉が漏れそうになった。

ここはあの世ではなかったのか・・・?

だとするなら僕は死んでないのか?・・・いやあの時の轟音と、同時に意識が消えた僕の状況から察するに死んだ可能性が高い。

では何故神の身元に導かれるはずの僕の魂はこんな場所に存在するだろうか?

通常肉体の器を離れた人間の魂は『あの世』へと旅立つはず。この少女・・・いや『天使』だったか。彼女曰く、ここは『無名の墓場』らしいが、その名称と関係あるのだろうか?

余計な疑念を抱かせないと言わんばかりに、間髪入れず彼女が再び口を開く。


「はい、見解通り貴方は既に絶え果てています。しかし天に召されることなくこの様な人の定義から外れた場所に招かれた理由は、貴方が現世において最も罪深き魂を負い、因果としては邪にまみれた思想から漏れ出た膨大な(カルマ)によって、元型の万物(マンダラ・マインド)が祝福であろうとも洗い流すことの出来ない汚染にまみれた事がきっかけです。それこそ『地獄』ですら不可能の印を頂くほどに」


咄嗟に足が竦む。

彼女が言っていることは、要するに「お前は最悪の罪人」だという意味だ。

だが、この世に『罪人』の判を押されて戸惑わない人間がどこにいる?

口だけならなんとでも取り繕える。が、宣告されたのがよりにもよってあの世の裁定者である『神』に等しい存在からなら?罪の偽りなど通用もしない、可能性の考慮など論外なんて規則(ルール)をわざわざ設けた、人の尺度で図る事すら阻まれる超越した存在からその口で告げられたのなら?

誰もが嘆くだろう。それは社会に蔓延る価値観から逸脱した僕という人間であってもそうだったからだ。

僕は確かに自分でも非難できるほどの愚か者だ。

けど生まれてこの方他人を虐めたり、物を盗んだり、何かを殺したりなんて悪行はしてこなかった。

なのにこの『天使』から包み隠さず刺されたのは、『罪人(つみびと)』の一言。

僕は裁かれる事など、何もしていないのに。

しかし彼女は僕の狼狽えなどまるで意に返さないように、淡々と口を進めていく。

そして次の瞬間。

『罪人』の裁定すら霞む、人格否定にも等しい言葉を、僕に目がけて放ってきた。


「通常、人間一人の魂ではこの空間の過負荷に耐えうる事など敵いません。ですので人間である貴方の魂と識別が同様の波長をもつ『人間』の魂を強引に導き、貴方の意識だけを残し『融合』させて頂きました」


「----今、なんて・・・言ったんだ・・・?」


今まで耳を傾けていただけの顔を上げ、絶句の感情すら追い抜き、その言葉に聞き返す。

告げられた結果の指す意味すら分からないほど、僕は馬鹿じゃない。

その説明に含まれる『強引に導き融合』、それはつまりーーーー


「おや、やっと口を開きましたか。はい、貴方が推測する通り、『あの瞬間』の轟音は貴方だけに降り注いだものではありません、あの場・・・正しく表現するなら『世界』と言うべきでしょうか。その地にいる全ての人間の魂を『隕石の到来』という自然現象によって肉体を消滅させ、残った魂を先程貴方がいた『虚無の通過点』にて融合させて頂きました。人の魂というものは情報量が10^81を超えるほどに巨大で、『意識』という不確定要素が多いものを残し、それらを一つの魂として納めるのは少々時間を要する作業だったので、貴方をこの空間に呼び寄せるまでにタイムラグが生じました。その点については詫びましょう」


「・・・・・・は?」


僕の予想通り、回答は返ってきた。予想通り、予想以上の最悪の答えとして。

相も変わらず無表情で無機質な口調で。

さも当然のごとく、その事実は告げられた。

僕が送ってきた中で、最も素っ頓狂な声を上げたと言っても過言ではない程の間抜けな声色で、意味が理解できない想いを単純な言葉として口に出したが、もはやその自分の声すら耳に入ってこない程の焦燥感が、体の中でほつほつと浮き上がってくる。

