決闘準備2
身体をいじめ抜いて疲れ切ったレントはベッドの上でエレナに背中を踏んでもらいながらぐでーっと脱力しきっていた。
「急に踏んでくれなんて言ってきた時はびっくりしたけど…レントがこんなにボロボロになるなんて何があったの?」
足場がグラつく中でもバランスを崩さずにうまく足踏みを続けながらエレナが尋ねた。
「んー、色々あってなー…結構強いやつと一騎討ちする事になったから特訓…」
ほへーと脱力しながら適当に答えるレントにエレナが少しイラついて踵でグリグリと肩甲骨あたりの凝りやすい筋肉を強めにほぐす。
「その色々をきいてるの!」
しかしレントとしても自身が金羽である事は自分に自信が無いため大っぴらに言いたく無い…となればそこだけを隠せばいいかと口を開く
「ばぁあああああ、そこ効くわぁ…なんかなー、俺の事が気に入らないって喧嘩売ってきたやつが矜持の事を馬鹿にしてむかついたからその喧嘩買ったんだよ」
「む…レントが気に入らないのは分かるけど矜持さんを馬鹿にするなんて…あんなに洗練された武道家なのに…」
「足止まってるぞー、反対側のとこもさっきのグリグリ頼むわ」
どうせ矜持の正拳突きの事でも思い出して目を輝かせていたんだろうこの武術馬鹿はと思いながら催促をする。
「しょうがないからちゃんとマッサージしてあげるけど負けたら承知しないから!」
尻のあたりにエレナが座り込む感覚と背骨付近の肉をグッグッと指で押される感覚が来る…正直かなり痛い。
「痛い…めっちゃイタイ!力加減!それマッサージってよりもはや攻撃だから!ああああああ!」
ずっと鍛えてきているから魂のレベルもそれなりであろうエレナの本気のマッサージはその細腕から想像もできない威力であったため終わった頃にはレントは指一本動かす気力も無かった。
「じゃあレント!矜持さんのために頑張って!それからマッサージの効果とかも伝えといて!」
「なんだお前矜持にもマッサージしたいのか?…この変態め」
面白いように顔を赤く染めるエレナについ頬が緩んでしまう
「変態じゃない!それにマッサージが変態なら私に頼んだレントも変態だから!私は矜持さんの役に立ちたいの!…それで、褒めてもらって…えへへ」
頭を撫でられる想像でもしたのか頭のオオカミ耳を両手で抑えながら笑っている。
「なんか妄想してるなんてやっぱ変態じゃん、どんな妄想してるんだか」
「もういい!そんなだからレントはダメなの!チビ!ガリ!レント!」
「最後のなんだよただの名前を悪口みたいに言うなよ!」
べっと舌を出してから逃げたエレナの後ろ姿を見ながら内心では凄く晴れやかな気分だった。
「ひさびさに妹に応援されたんだから負けるわけにはいかないよな…」
エレナのお陰で今日はもうオーバーワーク気味だというのにすっかり心に火がついてしまったと呆れながらも明日に備えることが最優先であるため特に何ができるという訳でもなかったのでおもむろに自身の携帯を手に取り『スピリッツ』と『ラフメイカー』のグループトークを開く。
『どんな依頼だったんだ?』
向こうも暇だったのか割合早めに返信がきた。
『護衛系よ、矜持は対象と意気投合して話し込んでる、そっちはどうだった?』
若干蚊帳の外感のあるクオリアの返信に彼女をほっといて何をやってるんだかとも思ったが矜持なら容易に想像できてしまう、それで信用にも繋がるだろうから仕事の面で見れば悪いことではないだろう。
こっちの方については正直厳しいものがあるが…レントとしては護衛なんて気の休まらないものをしている2人にわざわざ心配をかけるようなことも言いたくなかった。
『護衛依頼なんて気の抜けないものに比べたら全く問題ないっす!本番までやる事やって挑みます!』
それとなく周りにもレントの考えがわかるような文体にして返信する、『スピリッツ』の面々なら察してくれるはずだ。これがこちら側に矜持やクオリアがいたら察してくれなかったかもなんて考えながら一人クスリとレントは笑う。
あの2人は能力的にも人格的にも優れていると感じるがその経歴のせいかどこかズレた考えだったり見落としがままある、何というか良くも悪くも気が抜けているような雰囲気があるのだ。
だからこそ…未だに少しだけ思い出しては怖くなる、ネルパ女学院の時に見せた矜持の姿、狂気すら感じるほどまっすぐだったあの姿が、あれこそが本来の矜持ならそれは少し怖い。
あの時の事は説明を受けたはずなのに、不意打ちで毒の可能性を考え仙術という力でわざと大目に出血して体内に毒が入らないようにしたことも、それでもなお入り込んだ少量の毒で死にかけのところをクオリアさんがギリギリセーフまで持ち込んですぐに戦いに行ったことも、死なないように自身に安定の魔法をかけ相手の魔法への対抗を全てクオリアさんに任せていたからこそ挑めた事も。
理屈としては説明されれば理解できる、そこまでして相手を助けたい理由も聞けた…
しかしそれだけで…あの黒い刀、相手の脳に死んだと思わせる事で意識を奪い夢に誘うあの刀は物理的な存在ではないらしいあれで敵に挑めるだろうか、相手の攻撃を受けることもできず、こちらは致命傷と思わせるような攻撃をしなければならないなんてハンデ戦を挑むなんて狂いすぎている。
それでいて冷静に転移の範囲からは逃れるだけの判断力を残していたのが余計に怖い。
翼階級は狂人の集まりだから目指してなれるものではない。
そう言われているのを思い出す、でも…それでもレントにとって矜持は大切な友達であり、あの強さに魂の輝きに全く憧れないかと言われれば違う。
たぶん怖いのは理解できないからだ、だから理解できるようになりたいと思う。
「俺にもあそこまで必死になれる信念がいつか見つかるかな」
さっきまで笑えていたというのに、ルイスとの戦いが迫っている状況とその言葉がレントに力について深く考えさせた。
レントにそんな風に悩ませているとは知らずに矜持といえば紡と各々の仕事であった話で盛り上がっている、知らない業界だが互いに同年代で働いている彼らは苦労話なんかで共感し既に名前で呼び合う中になっていた。