夜風の唸る頃
夜風の唸る頃
アメリカの極カナダ寄りの街。
デイズ・デスタントは二十四歳の青年である。
二メートルの長身。元はアメリカンフットボールをしていたがたいの持ち主である。
人種はエルサレム生まれのユダヤ人。父方の祖父がイギリス人である。その祖父はいわゆる貴族の家柄の人間であり、豪華客船事業など、幅広く活躍してきた男だった。その祖父は戦時に天命していた。
孫である青年、デイズ・デスタント自身も九歳の時に戦死した偉大な祖父と同じく、事業を展開しているわけでは無い。
彼は、若くしてギャングファミリーを立ち上げ、そしてボスとなってはスラム街の男達を引き連れていた。麻薬、強盗、武器密売、臓器売買、闇市ルート改正、それらを推し進めつづけた。
アメリカ人である母方の祖父、モリスンは現在も法律事務所を開いている。父方の祖父、ブラディスの遺産は五年前からモリスンが管理していた。そうでなければ、デイズがファミリーの悪徳資金に変えてしまうからだ。いくらデイズがモリスンを口説きに掛かろうが、絶対に首を縦には振らない。
デイズは目を細め、今回も諦めるばかりで、大人しく手を広げるだけだ。
確かに莫大な遺産は莫大だ。だが、デイズ自身がファミリー起動時に手にする金も相当なものに間違い無い。そのために、そうは急を要していなかった。
デイズ・デスタントはしばらくすれば、この街を完全に去ることになる。
イスラエルから六歳の頃、両親や双子の兄と共に祖父ブラディスに連れられ、アメリカのこの街へやってきて月日がたった。
その内にもブラディスは亡くなり、両親さえも双子の兄の手により天に召されてしまった。その為に、この街にいる身内はその犯罪を起こした双子の兄のみになってしまった。モリスンはこの街から離れた街に事務所を構えているのだ。そのためか、そうは頻繁に会う事も無い。
兄の事は、多額の保釈金を摘んで釈放させたのだが、兄からすればどうやら余計な世話に終ったようだ。デイズはそれを聴かなかったのだが。
デイズの双子の兄、ディアン・デスタントは自由人である。能天気で楽天家、根からのロードランナーで女好き、ビリヤードとバイクでの旅を生甲斐としている、海と航海好きの男だ。デイズとは異なる。背の高さや、焦げ茶の瞳と髪、体格は同じなのだが、顔つき自体は性格の違いから、微妙な違いがあった。横に並んでも、そうは似たようには思えない。それでも、一卵性双生児に他ならない。基本的には同じ顔という事だ。
ディアンが滅多に帰って来る事は無かった。ギャングを嫌い、弟のデイズに協力する事をしない。ディアンは、デイズを嫌っているからだ。
デイズは車両に乗り込み、マンモス街のビル群を流させた。
モリスンの事務所を含むビルから離れて行く。窓に眩しく日が照り返し、彼の乗るリムジンの黒い窓を反射させた。
その孫の乗るリムジンを上から見ていた祖父、モリスンは溜息を尽き、写真立てを見た。
初めて六歳の孫息子達に会った時は、あの自由奔放な娘がよくここまで育てたものだと思ったものだ。娘ははっきりした性格で、感覚が鋭く肝が据わった少女だった。物事を簡素に捉えては、しっかり本質を見極める力に富んでいた。それなのに、言う事を一切聴こうとせずに麻薬に走り、男と遊び呆けては、冷静な脳を隠して刹那の世界の中でのみ生きたがった。しまいには娼婦などになり、裕福な家を飛び出して船にのり、アメリカから麻薬と情熱を求めて出て行ってしまったのだ。それでから連絡などずっと何年間も寄越さずに、行方すらもわからなかった。
そうと思えばいきなりのことで驚いたのだ。有名な著名人であるイギリス貴族の男、ブラディス・オルイノ・デスタントからの連絡が入ったのは。仕事の依頼でも社交への招待でもなく、それは娘がブラディス氏の息子と婚姻を結ぶ事になった、という報せの電話だったのだ。しかも、おなかに子供が出来た状態でのことだと。
モリスンは驚き、エルサレムの地まで十七歳の娘が単独で船乗りの相手をしながら渡った事実を知った。
その約六年後に、ブラディス氏はモリスンに連絡をとり、アメリカへ一家を連れ移住する話を出した。放蕩娘も二児の母になり、旦那までもらい、立派になったのだと思っていた。