何度も彼女の説明が頭の中でリピートされるが、その意味を理解できなかった。したくなかった。

さっき起こった頭のバグ状態がまた再発しかける感覚に襲われる。

魂しかここに無い筈なのに、冷や汗がぽつりぽつりと地面に垂れ落ちる。

寒気がする。それは彼女の言葉によるものなのか、それとも今僕が置かれてる状況に対してのものなのかは定かではなかった。

ただ一つ言えるのは。

既に僕は正気ではいられなくなっていた。


「・・・・・・どう、し、て・・・・」


「申し訳ありません、貴方の感情が酷く揺れているため質問の意図を理解できません。纏めるだけの『意思』を明確にして頂けないでしょうか?」


その言葉だけは酷く耳にすんなり入ってきた。

まるで直接こちらの狂気など通り抜けるように頭にインプットされたのだ。

残った理性を働きかけ、僕は溢れ出る『何故』の中から一つだけ疑問を投げかける。


「・・・どう、して・・・生きている人間を・・・利用した・・・?」


何故、生き続けるはずだった人間の魂が生贄に捧げられたのか。

死んだ人間では駄目だったのか、僕の魂を崩れさせない為だけにわざわざ殺したのか。

考えれば考えるほど、僕という人間に圧し掛かる『罪』の意識に飲み込まれ、正気ではいられなくなっていく壺が、脳内に渦として巻きあがっていく。


「偶然、都合よく同時間に同じ波長を持つ人間が世界単位で死亡したのであれば、或いはそれらの魂を用いるのも良しとできるでしょう。ですがそんな『偶然』は起こり得ません。そもそも『運命』すらも我々が創り上げ進めていった概念なのですから、神の目を欺く『何か』が起こらなければ、『運命』を覆す『偶然』もありません。あれは『運命』だったのです。それは悔いるべき事ではありません」


ああ、やっと理解できた。

『神』や『天使』は人間の尺度では測れない存在と言ったが、本当にその通りだったのだ。

こいつらの思想も、築く規則(ルール)も。

何もかもが僕らの常識を超越してる。

人間ではその全てを理解し、歩み寄ろうなんて言葉など最初からおこがましいと断言せんばかりに。

『人』とは神の模倣品にすらなれない、ただの人形だという事実をやっと理解できた。


「先刻、貴方がこの空間に移動させられた時に脳内が一時的に言語処理不可の状態に陥りましたね。あの現象について遅ればされながら説明させて頂きますが、あれは人の魂がこの世の真理に触れた事による『拒否反応(アレルギー)』に近しいものです。いくら数多の人間と融合を果たそうとも、所詮は人の身。既存の理から大幅に外れた概念との邂逅により演算機能が麻痺しても不思議ではありません。それ故に貴方の意識が乱れてしまった事に関しても謝罪いたしましょう」


「何故、僕なんだ・・・・」


「申し訳ありません、貴方の感情が酷く揺れているため質問の意図を理解できません。纏めるだけの『意思』を明確にして頂けないでしょうか?」


「何故----」


何故、僕がここまでの『罪』を背負わなければいけないのか。

言葉にするまでもなく、『天使』は心を汲み取りその問いに対して解答を突き刺す。


「----それは貴方が一番よく理解しているのでは?罪人」


だが僕の感情の指さすところまでは汲み取る事などしない。

というより理解できないのだろう。僕がこいつの行動理念を理解できないように。

僕が、一体現世にてどんな罪を犯したのか。

何度記憶を穿っても思い当たる節がない。

それもそのはず、僕は罪を犯すどころか、日ごろから「死にたい」などと心の中で喚き、他人を理解しようともしない、『臆病者』なのだから。

『臆病者』が現世の法を壊すだけの大義を掲げられるわけがない。

罪に値するものなど、何も生じようもない。『空っぽ』は常に『否定』するだけの生き方しか選べないのだから。


「そう、それこそが貴方の罪そのものです」


「・・・・・・え?」


「貴方は全てを『否定』した。世界、周囲の環境、他人、そして挙句自分の『人生』までも。これが最大の罪と言わないで何に例えられるでしょうか」


『否定』こそが罪だと?

