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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

チートな隠キャスキルで異世界最強?

作者: パクス・ハシビロ

 

 【ロックストーン洞窟】。その看板に偽りなし、古来の魔法によって岩々が集まり形成された洞窟である。その岩々の隙間から水と光から漏れ出し、光は光源となりて進入した者に僅かな視界を与え、水は砥石となり天井を尖らせ奥深く入ろうとする者、そして深淵にいる者の行く手を阻ませているように深みに入るほどそれを鋭利に、そして密集させている。古来の人類が魔物を封じ込めようと魔法で作り出した『ダンジョン』と呼ばれる遺跡のうちの一つである。その由来のとおり、洞窟内は魑魅魍魎が巣食い、獲物を求め巣から這い上がるアリのように地上に出て人間を襲うことが多々ある。この世界の古人はこれを想定していなかったのか疑問になるばかりだ。――だが、今はそんなことはどうでもいい。



 黒い鋼鉄の鱗を全身まとった四肢動物がドーム状の黒いレンガと不自然な光で満たされた空間で深い谷間に突風が噴き上げるような鼻息を響かせている。ただその中で赤く輝き続ける角は巣に入り込んだ3匹――4匹の異分子を貫き自らの赤の新たな糧にせんと睨み付けるように存在感を放っている。


「アリーヤ、レティ!持ち場に着け!」


「分かった!」「持ち場ってどこ?」


 男の怒号と共に咆哮のような声、虫の羽音のような声とも言えない音が呼応する。


 そう――怒号を出す男はこのパーティのリーダーである。【レイフ合衆国】の冒険者仲介施設の掲示板に張り付けられていた依頼である【ロックストーン洞窟】の周辺に巣食う魔物の掃討のためダンジョンへと入り込んだ。そのはずだったのだが、何やかんやトラブルがあってダンジョンの主であるルフスコルヌが潜む最深部まで来てしまった。あの数多の名を連ねた英雄率いる精鋭騎士であろうがルフスコルヌはおろか道中の魔物で力尽きるような高難度のダンジョン。一般の冒険者は入ることもままならず、この洞窟を視認する前に死人と化すのだ。


 ――だが、このパーティはその一般のそれではない。


 「やぁ、やぁ、いであぁ!我は、アリーヤ・エクウェス!貴殿をルフスコルヌと見受けた。正々堂々と貴様の白き角を我に向け、我の刃と交わそうじゃないか!いざ尋常に勝負!」


武人のように鋭く、少女のような無邪気さをもった猫の瞳をした褐色の幼女が猛々しく己の牙を見せて矢先を向けている。


 そう彼女は、弓術のエキスパートであるダークエルフ族だ。彼らは怪力こそないものの、木の間を掻い潜れるほど俊敏性が高い。また彼らの放つ矢は蠢く木々の隙間を、侵入を拒むような狭い岩の隙間を掻い潜り敵の頭部に突き刺すような練達した狙撃手だ。同時に彼女は『大弓』の使い手である。大弓は何千年も成長し続け星を掴む木と言われている【ヤク・アルボル】の枝端で創り出される武器。かなりの怪力が必要で、使い方によっては精度が劣悪なものになる癖が強い。しかし、そこから放たれる矢は当たれば如何なる距離でも魔物の堅牢な甲殻を砕き、強靭な筋肉を裂き、頑強な骨までも断つ。それを操る彼女は矢を放てばいつ何時でも命中させ、一発で巨大な魔物でさえも葬れる。彼女はダークエルフ族の弱点を克服した必中一発必殺の狙撃手。


 ――そう遠距離であるならば彼女はまさに『チート』である


 「そうだ、いいぞ!我と『剣』をまじえ――ひゃう!」


 アリーヤの怒号に応じたのかルフスコルヌは、弓束の下側を自分の足で踏みつけ、矢を自分の体と一緒に弦に据え引っ張って狙いを定めている彼女を轢いた。巨大角で大弓と共に突き上げられた彼女は似つかわしくない可愛い声をあげ、「ぐふぅ」と鳴き声をあげて地面に叩きつけられ倒れ伏した。