その娘はダイナミックなことになっていた。元からの貫禄のある目元。グラマラスな長身。美しい顔立ち。彼女は二十三歳の年齢になっていた。
その旦那という青年が、モリスンははっきり言えば落胆せずにはいられなかった原因だった。ジャンキーだったのだ。どこから見ようが完全にラリッた自意識さえ、理性も無い青年。立派なブラディスとは頭のタガが外れ、違ってしまったようだった。ただ顔つきはというと、やはり優れた血を受け、随分といい男だった。きっと、元の麻薬に埋もれる前はしっかりした冷静な頭の持ち主だったのだろうと窺えたのだが。
その麻薬を卸し、翻弄させたのは娘、カミーラに他ならなかったのだが、それを求めずに入られなかった心境やきっかけには、様々な人種や宗教上の深い諍いが関係していたようだ。エルサレムというユダヤ人教徒の街中で、無神論者であるイギリス人とのハーフとして産み落とされた彼なりの苦悩があったのだ。その心の闇の部分でも、カミーラ自身の人生への心の闇がシンクロし合い、若い彼等は麻薬にすがるほか無かったようだ。
その中で産まれた双子の男の子はといえば、実に元気で機関坊で爆竹のような子達だった。
ブラディスは、使い物にならない息子アジャシンと、モリスンのツンとした娘カミーラと、なにやら野良犬のような格好の二人の小さな孫息子を車両から降ろし事務所にやってきて、七年ぶりのカミーラは顔を背けつづけていて、その旦那は大騒ぎする双子を異常な程がなり散らし追い掛け回していて、ブラディスはそれを余所目に今までの経緯を直接聞かせてくれた。
中東での戦争も一時収まりを見せた今を、アメリカの地に来たのだと。
アメリカがそこまで宗教事で争いの無い国では在るが、人種問題での争いがあった国だ。ユダヤ人のアジャシンや、ユダヤの洗礼を受けなおしたカミーラ、そして洗礼は受けてはいないらしいのだが両親がユダヤ教徒の双子の孫達にはそこまで暮らし易いものでも無い。
しかも、アジャシンとカミーラは双子と共にスラムなどで六年間を生きてきていたと言うのだ。そして、彼等は挨拶を終えると、アメリカに来たというのに、そしてブラディスの庇護があるというものを、街のスラムに好んで移り住んだ。
そして月日も流れれば、あの悪戯好きで可愛らしかった双子の弟は、その育って来たスラム街でギャングファミリーのボスになってしまったのだから。
確かに、元からデイズは悪辣としていた。子供だというのに、剣呑とした目元は鋭かった。声もがらがらで毒でも吐いているような口調だった。乱暴で凶暴だったし、可愛がられる事を嫌がり、せっかく会えた孫を可愛がろうとすれば蹴ってきた。それでも目に入れても痛く無い程の可愛さだった。カミーラの性格だから、結婚や子供を産むという事は無いのでは無いだろうかと心配していたからだ。
娘一人、母も無く父一人で屋敷で生きて来た分、男親には理解出来ないことばかりだった。どんなに今まで少女時代から手助けできたのかも不明だった。それが出来ていれば、家出を起こす事も無かったのだろうか。
それでも、アジャシンと出会ったことで産まれた唯一無二の孫達はモリスンからすれば、やはり可愛くて仕方が無かったのだ。
デイズは緑の街のあるラウンジレストランの個室に促され、母方の祖父であるモーリ=モリソン・ハンソンに軽く挨拶をした。
この前は、いろいろな資金の事に付いてを話した物の、やはりじいさんは受け入れなかった。ギャング資金に回す遺産は無いと。
今日は普通の食事だ。
既に料理は決められている。ワインリストから選び、ソムリエが引いていった。
個室はゆったりとしたリビングも兼ねるつくりで、広い。ワインレッドの色身が、硬質な黒石の空間には侵食していた。ダイニング部分は、黄金の光が充ちている。それでも暗褐色の落ち着き払った内装だ。
「最近、カミーラはどうだ」
「理性があるようには思えない。親父も随分とその状態から治らずにいるから、お袋も自棄になり始めたのかもな」
大体は、兄のディアンが二人のことを見ていたのだが、それも病院側に任せるようになっていた。
