第四話: やりすぎじゃないですか?
「よう、随分と小汚くなってるじゃないの。」
ゼクトさんがそこに居た。
正面の敵を警戒しながら、こっちに笑みを浮かべる。
身体中痛くて熱くて苦しくて。
そんな中で掛けられた彼の軽口で、少しだけ苦痛が和らぐ気がした。
声を掛けたかったのに言葉が出てこない。
何を言えば良いのか分からない。1人で飛び出した事への謝罪? それとも感謝?
そんな自分の様子を察してか、ゼクトさんはもう一度強くこちらに笑みを浮かべ。
「もうちょい我慢しててくれ、コイツら片付いたらすぐ手当してやるから。」
そう言い残して、凄まじい殺気を放ちながら三人組へと向かって行った。
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さて、このクズ共どう料理してやろうか。
何をトチ狂って、さっきまで飯を頼んでた俺が、逆にこんなのを刻んでやらないと駄目なのか。
その理由はこの状態を見れば一目瞭然だ。
俺と飯を食う予定だった奴がボコボコにされて横たわってるんだ。
誰だろうとブチ切れるに決まってる。
何でこんな所にいるのかは、後で問い質す必要があるが、まずは先にこの連中を片付けよう。
なんと、つい最近手配書が発行された犯罪人共と来たもんだ。
大義名分、慈善活動。
何なら少しだが報酬も出る。
「コイツらでちっとは飯の代の足しになるかぁ。」
「何だてめぇ……。」
切っ先が折れた剣を持ちながら、荒っぽい声を上げて凄んで来る。
結構焦ってるみたいだが、得物が使い物にならなくなったのにまだ強がってるなんて威勢が良いな。
どうやって処理したもんか考え物だ。
あんまり力を出したくないんだよな、飯の前だし。
「俺のツレを可愛がって頂いてどうも。すぐに終わらせても良いんだが、素直に捕まってくれるならこっちも楽なんだけど?」
そう言ってみるものの、無理そうだな。
明らかに敵意見せてるし、俺も殺意全開だったからね。
侍らせてる後ろの二人は弓使いと斥候役って所か?
手前の剣士は……。うん、剣壊れちゃってるし剣士とは呼べないかね。
この中で一番強そうだから警戒するに越したことは無いけど。
手配書に情報載ってたから見ておけば良かったな。
「殺れお前ら!」
先頭の男が号令を掛けると両脇の二人が即座に行動した。
一人は牽制の為に矢を撃ち込み、その隙に斥候は懐へと飛び込んでくる。
確かに札付きになる程度には腕が立つのは理解出来る。
だが連携が少々ぎこちない。
弓手の狙いの精度も悪く、斥候の攻撃も意表を突くには踏み込みが甘い。
先制ってのは意識の外側から攻撃しないとな。
こんな細い路地ではこちらに向かってくる攻撃の角度は限られる。
足運びだけで弓矢持ちの攻撃は無効化出来る。
俺への斜線が敵と重なれば、並の奴なら打つことは出来ないからな。
「遠距離担当は味方に被らないように多角的に布陣するべきだぞ。」
例えば屋根の上から釣瓶打ちするとかな。
まぁ、と言っても遅いか。
斥候の突き込んでくる短刀を剣先でいなして鍔まで斬撃を滑らせる。
体が触れるほど近い状況にしたが、本来なら長物を持つ俺の方が不利では有る。
でもこれで良い。
自慢の一突きか知らんが綺麗に防御されて焦って次の行動に迷いが見える。
その隙を見逃し手やるほど優しくはないのだ。
俺は半歩左足を引きつつ、相手の得物を鍔で巻き込む様に自分の手首を半回転させる。
短剣の柄を握る余分な力のせいでバランスを崩す斥候は、そのまま誘われるように喉元を晒し、俺の白刃に吸い込まれるように倒れ込み。
ストンと自分から首を落とす羽目になった。
「はい、一人目。」
実に呆気なく散っていった。
頭が跳ね飛んだ事に気付かない体は心臓を動かし続けて、首の断面から真っ赤な噴水を噴き上げた。