 いくら木の枝端で作られたといえど、曲がりなりにも星さえも届く巨木だ。その弓の大きさはアリーヤを包み込むほど巨大である。それでも、ダークエルフの身体能力は時間と労力はご覧の通り、それなりにかかるが矢を射ることが出来るほど高く、しかも弓は元々遠距離で攻撃するため本来問題はない。しかも、アリーヤが弓の『中』に入って、必死に射ようとする姿はなんとも可愛らしいので文句は言えないのだが……


 彼女は遠距離で戦うのは卑怯だと、弓使いのクセに接近戦を挑もうとする。敵がどの距離にいようが、魔物が他の誰かを狙っていようが、場を張り裂くような気迫ある声で挑発するのだ。大抵、アリーヤの挑発を受けた魔物は目を血走らせ彼女めがけて突っ込んでいき、その度彼女は吹き飛ばされのびてしまう。だから、その度に――


 おいぃー!テメェ!弓使いだろう!?なに鎌倉武将みたく真正面で一騎打ちしてんだえ?なんだ?お前の弓は剣なのか?アァ?矢が小太刀でもいうのか?それなら、テメェの小っちぇ牙を引っこ抜いて戦え!その方が、まだたちがいいわ!


 と毎度同じ溜め息を吐き、作業的にポケットから回復ポーションを出して、のびた猫のようにうつ伏せにへたり込んだアリーヤの頭部にその瓶を投げつける。ガラス瓶が割れた音と共に水を掛けられた猫みたく威嚇しているかもしれないがこれも無視することにしている。


 「クッソー!アホザイ!こっちにこい!」

 

 武人バカエルフから気を反らさせようと挑発するが、何も無かったかのように前足をあげて彼女を踏み潰そうとしている。アホザイというネーミングはただ単にルフスコルヌの角が元いた世界のサイの角に酷似していたからだ。


 ああ……そっか……隠者だから仕方ないよね――


 「……レティ!頼むぞ!」


 「分かった」


 高い岩場から目を凝らしてこちらを見ていたレティは静かに頷いていた、アリーヤを床から引き剥がすように持ち上げ、瞬時に魔物の背後へと回りこんだ。当のルフスコルスは、自分の目の前から蒸発したように消えた小童に困惑して頭を回しているのか、首を横に回しながら、目も回している。


「我、レティ・ウィズラン、貴殿の主、我と共に雷光となりて、我と共に我らの敵を射ち滅ぼさん」


 レティはそれを見取ったのか、彼女の髪色と同じ淡い青色をした浮遊する光の球体に向けて何かを唱えた。


 その球体は精霊であり、彼女はその精霊を使役する魔法使いなのだ。魔法というのは大気中にある魔力と呼ばれる不可視で無機質なエネルギーを体に取り込み、火炎、電撃、氷水を基本とした様々な属性に変換し放出させる能力だ。ハイエルフと呼ばれる種族と精霊と呼称される生物のみが魔力を扱い魔法を放つことができる。つまりは、このパーティ内で唯一ハイエルフであるルナのみしか魔法を扱える者はいない。


 だが、彼女は精霊と契約を交わし自分自身を疑似的な魔法使いにさせる特殊なスキルを持っている。彼らと意思疎通を行うことで、精霊側がそれを汲み取り魔力を変換して、。そこから作り出された魔法の威力も魔法使いのそれと遜色ない。そして、契約以外は特別なことは行わず、意思疎通もどのような言語であれ可能であり、精霊自身が膨大な魔力の集合体であるため、魔法使いの泣き所である魔力のキャパシティーはなく、いつでも過不足なく高火力で、高難易度の魔法を無尽蔵に扱うことができるチートな能力だ。


「我、レティ・ウィズラン、貴殿の主、我と共に雷光となりて、我と共に我らの敵を射ち滅ぼさん、我、レティ・ウィズラン、貴殿の主、我と共に雷光となりて、我と共に我らの敵を射ち滅ぼさん……全然聞いてない」


 口を動かしているのは分かるが肝心の声が聞こえず、困惑したのか精霊たちが彼女の頭上に天使の輪っかを作るように激しく回っている。その姿を見た彼女が肩を落としている姿が精霊から放たれる僅かな光から映し出される。