カミーラは元々、理性があった。薬はやっても、親父の様に酷く凶暴にならずに、どこか冷静さが保たれていた。それも、この最近ではもう廃人になり始めている。
別に、デイズも放っておいているわけではなかった。母に変わり無いのだから。
ディアンが止め様が聞かずに、デイズが止めてもギャングを立ち上げた息子に言われても聞かない一方だった。
「俺にも責任がある」
デイズはそう言い、ソムリエに注がれる赤のワインを見ていた。
「あの子を我々が引き取る琴は出来る筈だ。屋敷に連れ帰り、抜けさせようとはずっと思っていた」
それを聞く母親なら、飛び出さなかったことだろう。だがデイズはそれは言わなかった。
カミーラは奔放な性格だ。どこかに治まりたがらずに、裕福なハンソン屋敷さえも飛び出したのだから。
グラスを軽く掲げあい、口をつける。
「イギリスのデスタント一族がな。アジャシンについてを電話で聞いて来た。ミスターブラディスの死後、もう時間も経過しての事だ。やはり心配なのだろう」
デイズは相槌を打ち、視線をリビング奥の暖炉へ向けた。そのサイドの壁は、窓から暗い空中庭園が覗いている。
自棄にならなけりゃならない時代が終る前に、両親は廃人になった。
麻薬を卸す自分が巨大な利益のために動き、多くの破滅を呼んでいる。
モーリーはそれを、デイズが止めてくれる事を幾度と無く願っては諭してきても聞かない。
「兄貴にずっと任せるのも悪いと思ってるが、もっと酷くなる前に環境を変える必要はあるのかもしれないな」
「イギリスの本家へ、アジャシンとカミーラを任せることも考えられるんだぞ。ディアンも疲れるだろうからな。私が手を直接貸してあげることが出来ずに申し訳無い」
カミーラが厳しかった父親を毛嫌いしていることは仕方が無かった。それでも、同じ様に無神論者であったブラディスを嫌って屋敷を飛び出したアジャシンでさえも、理性を失ってでさえ、父親ブラディスの死を、どこかで理解していたのではないだろうか、そう思う後姿を感じる事がデイズとディアンにはあった。
心の中では、カミーラは家族を求めていたのだろう。わりとしっかりした考えを持った母親の性格は、そういうところや、自己で求めなければ都心に問いかけ続けて来た結果だったのだと思う。
デイズはそれに気付いたのは、つい最近の事だった。すでに、カミーラは理性を欠き、そして父アジャシン同様、手がつけられなくなっていた。
デイズは優雅な食事を見下ろし、食指が大して進まなかった。
ああ、おふくろのメシくいてえ……。
デイズはそう思い、自分が本気で母親に手を差し伸べる事が無かった事を思った。
高級な食材を使っていようが、どんなに美味かろうが、母親が無骨に作ったものを食卓でもどこでも見かけなくなって割と経っている。
三日目の大量のスープ。ドッドとチーズをカミーラはぶっかけ、適当にオーブンで焼いてパンを放り込んで少年時代に食卓に出して来た。鍋ごと。
食べて腹を壊しても、翌日には食べている。
いつでも腹が減っていた記憶がある。少年時代は…
デイズはどうにか、ファミリー移転まではと、ある男の勧誘を進めなければならなかった。
スラム街でも子供時代からの顔だった青年だ。ダイラン・ガルドをファミリーの一員にする為にずっとモーションを掛けつづけていた。
だが、ダイラン・ガルドは街警官である。元ラスカル出の。
ダイランとは、デイズ達双子の両親の葬式からは会っていない。もちろん、その場に兄、ディアンの姿は無かったのだが。
葬儀では、ファミリーの人間と市警ダイランは小言の諍いを起したが、デイズがそれを収め、それ以来だ。
十二月も半ば。そんな時期の葬式は、雪も無く閑散として思えたものだ。
ダイランは一層不信感を持ってデイズとディアンを見る様になった。重度の麻薬中毒者であり、入院していた両親の看病を続けていたディアンだった。
「ファミリー移転に関してですが、翌年、一月頭にはすぐに移動できる状態になっていると思います」
「ああ」
デイズは窓の外から顔を車内に向けた。
「同時にロシアの人間との初顔合わせと交渉も一月中と決めている。移動が落ち着き次第、モスクワに向かうが、その間はアメリカをハーネスに任せることになるからお前はロシアまで着いて来い。期間は一週間程になる」