本人は、自身が死んだ認知さえ無く命が消えたのだから、寧ろそれは幸せだったのかも知れないな。
「ひっ!」
後ろで蹲ってる奴が、小さな悲鳴を上げる。
人が死ぬのを間近で見た事無いのか。
箱入りなら仕方が無いか。
俺は仕事柄良くある事だし、立場が違えば見える視点も違うのかね。
「ガッシュ!」
仲間があっさり死んで驚く気持ちは物凄く良く分かる。
でもそれも命取りだ。
幅二人分程度な路地の両側の壁を使い、三角飛びの要領で弓使いへ迫る。
左右へと素早く飛び回る事で照準を絞らせずに接近し、次に地面へと足を着いた時には剣士と弓使いの間だった。
こちらに鏃を向けていた。
が、矢を射られる前に着地の慣性に逆らわず倒れるように右足を踏み込んだ。
過剰な程に勢いの乗った剣戟は弓矢諸共、射手の肩口から袈裟斬りにする。
斬り付けた軌道上にはしっかりと心臓を捉えており、彼もまた大した苦しみも無く死んで行った。
相手を無力化した事を目端で捉えながら、左手を地面に置き突っ伏してしまう。
少しばかり無理な体勢で踏み込んだ結果、小さな隙が出来てしまったのだ。
「二人ね。」
「おいっ、マルケス!」
それを絶好の機会と見たのか剣士が声を上げる。
路地の角から呼ばれて飛び出た男は、剣を抜きながらこちらへと駆け込んで来る。
伏兵じゃなくて単なる見張り役だろう。
手配書は四人組として登録されていたからコイツが最後の一人だ。
仲間が殺された事に煽られて、上段構えからの愚直な振り下ろしを行う。
俺が動けないと思ったのか、一撃で仕留める行動に出たようだ。
実際に今の状態では左右の壁が邪魔で回避行動は取れないだろう。
確かに普通なら悪い手じゃない。
普通ならね。
「騒乱の大地。」
俺が小さく呟くと、敷き詰められた石畳を突き破って槍の様に鋭く尖る岩石の塊が現れた。
土の中から現れた石槍は飛び出した勢いをそのままに、無防備に曝け出した見張り役の男の腹を貫く。
「三人目。」
腹に穴を開けられて、男はもがき苦しみのたうち回る。
俺は起き上がると同時に首を掻き斬って介錯してやった。
痛いのは可哀想だし、下手な手に出られても困るからな。
さて、振り向いた先に居る最後の一人だ。
完全に戦意喪失している様で、どうやって逃亡するか思案しているといった様子だ。
今更取り逃がす訳が無いし、上手く逃げ仰せても直ぐに見つけられるけどな。
「クソが!」
捨て台詞を吐き踵を返し逃走を図る剣士だが、少し様子がおかしい。
奴の視線の先には先程まで甚振っていた人物が居たのだ。
人質を取って逃げようとしているのだろう。
二人目を殺した時点で剣士と俺の立ち位置が逆転していたから出来る事だ。
俺が取り巻きを処理している間に逃走距離を稼いでいた様で、ここからだと剣も石槍も間に合わない。
調子に乗って飛び込んだのが裏目に出たのか。
少々失敗だったが、何も攻撃出来ない訳じゃない。
「落し物だぞ。」
そう言って俺は壁際から金属片を拾い上げる。
最初に叩き切った、奴の獲物の先端部分だ。
右手で持つ切っ先に少しだけ意識を集中した後、背を向けて走る奴を見る。
繋がったな。
そう確信した俺は、金属片を奴に目掛けて投擲した。
「主への帰趨。」
俺がそう宣言したと同時に、投げた剣先は、僅かに光を放つ。
光の軌跡を描きながら所有者の元に還る様に真っ直ぐ飛んで行く。
まるで主の元へ帰れる喜びを上げるかのように。
それとも、杜撰な扱いを受け続けていた恨みのように。
その傷だらけの切っ先は未だ逃げ行く男の首筋へ吸い込まれるように沈む。
男は声を出す事も出来ず、頚椎に突き刺さる刃により神経を絶たれた。
暴虐の限りを尽くした男は、僅かに小刻みに震えて、その場へ崩れ墜ちた。