青白き夜の光
〔青白き夜の光達〕2010/12/10
夜が徐々に深まりつつあった。美しくも妖しげな旋律が響く。
トン タンタンタンタン
タントゥン
トン タントゥウン トントントン
タトゥン
ター トゥー
天を駆けて行くその音の群は流れに流れ、大河の様にミルキーウェイと重なった。
崇高な音を紡ぎ出すのは、河の流れる横に設けられた草地に坐る彼等だった。
白のヴェールを青白く染め上げ、頬さえも陶器のように艶掛かり、金糸の髪は繊細に流れる。
竪琴を滑らかに白い指で弾き鳴らし、リュートを爪弾いては、そのサファイア色の瞳は透明な空気を流れるように、青の小鳥の行方を追う。
薄い唇は微笑み、そして落ち着き払った声で唄われる。
遥かの日々が謳われし
雅なるそのお姿に
重ね惑ろういずれの神も
目を見張りしや アア
今宵誉れし青の路
天よりいずるその方は
悠久の美を連れ流離う アア
ほら そう 来た
降臨の影 光の地にて 天を結びし
我は求めて待ちつづけるとも……
アア やがて来られる時を待つらん
アァ
リュートが爪弾かれ、止まった。
初夏の祀り事は、青の悪魔の降臨を待つままに続けられていた。街の者達は五百年の時を。
イギリスにいた時代、それは密教だった。
レガント一族の歴史に大きく関るその崇拝事は、安静を導く青の悪魔と、勝機をもたらす赤の悪魔の狂気を沈める為に行なわれてきた。青の色の降りる初夏と真冬に青の悪魔を。狂気の赤が染め尽くす地の秋に赤の悪魔を。イギリスの時代、五百年の時を一族は城でそれを続け、そしてごく一部の貴族達はそのレガントの城へ立ち寄り、それらの祀り事の儀式を執り行いつづけた。
心の安静を保ち、そして狂気を沈めてきた。
それらは、イングランド島へ渡って来る以前のレガント一族の起源となった者達が続けていた崇拝儀式である。赤の悪魔は形を変え、青の悪魔は安静を求めるままに。
今の初夏の季節、真冬の青の悪魔の過ぎ去って行ったその尾が残され、消えて行く時期であると言われていた。その為に、初夏の時期の祭り事は、真冬に働き掛けてくださった青の悪魔への感謝の見送りの祀り事である。
だが、その青の悪魔は降臨されていない、と今もってされていた。
レガント一族の崇拝儀式に、音楽を捧げる一族の女達は静かに瞳を閉じ、地球に美しい青をゆったりと届けてくださる青の悪魔様の存在に、しばらくは宇宙を感じ、艶の様な風を手元に受ける。
緻密な計算により、決められた数年に一度の周期で宇宙を巡りやって来る青の悪魔様が現れることが無くなり、千年と言われている。レガント一族が発祥の地であるヨーロッパのとある山岳地帯にいた時は、周期ごとに古城に降臨なさり現れていたという。
今はそのお顔さえも拝む事の出来なくなった今でも、街中には青の悪魔様の御顔が美しく各所に施されていた。美しく宇宙・天体を巡る御姿で、青の星からやって来る彼は、青白い光のヴェールを引き連れている。
他の街や他国から来た人間はその装飾を、女神、と位置付けて見ている者も多かった。何かの神話に関する神か、女神か、精霊なのだろうと。誰もが異邦人達は、この街の人間誰もがこの彫刻や装飾に見られるお方こそを、青の悪魔様を祀り崇拝し続けているのだとは知らない。
初夏の時期の黄緑の細かい葉をつける木々が枝葉を庇のようにたれさせる下。
清流はサラサラと清く流れ、艶を発しては、そして天体を映している。どこまでも崇高で、青の悪魔様のいらっしゃるその宙を。
ガルドは眠っていた。道端で眠っている。
彼は赤紫と黒と銀の三色で染められた髪で、耳上ラインから複雑に真中分けのコーンロウ三つ編みを赤紫にして耳横に沿い上部で簪でまとめていて、他の残った腰の長さまでの髪を黒と銀交互のコーンロウで染め上げて編み込まれている。上部でまとめられる赤紫は、毛先が狐のように金色だった。
いつもの様に星座大車輪の入墨が彫られる広い背中を上に、雅な孔雀羽根の彫られる両腕をだらんとさせ、その腕に黒と銀の細かい編み込まれた長い長い髪がピーコックグリーンの羽根に絡まる様に、まるで黒の鎖や、純銀のチェーンのように装飾している。
黒革のショートパンツの魅力的な腰元から、長い真っ直ぐの脚が二本、細い蛇の螺旋を描き彫られ、今は大腿部と脇腹周辺に掛けて彫られている紫グラデーションのアールデコアカンサスな入墨はブラックライト無い今浮かんでいない。
ショートの革パンの上から、彼の身につける紫に黒斑のガーラジェントルのストレッチトランクスが覗いていた。腰元に回される、黒金属の装飾的な鎖は、それが艶を受け地面に蛇の様にうねり伸びて、その先にガルドの愛獣のライオン、アギの顔レリーフが黒艶を受け、そして愛獣の黒豹、ベレの顔プラチナで腰横で留められていた。
その脚側から、猛獣の様子を窺う様に近づいて来ている男が一人いた。
徐々に近づき、脚を蹴り揺らす。動かない。
進み、そして眠る横顔を見た。