「はい」
ロシアンギャングと手を組む事になる。全米のルートは既に抑えたも同然だ。
マンモス街は既に以前に抑えられている。この街のギャングもデスタントファミリーの傘下だ。街中を行く鈍い光の目が、リムジンを追う。
彼等の街に戻ると、塒のあるスラム地区へ向かう。
基本的には、裕福な者が多いこの街は、そのスラム地区の九割を異国人が占めている。スラム以外の人間の七割が、アメリカ開拓時代に海を渡って来たイギリス人達だった。貴族の末裔の多いこの街には、他の国の富豪達や実業家達が屋敷を構えにやってきては、隣街で過した。その隣街を創るにあたって海外から移民してきた労働者達が、その任も終えて現在のスラム地区にそのまま移り住んだのだった。言語も様々ならば、彼等自身の衝突も多かった。
その衝突が少なくなったきっかけを作ったことに繋がるのが、ギャング立ち上げだった。エルサレム出身でユダヤ人のデイズは無神論者であり、無宗教者である。その彼等も元はといえば、差別の対象にされてきていた。スラム地区には、だいたいがヨーロピアンラテン系のスペイン人、イタリア人、ポルトガル人、フランス人などが多かった。アフリカ人の場合は三割程だった。逆に、中東圏の人間はいないに等しかった。
その中でデイズは持ち前のカリスマ性で根底から力を発揮し始め、人種様々な中を誰とでも連れになり、衝突を続けながらも確立して行った。
だが、その中でもアメリカ人であるダイラン・ガルドは異質の存在だった。
元々、労働者階級の住む地区は、隣街開拓を推し進める異国人達と、他には三割ほどこの街の工場に勤めるアメリカ人達に分かれて成り立っていた。スラム地区の中心地へ行く程に、異国民達のエリアになっていった。その為に、工場労働者たちアメリカン壮年者と、老若男女揃う異国民達との諍いはまず起きなかったのだ。
だが、ダイラン・ガルドは違った。彼の実家があるのは、工場労働者階級のスラブが立ち並ぶ場所で、中心からは離れた場所にあった。その場所にバーがあり、ダイランはそのバーの片隅で生きて来たのだ。ダイランの父親も戦後からは工場で労働し続けて来た。バーの常連達も工場労働者達が顔をそろえていた。その元は、平原への森林移動後、隣街つくりの労働者達が常連だったが、時代も流れ変っては、森林移植と隣街作りの労働者達は職を失い、アメリカンの工場で働き始める者も大していなく、中心に寄り集まっては、スラム地区が形成されていったのだった。
その移り変わった後の時代に産まれたダイラン・ガルドは、少年時代からよくスラムの中心部で遊んでいた。やはり、アメリカンのダイランは可愛がられるか差別されるかの中心の位置だった。
中でも、ヨーロッパの人間達が大半をしめる団体、レッドスネークの人間はアムステルダム出身の男を初代ボスにして旗を掲げていて、ダイランを可愛がっていた。
そのダイランが、デイズとは違う巨大な団体を立てた。派生ホワイトスネークという団体であり、十四以上なら誰でも入団出来た。何でもやらかすド派手なチームは、街の富豪達の銀行から金を取り、戦後さらに貧しくなったスラム地区の貧しさを和らげた。
そのリーダーであるダイランが、警官になどなったのだから誰もがぶったまげたのだった。わがままで自己中で自分大好きで融通が利かなくて女好きのダイランがなれるものかと誰もが思っていれば、彼は二十四の現在でも警官だった。
元のさやに戻すためにデイズは計っていた。だがどうしてもダイランはスラムに戻ってこない。それどころか、警部になどなって事件を解決しているのだから。
何か企んでいるために警官などになっている事は分かっていた。
ファミリーボスになった自分を破滅させるためにダイランは警官になったのだ。
塒に戻ると、地下に降りていく。
ファミリーの根城は地下を掘り下げて作ってある。
挨拶を受けながらもデイズは豪華絢爛な中を進んでいき、そして自室に来た。
「………」
円卓にシガーケースとジッポー、財布、拳銃を置き、身を返すと電話を手にした。
腕時計で時間を確認する。
昼時だ。
ダイラン・ガルドは飛び驚いて仕立てと生地の良い黒いスラックスのケツで震えた携帯電話にびびった。