そんなもの、僕以外の、僕みたいな卑屈な人間なら誰でも抱えるような意識じゃないか。

再び、『何故』という疑念が洪水の如く押し寄せてくる。

何故、僕じゃならなければいけなかったのか。

これに対しても目の前の『天使』は当然の様に、まるで予め答えを用意していたように即座に返してくる。


「答えは単純です。貴方の『否定』の意識が、誰よりも強く明確なイメージだったからに他ありません」


はは。

思わず心の中で乾いた笑いがこみ上げてくる。

そうか、僕はそこまで最低な人間だったんだな。

改めて認識したよ、僕は本当に『人間以下』だった事に。

そりゃあそうだ。

生を実感し、神に与えられた命を真っ当に使い切る人間が。

自分の人生を『否定』なんてするよしもないもんな。

認めるよ、僕は・・・最悪の『罪人』だ。


「ご理解頂けたようで何よりです。では私から選択を与えましょう」


「・・・・・・選択?」


人類悪の根源たる僕に、今更選択を与えるその意図が分からずオウム返しで聞き返す。

本当に予測していなかった言葉だった。

既に唯一の特技である、冷静な状況判断能力すらもいつの間にか消え失せ。

今の僕に残っているのは、ただ罪の災禍にこれ以上見舞われたい一心からくる、『消えたい』というこれ以上ない自らの『否定』であった。


「先程貴方が位置していた、『虚無の通過点』の先に待つ場所『純粋なる虚無』に貴方の魂を転送し永遠の孤独を体感するか。もう一つは、『別の世界』に行き(ゆき)あらたな人生を送り、その中で罪の払拭・・・『懺悔』を一生かけて積み重ねるか。その二択です」


僕の意図がやっと通じたかのように、一つ目の選択肢は今の僕にとって最適かつ最高のバッドエンドだった。

しかし同時に二つ目の選択肢の意味するところも、僕は理解している。

なんだ、はっきり言えばいいじゃないか。

「数えきれないほどの人間の魂を、否定した本人である僕が責任を持って背負え」と。

「その者たちの犠牲を『否定』せずに生きろ」と。

そう、断言してくれた方が僕にとってはマシだ。

どうして、こんなまどろこっしいやり方をするんだ。

神の我儘によって失われた命を、僕一人が負ぶるように押し付けて。

僕は一生の中で罪を贖い続けなきゃいけない。

そんな苦痛を味合わされるだけのハッピーエンドなら、ない方がよっぽど気楽に決まってるじゃないか。


「時間の概念はここでは通用しません。今一度、自身の罪を確認し選択しなさい。『生』か『死か』」


「・・・・・・・・・」


僕はかつて、人生の道筋から生きる価値を見出す者を嘲け笑った。

『価値』に値するものなど、端から人生には存在しないと見限った。

だったら、その意思を貫くことが、『悪』としての犠牲となった人類へのせめてもの贐になるんじゃないか?

