第八話: ギルドってなんですか?
「じゃあゼクト。俺は今回の件で書類を増やされたから帰るぞ。」
話が纏まったので、ハウゼンさんは部下と共に駐屯所へ戻るそうだ。
部下の人達にも秘匿を徹底して裏口を合わせるらしい。
「あの、見逃して頂いてありがとうございました!」
「ああ、変に嘘とかついてたらとっ捕まえてたかも知れないが、君は信用出来そうだからな。何より、面倒事が増えた分だけ俺の仕事が増えるし。お互い損無く話が片付くならその方が良いだろ? だから、君はこの世界の住人の振りをして、下手に目立った行動はしないでくれよ?」
滞在証や身分証の作成についてはゼクトに聞いてくれと言い残し、そそくさと帰って行った。
本当に仕事を増やしたくないみたいだ。
ハウゼンさん達が街角に消えると、ゼクトさん盛大な溜息をついた。
少しの間、僕を眺めてもう一度溜息。酷くないかな?
そして、自分に付いて来いと促した。
「今日の内に済ませられる事は片付けるぞ。身分証作成に寝床の確保って所だが、俺の借りてる宿屋で良いだろ。余計な金掛からないし、二人部屋を一人で使ってたから寝台が一つ余ってるからな。」
ゼクトさんは宿泊施設の一部屋を間借りしているらしい。
仕事柄、遠方に出たりする事がある為、月極の貸家だと勿体ないのだと言う。
最も、それは以前に暮らしていた街々での話らしい。
先月の終わりにこの街に移り住んだばかりだが、この街が大層気に入ったそうで、貸家や一軒家も視野に入れているそうだ。
「遠出の頻度が多いと宿屋暮らしの方が安上がりなんだけど、この街に来たら機会が減ってな。そうすると泊まる日数が増えるから宿の代金が嵩んじまうんだ。」
「ゼクトさんって結構現金な人?」
ポロッと本音が出てしまうと、ゼクトさんの急所に刺さったのか切実な表情で言い返された。
「万年懐が寂しいんだよ!」
「ご、ごめんなさい。」
中々にクリティカルだったらしく、表情に影が差していた。
そんなにダメージを受けるとは思わなかった。
「それと気になってたんだが、さん付け辞めてくれ。」
「ゼクト様?」
「……呼び捨てで良いんだよ。」
冗談交じりの様付けは気に入らなかったのか、顔を強ばらせると呆れた表情で告げられる。
そうこうしている内に、ゼクトさんから逃げた時の大通りに出た。
近くに見覚えのあるご飯屋があるから間違いない。
「身分証と仕事の斡旋先を一気に済ませられる場所を知ってるから、そこ行くぞ。街の滞在証はハウゼンのおやっさんが大目に見てくれたんだから急がずに明日とかで良いだろ。」
ご飯屋とは反対の方へ歩みを進めて行く。
数分歩いた所で、重厚なレンガ造りのとても大きな建物の前で止まった。
目的地はここらしい。如何にも重要な施設と言うような出で立ちだ。
「俺もここに登録して仕事をしてる。冒険者ギルドだ。」
ゼクトに連れられスイングドアを開くと、中はとても賑わいを見せていた。
……ただ、厳ついおじさん方が、鎧やら武器を持ってるのが気になるけど。
しかも建物内に入った途端、全員がこちらを睨んで来た。
胃が痛い、人見知りメーターが振り切れそうだ。
そんな僕の気を知ってか知らずか、ゼクトは手を引きぐんぐん進む。
筋骨隆々の男達の間を通る度にジロジロと見られる。
僕の薄っぺらな体型のせいだろうね、場違い感が凄いもの。
こんな状態では人見知りじゃなくても心臓に負担が掛かる。
「何でこんなに武装してる人が多いの?」
「そりゃここは冒険者ギルドだからな。狩りや採集に護衛事業、果ては戦争の兵士募集まであるからな。極端な例ばっかり言ったけど、植物採集やらお使いなんかの雑用もあったり、何でもござれだ。あそこのデカい掲示板に色んな仕事が張り出されてるから登録証作ったら見てみようぜ。」
物騒な人達がいる理由が分かった。
なんと冒険者ギルドその物が物騒の権化だったらしい。
ファンタジーなゲームなんかでもお使いから魔物の討伐を受けられる場所として存在していたけれど、実際目の当たりにすると結構衝撃的だね。
あれ、この世界って魔法があるなら、それこそ凶暴な魔物なんかもいるって事になるんじゃ……!?