その為に、飲んでいたミネラルウォーターが部下であるフィスターの可愛らしい顔にぶちまかれた。
「………」
フィスターはしくしくと目元をおさえ、ダイランはげほげほ言って咳き込んだ。
大体は横に座っている交通課の女警官がフィスターにハンカチを持たせている。ダイランは食堂から出ていき、男子トイレに閉じこもった。
「………」
デイズから渡された携帯電話は、デイズからしか掛かっては来ない。
「もおしもし」
声が裏返ってダイランはそう言い、デイズはその情けなく天ぱってる声に、デイズ自身の部下であるラクダのような危うい奴、モーミーなのかと思った。
「俺だ」
ダイランは咳払いしてそう言いなおした。
「まだ解約していなかったようだな」
デイズがそう言い、ダイランは黙りきって憮然とした。
「今年いっぱいで警官を辞めろ。いいな」
ダイランはおもむろに溜息を着き、マッチを擦りながら蓋の上に座った。
「ディアンの野郎は今、どんな面して息吸ってやがる。え? 刑期もくらわずに留置所暮らしをニ日しか喰らわずに」
「さあね。兄貴は俺の顔を見たがらない」
「同じ顔じゃねえか」
「同じじゃねえ」
もしも、ダイランをここで連れて行けなければ、この街に戻って来る事が無くなるデイズはダイランを失う事にも繋がる。
「今夜、話し合おう。いいな」
一方的にデイズは言い、切った。
ダイランは携帯電話を見て、掛けなおした。
「おいデ」
「デスタント」
「………」
どうやら、塒からだったようで、幹部の男が出た。
ダイランはガチャッと切った。
幹部であるアーネスは眉を潜め、確実にあのガルドの声だったためにいぶかしんだ。
「何だ。誰からだ」
「いや。既に切れてる」
これから南米から流れて来た闇市で流す分の貴金属データを処理していた男はアーネスを見ると、相槌を打ってからテーブルに足を放った。
「移転時にこの街に残る面子はもう決まったらしいぜ。データ処理任されてる俺は確実らしい」
「へー。俺は面倒くせえからここに残ってれば文句ねえなあ」
アーネスは棒の先で首の筋肉の筋を掻きながら言った。
「アッハン」
「ぁあ?」
ごつい顔の二人が振り返ると、ラクダ顔のモーミーが扉のところにいた。
「おいモーミー。てめえボスをどういう口車に乗せやがった。また役目戻ってるようじゃねえか」
「っま!!」
「っだよ」
モーミーはへらへら笑って歩いて来るとソファーに座ろうとして、男に首を取られて肩を取り押さえられた。
「おいどの面下げて歩いてんのかって聴いてんだよ。どことお手て結んでやがえるか知らねえが、痛い目みたくなかったら」
男はモーミーの眼光を見て、口を閉ざした。
彼は放たれ、首をゴキゴキ鳴らしてからソファーに座った。
「んまあ、色気ん?」
頭を思い切り叩かれ、モーミーは舌を出した。
「なあなあアーネス~ゥ。アーネス~ゥ」
「うるせえ俺を呼ぶんじゃねえ」
このファミリーにいても大して役に立っていないようにしか思えないモーミーを見ていると、馬鹿らしくなって来るためにアーネスは背を向けた。
「さっきの電話ポリスメ~ンからじゃねえのかよお」
同時にモーミーも他の場所の受話器を取ったのだ。
「何だと?」
男はアーネスの顔を見て、アーネスはモーミーを睨んだ。
「ダイラン・ガブリエル・ガルドと何かやましいことしてんのかよおアーネス~ゥ」
「あんで俺なんだよ」
女顔で人種不明のヨーロッパ人、モーミーはボスと同じ二メートルの背丈をしている。
座っていれば顔も小さいためにそうは見え無いのだが。ハーネスがボスも越す二メートル十のがたいの筋肉男のために、このすばしっこいモーミーを抑えられるのはハーネスぐらいのものだった。直ぐにモーミーはかわすか逃げ出すのだが。
だが、デイズの名を呼ぼうとしていた事は分かっていた。
モーミーはボスの部屋へ行く事にした。その為に、彼はぬっと立ち上がり、扉から出て行く。
それを見ていた男は、アーネスの顔を見た。
「なんでファッキンルシフェルの野郎から連絡が来る」
「まだボスは奴を諦めちゃいねえ。最近も奴が街に帰って来るまでもボスは手を貸してたんだぜ。移転前にボスがまたモーション掛けてるんだろうぜ」
