ガーネットと夕陽
1.ガーネットと夕陽
ワインレッドの鮮やかな夕陽は、艶やかなほどの色気を魅せていた。
まるで、弥勒的で柔和な女のほほ笑みのような夕暮時。
すでに、巨大な夕陽は夕空に溶けかかり、姿を強烈な光の中に隠している。
硬い砂の地面には、その赤が艶の様に映写されては、その上に立つブーツの足を照らしていた。
まるで、純白の海岸で貝を見つけたかの様に所々輝く地面は、この世を宝石に変えていた。
背後から、くぐもったかのような低音の渦がラウドなバックサウンドのように耳に響き体を包む。
奴等のバイクの群集だ。バイク乗りということで、ベライシー慈善部がレッドスネーク・ブラックスネークの連中にイベント移動ごとの広野地帯の緑化を図るため、彼等に大掛かりな給水バキューム装置を各地に運ばせたり、その土地在来の種を走るときにばら撒かせたり、木の苗や幼木を植えることをさせている。今回は共に繁殖させた動物を各地の野生と自然へ返すために連れていた。イベントの傍ら、野生動物個体数を増やすことと、地球緑化を行っている。
彼は肩越しに微笑し見ては、その苦労図の軍団が紅に染まり進んで行く様を見た。黒い煙を低い位置に引き連れてはやって来て、バイクの黒艶のボディーにガーネットピンク夕光を確固とした雫のように纏い、反射させている。
ドドドドド……、と、まるで乾いた地に高棚から盛大に落ちる滝の様な音である。
彼等は巨大な其々のベライシーバイクを停めさせ、そしてエンジンボックスのエンブレム、ベライシーコブラが燻した銀そのものの態で彼を見据えた。
「ジョンソン。ザッハド」
彼等が引き連れるがたいの良い群衆も彼に微笑しては、彼は黒の捲りが渦巻き地を舐めるかの様に移動していく中、彼を見た。
「よう。一番乗りとは珍しいじゃねえか」
美しい夕空のパノラマをバックに立つ彼は微笑し、まるでその光を引き連れる悪魔の様だった。その彼が、足を進めさせゆっくりと歩き進めた。
ピンクガーネット色をした水源の様な地面は、その場を海面のようにもさせる。それはし静かに凪いではいるが、艶やかさだけでは留まらない強烈なパワーを秘めている海原にも思える。
拳をぶつけ合い、手をがっしり取ってはその挨拶を交わした。
「ゼグ。この所はイベントでのショーもお前自身が参加することはなくなったな」
「まあな」
ランタンのみに辺り一面を照らさせた場は、その所々のその暗暖色の灯火を、まるで今まで生きては生命を終らせてきた者達の魂の様に、彼等のいる広場を囲ってはボウッと光を闇に広げている。
それらは周りを加工各テント毎に着けられたものであり、今の夜空は信じられない程の闇しかなかった。だからといえ、何かが住み着いているとは思えない闇だ。ただただその無空間にあり、そしてそれを無限に佇んでいる。
黒革のテントは闇と溶け合い、幻想めいた場にしていた。この世と天の境目を失わせていた。
ベライシー・レキュードバイクの組み立て屋であるザッハドは、ネイティブアメリカンとアメリカ人ハーフの父を持つ男であり、現在は六十二の年齢だった。
その兄、ジョンソンは若い頃から世界中の様々なイベントを開催し、放浪を続けて来た彫り師であり、一時はアメリカに落ち着いていたものを、再び軍団を引き連れ世界放浪の旅を続けているロードライダーだ。
今回のイベントは、アメリカに彼等が立ち寄った為に開かれたものである。
ブロンズ縁を周りに置くビロードの巨大なカウチに座るザッハドは、組んだ足を揺らしては背もたれに片腕を掛け、琥珀色の酒をクリスタルグラスに注ぎ手にしていた。その氷が、まるで辺りを包む灯火の様に光っているが、それは一際際立つ艶を発してもいた。
巨大なカウチの空いた場には、大蛇がとぐろをまいて顔を隠し鎮座している。その見事な鱗が魅惑的になまめかしかった。
ジョンソンの息子、四十二のファイブトゥエンティーフォーは、腕を組み自己の渋いベライシー・バイクに足を伸ばし跨り、あちらの離れた場所で会話をし合っていた。鍛えられた体をし、鋭く勇ましい顔つきだが、目元の涼やかなリトアニアハーフであり、つかみ所のない性格をしている。
そのファイブエイティーフォーのバイク先に立つ細身のブラジル人ハーフの男は、ザッハドの息子である三十七の男で、グラスを手に揺らし従兄弟と会話をするグルグラームスグレイシングルズだった。背の中心までの黒髪を全て項で縛り付け、口を囲う鋭い髭が今も微笑で引きあがり、低く笑い会話をしていた。
他の連中も、其々の場で会話を進めている。
ジョンソンは現在この開けた場には姿は無く、一番巨大な楕円形テントの中にいた。
ゼグ・ネオは彼等とは馴染が深く、様々なイベント事で毎回顔を合わせてきた青年だ。現在、二十三の年齢であり、幼い時代からベライシー・レキュードの熱狂的信者の一人である。彼の持つ赤紫の艶やかな車体を誇るモンスター、ベライシー・レキュードロイヤルスターも、彼のそこはかと無く愛する車両だった。
「今、何処を重点的に回ってるんだ?」
ゼグ・ネオはジョンソンに加わり世界巡回をこのニ・三年共にするザッハドに聴く。基本的にジョンソンの放浪はヨーロッパ諸国が中心だった。
「今はカリブの辺りを回って来たところだ。ブラジルも近い分、組み立ての依頼も受け易いからな」
「へえ。カリブか。もうとんと行ってねえな」
「そのようだな。だが、変らずに在り続ける悠久の青はたまらん」
ゼグ・ネオも口端を引き上げ頷き、眼前にあの魅惑の青を思い描かせる事がすぐにでも出来る。
「しばらくしたらキューバを回る」
ダークブラウンのビロード垂れ幕が、仄かな暖色の光を受けてはその存在を陰影着け、知らせていた。
ゼグ・ネオの足許にはファイブエイティーフォーの繁殖させたチーターがいて、これからアフリカに行きサバンナの自然に返すので離れることになる。スレンダーな身を長いゼグ・ネオの脚に寄せては、愛らしい丸い顔で真っ直ぐの場所を見つめていた。
その場の空気は澄んでいる。
闇がそこはかとなく、澄んでいた。空と地上の境界も無く。