真っ直ぐ硬く整う鼻梁の鼻。微かに開かれる厚い唇は色っぽい。深い眼孔に沿う意志の強そうな綺麗な眉。その下の溝にある広い瞼と、くっきりと刻まれる二重の線。大きな目を囲うための睫は短いもののくるんとブロンドに生えそろう。硬い頬は綺麗な造形をそこでも生み、その顔立ちの各所にも、そして赤紫の細かい三つ編みの連なる先から覗く耳にも、派手に銀のピアスが嵌められ、そして耳たぶの五センチある穴には他の青い石のピアスが四つ引っ掛けられ、その中心に銀コブラのものが掛けられ覗き光っている。
相変わらず色男な顔つきだ。
百九十五で野性的な完璧さを誇る勇ましい体つきなので、野生動物に見える。
筋肉の柔軟性の充分にあるその体格は、彼自身の奔放な性格も充分に現れたセクシーな背だった。
二十二歳。ガルドは、警部だってものをこんな道端に転がって、警察署の最高司令官である署長、アラディスは背を伸ばし呆れ返った。
夜。この初夏の季節の夜は実に御伽噺めいて思える。
そんな中に現れるこいつのようなスラム出の悪漢は、この色彩だからどこかしらマッチしておもえた。
「おい。小僧」
ドカッと腹を蹴り上げ、それぐらいで眠りを一切妨げられない事など分かっているので、髪を鷲掴んで引き上げ、顔を覗き見た。
「くー、くー、」
無垢な顔して眠っている。
だが、人様の屋敷の前で行き倒れていられても迷惑だ。
ここはアラディスの屋敷がある場所から十二分程度の屋敷で、主がこの街に伝わる崇拝儀式から秘密裏に帰って来ると、こっちの悪魔の方が降臨していたので、街の署長である近所のアラディスに助けを求めにやって来たのだ。
白い蛇がフェンスになった門の前に行き倒れられていて、迷惑この上ない元犯罪者だった。
アラディスは真っ白の手で黒と銀の細かく編まれた髪を鷲掴みながら首を振り、屋敷の主を肩越しに見上げた。
「生きているとは思うので、救急車は必要無いでしょう。部下が申しわけ無い」
「いいえ、」
恐くて自分の家だってのに屋敷に入れなかった彼等は、アラディスがガルドを引きずって塀の方にずらした為に、二人の幼い子供がキャアと言いながら肩を縮め走って門の中へ入って行った。
上司のギガ部長にでも来てもらえば、どうやらガルドが苦手に思っている相手らしいので即刻目覚めて塒に帰ってくれると思うのだが、今はいない。毎日乱闘しあっているボルドン巡査やジョージュ巡査、ガルドを叱り付けるマザレロ巡査部長や、ガルドがコテンパにするヨシュアム巡査や、ガルドが面倒を見ているちっさなリンダ巡査でも総出で蹴散らしてくれれば、魔物ノ様に激烈して目覚め地の果てまで追いかけ消えて行ってくれるのだが、そのガルド警部のまとめるギャング撲滅チームの面々も、今はいなかった。
主も他の家族もこのルシフェル・ガルドには近づく事や触れる事すら出来なかったので、主はアラディスに感謝し息をついて微笑んだ。
「ありがとございます。ミスターラヴァンゾ」
「いいえ。こういう事態には、即刻言ってください」
ガルドが人の足首にしがみついてきて、アラディスは微笑みながら蹴散らし、主に言った。
「どうぞ。お屋敷にお入りください。あとは屋敷にでも連れて行くのでご心配なく」
主は何度も礼をし、ガルドの覗いて月光の差している脚をビクビク気にしながらも、屋敷へ引いて行った。
アラディスは笑顔で見送り、カーテンから見ていた二人の少女が慌てて顔を引っ込めた。扉が閉ざされると、アラディスは目を伏せ気味に迷惑青年を見下ろした。
「ガルド」
「くー、くー、」
「ダイラン」
「くー、………。 ?」
誰か、清涼とした低い声の素敵な人間に名前を呼ばれ、目を覚ましてエメラルドの巨大な瞳が光った。ぼうっとした顔を上げ、白黒の署内の悪魔、ラヴァンゾを見上げると、一気に顔を獣の様にギャフッとさせ、起き上がった。
「あんであんたがここにいんだよ」
そう蛇が喋るような風声で言い、立ち上がった。高い位置の胸部から、ガルドに伏せ気味の視線だけで顔を見上げた。ガルドの胴体には、双コブラがサーベルを中心に螺旋を描き彫られている。
いつでも、ガルドは自分の事を胡散臭そうな目で見て来るこの署長を、不機嫌になって見てから顔を反らした。
「十番地から出て行け。何の為にこの辺りを探っている。デスタントファミリーが役所関係の人間に手出しするような情報でも掴んだのか」
この十番地は、そういったお堅い関係の人間の屋敷が軒を連ねているブロックだ。
見回しても、ガルドのあの黒い大型バイクも無ければ、愛車の赤紫色をした車体ベライシーも無い。
「潜入捜査の装いでも無いようだな」
その時はせめても、短パンでは無い黒革のパンツだ。いずれも半身裸だが。
いつ見ても色っぽい体つきを一度視線だけで見ては、首をしゃくった。
「やだ」
「我侭言うな。帰れ」
自分の方もやはり帰宅途中だった。
ガルドの頑固な我侭顔に、アラディスは威嚇して帰らせた。
ガルドは憮然としながら歩いて行く。
「?」
アラディスは目を疑い、背を見ていた。幻覚か。
青年の背に、青白い四体の何かが霞んで見える。確実に。透明度高く鮮明に。
四人の美しい女だ。透けている。艶の肌と、エンパイア系の白のドレス、足許までウェーブ掛かる髪も艶で、細い裸足も繊細だ。キラキラと、青い崇高な粒子が煌き舞っている。
幽霊か。幽霊なのか?