 ――彼女の声が異様に小さいため、精霊側が全くと言っていいほど聞き取れないのだ。聞き取れなかった精霊は勝手に解釈して彼女の意図しない魔力変換を行って大惨事を招いたり、何事もなかったのように揺らめくのみだったりする。だいたいは後者であるため、ある意味安心なのだが……


「くらえ、くらえ、くらえ」


精霊に何度も無視され諦めたレティは、担がれているアリーヤを追いかけるルフスコルスに飛び乗り、腰に差していた小太刀のような短刀で背中を切り付けている。その刃の動きは凄まじいもので、天井の岩石のような硬質の鱗の繋ぎ目を的確に探り当てて刺しこみ、てこの原理で次々と内から鱗を引き抜いている。


 この光景を見せられるたび、なんとも言えない感情が沸き上がってくる。精霊を介した魔法であれど、彼女は魔法使いの象徴であるエナンを被るれっきとした魔法使いだ。そんな彼女が魔法を使わず、接近戦で魔物を切り刻み、その返り血を浴びる光景。これが、日常茶飯事なのだ。


 背中に乗られて、身を焼くような痛みを与えられているルフスコルヌは、振り落とさんと咆哮をあげ、体をその場で無茶苦茶に暴れまわる。その度に地面が踏み潰され、天井の張り付いた鋭利な岩が今にも落ちそうなほど震えるが、ロデオを嗜むカウボーイのようにその都度的確に体を動かしバランスを取って貪欲に刃を突き立てている。


 この時の方がかなり役に立っている事実がさらに複雑な気分にさせる。


 「あっ、ああ!すごいぞ!流石、レティ!愛してる!」


  そして、褒めていいのか、評価していいのか、それとも見なかったことにすべきか分からないが、困惑を無理やり喜びに変えた声でルフスコルヌを操る彼女に呼びかける。


「え?本当に?それなら、今度キスしない?」


 呼びかけた彼女は何かを言って、こちらに熱い視線を向けている。


 何故だろう。魔法を至近距離で撃って止めを刺したいということだろうか。彼女が魔法を成功させることなど僅かであるが放てれば仕留めることが出来るだろう。衝撃波があれど声を発さずとも彼女に危害を加えられる危険性があるときに精霊側が忖度して行う防御魔法がある。――いや、違う。冷静沈着な彼女が僅かな成功率しかない魔法を撃つわけがない。


 まさか――携帯式樽型爆弾を使うというのか。たしかにそれでも防御はできる。しかし、彼女の頭上にも岩があるのだ。もし爆弾を起爆して爆風が岩を落下してしまうことになれば、彼女の死だ。事実、彼女の、厳密に精霊が作り出す防御魔法は、鋼鉄で出来た分厚い城壁を数発で崩落させるほどの威力を持つ【レイフ合衆国】が誇る火薬式大筒型魔法砲第二世代の砲弾を受け止められるほどの高い防御性を持つが、高質量の物体からの防御魔法を覆う広範囲の圧迫には弱い。つまりは、死を覚悟した捨て身の行動――


「やめろぉぉ!それは絶対にさせない!」


 そんな事はさせないと激情に駆られ怒号を上げる。


「……ひどい」


 その怒りに近い形相を見たレティは悲哀な表情を見せて、ルフスコルヌから飛び降り、隅っこで体育座りをして頭を伏せた。まるで見えない殻に閉じ込もった姿をこちらに見せてくる。


 一方、ルフスコルヌは痛みの源が自分から離れ、壁の隅っこで委縮した姿を見てますます困惑の色を見せている。心なしか若干角の色も褪せ、闘志の色も霞んできたように見えて、一種の悲壮感を感じさせる。


 この場合不意打ちで仕留めるのが先決なのだろうが――今は、レティに対する配慮の無さによる失敗どう挽回させるかだ。


「わ、悪かった。でも、これはレティのためだ。つまり、レティを……あー、なんでもない」


 しかし、『見てるとハラハラさせられる。だから、やめろ』なんて汚名返上どころか汚名に油をかけて火をつけるような言葉が頭に出てきたため、途中で口をつぐんだ。傍から見ると適当な対応に見えるがこれも仕方ない。