「俺はじきに引退して、本格的にアメリカの大地にいつくか、ジョンソンの放浪に加わるつもりだ。若いもんの腕も見込めるようになってしたしな」
ザッハドは紫煙を上げては、星の無い夜空を見上げた。
ファイブエイティーフォーの父親、ジョンソンはテントの中にいる。イベント帰りに各国に放野するための繁殖された動物、南米ジャングルへ返す豹などがおり、二本の木柱の立てられる間には、オーストラリアに運んで自然に返すクロコダイルの横に黒いソファがおかれていた。
調度品などは灰色の木製チェストであり、深みのあるダークブラウンの内幕には、ベライシーレキュードのエンブレムであるシルバーのコブラが掲げられ、とぐろを巻いては首をもたげている。
ファイブエイティーフォーはテント中心にある詰まれた木箱の上で、設計図を見下ろしていた。父親ジョンソンはその奥に置かれた蓄音機前に立ちグラスを傾けている。
ゼグ・ネオがサバンナに放野する繁殖チーターを引き連れ牛革を捲り上げ入って来ては、二人に手を上げ進む。
彼等もゼグ・ネオを見てはほほ笑みんだ。
自然に返すまでに元気に育てた獣の頭を撫でるとファイブエイティーフォーが真っ直ぐとゼグ・ネオを見て、首をしゃくる。ゼグ・ネオは頷き、横に来た。
「デベロイの最新モデルだ。美しいだろう」
そう横目で微笑しファイブエイティーフォが言い、彼もそのデザイン画と設計図を見ては微笑みを顔に広げた。
「大人の色香がある」
「ああ」
「あいつも天才だな」
デベロイという男は、ベライシー・レキュード創設者の孫であり、二十一歳の年齢の青年だ。ベライシー・レキュードのデザイン部門を担う彼は、ゼグ・ネオの愛車、ロイヤルスターをデザインした青年でもある。それを彼はデベロイに依頼し、セクシーな形態のバンタイプほカスタムで、屋根を取り替え改造できる幌つきタイプと、セダンタイプの屋根も作らせていた。時に彼等は手を組み、様々なもののデザインを手がける。
今眼下にあるデッサン画は、ベライシー特有の黒のボディーにシルバー金具をあしらったものであり、その黒には今までのレキュードには無かった程のなまめかしい艶があった。形態もまるで押し寄せる波を引き連れるかの様なもので、海を司る夜の美の悪魔を思わせる。
金具の部分は全てプラチナ使用であり、エンブレムのコブラが従えるベライシー・ブラックファイブスターは、黒ダイヤモンドであった。
「限りなくセクシーだ。生きた麗しい人間にも見える」
だがどこかしらに、その軽やかな風雅は凛とした物も感じた。乗りこなすものを優雅にも、そして冷静にもさせる何かの色気がある。
ホイールは白に、中央を僅かな金掛かる白の放射円盤で、コブラが繊細なエナメルガラスの先に居る。
走る漆黒ダイヤモンドと見まごう車体の内装デザインは、グレーを基調にいていた。練乳艶掛かるグレーの車窓間はプラチナのポイントがつき、充分に柔らかく座るものの身を包む柔らかな皮は白味掛かるグレーだ。
天井は黒絹の薔薇柄張りであり、艶を発していた。
なめらかなステアリングは純白。クラクション部にプラチナのコブラがブラックファイブスターを従えている。サイドブレーキパネルは艶の黒石であり、メーターパネルの数値はデジタルの紫で記されていた。
そのプラチナノブは洒落ていて、伸びかかるアカンサスのようだった。ドアの内張りは白に黒のダイヤドット柄。足元のシートを黒の絨毯にしていた。
ファイブエイティーフォーがその車体デザインを、黒艶に併せる様に指を走らせ、撫でた。
その静かな横顔をゼグ・ネオは見ては、ファイブエイティーフォーの金髪の流す前髪から覗く金の蛇ピアスが何かの感情を秘め揺れ輝いた。
元々、過激派武装団体ベルドラゴの一員だったファイブエイティーフォーは、それが系譜に崩された後は軍隊へ入り、二十六の年齢から現在までを機動部隊に就き任務に当たっている。
その過激派武装団体の時代から、ゼグ・ネオのいた享楽団体レッドスネークとは深い関りがあった。
ゼグ・ネオが二歳の頃から、ファイブエイティーフォーとは見知った仲である。彼は、ファイブエイティーフォーや同過激派の同志であり親友であった歌手、レビット・バソンの歌う唄が好きだった。
「ようゼグ」
彼は肩に腕を回し口端を上げ顔を覗き見るグルグラームスグレイシングルズを見ては、互いの大きな手を叩き合った。
「深夜一時から花火打ち上げるらしいぜ」
「マジかよ。どこの広野まで走らせるんだ?」
「四キロ先までだ」
「かっ飛ばそうぜ」
「おう」
ゼグ・ネオの金髪をガシガシ乱しては、ファイブエイティフォーをそのままゼグ・ネオごとぐるりと振り向いた。
「お前も久々に加われよ愛想無し」
「まあ、たまにはな」
そう横を歩いて行き、二人は顔を見合わせニヤリと笑ってからドバシッとファイブエイティーフォーの後頭部を叩きグルグラームスグレイシングルズは背を膝蹴り野身の中へ疾走して行った。
「んの野郎」
叫び声と方向が渦巻き走って行き、この中で第一にプロフェショナルでもあり元から強靭なファイブエイティーフォーに二人は締められ地面に転がったのだった。
バイクに総勢五十の人間達が跨り黒い風雅のロードライダー達はエンジンをふかす。
ゼグ・ネオは手を翳し顔を傾け火を灯しては、煙草から煙が立ち昇った。そのブロンドの睫が開かれ、悦とした微笑でエメラルドの巨大な双眼が、強烈なオーラを持ち開かれる。
「おう行くぞお前等」
ジョンソンの掲げた拳で低い唸りを派出に上げ高揚させていき、最高工に達したところを悪魔達が目を覚まし、そして一気に闇の中を駆け抜け疾走して行った。
エンジンを変えたベライシーバイク達は荒くれ者達を乗せ黒馬の様に疾走していき、闇を抜きぬける。
ゼグ・ネオは咆哮を上げ拳を突き上げ疾走していきアクロバットをしてはガシャンと地面の闇に落ち銀色のヘッドライトの中を走らた。
他の男達もグルグル駆け回り鎖を装飾するバイクは銀に反射させ、うねり疾走させていく。
