100話・メイーナ契約書
「くくく...さあ...どうしますか、アンジュさん?この交換条件に
乗りますか?それとも...そこで震えている人達を巻き込んで、
一緒に朽ち果てますか?」
戦えない人達の事をダシに使い、ファングが下卑た口調で選択は1つしか
ないぞと、アンジュへ強調してくる。
「く...わ、わかった...その条件をのむわ...」
アンジュは苦虫を噛み砕いた様な顔をして、ファングの提案を呑んできた。
「くくく...言い判断ですよ、アンジュさん。さあ...これにサインを
して下さい...」
ファングが懐から、一枚の紙を取り出してアンジュへ渡す。
「こ、これは!?私達の女神、メイーナ様の名の元に契約を実行する
『女神メイーナ契約書』!」
手にした契約書を見て、アンジュが目を見開き喫驚する。
「確か、この契約書は...サインすると、そこに記載されてある事を拒否できない
楔の書とも言われているモノ...」
この契約に措ける呪縛の恐ろしさを思い出したアンジュは、手に持っている
契約書をブルブルと震わせて動揺する。
「そうです...その通りです!因みにそこへ書かれてある事は、ガッコ様への
忠実な従い...そして、永遠にガッコ様を愛するという愛の誓い!」
ファングは目をキラキラと輝かせて、ガッコの素晴らしさを語る。
「あ...そうそう、それの契約は貴女が一生...死ぬまで発動しますから...。
例え、ガッコ様が先に亡くなろうともです!」
「な...アンジュさんの一生だと...!?貴様、ふざけるなっ!それじゃ、まるで
奴隷扱い...いやそれ以上じゃねえか!」
ワザらしく思い出したフリをして、ファングが契約の追加内容を淡々と
述べると、それを聞いていた屋台の主の1人が叫声を上げて抗議する。
「そうですか?あの偉大なガッコ様の忠実なる愛の奴隷になれるんですよ~♪
はあ~何と素晴らしい甘美な事なのでしょうかぁぁ~~♪」
ガッコの素晴らしいを、ファングが頬を赤らめ恍惚な表情を浮かべると、
まるで歌うかの様にしてガッコを絶賛してくる。
「さあ、貴女もその契約書にサインをして、ガッコ様へ一生の愛を注ぐのです!
さあ、さあ、さあ、早くお書きなさい!」
アンジュへ向けてファングが人差し指をビシッと突き出し、サインを
さっさと書けと催促してくる。
「あんな奴を死ぬまで...」
「ん......どうしたのです?まさか、気が変わったおっしゃるのではないで
しょうね...?」
躊躇するアンジュを見て、ファングのこめかみに青筋が一筋できると、
それがピクピクと動く。
「まさか、そんな事を考えていませんよね...?それとも、そこの人達の誰かを
見せしめに殺らないと...書けませんかねぇ...?」
少し苛立ちを見せたファングが戦えない人達に目線を送ると、下卑た笑いを
こぼして、アンジュの選択をノーと言わせない様にしてくる。
「わ、わかりました!します!契約サインでもなんでもしますから、この人達に
手を出さ――」
「あぁぁっ!あそこに見えるは、朝のクエストの焼き鳥屋のお姉さんではっ!?」
アンジュが無念の表情を浮かべて、契約書にサインをしようとペンを取った瞬間、
遠くの方から、自分を呼ぶ誰かの声が聞こえてきた。
「え...?い、今の声は...確か、朝のボディーガード依頼の......!」
その聞き覚えのある大きな声のする方角へ、アンジュが顔を向ける。
「お~い!お姉さん~~!ギルドからクエストの依頼を受けて、僕が再び、
やって参りましたよぉぉ~~~っ!」
「あ...!やっぱり、朝、私の依頼を受けに来てくれたあの冒険者の坊やじゃ
ないかっ!」
そこには朝に自分のボディーガード依頼を受けた冒険者...蒼井がブンブンと手を
振っている姿が目に映るのだった。