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第八話 葉問

例のあの人の活躍回です

自分もあの時代に生まれてたら稽古つけてもらいたいなぁ………





(チョイ)(リー)!お前らは左右からかかれ‼︎」



「「了解‼︎」」



滲む視界の中、林は横脚と佛手を駆使して迫る来る手下共の接近を阻む。


ぼやける視界の中でも、手と手、肩と肩が触れ合えば後からどのようにでもできる。



しかし、視野の狭窄は対多数でのストリートファイトでは時として命取りになる。



「おらよっ‼︎食らえ‼︎」



李と呼ばれた手下の一人目を軽く捻り、蔡と呼ばれた二人目の金シャツに飛びかかろうとしたその時、親玉が壊れた椅子からもぎ取った角材を横薙ぎに振りかぶってきたのだ。

 


「——ぐあっ⁈」



林は対応し切れずにそれを右頰で受け、コンクリートの床に崩れ落ちる。



ひどい耳鳴りに合わせてぐわんぐわんと揺れる視界。


林は脳震盪を起こし、立ち上がることすらできずにいた。



「よし‼︎仕留めたぞ!」



「やりましたね兄貴!」



「さぁてこのクソガキ、今まで舐めた真似しやがって…どう料理してやろうか」



親玉が倒れた林の頭を革靴で足蹴にしようとする。


すると、その足は小さな黒い布靴を履いた脚にスッと遮られる。


親玉が驚いて顔を上げると、そこには葉がおり、片足を上げた姿勢で林の頭を守っていた。



「……ああ?何者だてめぇ…おいオッサン!てめぇこいつの親父か?ああ?」

 


「……いや、赤の他人だ。それより、その若造をどうするつもりだ?」



「へっ、決まってんだろ?さっきまでやられた分をやり返すんだよ‼︎」



親玉は林を踏みつけようと、再び足を上げる。


葉はそれを見計らって親玉の軸足を狩り、白スーツの生地を掴むとコンクリートにねじ伏せた。



「あ、兄貴‼︎」



「いってぇ……このジジイ‼︎老いぼれだからって容赦はしねえぞ‼︎やっちまえ‼︎」



李と蔡の二人は先程林にそうしたように左右から挟み込むように葉に掴みかかり、その間に親玉は体勢を立て直して正面からナイフを抜いて迫りくる。


葉は左右の敵の接近をあえて許し、自分の肩に降りかかる拳を受け流しながら沖拳——即ちアッパーカットの一撃で李の横隔膜をブチ抜き、次いで襲いかかる蔡の突きを振り向きざまに躱して強力な拍肘——エルボーを顔面に突き刺すと、すぐさま正面を向きナイフを構える親玉に対峙する。



「つ……強ぇ…何だよこのジジイ…」



体力に自信のあった2人の手下があっという間に制圧されたことに恐れをなしたのか、親玉は刃渡り15cm程ある折り畳み式ナイフの刃先を震わせながら呟いた。


葉はそんな親玉の様子を見ると、「怪我をしたくなかったらその物騒な物を収めて帰れ」と諭すように人差し指を縦に振りながら首を横に振った。



「し…死ねえっ‼︎」



親玉は半ば自棄になって突進し、葉の細い脇腹に向けてナイフを突き上げた。


葉は下方向への膀手でそれを受けると、次いで迫りくる左サイドからの突きを灘手で受け、軽く曲げた膝を伸ばすのと同時に手首を返して親玉の顔面に強力な拍手を見舞った。



「ぐあああっ⁈い…痛えっ…畜生⁈」



親玉はその手からナイフが落ちるのも構わず両手で鼻血塗れの顔面を覆って蹲った。





(あれは…詠春拳⁈……お…親父……助けに来てくれたのか…?)



薄れゆく意識の中、風を切るような手技で3人を次々と床に転がしてゆく葉の姿と、かつて幼き時自分に詠春を教えていた頃の父の姿が重なり、林は思わずそう心の中で呟いた。





* * * *





気がつくと、林は眼前に見たことのない天井が広がっているのに気付く。



(ここは…何処だ?——うっ、頭が‼︎)