装飾された短剣を交差させブロンズ蛇が囲うエンジンボックスのそれは生きたサーベルかの様に激しく斬線を引き宙に浮いては地面に落ち激しく後輪でスピンする。
闇は彼等の咆哮と銀の光で移動して行っては、アクロバットのヘッドライトがクラブの駆け巡るスポットライトの様に四方八方に空間を指しては、エンジンの轟きと奏でを引き連れ走って行った。
そして後には、ブラックホールに全て星を吸収されたが如く、静寂の闇が広がった。
打ち上げ場に到着すると、他の軍団の奴等が彼等に手を上げ微笑した。
「ハアイ! ゼグ。あんたのその格好。見慣れたからご褒美頂戴よ」
「じゃあキッスを差し上げよう」
そう女の腰を引き寄せ頬にキッスを寄せては、腰に当てる手に黒が身ストレートの女の手が絡まり、彼女は悦とした銀の上目で項を取り、彼の唇を奪った。
「ネオの最高にセクシーな可愛い子ちゃんが、どうしたんだい? この装いは」
それを微笑み彼の肩に腕を回しているサワーゴールドの金髪女が上目の猫撫で声で言った。
「あたし、知ってる。コーンロウと色抜きすぎでボールドっちゃう前に戻したの」
「そうじゃねえよそんな事いうのはこの唇か?」
伏せ気味の広い瞼で微笑しゼグ・ネオはその唇にキッスを続けては、黒髪女は微笑し女とキスを続ける彼の髪をブラック艶石の爪で撫でた。
「今日の花火はエレガントよ?」
金髪女はそう言い、ゼグ・ネオという一種の麻薬にラリッた目で微笑み言った。
「へえ?」
「艶やかに赤紫色の花火なの。最高にクールでしょう? しかも、黒の花火もつくっちゃったんだ」
「なんだと? そんな最高なもの創っちまったのか」
「あんたの為よセクシーネオ」
そう言いあいながら歩いて行く。
背後から歩いて会話をし合うザッハドとファイブエイティーフォーを振り返ったゼグ・ネオは言った。
「おう。そういえば昔いたお前の連れ、どうしてる」
ファイブエイティーフォーは視線を相変わらず女と戯れる彼に向けた。
「誰だ?」
「白黒い野郎だ」
その形容詞はもはや、ある一人の印象をそのまま位置付けた固有名詞になっている。
それを、他の女を引き連れるグルグラームスグレイシングルズが、ゼグ・ネオを肩越しに振り返り言った。
「NYからロスに移った後は俺は知らねえなあ」
「へえ。ロスに行ったのかよあの兄さん」
「何? 誰のこと? その白黒って、いい男?」
女がいい男なゼグ・ネオの頬を指で撫でながら微笑み言った。
「ああ。お前も気絶するほどいい男だぜ?」
「じゃあ、バイセクシャルなあんたも惚れちゃうんだ」
そう言い、人々が囲う場に来た。
スポットライトで楕円に映し出されている。
既に、炎を吹く男達、ヘビーな音響、角と黒衣装で宙高く回転する女達、設置されたサイドーのバーブース、後方の装置からは銀の吹雪が会場を舞わせていた。
会場は悪辣とした恍惚が発され、パフォーマンスをやる人間が悪魔の微笑を称えている。
女達は連発して闇空に打ち上げられる赤紫の花火の群れを見て、はしゃぎ叫び踊っていた。金の体装飾を艶めかせながら、時にエキゾチックに。
ゼグ・ネオは紫煙を上げ見上げては、腕を組み見上げるファイブエイティーフォーの横へ来た。開かれた空間には、パフォーマンスやダンスをする者達を囲うように女を後ろに跨らせハードな曲に一体化するかのようなエンジン音を響かせ、先頭にベライシー・レキュードのコブラスターが銀糸で入る黒旗を掲げるベライシー・バイクの群れが花火を上にグルグルと駆け回っては、鎖を振り回している。
「ザッハドが引退するらしいな。さっき聞いたぜ」
花火を見上げながらファイブエイティーフォーは相槌を打ち、口を開いた。
「叔父貴もそろそろ、落ち着きたいって言っていたからな。自由に気ままにしたい年齢なんだろう……」
ゼグ・ネオも頷き、眼に焼きつく赤紫を見上げつづけた。
「長年の仕事を終えるのは、寂しい気も本人はしていると思うが、軍団の奴等だけの改造屋をやりつづけるって言うのも叔父貴には幸せな一時なんだと俺は感じたぜ」
「そうだな。何か、瞳の奥にワクワクした光がやどってたしな」
ファイブエイティーフォーは微笑み頷き、目を閉じては息を就き、目を開いた。彼の横を、支援が静かに立ち昇って行く。
そういった、静かな振る舞いの中に帯びる大人の鎮まった野生味というものは彼の周りを取り巻き、彼そのものの空気感にしていた。
「アルは一時ロスに行ったんだって?」
ファイブエイティーフォーは腰に片拳を当て頷き、可愛がっていたその白黒の事はゼグ・ネオもよく覚えていた。
クールな奴で、そのくせ顔が相当可愛い。よくイベントでファイブエイティーフォーやグルグラームスグレイシングルズと共に来ていた頃は、バイクを乗り回す事が好きな青年だった。ゼグ・ネオは十歳という少年時で、アルは二十五の年齢だった。
白い肌の両下腕には不気味な蛇の入墨が入り、漆黒の髪と瞳で、いつでも黒皮やそれらのベストだったり体にフィットするノースリーブを着て、ブーツの立ち姿も極めてセクシーだった事を覚えている。
「今でも元気か? とんとどのイベントにも姿現さなくなったが」
「ああ。そうだな。忙しいらしいアラディスも」
ゼグ・ネオのエメラルドの瞳がポンッと飛んでいき、転がって行った。
「アラディス?」
目玉をはめ込みながら言い、ファイブエイティーフォーはゼグ・ネオを見て頷きながらまた赤紫の華麗な花火を見上げた。
「二ヶ月前に会ったが、どうやら手が着けられない忙しさらしくてな」
「………」
ゼグ・ネオはあの冷徹な目元を思い出し、そして闇色悪魔の様に微笑するイタリア男、アラディス・レオールノ・ラヴァンゾのその洒落ていて一切の甘さの無いシビアな風雅を毅然と持つ姿をとくとその脳裏にはっきりと形付けた。
あのドライな口調の一つ一つまでも。
シビア
雅
エレガンス
優美
華麗
怜悧
色男
シビア
ドライ
毅然とした風雅
冷たい
冷静沈着
酷い
耽美的悲哀
凶暴な音へ対する熱狂
2.漆黒とエメラルド
「この前、ゼグに久々に会ったがお前の事を聞いてきていたぜ」