「何ぼーっとしてんだよ、受付で登録済ますぞ。」
少々危険な想像するも、ゼクトに急かされて思考を中断する。
目の前には質素な木製のカウンターがあった。
割と新しい机は木目がはっきりと見えて、質素ながらしめやかな雰囲気を醸し出している。
後ろはいっぱい人がいて騒々しいんだけどね。
そんなカウンターには一人の女性が座っており、奥では職員の人達が忙しなく行き交っていた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ! ……ってゼクトさんですか。今回はどういったご要件です?」
「今日はこいつの登録に来たんだ。ついでに依頼書の吟味。」
「よ、宜しくお願いします!」
非常に緊張するが、今後の行動に影響を及ぼすので、人見知りとか言ってられない。
受付のお姉さん、ルシアンさん曰く、初めに身辺調査書とやらを書いて欲しいらしく、木札製の書類を渡された。
文字が読めない為、ゼクトに聞きながら内容を確認する。
不明な所や開示したくない箇所は書かなくても良いそうで、記入欄には名前や出身、性別と年齢の四つだけだった。
「どうせ字が書けないだろ、俺が書くから寄越せ。」
ゼクトが代筆をしてくれるらしい。
ギルド職員の同席があるなら、登録者が筆記事項に答え代筆者が記入を行う事が可能なのだそうだ。
こういうのって、個人情報だからあまり大きい声で出さない方が良いよね。
ゼクトとルシアンさんにだけ聞こえる程度の声で答えていこう。
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冒険者ギルドへ新しい方が登録に来られました。
初めて見る方で、この辺では見た事が無い風貌の華奢な人。
……私個人としては、女性のギルド登録は危険が多い為、とても心配です。
出来るならお勧めしたくありませんが、一職員として拒否を出来ないのは大変もどかしく思います。
全体の割合を見ても、あまり女性の冒険者は居ませんし、何かと力仕事の多い仕事ばかり。
私が気に掛けて上げなければいけませんね。
別に可愛いからとか疚しい思いは有りませんよ。
そう思いつつ、ゼクトさん達のやり取りを見守ります。
彼はちょっとしたいざこざを偶に起こしますが、信頼出来る方なので記入の監視は有って無いようなものですね。
一応立ち会いはさせて頂きますが、そこは規則なので。
「出身は書きたくない以前に書けないから無記入で。名前は常結 真里で。」
聞いた事の無い名前ですが、苗字が有るのも珍しいですね。
ご両親が由緒ある商人か貴族だったのでしょうか。
出身の提示を渋る辺り何か事情があるのか、それとも追われる身か。
……いえ、こんな想像はやめましょう。
仕事柄、脛に傷持つ者も多いので経歴を詮索する事はご法度。
ましてやギルド職員となると禁則事項に抵触してしまいます。
「あ、あの。……これで良いですか?」
思考に耽っている間に書類の作成を済ませた様ですね。
書類を頂いて内容を確認します。
名前、ツネユイ マサト、出身は未記入。
十八歳の男性。
……おや、記入間違いでしょうか、こんな端正な容姿なのに男性である筈が無いのに。
そんな私の様子に気が付いたゼクトさんは私に助言をして来ましたが、一瞬だけ言われた事が理解出来ずに硬直してしまいました。
「こいつ男だぞ。」
男性……!?
この姿で男性なのですか!?
後ろに屯する他の冒険者達と同じ、男性。
こんなにも華奢で大人しそうな方が女性では無いのですか……。
「……………………。」
何と言いますか、有りですね!