「え?」


 水を与えられた萎んだ花が花弁を開くように頭を上げ嬉々とした顔でこちらを見ている。


 アイエエエエ!ナンデ!?ニンジャナンデ!?ええ、なんでだ?うやむやな対応をすると喜ぶのか?どんな性格だよ。


「ああ、とにかく。俺がこいつに止めを刺す。こいつを預かっといてくれ」


 処理しきれない事態を頭の中からこそぎ落し、担いでいるアリーヤをレティの傍に優しく落とす。アリーヤを壁にもたれ掛けさせているレティを横目に自分の腰に巻き付けていたナイフを引っ張り出し、頭の中の困惑を消化しきれていないルフスコルヌの角に足をかけ、レティが抉った部分に飛び乗る。


 ――隠者。第六感で全てを見渡せる魔物であろうが、空から地上の全てを見定める飛龍であろうが、そして、世界の全てを見据える神の眼であろうが、決して彼の姿を視界に通すことはできない。言い換えれば、相手は「いない」人間に牙を掛けることも出来ず、防ぐこともできない。そこに『ない』刃が自らの肉を裂き心臓を貫いたと気づいた時には、もはや断末魔をあげることを許さず絶命する。この世界を破壊して創成した伝説の龍であれど、刃を貫ける限り、彼の姿を見ることを許さず、心臓をえぐり取られたことも気づかず、地面に倒れ伏すだろう。まさに『理不尽』を体現したような『チート』の権化である。


 そう、この幾千の戦士の血を自らの糧にしてきたこの魔物も、もうすぐ自分の心臓から噴き出た血糊で自らの体を濡らすのだ。


 「グォォォアラァァァァ」


 聞いたこともない叫喚が体の芯を震わせる。



 ――ルフスコルヌの体を濡らしたのは吐瀉物だった。


  濡れた肉に刃を突きつける度に小動物を踏み潰すような肉が潰れた音と感触、顔面にかかる血がその現実が不快感を生ませ、胃の中にある全てをぶちまけさせる。


 ――そう、刃を肉に通そうとする度にとてつもない吐き気を催すのだ。というよりも、肉を裂こうとする前に肉を裂いた時の感触を思い出して刃を突き立てることすらできない。


 刃も突き立てられないのなら、もはやただ存在を「ない」ものにするだけ。隠者のアドバンテージが欠落した――ただの隠キャである。


 口の中に充満する酸味に嫌悪感を覚え、味わいたくもない余韻を感じる。

 

 当の汚物をかけられたルフスコルヌは、傷口に侵入する正体不明の液体による苦痛とそこから漂ってくる生臭い匂いで自分が毒におかされている錯覚に駆られ錯乱に近い感情を覚えた。


「ギャァァァアァァァァアァ」


 間髪おかずに、その感情が吐き出され悲鳴のような咆哮がなる。不規則な抑揚にルフスコルヌ自身が感じている困惑と恐怖を感じさせる。咆哮と同時に自分の体を持ち上げ、抑揚がある度にその角度を高くし、背中に乗り続ける全てものを振るい落とそうとしていた。嘔吐で気力を消費している人間が耐えられるわけもなく、弾き出されるように放り出され、下に何故か待機していたレティにお姫様抱っこされる形で受け止められる。女の子にお姫様抱っこされる男という格好に羞恥心を覚え、ニヤつくレティから顔を背けアリーヤの方へ視線を向けた。アリーヤは怪我した箇所に包帯でグルグル巻きにされて、レティの荷物を枕代わりにして未だ気絶していた。レティの対応力には毎度ながら目を見張る。これで魔法さえ上手く扱えたら、きっと今戦っている魔物も簡単に仕留められるだろうに――


 ――グガァァァァアアン


 咆哮とは違う轟音、岩石が弾き合い、擦れ、熱を持った岩石群が雪崩のように崩れ落ちる音が後ろで鳴り響く。間髪入れずにレティに庇われるように強く抱きしめられた。すっかり、体を締め上げられた形になってしまったため、体を悶えるようによじる。