てんでガルドは気付いていない。今も酷くて冷たいアラディスの事を怒りながら歩いている。
本日は確かに初夏らしい青の鮮明なコバルトブルーの夜だ。幻覚を見るなんて。
四人を引き連れ月光に青年は照らされ、歩いて行っている。
腕を引かれ、驚いたガルドはアラディスを見た。即刻柔らかく滑らかだった純白の手が離れて行った。
「お前、女にでも怨まれてるのか。あの刑務所に送検された四名の女部下の祟りか何かにでも見回られて倒れていたんじゃ無いのか。どうなんだ」
「ああ? 何言ってんだあんた」
人に変なものを見つけて変な事を言うと自分こそが変な人と思われるという物だ。アラディスはまた見た。
ガルドが眉を潜め、ずっと青い光の中に見えつづけている美しい四名の女をアラディスは見上げてた。ガルドより背が高い、二メートル強はあるだろう。美しいアラディスを、彼女達は見下ろしてきている。だが、当然ガルドの部下である女四名の生霊では無い。
青の悪魔の情婦達だ。レガント一族の正統な後継者であるこの青年に、加護で光の恩恵のもと憑いているのだ。
まさかのガルドは青い光の精霊に憑かれているなど知る由も無い。
静かな眼差しで彼女達は美しいこの白黒の男を見ていて、アラディスは瞬きを続け見上げていた。ガルドは肩越しに、アラディスが見上げる星空の美しい天体を見上げた。まるでクリスタルベルでも美しい女神達が鳴らしそうな星の群れは、どれも崇高に光り、ダイヤモンドの粒かのようだ。この街の夜空は美しい。
ガルドは星座を見ているアラディスを見てから、チュッとキスをした。
ドバキッ
「アウチ!」
アラディスは青筋立って歯を剥き、ガルドを睨んでから、ガルドは頬を押さえて口端や鼻ピアスなどを憮然としながら正した。
アラディスは怒りながら歩いていき、ガルドは頬を膨らめながら憮然と見ていた。
「何をしているんだい」
ガルドは肩に黒ファーを掛け歩いていると、声を掛けられ高級車を見た。
「また裸足で」
先ほどは他の貴族のシャープなおっさんにリムジンでバートスクまで送ってもらいながら、シャンパンと生ハムをもらい食べ、台の上に置かれていたこの黒い毛皮をもらって肩から掛けていたのだった。
「散歩」
「乗って行くかい」
「お。サンーキュー」
そう言いガルドは入って行った。運転手はミラー越しに一度旦那様に合図をし進んだ。
黒の毛皮に黒と銀の細かい三つ網が装飾し、硬い腹部、そして長い曲げられる脚の色っぽいショートの革パンで、黒に塗られた爪が膝に置かれている。
貴婦人が、ガルドを横目で見ては旦那を見た。まさかまた関係でも屋敷で結ぶつもりだろうか。きっとこの車両に自分が乗っていなければそうしていただろう。既に。
あの四名の光達はガルドの乗る幌つき高級車の後を、見下ろしながら進んできている。青白い透明度の高い月光の中、衣を繊細になびかせながら、時に地水の青の波紋を爪先で広げながら。
星座大車輪の刺青が背に彫られ、首に下がる黒と銀の鎖が揺れては蛇の様に艶めいた。赤紫髪の部分飾り立てた。奥方の燻らせる金の煙管が細く時に現れては紫煙が流れ、絢爛な星座大車輪を星雲に見せた。車輪宇宙のカラクリによる幻想的に機械音まで幻聴に。
奥方が流させたジャズ。大車輪軸の薔薇星雲の入墨が煌くようだ。孔雀羽根の腕がリズムに乗せ踊る。
貴婦人は微笑み上目で見つめ煙管を横に構え、長い流し睫が光った。
アジェン地区に差し掛かる手前まで、バートスク地区のジーンストリートを進み送ってもらうと、ガルドは降り立った。
「じゃあ、またいつか」
ご主人様はそう言い微笑み、ガルドは手を振って高級車は走り去って行った。
バシッ
いきなり頭を叩かれて向き直った。
「またお前は貴族にたかって、男娼をいつ辞めるつもりだ」
パトロールの巡査部長を見て、ガルドは憮然と頬を丸めた。乱雑で様々な彩りの電飾が渦巻くこのデパート前の通りでは、四名の光達は完全に光に紛れて見えなくなっている。
だが、青の光を千年前に分け与えられた王女シェディエンヌがいるレガントの古城に徐々に近づいているので、そろそろ彼女達光達の五人目の仲間になるだろうと思われる時期も近づきつつある。青の悪魔様の哀しみはまだ癒えては居なくて、当分は地球に休憩の為降り立つ事が出来ずに千年を休まず働き続けている。
