日常:しかしそれは誰かの非日常
たぶん今回の地の文を担当してくれている彼は今後出てこない。
「おーい、すまんが今日もカルエス金貸してくれよ」
「ああ…わかったよ、でも結構金額かさんでるぞ」
「わかってるって」
乾いた笑いを浮かべながら僕は表面上は仲良しなのを装ってお金を貸す、一見虐められているようには見えないだろうしそう見られないように僕も配慮している。
もしかしたら僕からお金を借りている彼らはこれを虐めとすら思っていないかもしれない、いや思っていないだろう。だって彼らに擦り寄り立場を確立するために最初にお金を貸したのは僕なのだから…
そんな僕らのやり取りはゲームセンターでは当たり前の光景だから僕らのこの光景も普通にしか見えないはずだ、だと言うのに
「すぐに返せないのにお金の貸し借りはあまり感心しませんよ、せっかく仲が良さそうなのに不仲の原因になりますから」
ガヤガヤとした音が響き渡るゲームセンターの中でも聞き取りやすいその声が耳朶を叩いた。
その声の主は自分達と同年代だがその制服から比連の人だと分かる、そして一見普通に見えるが腕の太さや胸板から筋肉があることもよくわかる。
「あー、いや…その熱くなっちゃうとついつい…」
さっき僕からお金を借りたキリスがバツが悪そうに頬を掻きながら言い訳をする。
「そーいうのは取れるまでやるんじゃなくて小遣いの範囲で取れるか取れないかを相談しながらやるのが楽しいんだぜ、そういうものの方が大事に思えるしな!」
もう一人制服を着た華奢な男の子が出張ってきた、本当にその通りだと思う、そのスリルが楽しいんだと。
「う…すいません…」
キリスが素直に謝る、それを見て体格が良い方の男の子がにっこりと笑い
「水を差してすみません、注意も済んだので一緒にやらせて貰ってもいいですか?」
不思議とすんなりと聞き取れる彼の提案を受け四人でなんとかキリスが欲しがっていた景品を取った。
「矜持お前始めての癖に距離感はバッチリじゃねーかよ!」
「それでも無料分の1回目はボタンからすぐ手を離して無駄にしたけどなッハッハ」
「む…無料分だからいいんだよ!それで次はちゃんとできるようになったんだから!」
「ぷふ…ハッハッハッハ!」
比連職員が多く立ち寄ってくれるようにこのゲームセンターでは比連職員は立ち寄ってから一回目は無料でゲームプレイできるサービスがある、きっと彼らも普通に遊びに来ていたんだろう。
同年代なためすぐに仲良くなっていた、それに彼らへの態度からやっぱりキリスや今はほかのゲームをしている面々にも悪気なんてなかったんだろう。
気づけば僕は彼らを悪者にしていた自分を少し恥ずかしく思っていた…でもお金はしっかり返して貰う。
というよりも自分からもっと催促してやろうという気力が湧いてきた。
そう思ったとき、ふっとこちらを見ている矜持と目があった、その表情はとても優しくて俺は女が好きなはずなのに女顔でもない矜持に不覚にもドキっとした。
イケメンって怖い…
その日の帰り、キリスを始めたみんなからもこれまでの事を謝られとてもスッキリした気分になった、俺以外にも何人かお金を貸す側にばかりなっていた奴らもみんないつもより表情が明るくなっている気がした。
ほんのすこし口に出せばよかった事を口に出せなかった俺たちの日常は突然現れた矜持とレントという比連職員によって簡単に変わった。
「俺も目指してみようかな…連理の枝の方…事務とかなら目指せるはずだよな…」
彼らのように優しい人になりたいと思ったこの熱意が冷めないうちにとSNSに後になると少し恥ずかしいポエムのような決意を載せた。
キリスやみんながお前ならきっと大丈夫お前は今までだって‘優しい’やつだったからななんて言葉をかけてくれたおかげで自分から進んで勉強をしたほどだ。
恥ずかしい話だが頑張る自分ってちょっとカッコよくね?なんて思ったのは内緒だ。