彼があのイベントで会ったのは、四ヶ月ぶりのことだった。
「ゼグ。誰だったかな……」
ファイブエイティーフォーは組む足を椅子を引き座っている。カップに口をつけていたのを、上目で彼を見た。
落ち着き払って漆黒のブランドスーツが洒落ているラヴァンゾは、黒のタートルネックも品があり、ジャケットの中に丁寧に黒のマフラーを入れている。ラヴァンゾは、元がNY警察、ニ等級巡査グルグラームスグレイシングルズの後輩だった。
彼は目元にブラックダイヤモンドの嵌る真っ白のなめらかな手を当て、頭にその記憶の中に残るはずの名を反芻させていたが、手元を離し視線を上げ背もたれにそっとその背を預けた。
「ああ。あの小僧か。よく、若い頃に連れられていたバイクイベントに現れた少年の」
ファイブエイティーフォーは頷き、カップを置くと横の器から、砂糖をまた一つ投入した。
「バイクはもう乗らないのか?」
ラヴァンゾは腕を組みあちら側を見ては頷き、今日は下ろしサイドに緩く流している黒艶の前髪に指を通し、すっと優雅に手を度した。
「余裕を見つけ様とは思うんだが、署長クラスになると、常時署内に居座っていなければならない。ハイバックじゃ無くたまには跨りたくもあるが、昔のように乗りこなせるかは不明だ」
ラヴァンゾの移動手段はクールな漆黒のフェラーリで、相変わらず白と漆黒だけの装いだがやはり魅力的で様になっている彼には、横に置く漆黒の艶めく黒馬、フェアーリがよく似合う。
「随分成長しただろう。あの頃は米粒ぐらいの大きさだったからな」
ファイブエイティーフォーは可笑しそうに笑い、砂糖の溶けきったコーヒーに口をつけた。
「あの小僧は小悪魔の悪戯振りが酷かったからな」
そうラヴァンゾも可笑しそうにだが綺麗に微笑み、首をゆるく振っては組んだ足をふらつかせた。
「随分でかくなったぜ。相変わらず手に負え無い部分は変らないが、まだ二十三だしな。落ち着きが無い。今じゃあお前より身長が伸びて、俺と同じ背丈だ」
ラヴァンゾはファイブエイティーフォーの顔を意外そうに見た。
「へえ……。意外だな。あのチビが」
あのゼグ・ネオは十歳時、眩しい金髪を方々に伸ばし、新緑色の巨大な猫目をしたライオン顔の太陽の様な少年だった。いつでも黒で裾の擦り切れた皮パンに、首か片腕上腕に黒のバンダナを巻き、左下腕には蛇の入墨を入れた裸足の少年だった。なにしろ悪戯好きの泣き虫の甘えたがりの寂しがり屋で、だいたいが薬でほにゃけているか、連れのデベロイと共に騒ぎ立てていた。
「色男ぶりが女を引き寄せて、とんだプレイボーイ振りさ」
「はは。よく年上の女にも甘えていたからな。そうか。元気にしているのかあの小僧も」
綺麗な歯を微かに覗かせ笑い、彼の黒髪から覗く白い耳に嵌められた一粒の黒ダイヤモンドが光った。
ラヴァンゾは元々、イタリア貴族の出の男だ。プライベートでは優雅なエレガントさが染み付いている。
貴族出だというその事を署内で知る人間は、FBIから派遣されている捜査主任一人ぐらいのものだ。
最も、今勤続している街並も貴族の末裔勢の多い土地柄もあり、社交の場ではよく知られている程、ラヴァンゾ一族は有名な名家だった。
「最近は、全身に入っていた筈のご自慢の孔雀羽根とコブラと蛇、星座大車輪の最高に雅だった入墨も全て消して、紫と黒と白に染めていた腰までのコーンロウも元の金髪に変えていたものだから、見間違えたがな。あの変容振りには驚いた」
「………」
ラヴァンゾは唇を閉ざし、ファイブエイティーフォーの水色の目を見ながら瞬きした。
「お前が最高にクールだって言っていたデベロイが八歳でデザインした車体覚えているか?ベライシー・レキュードロイヤルモンスターだ。赤紫の派手な車体」
ラヴァンゾは極めて冷静沈着さを保てていた。徐々に符合していくその何にも変えがたいあの様態が、悪辣とした微笑を称える雅且つ華麗な凶悪犯風情であって、脳裏にありありと浮かびその瞳を悦とさせ、強烈に光らせた。鳳凰のような炎を背にし、火の粉が舞う風格さえ感じるエメラルドの双眼を。
「あれは多少形態を変えたが、今じゃあ文字通りゼグが乗り回してる。ロイヤル・スターの称号付きでな。しかも、太陽や夕陽、照明のあたり具合で紫のグラデーションを見せるっていうゼグの紫感性技術の砦だ」
その車体をよく分かっていた。
殆どの時は、屋根から背後外装ボディーを黒強化樹脂の艶めくコブラポイント入りのバンタイプにし、ボンネット顔とサイドボディーを赤紫に染め上げ、ベライシー・レキュードのコブラとブラックファイブスターエンブレムを従えるあの400キロものスピードで疾走する美しくもセクシーな怪物を。
操縦が難しく乗る物を選ぶ世界に一台というその車体が、青の海原を背後によく目に付く駐車場に停められている様も。
ダイラン・ガブリエル・ガルド。
幾つもの顔と身分を自由自在に操るくえない小僧。
「あの車体には俺も惚れ惚れしていたからな」
黒ダイヤの静かに光る手を膝に当て、組まれる腿を見ていた彼は、顔を上げ、ファイティーエイティーフォーに微笑んだ。
「あのゼグの物に収まったなら、デベロイのチビも納得というわけか。これは、あのグルグル・キャンディーも涙を飲んでいる姿も容易に目に浮かぶな」
ガルドはそういったわけで、類稀なる白さと黒さを誇る署内きってのあのラヴァンゾ署長が颯爽と歩いて行く洒落ていて隙も一切無い漆黒スーツに白シャツ、黒髪を背後に流すその姿を横目で追い見ていた。その後ろに美人な女秘書が続いている。ということは、ガルドは警官だと言う事になり、しかも警部の位を持っていた。
食堂で週に二回を上層の人間達と元にする冷めた署長は、雰囲気がバリバリに媚態を含む色気が有る。女性警官には規律有る微笑みをみせるのだが。ことさらごろつき上がりのガルドには怜悧な目元を向けてくる。
白シャツに黒のスラックス、という署内での服装のガルドは、片眉を上げ頬杖を付いていたのを、ステークを突き刺しその口に放り投げる。