ガルドが住む部屋は、本人計らずして、以前あった神聖なる青の光の降りてくるアジェンの沼中心位置なので、レガントの古城にも尚の事近い位置でもあった。森を越えると現れた厳正なるそのアジェンの沼は、真冬の時期になると幾つかの条件が重なり、真っ青に光を放った。美しく広大な沼であって、そして神秘の場所だった。青の悪魔は、自分を崇める者達のいるこの街の上空に周期を越えやって来ると、その沼を宇宙から涼しげな瞳で見下ろし水面を美しく青に光らせ、そして微笑みゆったりと、流れ顔を戻し進んで行った。
ガルドは頬を膨らめ続けていて、このチンピラを巡査部長はさっさと歩いて帰らせた。
ガルドは舌をベーッと出し、黒の毛皮を今度は首に巻き、黒艶鎖を揺らし歩いて行った。
それを振り回し口笛を吹きはじめ、アジェン地区を進んで行く。明りも蛍光灯が白く点々と灯る以外で、灰色や白の味気ない低層の雑居ビルが続くのみの場所だ。
迷路のように入り組んでいる為に、閑散として瀟洒な寂しい風だった。
その白い建物の間を、四名は流れるように縫いながら肩を並べ流れ進んでいる。
一人は名をレと言った。一人は名をフォだった。一人は名をセと言い、そして一人をラと言う。其々がその音感を司り光を形成していた。
白の壁に流れ行く彼女の青白さが映り広がり染みては、流れていく。
アジェンの水源が地層を今も尚充たしては潤していた。
彼女達はアジェンの沼の存在のあった中、建物間をガルドに憑いていきながら時にステップを踏み水面を真っ青に波紋としてキラキラト広げながらも周りトントンと舞っては、憑き流れていき、衣を綺麗に揺らす。繊細な爪先のステップに、青の粒子が煌き光り続ける。
闇に閉ざされる中を青白く鮮明に浮き彼女達は肩を並べ進み、ガルドが猫に逃げられて憮然とする横顔の背後を憑き進んで行く。
古城の幽霊シェディエンヌが現れるのは、こういった青の夜だった。
四名の光達と時にシェディエンヌの知らぬ内に鼓動し、振動してはシェディエンヌは古城の闇の中、強い青に光る。
進んで行くガルドは、自己の住むマンションに着くと、部屋がある二階階段手前の部屋へ入って行った。
紫と黒に完全に埋め尽される室内だ。
凶暴なペットの鰐が、王冠トップの円筒格子の中でドアの開いた音で反応し長い尻尾を振り格子をガシンと音をさせた。
ガルドはレコードを掛け曲で空間を充たすと、黒毛皮の寝台に転がった。彼の肌が壁の紫色に染まりバイオレットになる。その腹に、キャンキャンと白黒の可愛いパピヨンドッグが駆け乗ってぶわぶわの尻尾をふりふり振った。今は白の部分はやはり、紫に染まっている。
犬も四名には気付かないので、彼女達は青白い体を一部だけ品のある深いバイオレットに染めさせては、彼の寝ころがる左右に立っている。静かに。
今は、手には現れていないクリスタルベルや、連鈴、クリスタルすだれなどは彼女達は持ってはおらず、ふと、彼女達が天井を見上げ、それを透かして夜空を見上げた。
純度の高いクリスタルの崇高な音が響き始める。それに吸い込まれる様に彼女達は上がって行った。
夜空に出て、銀の星の大群を青く瞬かせるように遊び始める。クリスタルのシャンデリアが下方で風を受け、揺れては高く澄んだ落ち着き払う音を響かせている。そっと、そっと、深くどこまでも響かせて。
屋上に架けられるその透明なクリスタルのシャンデリアが、彼女達の楽器となって夜空を今宵も踊り始めた。大気を風が透明に撫でて行く中を……。
ここからは、踊っていると、レガントの森を越えた先にある古城が見える。まだまだ、この時期はまだまだ、巨大な古城は青く染まる事の無いまま。草原の中、高台にそそり立ち、千年の時をシェディエンヌ王女はずっと、待ちつづけている。ひっそりと……。
一時間して目覚めると、ガルドは寝ぼけながらシャワーを浴びる事を忘れていたので浴びに行った。
なんと、何故倒れていたかというと、誘いを受けて向かった八番地のでっかいでっかい屋敷で、ガルドに嫉妬した屋敷主人の愛人が、彼に毒を盛ったからだった。毒ぐらいでガルドが死なない事など充分分かっていながらも、それでも愛人は毒を盛った。
先ほど白い蛇モチーフのフェンスに見惚れていてそのまま眠った時と、高級車の中で熱を発散して少しは体の毒が消えていたのだが、体が重くてそのまま眠ると、もう毒は消えていた。
ガルド自身は毒慣れしているので、抜けた後はもう何とも無かった。
黒のストトラは腰のサイドラインが金のアカンサス模様で、それで出て来ると肩に黒のショートガウンを掛けた。紫ビロードに黒枠装飾のボリュームある一人掛けに座り膝に足首を乗せ、ボウッと小さな炎が灯った。煙草に火が灯され、振り消すと背凭れに項を掛け、目を閉じた。
赤紫が今は黒と銀に混ざり下がっていて、二、三本輪郭に残し耳に掛けられていた。
