プロローグ① 『否定』
ーーーーこの世界は僕が生きるには窮屈すぎる。
そんな考えがふと頭の隅に過ったのは、いつもの様に黒板に写された授業の内容を、要点だけまとめてノートに書き留めている時だった。
つい昨日までの自分と同じ割り当てられた机に座り、これまた事前に定められた学習項目を無心で頭に叩き込む日々が、時が現在進行形で流れていく。
ただひたすら何も考えずに、与えられた人生の中で生まれていく希望やら不安やらの狭間に立たされる、この不定形なスライム状の時間の中で、意味など存在するのだろうか?
「生きる理由は人それぞれだ。だが大小の差はあれど、皆その理由から意味を見出す為に生きている」なんて言葉をいつだったか父から聞かされたことがあるが、僕は『そうは』思わない。
そんなものは方便だ。どう考えても意味など存在するはずもない理不尽、不公平という概念から目を背ける為に、プライドに任せた人間が放った、ただの詭弁だ。
結局のところ、何もないんだ。人生ってやつには。
『世界』っていうでかい器に溢れんばかりの押しつけがましい期待と欲望を垂れ流す人間が辿る道に、『意』に冠するだけの価値など端から幻想にすぎないのだ。
それはこんな考えるだけ無駄の哲学じみた詩を、脳内にいつも文字の羅列として並べ世の中悟った気になる僕みたいな根暗なクソガキが公衆の面前に紛れ込んでる時点で、大方正解と言えるのではないだろうか。
最初に述べた題論を、再考察と共にはじき出した結論を元に訂正しよう。
ーーーーこの世界は人間が生きるには窮屈すぎる。
【世界への否定意識確認・・・鍵として扱い権限を使用・・・照合異常なし。第一の魂門突破】
その言葉を頭の中で呟いた時、半開きになった窓の隙間から心地よい風が吹き、窓側にいる僕の肌をそっと撫でた。しかし気持ちの良い風といっても高揚感に包まれるものでは決してなく、むしろ今の僕にとっては神経を逆撫でる様な感覚が全身を小さく痺れていたのだった。
ここ最近はずっとこうだ、こんな風に授業にも集中しきれずにただひたすらに、自らを取り巻く『世界』ってやつに対するネガティブな思考がとめどなく流れ頭を支配していく。
多分、いや確実に僕の精神は不条理が生み出す瘴気にあてられ、日を跨ぐごとに腐り始めているに相違ない。
何時もどんな場所だろうが、構わずバカバカしい話題で心を一杯にさせてる同年代の奴らに同調できる気持ちなど、一寸たりとも浮かばない僕の根暗な性格がそれを物語っているだろう。
何も小難しいことなど考えずに、自らの人生だけを盲目的に見つめてた方が幸せに生きられる事は確かだ。今の僕の様に生に対する絶望感に悩まされる事などこれっぽちも起こらないだろうから。
僕は弱い人間だ、だがその弱さを作り上げたのは僕じゃない、一言でいえば社会そのものだ。
【続いて他の人間に対する否定意識への問いかけ・・・確認、照合ともに異常なし。第二の魂門突破。最終段階へと移ります】
何故だろうか、何故いつの時代も生態系の頂点に立ったハズの人類から、僕みたいなはぐれものが生まれてくるのだろうか。
いっその事、もう何も思いつめないようにーーー
「ーーーじゃあ、次の文を・・・『黒水』に読んでもらおうか」
咄嗟に意識が現実に変える。
どうやら教科書の音読担当として僕が呼ばれたらしい。
小一時間ほど妄想にふけっており、ここまでの流れなどまともに把握していない。とはいえ、黒板に書いてある内容と周囲の反応から伺える『空気』を読み取ればどこから読み進めていいのかという事ぐらいは容易に絞れる。
「・・・・・・はい」
僕はそっけない返事をし、教科書に目を通して前の生徒が読んでいた続きの文章から、大きくも小さくもない声で単調なリズムを保ちながら音読をし始めた。
「・・・彼は料はからぬ深き歎きに遭あひて、前後を顧みる遑いとまなく、こゝに立ちて泣くにや。わが臆病なる心は憐憫れんびんの情に打ち勝たれて、余は覚えず側そばに倚り、『何故に泣き玉ふか。ところに繋累けいるゐなき外人よそびとは、却かへりて力を借し易きこともあらん。』といひ掛けたるが、我ながらわが大胆なるに呆あきれたり」
僕の唯一の特技は、今さっき披露した通り『人に引かれるレベルの洞察力と観察力』。
元々の頭の回転力も関係しているとは思うが、無口で人との距離感が虫並みに離れている僕だからこそ、身についた妙技といっても過言ではないだろう。
「彼は驚きてわが黄なる面を打守りしが、我が真率なる心や色に形あらはれたりけん。『君は善き人なりと見ゆ。彼の如く酷むごくはあらじ。又また我母の如く。』暫し涸れたる涙の泉は又溢れて愛らしき頬ほを流れ落つ」
特に何事もなく指定された長さの文節まで読み切る。
幸い、この特技のおかげで人の顔色を窺う事ばかりは上達した。
小学校から今日この日まで虐めや嫌がらせを受けてきた事はなかった、がその分人に関心を持たれ辛くなったのもまた変えられようのない事実だ。
おそらくはこの先ずっとこんな調子で人生を辿っていくのだろう。
「・・・はい、ありがとうございました。この文章から読み取れる主人公の感情は以下の通りでーーー」
先生からお決まりの賛辞の言葉が送られ、僕の役割が終える。
いつもの平坦な口調を清聴したクラスメイトたちは特に僕のことを気に掛ける訳でもなく、ただ教師の話に耳を傾けなおし、スラスラと白い文字が描かれつつある黒板を見つめている。
そう、僕は可も不可もない自他ともに認める『つまらない』人間だ。
善意の反対は無関心だと言うが、全くもってその通りだと思う。
だがしかし、今更性格を明るく変えろと言われても、こればっかりは生まれ持った性なのだからしょうがないだろう?
世界全体に対する否定から始まり、他人への否定、環境への否定、そしていつからか己自身すらも否定する歪んだ矛盾の心を孕んでしまった、今の僕に取り巻く全てを変えられる力など、どこにも存在しないし、生まれてもこないと自虐的に軽く笑みを浮かべてみる。
ああ、そうだな。さっきは言いかけていたが結局のところ僕の本心はこうだ。
ーーーーいっその事、この命を絶ちたい。
【最終段階・・・『己の人生への否定』、見定め完了。
同時に心の最深部『元型の万物』から根幹となる魂の偶像を抽出・・・・・・『失敗』。
対象の個人的無意識が集合的無意識を圧迫し、空間として限りなく縮小しているからだと推測できます。
・・・変則的手段として神具『ドグマ・コード』を試します。・・・『成功』。
指定された条件が全て揃いました。----転生開始します】
そう、心の中で呟いた瞬間。
轟音と共に広がった凄まじい衝撃と熱量により、僕の意識は命ごとむしり取られた。
暗闇の中は冷たくも、温かくもなかった。
柔らかいだとか硬いだとか、痛いだとか気持ちいだとか。そういう感覚的なものも何一つとして存在せず、ただひたすら忘却と虚無の喪失感だけが我が身を包んでいた。
初めまして、タリラと申します。
こちらのサイト、「小説家になろう」ではこの作品が処女作となります。
もしもこれ以降の話で誤字脱字、果ては文法間違いなどがありましたら、遠慮なく指摘してくださると助かります。
よければ感想等も頂ければ幸いです。
よろしくお願いします。