あのガキ時代にいた頃はクールな女顔も照れたり会話に笑えば笑顔が純真純白で愛らしかった青年だったというものを……。そう思いながらも向き直り、ライスを放った。
一方、ラヴァンゾはポーカーフェイスを崩すこと無く通り過ぎ、食堂を後にし、歩いて行くとエレベータへ乗り込む。
「どうぞ。ラヴァンゾ署長」
「ありがとう」
そう、いつものように魅力的な様で男らしく微笑み、進んでは向き直り表情を戻す。
ラヴァンゾは昨日の蜜夜の事を思っていて、背後で手首を手で組み、エレベータの象嵌が施される黒にブロンズの扉をいつもの様に多少視線を落とし見つめていたのだが、その漆黒の瞳は昨夜の炎を抑え、業務上の冷静沈着な様をしっかりとその背に染み付かせていた。
女秘書はいつもの様に、その黒髪と、仕立ての良い紳士服の黒、白の襟から覗く、色気と微かなフェロモンを感じる真っ白の項を上目で見つめていた。
(社交でもないので、仕立ての最上級なイタリアのオーダーメイドの紳士服では無く、その時に装着する黒ダイヤのタイピンや黒シルクの胸部のスカ ーフ、プラチナチェーンの懐中時計か重厚なプラチナと黒ダイヤの腕時計、黒革のグローブ、黒に黒織りのベスト、その上の品良く入れられたシル クスカーフ、美しいカフス、絶妙な仕立てと形態のスラックス、そして洒落た革靴、そいう装いではない。)
職場である現在は、極シンプルだが清潔感に溢れやはり洒落て背後から見る肩の辺りにやはり雰囲気の有るいるスリーピースの漆黒スーツジャケット姿は、白シャツに漆黒シルクのネクタイを引き上げ、黒薔薇(それか1cm丸精巧な黒石の獅子顔)を模したオニキスのワンポイントタイピンで留めていて、組まれる手の黒から覗く白の袖口や、腕に嵌められた美しい男性的腕時計が弥勒的だった。後ろへ流される髪もスーツ姿も一切の隙も無い。立ち姿はやはり、美しく上品だった。そして、彼の微かに薫る透明感ある香水も、純白の雪かのような綺麗な香りなのだ。
悪魔の様に美しい署長はこう見えて、冷徹で激辛だった。情け無い部下達を凄まじく険しい鷹の様な鋭い顔で一瞬にして洒落たラヴァンゾ署長とも付かぬ大きなドスの利いた怒声で一括する事もあった。しかも、この装いで。
何と、道場ではどんな大男の警官でも激烈に投げ飛ばすし、叩き付けるし時に寝技のときは相手側が心なし別の意味でひるむのだが、即刻締め上げて落として来るし、空手時などは骨折させられんばかりのドキツイ蹴り、回し蹴り、飛び蹴り、ハイキックなどを竜巻の如くかましてきて、その威圧感と勢いの鋭利さと来たら、悪魔的な何かを感じずにいられない何かがある。ガルドと同じくまさか素手で大男を難なくアヤメラレル人種のパワーの持ち主なんじゃないかと疑わずに入られない物を持っていた。殺さんばかりのキツイ声と鋭い殺気に充ちた鷹の様な顔つきなのだから。しかもどんな攻撃にも打たれ強いし、相手は即刻反撃の嵐に見舞われるし、そこでひるめばもう一貫のおしまいだった。
第一、胴着まで、黒い。
しかも、何かをしでかしこの署長にビンタだ、手で背だ、胴だをはたかれたらもう、ビシッと強烈に痛かった。まるで、鞭できつく払われたのが如く。そんな時といったら一貫して綺麗で冷徹な白と黒の鷹の様な顔つきの鋭い目元でぴくりとも笑わず引き締まった顔つきは恐ろしい程に冷たく、静かな気迫にも満ち、微笑みもしない。
野外射撃訓練時などは日除けの下でスタッフチェアに座り、脚と腕を組みコーヒーを横の台に監視している時ならまだしも、悪魔が立ち上がってしまったら大変だ。ド下手な警官を絶対音感の銃声版の如く悪魔の目でそちらをザッと見て、ゆっくり立ち上がっては、そこまで来て、背後から腕を伸ばし手元を掴み標準のあわせ方や肩の力の抜き方や力の入れ具合、緊迫感のおき方などの基礎の基礎から丁寧に教え説き、その落ち着いた時の低いが甘さも含んだ声だとか、的と顔を見る冷静な視線の動きだとか、そういったなめらかな肌の手の手並みなどとか、そういうものにやられそうになる。そして上達すると「そうだ」と言い、微笑み肩に手を置いた。しかも本人は、完璧なる射撃率だ。
そうと思えばいつだったかは会議中、余計な騒がしさを生む警官達を黙らせる為かテーブルをバンッと叩いたら、上に乗っていた鈍器がぶっ飛んで行って慌てて刑事部長がその署長の置時計を飛び受け止めたのだった。
続く口調も黒ダイヤモンドや黒大理石の彫刻で出来てるんじゃないかと思われるほどドライだった。時に彼はそういった雰囲気のときは足を組みアームに腕を掛け、リラックスしジャケットの釦などを嵌めていない顔を斜めにする状況などは特に、肝の据わった風格があるので、何処ぞやの貴族の旦那様にも見えるのだが……。そして何故だか彼に取り巻く何らかの、普段の口調から来る物なのか、独自の時間的流れのゆったりしたというか、感情的マイペースさというか、適当さ、うんざりする事態に対する呆れる様という物が終始取り巻いている不思議な生態なのだ。何事にも動じずにどんと構えていて、何にも臆さない。第一、普段何を考えているのかが掴めない。
何しろ、あの闇を称える目が、何かが住んででも入るのか、恐い。
ただ、署内秩序を保つ事には煩いが、普段は端麗にして冷静沈着、清潔感溢れる優雅な潔癖、女性警官に男性的で優しく、弱みなど一切見せずに、過激な姿など浮かびもしない、シビアな洒落たイタリア若署長だった。
それでも彼は、その署の悪魔と呼ばれている……。
「どうぞ」
「ああ」
ドアが開き、進んで行った。
秘書室を颯爽と歩き、署長室へ入って行く。
この何年かのことですっかり署長室は真っ白の壁、黒の書斎机、黒皮ハイバックチェア、黒のソファーセット、黒の床、黒の棚、銀の照明に変えられているので、どちらにしろ白と黒だった。
元はといえば、木製の壁にペルシャ絨毯、モスグリーン皮ソファーセット、木製の書斎机と棚、皮ハイバック、暖色照明、一面一枚窓の背後は赤ビロードのカーテンだったのだが……。
