レントの妹3
レントの妹、エレナちゃん…いや立ち合う以上はしっかりと名前で呼ぶべきだろう。
エレナと向かい合う、レントは剣を使っていたがエレナは素手だ、この道場の師範は1人だとしてもそれはおかしな事ではない。優れた武闘家は極めんとする道以外の武道を学ぶ事で別の考えを取り入れ自らの武をさらなる高みへ導こうとするものだ…
つまりここの師範はそれだけ剣…又は拳の道で高みに登っているということである。
向き合い構えをとるエレナの姿勢は綺麗だ、辛い修行でも自分を甘やかさず正しい姿勢をしっかりと意識してきたはずだ…
拳を交えれば相手と心を通わせるなど…ハルディスの力と仙術を合わせれば可能だが今は違う、相手の構えから、体運びに目線の動き、レントとの確執から俺に向ける感情、全てを合わせて彼女の気持ちを紐解いて行かなければならない。
レントへの悪意はわかるがそれを俺にも向けているのはおそらく師匠の道を侮辱した(と彼女は思っている)レントが出した結果(比連校での繋がり)だから
ここまで来ていれば今日でレントとの仲をどうこうするのは諦めた方がいい、だからレントの言う通り俺が彼女の力になれるよう仲を深めるしかない。
そのためには型を意識した綺麗な戦い方で、そしてレントの良さを理解できる手助けをしながら立ち合う必要がある。
ここまで考えを纏めるのに使ったのは互いに構えてからの一瞬、つまり今から合図が下る
「はじめ!」
師範の合図により試合が始まる
まず悲しいことに相手は小学生の女の子であるためリーチが足りない、逆にこちらも相手が小さすぎてやり辛い…
「はぁ!ふん!」
懸命にエレナは攻めるがその全てを払い、弾き、避けて潰す。その中でわざと隙を作る、同時に複数の隙ができた時にどこを狙うか、隙があったとしてそれをしっかり狙えるか…隙を理解しても動きが追いつかないこともままあるものだ。
こちらが完全に技能で勝っていること、俺自身の研鑽を示すことで彼女の目が変わってくる。
その中でしっかりとレントにあってエレナに無いもの…型がないからこそ動きを繋ぎ続けられるレントに対し型を守ることしかできないため動きが切れるというエレナの弱点を浮き彫りにさせていく。
「今、次にどの動きをするか迷ったね、自信を持って強く攻めるんだ。状況に合わせて型を少し変えるだけの基礎はもうできてるよ」
「はい!」
既に彼女の目に俺への敵意は感じない、もともと微々たるものだったのて払拭されるのも早くそれどころか俺が立ち合いの中で彼女を成長させようとしている事も理解したのか既に尊敬に変わりつつある…
いや、彼女からすれば師匠に認められた男を尊敬する方が当たり前なのだ、だからこそレントを認めない事が問題なのだが…
少しずつ動きがしっかりと繋がり空白が埋まっていく、しかし限界だ、彼女の体力が持たない。
本来なら最後に一撃を受けて終わらせてあげたいところだがこれからここでたまに外部顧問として教える側になるかもしれない…いやエレナの事をしっかりと解決するならやっていく以上けじめとしてここは勝利しなければなるまい。
「君のやり方…基本をしっかり修めるのは正しいよ、だからほんの少しだけその先に待ってるものを見せるね」
レントがいるので全力ではない、というよりも全力ではそもそも周りには見えない、けれどこの一撃に込められた理念は揺らがない
矜持が繰り出したのは正拳突き、そこには特別な力など一切込められてはいない本当にただの拳でしかない、それはエレナにさえ寸止めであるため当たっていないが
その場にいた誰もが言葉に表すことのできない圧に、そこに至るまでに積まれた計り知れない研鑽に圧倒された。
その中で最初に立ち直った師範が声をあげる
「勝負あり!勝者、士道矜持!」
「矜持…頼んだのは俺だけどここまでとは思ってなかった」
レントがもはや呆れてしまいながら言う。その目線の先には矜持ともう一人
「うるさい!レントはあっちいって!」
紺青色のロングヘアを両サイドから後ろに回し留めるハーフアップという髪型にした狼耳に狼尻尾を生やした少女が矜持を守るようにレントとの間にたち威嚇するように毛を逆立てている。
そのアップにされてあらわになった顔の側面には人の耳も存在している、耳が4つに見えるが昨日しているのはどちらか一方のみで片方は単に形質として遺伝しているだけである。
そのあんまりな態度に思わず矜持が吹き出す。
「ほら!矜持さんにも笑われてるでしょ、ハウス!」
さすがにレントが可哀想なので助け舟を出す。
「エレナちゃん、俺はレントに連れられてきたレントの友達だからあんまりレントを邪険にしないでほしいな」
「わかりました…無知蒙昧で愚鈍な恥ずかしい兄ですが矜持さんがそう言うなら…」
先ほどの立ち合いに加えこれからもエレナの修行をたまに見に来る事を約束したためすっかり懐いたエレナの姿がそこにはあった。
「うん、ありがとう」
素直に受け入れてくれたエレナの頭を妹にするように矜持が撫でる
「おーおー嬉しそうに尻尾振りやがって、せっかく矜持が喜ぶ事を教えてやろうかと思ったけどもう教えてやんねーからな」
「ふん、レントの事だからどうせ大した事じゃないだろうけど一応聞いてあげるから言ってみて」
「まずその態度何とかしないと言ってやらねー」
憎まれ口を叩きながらもレントはどこか楽しそうにしているのでまあいいかと矜持は少し見ておく事にする、それにいくら気に入らないとはいえエレナちゃんの口が悪いのも確かだ。
「んぬ…教えて下さい…レント…」
「お前そんなんで涙目になるなよ、まあ優しい俺は教えてやるけど」
ニヤリとレントがこちらを見る、嫌な予感が走った。
「待てレント!何を吹き込むつも…」
そこへ一瞬殺気が向けられ慌てて振り向く、そこにはニコニコと笑っている師範…その隙にレントがエレナちゃんに耳打ちをする、やられた…
エレナちゃんが振り向きこちらを見る、一体何を吹き込まれたのやら…
「えっと…矜持お兄ちゃん、私のことはエレナって呼んで欲しいです…」
レントは後でぶっとばすにしても今は目の前の可愛い子の願いが優先だ
「わかったエレナ、これからは呼び捨てで呼ぶよ」
小声で「や、やった」と呟くところとか本当に可愛い
「レントじゃなくて矜持さんがほんとにお兄ちゃんだったらよかったのに…」
少し照れながらそんな事を言ういじらしい姿に心臓をつかまれる
「俺のことは本当の兄と思ってくれていいから…気軽にどんな事でも言ってくれて大丈夫だよ」
可愛いエレナの後ろでレントがとんでもなく悪い顔をしているのも後で問いたださなくてはならない…のだが
「はい!ありがとうございます!」
余りにも眩しい、狼の獣人の血を引くだけあってトレードマークであろう八重歯をよく出した可愛い笑顔を目に焼き付けることしかできなかった。