犬がベッドの中で眠っていて、繁殖鰐が餌を欲している。
エメラルドを切り抜かれたような目を開くと、ガルドは歩いて行き黒い石膏で固めた冷蔵庫から肉を出し、そのブロックを鰐の檻前に来て、鞭を片手に巻き目で威嚇しながら扉を開けた。激しく口を開けながら鰐が鋭い瞳膜で肉を見ては、ガルドは鞭払い下がらせると肉を放った。
肉ブロックがドシャッと転がり、それを鰐は一気に喰らって、ガルドは太い鎖を大きな手で絡め引き扉を閉めて、鍵を掛けると鎖の鉤を天井の鉤に引っ掛けた。
鰐は大人しく動かなくなり、深夜に突入すれば、また首輪を巻いて鎖で引きいつもの様にアジェン地区内を散歩させる。こいつの場合、食べた後の方が落ち着いて歩き、暴れる事も無く、そしてニ時関して帰って来れば大人しく眠った。そして五日間動かなくなる。目覚めれば深夜に部屋前の通路まで黒いホースを引っ張り水浴びさせるのだった。
革パンを履きバックルを嵌めるとブーツを履き、簪で赤紫部分を下方でまとめると、ガルドは鰐の檻を開け、大人しくなった所を首に首輪を巻き、腰に鞭を携え、鎖に繋ぐと引っ張って行く。
のっそりと鰐が動き始め、部屋を出て歩いて行く。いつでも階段は、この巨体をガルドが両肩に抱え上げて連れて行き、そして降ろして歩いていかせる。
月夜、静かな中を鰐とガルドが進んで行く。
星で遊んでいた四名は、彼を見ると流れていった。鰐の影も、それを繋ぐ太い鉄鎖の影もガルドも地面に白い中影を落とし、歩いている。背後に戻ると、肩を並べて進んで行った。
鰐はのっそりと歩きながら、黄金の瞳で進んで行く。
アラディスは執務中、こめかみに静かに拳の指関節を当てていた。が、二度見して、進んできたガルド警部を見た。
凄い勢いで進んできて、また人の手首を取ってこようとして身を乗り出すのを頭を叩き、黒と銀が翻って簪が転がって行った。
「ううう、ううう、」
ガルドが地面に転がって打ち捨てられ泣いていて、放っておいた。だが、あの例の四名は昼の陽に溶け込み見え無いものの、彼を揃って見下ろしている。
起き上がると、また熱いからってストトラ一丁になって署内行動しているガルドをちらりと見ると、首をやれやれ振って執務に戻った。
ガルドは嘘泣きを止めて憮然と立ち上がると、赤紫も黒も銀も全てまとめて項の所で三本程でまとめてから簪で留め、黒石の書斎前に来た。
「署長室のドレスコードを作らせるぞ」
そう冷たく睨み見て、充分に魅力的過ぎる体格を見つめる前に万年筆を置いては、ハイバックに沈め伏せ目で見た。
「報告を」
「今日、デスタントの何らかのパーティーが開かれるはずだ。十六年前、奴等がエルサレムからアメリカに到着した日だからな。毎年祝い事してた。去年はあの野郎共が情報ではアメリカ離れてて、パーティー開いて無かったようだが」
「既に目星をつけた会場には、撲滅チームの人間を張らせているのか」
「開かれるのは決まって深夜一時からだ。あいつは何でもかんでも深夜一時に宴を催す。きっと奴がどっかのだれかと浮気して結婚しようって時も夜一時に式を挙げるだろう」
確かに、デイズ・デスタントは十六歳の年齢の時にエジプトの第三王女と婚姻を結んでいた。貴族の人間であるアラディスも知っている事だが、既に彼等は一年前に離婚している。デスタントはバツイチだ。なので、別に重婚にもならなければ浮気にもならない。ギャングファミリーをデスタントが結成させた一年後の離婚だ。相手は王女だし、アメリカとエジプトでずっと別居という状態だったが、話では時々デスタントは妻に会いに向かっていたらしい。
その王女の妹というのが、ガルドが悪漢時代に興していたホワイトスネーク団の娼婦、元は砂漠横ハレムの女だったエジプト女のジャー・レムで、今現在はホワイトスネーク団に加わっていたとして刑務所の中で過ごしていた。四人の女達の中の一人だ。とはいえ、彼女は彼等と共に強盗や、爆破、悪巧みはしていなく、ガルドの女達の中の一人の娼婦だったのだが、やはり麻薬の常習者に変わりなく、彼等の犯行を横で見つづけてきてともに享楽し続けては罪を逃れ続けて来た中の刑期四年だった。
あと二年で彼女達の刑期が終る事になる。
ガルドはそのいずれ現れるだろうデスタントの結婚相手に既に今から嫉妬していた。
「時間までを慎重に最新の情報を集めつづけ、様子を窺わせてくれ」
「イエッサー」
ガルドは署長室を歩いて行った。
その赤紫と黒と銀の束が揺れる背を見ていて、扉が閉ざされた。
「………」
あの昨夜見た幻は、何だったのだろう。青白く、とても美しくて、澄んだ存在だった。あのガルドの新しいペットだろうか? アラディスには不明だった。