どちらにしろ抑えられたエレガントさは多少はある白と黒の署長室は、彼がその先に居るものだから、入りづらさを持つものも多かった。とはいえ、その白黒の彼の先に広がるオーシャンビューの真っ青な美しい海は、それをバックに、彼をそこはかとなく爽涼で鎮まった雰囲気にもしている。
漆黒のフェラーリ。夕暮れ時は透明感のある蒼に充ち、優雅な街並を泉に立ち込める霧のような澄んだ色の灰色をした雲がなびく。
車体はなめらかに光を流星のように反射させては、ゆったりと流れさせていた。
耳に、あの独特なバイクの音がその夕時の天を轟かせ、圧巻している。遥か遠く離れた道路を通過していくのだ。
まるで、それはパイプオルガンが作動したかの様に盛大に甲高く深みを持った音にもなり、強烈にエンジンモーターが弾き鳴らされる機械音楽でもあって、そして天を切り裂かんばかりに凶悪な魔物が牙を剥き狂い笑う爆音にも連鎖し、腸をいきなり突進されグサッと大剣で突き刺された様な鋭い威力と狂気で押し迫り、まるであたり一面を十分切り刻んで来ては魅了してくる金に煌く砕け散った硝子片で取り囲まれたかのような錯覚に陥るほどの鼓膜への振動を与え、全てを内包し熱く包み込むかのような厚い吹かし音、情熱と相容れない過激さに、後に残るのは、繊細さがそこはかとなく深みを持った透明感の有る、美しい水色を称えたかのような神秘さえ感じさせる音なのだ。静寂を称えるかのような、それは一種の美しい愛情だった。
男達の熱い情熱を乗せた世界に唯一無地に一台だけのバイクである。
バイクを見かける毎に、まるで今は静かに牙を少ししか覗かせずに微笑するかの様な美しく複雑に組み込まれた起動する巨大エンジンは深みを持って黒く、鈍銀色に輝き、隙も無く完全に整備し尽くされている女神だった。ズシリと重厚なタイヤは狂気として艶黒く巨大エンジンの重みを乗せ、深い溝がその奥に潜む暗黒の地獄の果てまで引き込むかの様な爪にも思えた。鋭く放射線を伸ばす銀のホイールは星と白ガス靄のフワリと渦巻く宇宙空間へと洗脳し連れて行かんばかりの幻惑を回転し両手を広げ微笑し見せてくるし、図太いチェーンは歯車に轢き殺され悲鳴をあげる魂のようにも思えた。宇宙へと女神により引き込まれ、地獄の縁へと向かって行くかのような。精神の全てを剥奪して来ては肉を骨から一瞬にしてぶち飛ばさせ白骨を覗かせ血肉がぶっ飛ぶかのような、そんな衝撃を目の当たりにするかのような物だ。黒銀艶を発するマフラーの震えは悦楽への狂気を含む一触即発の低い笑いを載せ、そしてエンジンを吹かせば轟くように猛り笑った。目を見開いたスポットライトは低い体勢で押し迫るかのような微笑の威圧感をグンッと載せ押し迫って来る。鉛のオイルボックスのとぐろを巻き頭をもたげる燻し銀のレリーフ、コブラとファイブスターのエンブレムは一時も静かで鋭い表情を崩しはしない。タイヤ上部カバーの黒塗装はどの光さえも受け寄せ付けはしない常闇を称え、狂気の全てを冷静に見つめる魔王の眼差しのようでも有る。
魔と狂、美と剥奪の耽美。
それば、ベライシー・レキュードバイクセレクションの中の最高峰と謳われる称号を持つ、JZ-SEⅠ 584だった。
凶暴且つ繊細、そして人を寄せ付けない気迫と、魅せられずに入られなく切り裂かれるのだろうが思わず指で触れずにはいられない、細部に渡るまでその完璧な造形を見つめずに入られないワクワクとした高揚感、そして乗る物を選び操縦が繊細且つ冷静に、大胆であり凶暴困難なこのバイクはやはり凶悪な暴れ馬で、相当のテクニカルな技術を持つ繊細さと冷静さ、強靭さ、大胆さなどが無ければ即刻振り落とされた。
これを乗りこなせるものは二人しか居なかった。実は、創った本人達ですら乗りこなせない気難しい暴れ者で、その製作者がリング景品として掲げたものの、勝ち残った優勝者自身が最後にこのバイクに蹴り飛ばされ、結局はこのバイクを乗りこなす挑戦者を募って行ったが悉く跳ね飛ばし、とんでもないモンスターを作ったなと、それまで見ていた男が立ち上がり、進んだのだった。
バイクを創った人物はベライシー・バイク設計者デベロイ・ベライシーであり、考案者はジョンソン。組み立てはザッハドとジョンソンの手に寄る最高傑作のスペシャル版であった。そのジョンソンの息子、若き日のファイブエイティーフォーが跨り、そこまでは誰もが出来る部分なのだが、そしてエンジンを吹かし、前のめってハンドルを回した瞬間、悪魔は女神となって彼の鋭い笑みと共に微笑した。
誰もが一瞬にして乗りこなし疾走していったその巨大バイクモンスターに、従兄弟の十メートルはバイクに吹っ飛ばされたグルグラームスグレイシングルズは唖然とし、気持ち良さそうに荒野を駆け回り咆哮を上げる息子に、ジョンソンは大柄に天に笑ったのだった。ずっと完全に乗りこなし一瞬にして操りきったそれを見ていた青年時代のアラディスは、やはり乗りこなせなかった手合いだった。
この凶暴なバイクを乗りこなすもう一人の人間。
そのオーナーは、なんと二十四歳、しかも、女性だった。
乗りこなせる者になら悪魔の心を鎮めることが出来るというこのバイクは、その者にならいわゆる一般道も三十キロでも走れる普通走行が可能なバイクだった。なぜそれが彼等になら出来るのかはやはり類稀なる技術とそれ以前の彼等の感覚にしか分からない感性から来る独自の技術で、乗って運転するものには一瞬で、エンジン内部の果ての果て、内部の細部に渡るまでか目を閉じれば疾走の中に読み取り感じる事が出来それは光を滑らかに黒銀に受け強烈に金を受けては強靭に作動し、彼等自身も取り込まれ一体化し完全に思うが侭に自己の体の如く、それ以上に操作が出来るのだ。どんな部分が今機嫌を損ねているのか、どう開放されたいのか、牙を向けているのはどの子なのか、全てが複雑に組み込まれる中で全身と脳裏に浮かび感じ、そして乗りこなす。そして女神も満足した時に、完全に網羅させた猛獣を静かに走らせることをその猛獣自身が許してくれるのだ。本人達ですら、こんな始めての感覚には圧巻させられ、恍惚とした全てを体に漲らせ疾走する事が出来た。機械と細胞が黒銀の中にも金に光を発し一体化するかのような感覚で、その体感するバイクの上げる雄叫びにまで包まれる。