「おい。マジであの野郎がファミリーに加わったらどうするってんだよ。え? 実際、警官なんて役柄なんざ奴には向いてない。派閥が起こるに決まってる。生粋のレッドスネーク団で、奴はレッドスネークボスの気に入りで可愛がられ続けた野郎でもある」
派閥は今までこのファミリー内では無かった。誰もがデイズにのみついて来ている。それがあのダイランが参入となれば、全くの活動に違いが出て来る。
「ボスが好きにさせねえんじゃねえのか? ガルドの奴は結局はボスには敵わねえからな」
「どちらにしろ、この街に残る俺にはそうは関係がねえ筈だぜ」
モーミーは廊下を歩いていき、ホールに出ると巨大な扉を開けた。
「………」
ボスのリビングに来た瞬間、銃口を額に突きつけられ、モーミーは大きな瞼の下の瞳で真っ直ぐとデイズの剣呑とした鷲目を見た。
「俺の部屋に近寄るな」
「あら。いいじゃない。あんなにディープキッスした仲なのに」
「黙れ」
デイズはふと目と体をそらし見を返し、拳銃を下げ歩いた。
「ねえボス? あたし、NYまでの輸送中に変ったって思わない?」
その通り、数ヶ月間をモーミーにはこの街から完全に去ってもらっていた。以前、ファミリー内の情報を部屋から盗んだモーミーは、ずっとそれからは海の上での輸送の仕事を任されていた。盗品や貴金属、臓器、美術品、麻薬などをブラックリスト達と共に逃亡させる任だ。それも終え、帰って来ていた。
「変ったって何が」
「色気が薄くなったって、思うでしょ?」
「お前に色気なんかいらねえ。早く出て行け」
「この屋敷ではミアードルがいじめるから。あたしのこと。さっきだって紅茶を掛けられたんだから。船の上ではずっと馬鹿な男を演じていたの」
モーミーは女だ。普段は馬鹿な男を演じているだけだった。
「何の用だ」
「あんたの可愛いダイランから連絡、来たんだ」
デイズは目元を変え、後から携帯電話で連絡をいれる事にする。今すぐにその内容をダイラン本人から聞きたかったのだが。
「おいモーミー」
「なあに?」
「奴は何か言っていたのか」
「さあ。あんたの名前呼んでた。可愛い声で」
「冗談で流すな」
「ダイランに警官をやめさせる方法くらい、もう決まったの? あたしが誘拐してあげよう」
実際、ダイランを警官でなくす方法は幾らでもある。だがそれを実行して、手にした後にダイランが言う事を聞くことはなくなるだろう。ダイランは爆弾だ。ダイランからいわせれば、デイズほどの爆弾はいないと言うのだが。
モーミーは上目で鋭く微笑み、円卓に腰をつけていたのをデイズの場所に来た。肩に腕を置き、首を傾げて言った。
「ダイランをいつか、あたしに頂戴よ」
「駄目だ」
デイズの下目を上目で見つめてモーミーは彼の唇に指を当て可愛らしく微笑んだ。
「でもいずれ、奪っちゃうから、あたしを追い出す気なら早くそうしておくのね」
「何を企んでいる? お前はロガスターとかいう場所の人間に間違いないんだろう」
「さあ。知らない。でも、あたしはあたしの思うままに動いているだけ」
デイズは間近の彼女の瞳を見つめた。
「お前の兄貴は随分な野郎だな」
「………」
彼女の顔が恐い程の無表情になり、デイズの目を射抜くように見た。それをデイズはまともに受け、見据えた。
「今度俺や俺の元女に近づいてみろ。今に完全にお前等に痛い目を見せる」
SILVER WOLFの事だ。彼はロガスターの戦闘員として、デイズの元妻、エジプトの王女を狙っていた。
確かに、SILVER WOLF,銀髪に銀瞳をした狼のようなシビアな男、彼は彼女の双子の兄貴だ。
「そうあのMMに言っておけ」
彼女は目を細めデイズを見てから、離れて行きくるんと向き直った。
「お前もこういう成りをしているが列記とした貴族なんだろう。お嬢さんが来る場所じゃねえ。踏み込むような世界でも無い。命が欲しければ俺にもデスタントにもガルドにも元妻にも関るな」
「それって、あたしが綺麗だから?」
「ああそうだ」
「従ってあげない」
モーミーはそう言うと、ふん、と微笑し、身を返し歩いて行った。
その腕を引き掴み、間近で見た。
「お前はMMの妹なんだな」
「違うわよ。MMに妹なんかいないわ」