部署に戻ると、またのっけからジョージュに顔横を飛び蹴りされてギャーギャー騒ぎはじめた。最終的に乱闘がガルドのストトラまで飛ばされて行きセクシーなマッパ姿で乱闘していて、ほとほとサリー課長は顔を赤く額に指を当てうな垂れ、レオンは元彼のガルドに呆れて大乱闘している三人を呆れ見ていた。
ボルドンがまた足蹴にされてガルドはジョージュに簪を奪われグサグサ肩に刺されて赤くなっていたがつぼおしにしかならずに、いい加減馬鹿共をマザレロが打っ叩いて大人しくさせた。
ガルドは主任警部なので、四十代のボルドンと三十代のジョージュにガミガミ叱りながらストトラを引っ張りはいて革パンを履き、ベライシーのキーを持ち部下を連れ歩いて行った。マザレロが五十代で、ヨシュアムとヨセフが二十代、リンダだけがガルドの年下だった。
一度ギガ部長のドアを開ける。
「街流して来るんで」
「ああ。行って来なさい」
またドアを締め、どやどやと進んで行く。階段を駆け降り、裏手のベライシーに四人、助手席にリンダ、後部座席にボルドンとヨシュアムが乗り込み、マザレロの車にジョージュとヨセフが乗り込み街を進んで行った。
また、今回も赤紫のベライシーの背後を、彼女達四名が流れついていっている。
稀に追われて400キロの豪速球の時などは、彼女達はクリスタルチェーンで繋がれ一列になって電車のように高速で引っ張られて行くのだが、流石に炎の中に突っ込まれたり、弾丸がぶっ飛んでくる時などはたちどころにファッと消えて行った。そしてまた、安静時になると徐々に現れ始め、ゆったりと憑いて進んで行くのだが。
リンダがまた渦巻きキャンディーを出して食べ初めていて、甘ったるい香りが充満している。ボルドンが巻いた葉に火を着け始めて匂いが混ざって嗅覚が鋭いガルドをイラッとさせた。
ヨシュアムがいつもの様に肩に肘を掛け下腕を下げて来て話し掛けて来る。
「よう。お前昨日、バートスクで巡査部長にこっぴどく三時間ぐらい叱られつづけてたよなあ」
「うるせえ。三十秒にも充たねえよ」
「でもまた言ってたよダイラン。交通課の夜警がパトロールしてた時に高い車に乗って消えたって」
リンダがそう言い、どこからまた出したのか、ソフトクリームを出して食べ始めていた。またきっと落としてクリーム臭くするつもりか。
ガルドは憮然として答えなかった。また真中からゆったりさせて赤紫だけまとめさせた髪に隠れる耳元にヨシュアムが言った。
「こいつ絶対お前の事好きだぜガルド」
「………」
瞬きしてガルドはヨシュアムを見て、横に乗るちっさなリンダを見た。
「何言ってんだよお前。リンダにはなあ、エロい目線で夜警してやがる旦那のロドリゲスと六人の子供がいるんだぜ」
一年前に夫婦でこの街勤務の巡査になった夫婦が、ロドリゲスとリンダだった。元々ロサンゼルス出身でAV男優だったロドリゲスは、今はミシェルと組んで夜警パトロールをし始めている。リンダはチビながらも殺人課で刑事をしている巡査だった。ガルドはこの後輩を可愛がっていて妹のように扱っていた。旦那の方のロドリゲスとは話すらした事無い。やはり性格的には、あのミシェルとよく合ってキツイ性格だ。それに、どうやら元々ミシェルとは連れ同士だったらしい。ミシェルの父親が地下クラブとモデル事務所をロスでやっていて、そのAV部門でロドリゲスはいて、クラブではその息子のミシェルと十代の頃はよく連れ立っていたそうだ。ミシェルもロドリゲスも刑事課のスレンもアラディスも加えて情報処理課のカトマイヤーも規律があって冷静沈着でシビアでドキツかった。なので、ガルドはその辺りの刑事達が苦手だった。
「あ! またアイスクリームがー!」
またリンダがソフトクリームをシートに落とし、ガルドは呆れてタオルを膝に投げてやった。
こう見えてリンダは六人の母なのだった。
そんな時でも、四名の光達は流れ着いて来ている。緩い光に充たされて。
張り込み中、座席を倒しハンドルに脚を交差させ乗せて、腹上で手元の手錠を操りながら見下ろし、ちらりと何度か横目で見ていた。
明るい野外は徐々に変わり始めている。リンダが向こうから走って来て、両手に容器に入るスムージージュースを持ってあちら窓から渡して来た。
「飼って来たよ。ストロベリーとバナナどっちにする」
ストロベリーを選んでから、リンダは飲みながら窓からハーフブーツの細い脚を突っ込み入って来た。