そういった特殊な本能を持ち合わせているのか、読み取る体機能をしているのか、このバイクは人の細胞を読み取りその繊細ささえも嗅ぎ取った。
だから、乱暴なだけの荒くれ者には一蹴され乗りこなせず、どんなに力有り余る筋肉男にだろうが抑えこめずに牙を剥かれ、当然力の無い者は飛ばされるし、類稀なる柔軟性の筋力有るものは革に沈ませはするのだが、それも気性が合わなければケツを振って落としてきた。
柔軟性とセクシーな体を持ち合わせる野性的強靭な体力の整ったガルドも、またがれるには跨れるのだが、乱暴者のガルドなので一切の繊細さも無くバイクにぶっ飛ばされて操縦など出来なかった。
一方、オーナーである彼女、弾力ある肌を持ち、柔軟な筋肉を持ち合わせ、グラマラスでダイナミックさを誇る野性味たっぷりな引き締まる体はよくあのバイクのシートにフィットした。
強く美しき鋼の女、レオン・キャンリーだった。
彼女はまるで黄金色をした山猫のように勇ましく野性的な美を誇る女で、よくその完璧な肢体を柔らかく一繋ぎの革ライダースボディースーツに包ませ、ロンググローブとロングブーツ姿、スパイシーな黄金の香水、引き締まったファラオの様な顔、ボリューム有るロングセクシーアッシュゴールドヘアを風を含ませ輪郭をなぞるように包み落とし現れる迫力ある魅惑的強い微笑を称えた女だ。黄金粒子掛かる健康的に焼けた肌はやはり彼女の美貌を引き立てた。
蒼の夕暮を行く漆黒のフェラーリに、夕陽さえも味方する街の轟き響く音響と化す先ほどまでの凶悪な走行は、今は静寂の元に水色に充ち、消えていた。夕暮の蒼と混ざり合う様に。
遥か遠くにいるのなら、そのバイク音は美しく繊細に長引く透明な水色の通過音として耳には届くばかりだ。
その為に、天に轟いていたエンジン音は彼女の部屋となっている廃墟倉庫へ収まったか、隣街へ行ったのかと思った。
「こんばんは。ごぶさたしておりますわ」
ラヴァンゾは漆黒のフェラーリに背後から並び、停車されたバイクを見た。
蒼を背景に闇影を落とし、鈍銀は光っては、鋭利なヒールブーツが装飾した。ダイナミックな腿を包む革はなめらかに縊れる腰と巨大な胸部も包ませ、そして狭い丸みを帯びた肩に続き、ロンググローブの指先までがゆったりと神経を張り巡らせた官能的様態であり、もう片方は猛獣を使い慣らすオーナーはハンドルにかけていた。鋭い微笑を称える挑む勝気な顔つきは、彼女の琥珀色の瞳で射抜いて来る。
「ああ。レオン・キャンリーニ等級巡査」
レオン・キャンリーは殺人課の刑事である。
美しい車体を見て、ファイブエイティーフォーをすぐにでも思い出す。ラヴァンゾはレオンの顔を見上げ、大事に使いこなしている彼女に言った。
「相変わらず素晴らしいバイクだ」
「ふふ」
嬉しそうにレオンは微笑みハンドルに腕を乗せ、撫でてから言った。
「そう言っていただけると、こいつも悦び甲斐がありますわ」
上司や立派な紳士には丁寧でお嬢のような口調で相手を立てて来る女性であり、普段はセクシーで勝気で着いてきな的姐御で頼りがいがあり多少強引で仲間想いの子で、晴れやかな性格と嫉妬深い部分、自信に満ち溢れる部分となまめかしい媚薬を含ませたフェロモンを感じさせる部分もあった。
「署長の漆黒のフェラーリをお見かけしたものだから、本日も素敵ですわね」
「どうもありがとう」
ラヴァンゾも男らしく微笑み、その彼にレオンはセクシーに腕をハンドルから外して背を伸ばして言った。
「昨日の柔道の訓練。とても素晴らしかったです。女性のあたし達が受けられない事は残念としか思い様が無くって」
ラヴァンゾは信号を見ては、蒼の空の信号が変った。鮮やかな色で。
「ごほんごほん。ごほごほほご、ごへごへ」
「………」
「………」
漆黒のフェラーリ横に流れ込んで来た蒼の中の美しい紫を見た。それはかすかにピンクパールを帯びた部分も置く優しげなプラチナ粒子を弾く藤色掛かっては、進むに連れて紫味が徐々に増えグラデーションを見せつづける。
「ハイ。ダリー」
レオンは漆黒のフェラーリに横付けされた美しいローズ掛かる深みを持った蒼紫の車体が流れ込んだ様を見た。本当に、同じ色を見ることが無いのでは無いかと言う程この車体は光に寄り魅惑のグラデーションを見せる。影の部分はミッドナイトベルベットの様な落ち着き払った品のある黒紫で、艶を受けた部分はパール掛かる純白を跳ね返していた。
「おい俺の元女誘惑してんじゃねえよ。寝技でも狙ってやがんのか」
うんっざりしてラヴァンゾは横目でガルドを見ては、ガルドが歯を獣顔で剥いた。
ガルドも監督なので、直接やりあう事は無い。ラヴァンゾが白黒の鋭利な激烈とした威圧感有る悪魔なら、ガルドは白胴着の太陽と凶暴な猛獣の如く熱気溢れるの迫力有る悪魔だった。どちらにせよ、柔道の時間は地獄だった。
「誤解よ。声を掛けたのはあたしだから。可愛いじゃないダリー? 今日は珍しく嫉妬なんだ」
伏せ気味に微笑んだレオンは、その肌が夕陽のかげりと共に青み掛かる白をなめらかに頬に映し、練乳大理石で出来た動く女神のようにさせる。
「信号も青だ。私はそれでは、そろそろ行かせてもらう事にする」
「ラヴァンゾ署長。引き止めてしまって申し訳なかったですわ」
「いや」
口端を上げ微笑み、それを目を伏せ憮然と見ていたガルドは、白と闇色のこの悪魔が前を向き、なめらかなハンドル捌きで流れるように進んでいった車両を見た。
「あんの野郎……」
レオンは顔をダイランに向け、既にローズピンク味を所々光の加減で強調、粒子かかる水色紫の車体の中のガルドの横顔を見た。
白シルクを張り巡らせたハンドルは、クラクション部分も白の皮で、中央にコブラがプラチナ掛かる金色で模されている。