MMが双子の兄妹で、二人でMM自体なのだから。
「じゃあお前は何者だ」
「言っているはずよ? ッムオーゥムィ~~ン、ウィッ」(すっごい顔してる)
バシッ
デイズは頬を掴み、貫く様に彼女を見た。モーミーは色っぽく微笑み、言い逃れしようとしていたが声を出し笑った。
「ハハハ、あたしは兎じゃ無いわ。イヌワシにでもなったような目をして」
「今に吐かせる」
「お好きにどうぞ?」
くすりと彼女は微笑し、腕を離させて部屋から出て行った。
デイズは目を細め彼女の背を見ては、連絡を入れた。
ダイランは驚いて浮気中だったので顔を上げた。
ケツポケットが振動している。
「ぬあ、なん、何だ」
相手側、デイズはまたテンパっているダイランの次の言葉を待った。
「何だよ。立て続けに俺の邪魔をするな。折角男との浮気の最中で最高の時を過ごしていたというも」
ガチッ
デイズはダイランの言葉にむかついて電話を乱暴に切った。
即刻デイズの携帯電話に掛かって来た。
「おい聞け。俺はお前じゃ無い野郎と折角熱烈なキッスをしていて今から折角のことヤ」
ドガチッ
ダイランは携帯電話を憮然と見下ろし、掛けなおした。
デイズは出なかった。
また掛けなおすと出た。
「それだけでブチ切れるなよ。で、何だ」
デイズは頭に来た。
「俺、刑事はきっと一生止める事はねえんだって気がする」
「決めるのはお前自身だ。戻れ。俺を許せなんて事は言わない。もしも、お前が来ないつもりなら、一生そのままになる……」
「大げさな事言うなよ」
ダイランは目を閉じ、開いて通路を見た。
「俺を刑事にさせた動機はお前等だ」
そのデイズの嫉妬心が原因で引きおこった強姦事件に見舞われ、ディアンに救いを求めたことがダイランの逆鱗に触れた事で不仲になり、ダイランとディアンの喧嘩の仲裁に入ったリサがディアンにはずみで突き飛ばされてしまい、彼女の幼い頃のトラウマがフラッシュバックして来した精神から、自殺を図ってしまったあの日から、十年が経っていた。
そのとき、死んだと思われていたリサは大きな欠伸を吐き出していた。
ケリー・バダンデルだ。
リサの為にと動いているダイランの原動力であるが、死んでなどいなかった。
愛称ケリーナは雑誌を放り、リサの記憶など微塵も残っていない彼女は青空を見ていた。
軍用機が誘導されている。
養父でもあり、表向きの旦那名義でもあるボディーガード相手、バダンデル長官からラブコールがかかって来たようだ。
「もっしもーし」
「やあ私のかわいいハニーちゃん」
この挨拶は既にいつもの事だ。ケリーナはうんざりしながらも憮然として倉庫からコンクリート上の青空を見ていた。
「そろそろ私の誕生日だが、屋敷に戻っては来ないのかね?」
「今年は屋敷でパーティーを開くの? 確かにその方があたしも勝手知ってて楽だけど、ナオミが大変だし」
ナオミとは、お手伝いの老婆の事だ。ケリーナも彼女には懐いている。
パーティーなどでは毎回婦人を装いながら横で養父の警護をしているケリーナは、確かにナオミに久し振りに会いたかった。
「もう何回目の誕生日だろうね。ちょっと早いけどおめでとう」
その場に、養母が加わらなくなって、数年目だ。あまり養母に懐くほうではなかったものの、やはり淋しさはあった。何よりも、妻を失った養父の背中を忘れる事は出来ない。どんなに懐いてはいなくても。
その分、幾らでも彼女は養父を宴の会場などで護った。
養母を奪った人間は既に、刑務所の中で服役中だ。
「ありがとうケリーナ」
「うん。じゃあ、屋敷でのパーティー、楽しみにしてる」
連絡を切ったバダンデルは、受話器を置いた。
FBIの中核である自分の元には、右腕であるハノス・カトマイヤー捜査官からダイラン・ガルドについての報告が届けられつづけている。
彼が恨みのために幾度と無く繰り返しつづける街ギャング達への復讐の報告も入って来る。
リサ・ガルドは今、ケリーと名を変え、生きているのだ。その大きな事実を、今更ダイランに知らせることができればどれほどいいことか。だがその分、ダイラン自身の心が激しく怒りを抱える事には変わりなかった。今更、殺したものは返らない。