アヴァンゾン・ラーティカの広場横。向こうでは、豪華絢爛で妖しげな巨大サーカステントが青空の下、初夏の装いであり、道化師達が踊り微笑し芸を見せては客寄せをしている。
赤紫のベライシーは司令塔になっていて、他の人員が回っていた。石畳に車体の影が降りてはガルドが腕を出し指を鳴らすと、小鳥たちが木々の上からやってきて孔雀羽根の彫られる腕にブルージェイが並び乗り、パン屑をもらって突付き食べている。
緩やかに陽が伸び差し込んでいて、リンダはボウッと眺めていた。エメラルドが光を何処からか受け透明に透き通り、腕や腹部に明るい陽が刺しては、閉ざされる厚い唇が今は静かに閉ざされるままにそしてブロンドのくるんと短い睫は光り、古城の窓際にくつろぐまるで王子さまのように、小鳥に餌をやっているのだ。リンダは頬杖をついてボウッと見惚れていた。
あちらの広間は眩しいぐらいに子供達や女性やカップルが笑顔で歩き駆けていた。
時々、繁殖型自然放流・放野までの施設・一部公開の猛獣園のエレガントなフェンスの方から獣達の咆哮が天に向かって響く。
稀に、銀の揺れるピアスは何かガルドが動く毎にゆったり揺れ、きらりと光った。
その車両周りは四名がいては、手を組み浮かんでいた。木々を透かし、時々彼女達の髪の間を小鳥たちが知らずにもぐりこみ飛んで行っては、そしてふわっと青の粒子が舞い煌いた。昼の光にキラキラと。
ガルドは片膝を曲げ、黒の硬質な爪に一羽のブルージェイを乗せると、ブルージェイがガルドのエメラルドに光る大きな瞳をじっと見つめて首を傾げつづけてはフワフワの頬をふわつかせていた。
片膝にも、その腕時計の嵌められる手首にも、黒の爪にも光が差してはリンダは目を眩しくて細めた。
「何? ガルドが?」
「ああ。あのルシフェル野郎、昼から探ってやがる」
「会場の場所が何故知られた」
「はったりでうろついているだけともあり得る」
デイズ・デスタントはあちらを見ては、黒シルクシャツの背をすっと返し、重厚な黄金の嵌る細長い指で焦げ茶シルクのスカーフをしっかり巻くと、整えながら鋭い瞼を開き横のキースを見た。本人諮らずして色っぽく、そして黄金掛かるこげ茶色の瞳で。
「放っておけ。どうせ、地下には警察は入れない」
高い位置の腰を返し長い脚で進んで行く。ミラー前に来ると、適当に肩まで伸びるこげ茶の髪を流し、金枠の鏡には、落ち着き払う調度品の中を身を返して歩いて行く背が歩いて行く。
「いつまで放っておくつもりで? ボス。ファミリーを結成して三年。そろそろ奴は今の内に消しておかなければ、全米進出の見込める来年度の大きな大鋸屑だ」
「あの野郎の全ての裏の顔を、FBIに勝手に探らせて判明するまでだ。今は大人しくしているが、まだ正体のはっきりしないZe-nも協力する気も無いなら、炙り出されて尻尾出した所を漸く崩せる」
あのハノス・カトマイヤーというFBI捜査官が何を企んでいるのか不明だが、徐々に目的も見え始めていた。どうやら、あの異端の王子様を完全なる規律人にする為に、あのガルド側から投げてきた縄を手に掴んで更生させようとしている為に、わざわざ警官になる事を承諾したのだと。
写真でしか顔を見た事は無いルジク一族の若で、ダイマ・ルジクの孫はきっとハノス・カトマイヤーにもうんっざりしている事だろう。詳しい経歴は不明だが、あの捜査官は実際、相当の力を有している。あの署長さえも好きに出来ないぐらいに融通の利かない男がカトマイヤーだ。それが動いているわけだから、ガルドよりも頑固で気難しい扱い辛い人間の筈。凪の構えを続けていると思えば目も鋭く、一気に、サーベルで突き殺して来る程の。
「昨夜、イギリスの親戚の方から連絡があった。祝いのワインを送って、昼には届くらしい」
デイズは相槌を打ち、「そうか」と言い、円卓の上に手を伸ばし、手首に金の腕時計を嵌めた。
スレンダーな革靴で進んで行き、空間を後にする。
会場へ行き、セッティングを確認していく。男共が動いていてアーネスが慣れたもので指示を出していた。
「………」
またバースの奴が壁際のカウチの上に転がっている。群青ビロードに百合紋章ドットの金枠のそのカウチを、男共は、腹にポップコーンを乗せたままグーグー眠っているバースももうそのままに、所定の位置へ運んで行く。その場に置かれても、背を上にむにゃむにゃと眠っている。風船でも大人しく膨らめさせてでもいれば集中してはげむのだが。
呆れ放って置き、デイズは歩いて行った。
二年間、ダイランの前に姿を現していない。相手は警官になどなって、自分を殺そうと意気込んでいる。あのまま、十三歳の時のままに幸せにいたらこの自分の築き上げた小さな、だが多くの人間も関る世界も変わっていただろう。