『罪人』は『罪人』らしく『神』の我儘すら否定してやればいいじゃないか。

それこそが人生を捨て去った僕が、唯一できる『運命』の愚弄になるんじゃないか。

目の前の『天使』が心を読める事など、既に頭になかった。

だったら、僕がすべき事はたった一つだけだ。

そしてその想いを言葉にして告げるだけ。

僕は決心して、その口を開く。

今一度、自らの感情を無機質な天使に送るため。


「・・・・・・ぼく、は」


震える声で決めた言葉だけを口にしようとする。

『僕は虚無を選ぶ』。

たったそれだけのシンプルな決意を表すだけ。なのに僕の全身は小刻みに震え歯がガチガチと鳴る。脂汗が滲み出て、地面に垂れだす、涙と一緒に。

もう、肉体など無い筈なのに。


「・・・・・・僕は」


間が空き、やっと少し震えが収まりだす。

そう、僕は『臆病者』だ。だから他人の人生を背負うだとか、そんな覚悟がいる事など初めから無理だったんだ。

ああ、何とでも笑ってくれ、罵っても構わない。つまりは『逃げた』んだ。僕は最後の最後まで『否定』に逃げたんだ。

究極のエゴイズムが為す最悪の『罪』を更に重ねる事に、僕は妥協したんだ。

一言で言えば、僕は怖かった。

あらゆる宣告から淡々と吐き出され続ける、『罪』の意識が怖かったんだ。


「・・・・・・・・・」


一泊おいて言葉を繋げようとする。そしてもう一度、最後の『否定』を目の前の理不尽の集合体にぶつけようとする。

僕は息を吸いこみ、そしてーーーー


「・・・・・・・ぼく、は・・・『転生』したい・・・っ!」


それは。

僕が散々心の内で嘆いていた願望とはあまりにもかけ離れていて。

僕が散々馬鹿にしてきた『人間』の、惨めな足掻きそのものだった。

どうして、こんな事を口にしたのか。

言った本人である僕ですら到底理解できないような、自分自身に対する『否定』だった。




ーーーー彼は決して自らに課される罪悪感に気圧され、このような言葉を放ったのではない。

日頃から渦巻く自殺願望、確かにそれは本心だったのかもしれない。

他人の『否定』を見て育ってきた彼にとって、人間への反骨心からくる常識とはかけ離れた独自の価値観の築きは必然的な事だった。

しかしながら、彼もまた一人の思春期を迎えたばかりの少年。

その想いは世界にありふれている弱く純粋な十代の少年の、心からの『生きたい』という願いに他ならないものだった。

自らを卑下しようとも、いくら他人とは違う価値観を持つ自分を特別視しようとも。

皮肉にも、最後に残ったのはどこにでも置いてあるような、平凡な答えだった。





「----それが貴方の出した結論ですか。・・・ご選択頂きましたので、これより第104^653宇宙、世界名『ウィル・ガ=ヘトゥーナ』への転生準備を開始致します」


自身の出した答えに呆気に取られる間もなく、『天使』は僕の意思とは無関係に何かを進める。

笑い話にもならないよな。

自分すら『否定』した男がこんな大一番って時に、『肯定』してしまうのだから。

結局、僕もただ一人のどうしようもなく価値のない『人間』だったって訳か。


「転生するに当たって、罪人には一つ異世界での懺悔手段として『特典』という祝福が約束されます」


「・・・・・・特典?」


「より具体的に説明するなら、約10億通りのパターンの中からランダムで一つ対象に付与される特性を与える規則が設けられています。これに関しましては異論も選択も挟めず、我が主の意思によって定められ、我々に課された一種の流れ作業のようなものです」


そう言葉を言い終えると、彼女は手を軽く広げ強い光を生じさせたかと思うと。

突如人間には解読不能な文字の羅列が、空間全体に刻むように浮かび上がった。

彼女はその文字一つ一つに聞き取り不可能な未知の言語をあてていく。

刻まれた文字が一つずつ消え、残った文字同士がくっつきまた新たな記号が羅列を形成していく。

その作業を、彼女は小一時間ほどずっと続けていた。

僕は、それを呆然と眺めているしかなかった。

異論を挟めないと釘を刺されたからではなく、僕は無力で『悪』にも染まり切れない、何の変哲もない『人間』だという事を知ってしまったからだ。

僕の中から飛び出た『生きる』という信念が、僕自身の『死』という希望を奪い去った。

何を信じればいいのか途方に暮れ、僕は依然こうしてボーっと考えを放棄して突っ立ってるだけの『人形』になってしまっている。

そしてどうやら『特典』とやらの選別が終了したみたいで、再び僕の方へと視線を向けてくる。


「・・・・・・完了致しました。貴方に与えられる『特典』は、呼び名を『無限進化グノーティ・セアウトン』、効果は成長限度がない代わりとして、その速度が通常の十分の一以下という少々のデメリットが付いた特性スキルの一つです」


「・・・・・・・・・」


何かを言い返す気力もなく、僕は俯く。

特性なんか、僕にとってはどうでもいい。

ただ身に重く圧し掛かる数多のかつてあったであろう、魂の残留思念が、もう影も形も無いというのにも関わらず、これから『また』生きようとする僕には余りにも重たすぎて。

僕は流されるまま、無表情を変えず覚えもない内に頷いていた。


「承諾したという事で受け取らせて頂きます。全ての準備が整いました。これより貴方を懺悔の世界へと転生致します」


先程見た強い光すら忘却の彼方へ追いやる程の強烈な、それでいてどこか包み込むような新たな光に僕は喰われた。

その時もまた、僕は無表情のままだった。

そして意識がシャットアウトする。

この地へ招かれる途中の、あの虚無へと繋がる道にいた以前の、僕が罪の代価を支払う事となった、轟音と共に訪れたあの時のものと似た感覚だ。

これから僕はあの天使の告げた通り、見知らぬ地へと訪れるのだろう。

罪を犯し続けた過去の自分を認め、それでも『否定』せずに新たな人生を送る事をやむなくする羽目になるんだろう。生涯、自らが『否定』した者たちの想いすら担いで、『転じて』『生きる』。

だから『転生』と呼ぶのだろう。

いずれにしろ、あらゆる意味で、今の僕にとっては辛すぎる言葉だ。

次話から異世界編に移ります。

誤字脱字、文法間違いなどございましたら、遠慮なくお申し付けください。

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