白というのは、よくガルドがごろつき時代からこの街で身につけていることが多かったカラーだ。自身も白が好きであるし健康的なに日焼けした肌にも良く合った。
それと、やはり赤紫が第一に好きな色で、所持する小物などは紫率がかなり多い。もしも服として着るとすれば赤味を帯びた落ち着き払う黒紫のベルベットを胴を覗かせきっちり前合わせて着た上に黒石と金のスクエアバックルが着いた金メッシュベルトと、黒革パンツとブーツに、上に白の膝中心の長さのガウンを掛けていたりした事もあったが、基本的に紫を着る。
ただ、髪の毛は様々な紫にして来てごた。一部だけだったり、全体的にであったり、様々なバリエーションを持たせ。
「あの署長には気を着けろよレオン。お前があの色男に惚れねえとも言えねえからな」
「あんなに素敵な方だもの。それは誰もがあの潔癖の彼に色気を使うわ。でもこちらは、大人として領分をわきまえてどうにか大人しくするのよ。彼には美人で可愛らしい女優の奥さんがいるし、彼は秩序や風紀を乱すことを嫌うものね。あたし、リーシェン・リシュールの演技や映画も割と好きなの」
そこはよく立ち寄る荒野上、点在する町にある馴染のステーキ屋。
その日も彼等は集っていた。
そして、ファイブエイティーフォーの飲んでいたミネラルウォーターが、驚きの余り、ピューーー、と、テーブル向こうに座る父ジョンソンの顔に噴き出された。
ゴツッ
金髪が揺れ、ジョンソンに拳骨をされたファイブエイティーフォーは頭をさすりながらも、そのTVの中の映像を目を見開き見ていた。
とはいえ、そのジョンソンも同じだったのだが。
そこにいた合同バイクイベントの参加団員誰もがどやどやとTV前に来ては、信じられない事態にただただ茫然としていた。
「おい、レガントってのは……」
「たしかべらぼうに金持ちっていう……」
そう言ったレッドスネークの人間を振り向いた。
「あたい等の街地主の名前じゃ無かったかい」
バシッ
「馬鹿野郎、団体の所在地言ってんじゃねえ」
女は叩かれ黒髪ショートボブパーマの頭を抱えた。
デベロイは目を丸く、父親を見た。
「ゼグってボンボンだったのかよ」
確かにベライシー・レキュードロイヤルスター元保持者として、契約時には本名はベライシー・レキュード社本部に届け出られたし、本籍も同じく書類として納められているのだが、それには『氏名 ダイラン・ガブリエル・ガルド 本籍 ハテナ州クエスチョン郡リーデル・ライゾン市ハイセントル行政管理地区3ー67』と、記されていた。
「いや、それは無いだろう……」
「ネオがかい?」
誰もがチビ時代から知る顔を巡らせる。
「………」
「いやいや~!」
「いやそれは無いだろう~!」
誰もがそう手を首を振り笑いながら言った。
TV上、今年結婚をした大物著名人というワイドショーで、数ある結婚した著名人の中に、その顔が映ったからだ。
深い金髪。エメラルド色の瞳。ライオンの様に勇ましく雅な容姿。百九十五の体躯。我が侭で強気そのものの顔つき。
レッドスネークの所のあの赤紫好きで色男で女好きで自己中心的で女からも男からもモテてド派手好きで悪魔ででもたまに天使でベライシー狂信者でアナキストで毒声でだがやはりたまに甘い声で節操無くて適当で強くてパワフルで声でか過ぎで時にクールだが結局は騒ぐの大好き大きな子供な、享楽と娯楽と悦楽の狂い咲きな、セクシーシンボル、ゼグ・ネオが……。
十六の頃から、謎の多い闇のアングラ都市支配者Ze-Nと繋がりはじめ、主にNYなどでは仲介屋などをまた適当に受け持っていた適当男、ゼグ・ネオが……。
『貴族レガント一族三男(二十三)』という肩書きで、同街貴族、『ジェーン一族御令嬢(二十ニ)』と結婚、との解説だ……。
「っはー! 世の中には似た顔の奴でこうも地位がガラリと違う奴もいるんだなあ~!」
店のオーナーが、入墨の筋肉腕を組みそう言い、誰もがオーナーの顔を見た。
それもそうだよな。ゼグ・ネオが何故、貴族が云々、上流が云々、富豪が云々、資産家が云々、裕福が云々、金持ちが云々、貴公子がうんぬん、御曹司がうんぬん、御子息がうんぬん、おぼっちゃんがうんぬん、ぼんぼんがうんぬん、若旦那様がうんぬん、当て嵌まるというのだ。
今も現に、真横にそのゼグ・ネオが、ブーツに組んだ足の黒の皮パンにブロンズ蛇バックルベルトに純金重厚な指輪ピアスにライオン顔首飾りに巨大なエメラルドの釣り上がった鋭く引き締まる顔つきでステーキを一飲みしているではないか……。
「あーーー」
大口を開けて……。
「あぐっ」
モグモグモグ。
ゼグ・ネオは、誰もが自分の顔を何故だか各々の席から見て来ているので、肉を噛み締めながら顔を向け、皆の者の面を見た。
「っへー。よく似てるもんだなあ」
「?」
ゼグ・ネオは首を傾げてはグラスをあおり、またサラダを一飲みした。
「あんだよ。何が似てんだよ」
「あんたがさあ、超良い所のぼんぼんに似てるって話よ」
「へー」
「見てなかったのかいあんた。まあ、一瞬だったからねえ」
「レガントってい」
「ブフッ」
ファイブエイティーフォーの顔面にレタスの粉砕したものがゼグの咀嚼の続く口から噴出され、ファイブエイティーフォーはうな垂れフキンで顔を拭い、金髪に掛かったレタスを払った。
ゼグは咳き込んでいては、女に背を擦られていた。
「ははーん。あんた、あたし等に黙っていたね?」
ゼグは目元を憮然とさせ、ミネラルウォーターを呷った。
「おいお前、あのさっきTVに映った可愛い女、紹介しろよ。え? 相当可愛い女じゃねえかお前、黙ってやがって水くせえぞゼグ」
「やだね」
フンッと顔を反らし、それをカルロが付け加えた。
「あれ。お前、日本美人と親父の店に来てたよなあ。確か秋口じゃなかったか?」
ゼグはRの息子、カルロの口にジャガイモを丸ごと突っ込み黙らせ、ポカスが咳き込むカルロの背をドンドン叩いてやっていた。
もしも今ここにAの妹分、スリークがいたら、ほいほいと言いまくっていたのではないだろうか。だがスリークは今ここにはいない。元々バイクイベントにはスリークは来ない。