大きな過ちを自分は犯したのだ。自殺未遂後、意識を失ったリサを引き取り、名を変え育て上げた事。
その事で、何も知らずに、一人の青年の心を闇へ突き落としてしまった事など、彼は知らなかった。ダイラン・ガブリエル・ガルドを悪魔へと変貌させてしまったのだ。、
ダイランはリサが死んでしまったと思い込み、そしてその服襲撃のために、多くの以前の仲間を殺して来た。今も、そうし続けているのだ。警官になった今も、ギャングの一員になったその元連れ達を。
犯罪を犯すギャングの人間を一網打尽にする事は、確かに成果に繋がるものの、やはりそれだけでは収まらない感情が渦巻いていた。
今、ケリーは女の子だという物を、自分の警護をし続けてくれている。
もしも、リサがダイランとは一切血が繋がらない事実を今引き下げ、ケリーの名も捨て、会いに行かせたなら。それが許されるのであればと思う。
だが、ダラン自身はリサを妹としか見た事は無い。恋愛感情はずっとデイズに向きつづけていたのだ。リサがダイランに恋心を寄せつづけていた少女時代、デイズもリサがダイランに思いを寄せていることを分かっていた。リサが少年デイズに宣戦布告したからだった。
ケリー自身、自分がリサである事等知らない。もしも、全てを知れば、ケリーはどうするのだろうか……。
夜風が唸る。
デイズは夢から目を醒まし、瞳を開けた。
地下にあるこの豪邸は、もちろん窓が無い。擬似的にそう見せかけた装飾カーテンはあるのだが。
デイズは闇の中、壁を見つめては、しばらくして腕を伸ばしランプを灯した。
上半身を起し、黒のシルクシャツに暖色が広がる。
闇色の夢に、夜の冷たい風が押し寄せていた。冷たい音を立てながらも。
デイズは目を閉じ額に手を当て、髪が揺れた。
ナイトテーブルの受話器を取る。
「アシを出せ」
バースの番号にそう言い、切った。
寝台から出て、スラックスの足を進めさせる。黒のコートを肩に掛ける。
扉を開け、進んで行った。
屋敷の中は、だいたいは誰かしらが行動している為に明りで充たされている。
デイズは挨拶をされ廊下を進んで行った。
延々と階段を上がって行くと、根城から出る。
一気に色味の無い低層の景色が夜の闇を称え、横たわる。
静かな夜は、何のうねりも無く、風は凪いでいた。
懐中時計を確認し、バースが車両を引っ張って来た。
デイズはそれに乗り込む。バースが鏡の中のデイズを見た。
「港ホテルへ迎え」
バースは頷き、走らせて行った。
ダイランは室内で、デイズを待っていた。
港地区の高級ホテルは地下がほかの建物とつながっている。
扉が開かれ、ダイランは振り返った。
バースが室内を見回し、ダイランを見つける。
「なんだよバースかよ」
「俺じゃあいやなのかよ」
口がそう言い、ダイランは肩を竦めてソファーに座った。バースは背後を見た。
バースの後ろから、デイズが入って来た。
ダイランは顔を向け、ソファーに座ったバースと、歩いてくるデイズを見た。
バースは口をぱくつかせ、ダイランに話し掛けていた。声は出ない。デイズには何を言っているのかは分からなかった。
ダイランはバースを憮然と見て、バースは舌をべーっと出した。「デイズがお前に会いたくて淋しがってるのなんか、あのイヌワシの顔みりゃ分かる。」と口で言ったのだ。
バースはデイズから金をもらったので、適当に連絡が来るまで近場のカジノをするつもりだった。
彼は出て行き、そのバースの消えて行った方向からダイランはデイズが座っているソファーを見た。
デイズは俯き加減でシガーにマッチで火を灯していて、その瞼が炎に照らされている。
デイズは顔を上げ、マッチを振り消した。
「以前、俺達を攻撃してきた女がいたな」
「ケリーナか」
「もしも、俺がお前に刑事をやめさせてギャングに加わらせようとしても、あの女が手出しして来るのか?」
ケリーナはCIA隊員だ。プロだった。
以前も、国外逃亡を図った大西洋上で、戦闘機にデイズのジェットが攻撃された。ダイランはそこで捕獲され、連れ戻されたのだ。
「さあな」
FBIとも繋がるケリーナの事だ。即刻ハノスがお上に報告して、ケリーナが動き、何度でも引き戻させてくるだろう。
ケリーナはリサの姉だ。ダイランは手出し出来なかった。