 その時ふと視線に失念していたルフスコルヌを捉える。ルフスコルヌの近くにあった壁は削られ、天井の岩も既に剥がれ落ち、ルフスコルヌの体中に覆うように着地している。それにも関わらず血を一滴も流さず岩に埋もれたルフスコルヌは鱗の色と相まってまるで化石化した生物が岩に取り込まれていく光景を見ているような奇妙な感覚が生まれる。しかし、岩の隙間から唯一存在感を示す赤い角が哀愁感を漂わせ、すぐに魔物であるという事実に引き戻され何とも言えない感情が沸き起こる。きっと、まだ意識があるなら、岩にまみれたこの魔物は複雑な感情に駆られているかもしれない。状況からして、背中にかけられた汚物を取り除こうとこちらに目もくれず、壁に自分の体を打ち付け、衝撃で弱った天井の岩が落ちてきて、体中を強く打ち付けられ絶命したのだろう。刃にやられて死んだわけでもなく、魔法で焼かれたのでもなく、ただ揺らして落ちてきた岩にあたっただけ。もしこの感情を2語で表すとしたら「涙目」だろうか。


 「えぇ、岩で、えぇ、嘘、えぇ……」


 少なくともそれを見ている2人は、幾人も倒すことのできなかった魔物を仕留めた喜悦か、その魔物が岩で自滅したことの困惑か分からないが。その感情を漏らした。


「んにゃぁ……もうやっつけたのか?」


 呆然としていると、アリーヤは上体を起こして半分開いた目の片方を手で擦り、猫のような欠伸を漏らした。そして、すぐに「んぎゃあ」という男の声と共に地面に人間ぐらいの重さがあるものが落ちた音に消される。


 「フニャ!魔物が岩に潰れているじゃないか!」


 アリーヤは武人のごとく飛び上がって、白目が全て見えんばかりに見開く。その体格とギャップある可愛らしい姿に少し頬を緩ませたが、腰を擦る自分にいつも通りの場違いな大声をしてルフスコルヌの亡骸を指さす姿で呆れの目に変わる。


「2人がやったのか!?」


 目の前に見えたルフスコルヌの惨状で、2人で岩を落として魔物を仕留めたと思ったのか目を輝かせて見つめてくる。どうも本当のことを言うのは忍びない。


 「いや、勝手に岩が『流石、レディだな!侮れん!』」


 無言こそが肯定の意味と捉えたのか満面の笑みで眉を八の字に変えたレティを激励する。ああもうやっつけた体でいいか。


「そうだよ、天井にある牛のような巨大な岩をちぎっては投げ、ちぎっては投げた」


 Wikiを開くとものの数秒で検索できそうなテンプレだ。それでも、尊敬するヒーロに向けるような目をするアリーヤと子供の嘘を笑うような母親の目を向けてくるレティに愉快さと気恥ずかしさを隠すように顔を僅かに逸らす。


「いやぁ、流石だ……ぁ」


 声が途切れたかと思ったら、喜悦の表情が消えた。その違和感で逸らした顔を瞬時に視線を戻す。今は泳いでいる目を隠すように顔を横に向けて唇を甘噛みしている。唇からはみ出している犬歯が次に出てくる言葉を待つように僅かに震えているように見える。


 そして、重々しく口を開いた。


「此の名前は何といった?」


「何言ってるの?サトウ・カギロイだよ」


 レティの耳とアリーヤ自身の口を隠すように遮る手から漏れる凍りつかせるような言葉で、思わず顔を隠すのを忘れて視線を戻す。これでも共に幾つものダンジョンに挑戦し、仲間に敵の牙がかかったときはお互い、特に俺が庇い、お互いの傷口に消毒して包帯を巻きつけてきた。そして、レティがいつも文句も言わず作ってくれる料理を共に汁の一滴を残さず舐めるように食べ、アリーヤが一生懸命作った料理を共に吐き戻した。いわば、同じ釜の飯を食ってきた仲間だ。幾千の喜怒哀楽を共に感じてきた仲間。そんな顔をよく見知った2人の仲間に名前を忘れられる――それに加え刃も突き立てられない、隠者の「存在しない」スキルのみしか使えない。隠者失格どころか、パーティリーダー、冒険者失格。


 そうして、「いない」男は濡れた顔を手で覆い磐色の空を仰ぐ。


 転生したところを間違えた。これでは隠者ではなく影の薄い唯の『隠キャ』であると――


気分転換に書いてみました。後悔はしてない。

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