躍進するまでだ。あいつを手に入れるまで戻って濃いと言われつづけるイギリス本家にも行かない。
とにかく今日は宴の日だ。準備を進めさせていく。
「イナゴ……」
と、言いながらこの貸し出し会場の厨房に入って行った。仕込みを続けているコックや手順を確かめ合っているボウイ達が顔を挙げ、料理長のいる方向を示した。
料理長が振り向くと、うんうん頷いてイナゴ料理用のコックが顔をあげた。
「はい。ディアンさんに言われて漬けておいてあります」
デイズの双子の兄、ディアン自身はイナゴが食べられないのだが。イナゴはデイズの好物だった。
デイズは頷き、出て行った。まあ、彼にはイナゴさえあればいいのだが、他のゲストがそういうわけにもいかない。というか、デイズ以外にはそういうわけにもいかない。
デイズは実はああ見えて寡黙な性格なので、逆にその方がコックたちも安心した。ディアンの方はいろいろ喋ってくる方で、デイズの権力のある性格で、逆に何でも言って来るようだと恐ろしくて恐くてきつくてとんでもなかっただろう。必要な事以外、興味のあること以外は口にしないスマートな性格でもあって助かった。
まあ、デイズの場合、その興味のあることに関しては恐ろしい程の固執をみせるから恐いのだが。それもあるから尚の事上昇力も半端無かった。
ハイセントルから離れれば、リーデルライゾンやアヴァンゾンでは、この二年程は昼の内は殆どを地下で過ごすデイズは、ダイランが近くに居るという明るい太陽の差し込む地上へ上がる事も無く、絢爛な廊下を歩いて行く。黒のシルクにランタンや照明の明りを跳ね返させながら。
夜。
「いいか。今回、深追いはするな。ゲストの面子がつかめればそれで良いとする。街貴族の顔やバッセス・バッサの著名人以外にも、必ず何らかの闇に関連する輩も訪れるはずだ」
硝子の外の他所らは動かない。星だけが銀色に瞬いていた。氷の様に。
部下達は頷き、背を低く進んで行き闇に紛れていく。
稀に、張り込みは四名は自分達も微笑み背をかがめ、綺麗な指を口許に当て静かにさせ、闇の中青白く光りながらも張り込み真似をしていた。
ガルドは紫煙を全て消し去りアシュトレーに消すと、オープンカーになっている物陰のベライシーから足を外し歩いた。
正式な宴の場合、デスタントファミリーの奴等は一切会場外には出て来ない。それに、貴族達が動く宴も多く開かれる。
八番地を探っている内にも、何棟かに入ってこの所、旦那様達に寝台で愛されながらもサイドボードやナイトテーブル、書斎を回り、デスタントからの招待状を探しては何名からか見つけていて、会場も判明し、くまなく闇と反するあちらの光に目を凝らし、その彼等の姿を探していた。
わざわざ、この日はあちら側から「あれ。やあ。何をしているんだい?」などと糞親切に声を掛けて来ることなど無いことは分かっていた。見つければ、目で追って、面子を探っていくまでだ。
見つけた。
一週間前に招待状を書斎本棚の招待状ブックから見つけていた貴族主人だ。リムジンから夫人と共に微笑み降り立ち、エスコートして進んで行く。
それを追わせる。
闇の人間は空気感で分かる。一日中周辺を張っていて、チェックしていた。ここは地下へ続く駐車場口がひとつしか無いために全ての車両もマメなヨセフが一日中チェックしていた。
アングラのボスの顔は一人一人、分かっている。今もZe-nとホワイトスネークは起動していて、地下変動はくまなく情報としてボスのガルドに入ってきている。それでも慎重派のデスタントの動向を掴むのは至難の業だ。足許の事の方が、痒い場所に手が届かないもので、とおく事なら手を出して掻いて上げられる事と同じだった。全くはがゆい。
だがまただった。決定的に間違っていた。
ガルドが張っているのはまた違う囮の建物の方だった。全くもってデイズは周到で、招待した者達しか分からない暗号で会場を示していて、ガルドには探る事など到底出来なかった。
そして、囮のための貴族もしっかり報酬を払い、元の通りの会場へ来させていた。元から社交で他の宴の話を聴いておいて、そこで話を通し毎回の保険を掛けて招待状を受け取らせ、自分達は其々建物の中の本目的の会場へ向かう。
ガルドはまた、掴めもしない情報を得るために必死になって目を光らせていた。
四名の光達は張り込みにも動きがないと分かると、徐々に美しい瞼を閉ざし、クリスタルの置物のように動かなくなり眠り始める。
そして今宵も、寝ずの見張り番を続けるのだ……。