第三話: こいつらなんですか?
ゼクトさんから逃亡し、手近な裏路地を突き進む。
どれくらい時間が経ったか分からないけれど、大分奥へと入っただろう。
恐らく、ここから元の場所へ戻れと言われても十中八九無理だ。
(ここってセットじゃなくて本当に街なんだ。)
確証は無いけれど、流石に先程の彼は企画側。
この街で見かけたほとんどの人は、この街で普通に生活していた一般人が殆どだと思う。
下手をすると、ここは日本じゃ無い可能性が出てきた。
今更ながら土地勘の無い場所で放浪する暴挙に出たのは不味かったかも知れない。
(本当に外国なら、結構今の状況は不味いのでは? 国外って治安悪いって言うよね、聖何とか国とか聞いた事無いし。あれ、カバンにパスポートってあったっけ?)
筋違いな考えを巡らせていたが正解は近いようで果てしなく遠いものだった。
真里が正しく今の状況を理解するにはもう少しだけ時間が必要だろう。
余談ではあるが、何故かパスポートは入っていた。
後で持ち物を全て確認しなければいけないと、真里は心に留めた。
暫く歩いて行くと段々と薄暗く怪しい雰囲気が強まって行く。
そろそろ一度引き返した方が良いだろう、これ以上進んでも危険に足を突っ込みそうだ。
そう感じ、真里は踵を返して道を戻る。
すると、そこには三人の大柄な男達が先程通った道を塞いでいる。
「よぉ、ガキンチョ。こんな奥まで観光か?」
真里でなくても焦るだろう。
裏路地、人相の悪い男達、独りの所を狙われる。
正に手本の様な絡まれ方だ。
犯罪の香りがプンプンする。
「なかなか高そうな服を着てるんだ、多分ここいらの貧乏共に施ししてるんだろうよ。」
「へぇ! じゃあ、じゃあよ、俺らにも恵んでくれよ!」
手前の男は長身の剣を持ち下劣な笑みを浮かべている。
後ろの二人も好き勝手な事を口にしながら真里を品定めしていた。
驚きを隠せない真里だが現実と掛け離れた推論を持っていた為にとんでもない勘違いをしていた。
(あ、これドッキリのハイライトだ。)
真里からして見れば、会う人全てが日本語で話すのだ。
視点がそもそも間違っている真里がそう考えても仕方が無いのかも知れない。
だが、誰から見ても理解出来るのは窮地に陥ってるという事だ。
ただ、それを分かっていないのは被害を受け掛けている真里のみである。
「痛い思いをしたくないなら抵抗するな。」
後ろの男が粗雑な麻布を取り出し真里へと近付く。
あれに包まれてどこかへ連れて行かれるのだろうか。
強盗では無く人攫いの類らしい。
「もうこんな茶番は面倒です、早くこのドッキリ終わらせてくれませんか?」
気怠げな溜息混じりにそう零す真里。
はっきり言って怒りのボルテージは限界だった。
当人からして見れば、理解の追い付かない事ばかり。
その挙句、暴漢に連れ去られる不愉快なシナリオまで追加されている。
居る筈の無い脚本家に文句の一つや二つも言いたくもなる。
「何だそりゃ、時間稼ぎか何かか?」
憤慨していると人攫いの一人が真里の腕を掴まえた。
全力で振り解こうとするが、その腕は万力の様に力強く、動く事は無い。
踠けば踠く程力は強くなり骨が軋んだ。
「痛っ……! いくら何でもやり過ぎですよ! 離して下さい!」
「うるせぇ!」
ーーーーゴリッ。
そんな音が骨伝導で耳の奥へと響き渡る。
それと同時に頬に強い衝撃が走った。
視界が揺れて耳鳴りがする。
慣性に抗え切れず首が悲鳴を上げ、身体が地を舐め激痛が神経を駆け抜けた。
真里は気が付く、殴り飛ばされたと。
元々痛み等に縁遠い生活をしていた真里にとって、それは有り得ない事象。
ここでようやく思い至る。自分の考えが間違っていた事に。
(ドッキリじゃないの……?)
「言っただろう。痛い思いしたくなきゃ素直に従えって。」
時既に遅く、痛みと混乱で呆然とする真里に暴漢は無慈悲な声を掛ける。
恐怖で身体に力が入らず、声を出そうとしても喉からは乾いた風切り音しか流れない。
そんな真里を見て気味の悪い笑い声を上げる人攫いの目には、卑しい喜色が浮かんでいた。
「珍しいツラなのに中々の上玉だ。顔を殴ったのは不味かったか?」
「商品価値下がるだろうが。もうちっと考えて動け馬鹿野郎。」
「売り飛ばす前に俺らも使い倒すんだ、ある程度値が下がるのはハナから折り込み済みよ。今更気にしなくても良いだろ。」
そんなどす黒いやり取りは真里の耳に入るも到底理解出来るものでは無かった。
(売る? 使う? 何でこんなに痛いの?)
逃げないといけない。
でも体が動かず、思考が纏まらない。
それでもただ一つ断定出来るのは、このままだと死よりも辛い未来が待っている事。
再び男が掴み掛かる。
必死に抗うが、また殴られる。
アドレナリンが脳内を満たしているのだろう。
先程よりも痛みが薄く感じる。しかし、衝撃は変わらずに酷く強かった。
衝動的に暴れ抵抗するも、その度に力で捻じ伏せられていく。
一度拒めば二つ三つの拳が飛来する。
それは絨毯爆撃の様に身体中を穿ち、至る所を傷付けて行った。
どれ程時間が経ったか分からない。精々数分と言った所か。
ひ弱ながらも抵抗を続けていると、そんな状況に痺れを切らしてリーダー格の男が剣を握り締める。
「面倒クセェ、両手両足切り落とすぞ。これ以上暴れられても困るし、持ち運びが楽になる。」
絶望的な状況から更に突き落とす、非道な言葉を口にした。
人を物としか扱っていない残忍な様は、真里の目に人として映っておらず、獰猛な獣にしか見えなかった。
躙り寄り、剣を構える害獣。
真里に防衛手段があれば。
若しくは自分の状況を正確に把握出来ていれば、結果は変わったのかも知れない。
しかし、考えた所で今の結果が変わる事は無い。
(誰か助け……。)
誰にも聞こえる事のない救いを求めて涙が頬を伝う。
その小さな煌めきは、目の前の獣共が一時の愉悦に浸らせる程度の力しか無かった。
大きく振り翳した細かく刃毀れした剣。
放たれる一筋が、右腕の付け根に喰らうべく吸い込まれていく。
肉を切り骨を砕いて右腕が空を飛ぶ。
鮮血が辺りに飛び散り感覚の無い熱が覆うのだろう。
そう錯覚しーー。
「おいおい、待ってろって言っただろうが。」
その場に似つかわしくない軽重な声が木霊して、直後に金属の衝突音が広がった。
カラカラと地を撫で進む音は路地の壁にぶつかり止まる。
痛みで霞む目を凝らして、その情景を見る。
先程まで長剣だった筈の何かを持つ男と、こちらに背を向ける人影。
どこか安心感のある後ろ姿に見間違い様が無い、つい先刻まで見ていた赤みがかった金髪。
その姿を捉えて真里は声を振り絞った。
「ゼクト、さん……。」