殴られた衝撃でズキズキと痛む頰を抑えつつ、胡椒をかけられたせいで未だヒリヒリと痛む目を擦ると、林は自分が小さなアパートの一室に寝かされている事にようやく気付く。



「……気がついたか。さぁ、これを飲みなさい」



暫くすると、部屋の奥の流し台からホーロー製のマグカップと何か白い錠剤の入ったシートを両手に持った葉が、林の横たわるベッドに座った。



「それは何だ?」



「西洋の薬だ。アスピリンというらしい。柳の樹皮と同じで、打ち身に風邪、二日酔いに偏頭痛とあらゆる痛みに効く」



林は多少訝しがりながらも、葉から渡された白い錠剤を2粒飲み、コップの水で喉を潤した。



「……じきに良くなる。もう少し寝てろ」



「葉さん。助けてくれた上に治療まで……恩に着るよ」



「気にするな。見ていられなくなっただけだ」



「あのスリ達は?」



「さぁ、知らん。今頃あそこの店主が警察に突き出しただろうよ」



葉はベッドサイドの椅子に足を組んで座ると懐からタバコを取り出してマッチを擦りながら我関せずといった風に呟いた。



「葉さん。さっきチンピラを倒す時に使ってた技、詠春拳だろ?あの時は否定してたけど、あんた本当は——」



葉問(イップマン )なんだろ?」と続けようとした矢先、突然インターホンが鳴り林の言葉は遮られた。



「……来客だ。少し出てくる」



葉はタバコを消すと、長袍の裾を翻して玄関へと消えてしまった。



「師父‼︎お届け物です‼︎葉師父宛に仏山の張永成(チョンウィンセン)様から小包が」



多謝多謝(トーツェトーツェ)。いつもすまないね」



「いえいえ、葉師父の為なら箪笥やソファだって担いでお届けに上がりますよ」



(——⁈)



林は一瞬目を見張り、「やはりか…」と一人ぼそりと呟いた。



顔馴染みなのか満面の笑みを浮かべて冗談を飛ばす郵便屋を笑顔で見送ると、葉は渡された小包を大事そうに抱きしめ、元の席へと戻った。


小包の中身は黒い冬用の綿入れだったようで、葉は懐かしき故郷の空気を味わうように鼻を近づけた。



葉は再び林の横たわるベッドを振り返る。


しかし、林の姿はそこにはなく、いつの間にか自分の座る椅子の前で膝をつき、供手の姿勢を取っている事に気付く。



「師父‼︎」



「……何の真似だ?」



「俺を弟子にして下さい‼︎葉問師父‼︎」



「……人違いだ。怪我が治ったのなら帰れ」



「香港で姓を葉と名乗り師父と呼ばれる詠春拳使いなど貴方しかおりません‼︎やっとお会いできて光栄です‼︎弟子が駄目なら稽古だけでもつけて下さい‼︎」



林はそのまま頭をフローリングの床につけてそう言った。



「……帰れ」



「なぜですか⁈私は貴方と同門。私の父は陳華順の弟子。つまり私は陳師父の孫弟子も同然です‼︎」



林のその言葉に葉はピクリと眉を動かし、林の頭を上げさせた。



「来なさい。稽古をつけてやる。ただし稽古台は日払いで払ってもらう」



「ほ、本当ですか⁈」



林は目を輝かせながら、葉に言われるがままに部屋の奥へと足を進めた。




* * * *





「林、まずは試しに小念頭(シウニムタウ)を打ってもらおうか」



夕暮れの狭いアパートの奥、木人樁の置かれた葉の稽古用スペースに案内された林は、教鞭のつもりかハタキを握った葉の指導の下稽古を受けていた。



「小念頭?基本の套路ですよ?黐手とか木人とか、もっと実践的な鍛錬を教えてください」



「はぁ……林、こういう基本の套路を侮るからお前はあんなゴロツキ如きに負けるんだ。いいからやりなさい」



「は、はい‼︎」



林は両拳を脇腹に丸め、二字鉗羊馬の姿勢を取ると、素早く日字衝錘を繰り出した。



パシッ‼︎



「痛っ‼︎」



「拳は『日』の字の通り地面と垂直に!肘は下!踵から丹田、肩、肘、そして拳に力を正しく伝えるように‼︎」



葉は林が型を続ける度に容赦なくハタキの柄を振るい、間違ったフォームを矯正してゆく。



「ほらそこ!肩と脚がブレてる!詠春拳に力みは不要だ。正しい姿勢で打てば、錐を西瓜に落とした時のように自然と拳が相手に刺さる」



「は、はい‼︎」



葉が指摘を行う度に、ハタキの柄がぴしゃり!ぴしゃり!と容赦なく鳴る。



林はその度に悲鳴を上げ、腕や脚に幾筋ものミミズ腫れを作ってゆく。





残暑の残る晩夏の香港の夕暮れは深まり、アパートの古びた窓のサッシから漏れる橙色の陽光はやがて藍色に変わった。

















葉問師父の外見は、ドニーイェンのイップマンとアンソニー・ウォンのイップマンの間くらいを脳内補完して下さい(1960年なので)(自分はどっちも好き)


ちなみに葉問の奥さんのウィンセンは同年癌でお亡くなりなってます

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