サザナミ後日談3
寝れない…今日の出来事の衝撃が強すぎる。
寝ようと目を閉じてしばらく経つがどうにも思考がぐるぐると巡ってしまう。
少し外を歩いて気を紛らわそう…そう思いたって体を起こす。
音を立てないようにそっと詰所を出る、何となく町へ歩き出す、その奥に見える海は酷く黒く恐ろしい。
今自分が歩いているのは町だった場所…津波と地震で沢山の建物が倒れ町として残ったのは中心部のみ…悲しい風景が胸を打つ。
「こんな時間にどこに行くんだよエリアス」
急にかけられた声についビクッと体を縮こまらせながら跳ねる。
「びっくりするから急に声かけないでレント、起こしちゃった?」
振り返ったエリアスの目に移ったのはレントだけではなくシスカとクリスもいた。
「みんな寝れなかったんですねぇ」
「矜持さんとラティファちゃんはぐっすりでした…」
なんとなく寝れなかったのは自分だけでは無かったらしい。
「矜持は寝てるんだ…丁度いい機会だから話したいんだけど…」
「矜持が隠し事してることだよな?」
「やっぱりみんなわかってたんだ…あんまり隠せてないもんね…」
「でもぉ、隠し事してるのはわかっても実力はわからないんですよねぇ」
矜持は隠してるつもりだけどほぼほぼ隠せていない。
「みんなはどこで気づいた?私はモンスターウルフの時に殺すことに慣れてくれって言ってた時の雰囲気」
それは銅翼階級の父を持つエリアスだから感じた父と似た雰囲気によるもの。
「俺はその後モンスターウルフと戦った矜持の足捌き」
「私はぁ、治療を一切してない事ですぅ」
「えっと…魔力に乱れが無さすぎる事と視野の広さですね…今日なんて途中からは矜持さんが主体でしたし…あ、あとラティファちゃんが精霊って見抜いたのも矜持さんですし」
改めてあげられると酷いものだ、全く隠せてない。
「隠せてなさすぎでしょ…」
「んで、それがどうしたんだよ」
「うん、みんなはどう思う?隠し事してる矜持を信じれる?このままチームとしてやっていっていいと思う?」
リーダーとして言わなくてはいけないことを言う。
「俺は信じる、ただ隠し事に関してはもういっそバラしてほしい」
「そうですねぇ、精霊が懐いているのでいい人なのは間違いないですし信じますぅ。隠し事に関しても放置で問題ないかとぉ…」
「わ、私も信じます!推しですから!矜持さんが精霊とか子どもとかと遊んで緩んでる表情とか凄くよくないですか!?絶対いい人ですよ、隠し事も推せる要素の1つです!」
みんな信じる方を選ぶならいい、ただ問題は
「私も信じるんだけど隠し事…矜持の実力に関してはいっそ教えてもらいたいとは思う、すごくモヤモヤする」
レントとエリアスが実力を聞く派残り2人が隠しているなら放置を選んだ。
「隠してるってことは理由があるとおもうんですぅ、無理に聞くのはよしませんかぁ?」
「そ…そうですよ、秘密にしてることを聞くのはやめたほうが…」
「じゃあこうしよう、気づいてることは伝えて内容、実際どんくらい強いのかとか本当はもっと別の階級持ってるんじゃないかとかは本人が話してくれるまで待つってことで」
レントが折衷案を出す
「そうしよっか、それ以外にいいのも思いつかないし」
「で、寝れなかったのはそれが理由か?」
それもあるけどそれだけじゃない。
「どっちかって言うとそっちは割とどうでもよかったかな、なんかね、まだ2週間経ってないのにものすごい密度だったよね?毎日死と隣り合わせで戦って、町の人…私たちがこれから守っていく一般人の姿も見て色々あって今日はあの大物、簡単には寝れないって」
「私もですよぅ」
「み、みんなそうだと思います」
「あー、やっぱり?みんなそんな感じだよね、少しだけ話してから戻ろう?明日からはまた来た道帰るんだし眠らないと大変だけど」
「あぅ、私今魔力経が傷ついてて魔法使えなくて…魔物が出て来ても戦力になれないです…」
「矜持が頑張ればいけるって」
「レントも魔法自覚したら調節ができなくなったんでしょ?大丈夫なの?」
「とりあえず帰りは矜持に頑張らせて帰ってからなんとかする!」
「もしかして矜持さんてこうやっていいように使われるから秘密にしてるんじゃ…」
「それはあるかもね…」
他愛もない話は30ほど続いた。
「はぁ…はぁ…ん…はぁ…もう無理って言った…じゃろうが…」
「いやー、めんどくさがってるだけかと思って…すまん、にしてもその姿久々だし撫でていいか?」
朝の訓練を終えた矜持とハルディスだが矜持が張り切りすぎたためハルディスは酷く消耗していた。
「なんじゃ?久々に少女の姿になったが欲情したか?そう言えばお前の始めてを奪ったのも…」
既に戦闘用に纏う不定形の闇の衣からジャージに戻っている。
「ちげーよ!てかそれに関してはお前が仙術の修行って騙したんだろ!?」
「騙してはおらんよ、実際上手くなったろ?まあそんな事はいいか…ほら、撫でて良いぞ」
「確かに上手くはなったけどもどういう理屈だよ…」
撫でながら昔のこととはいえ矜持は何も知らなかったうちに凄いことをさせられていたことをボヤく
「それは精霊様の秘密さ…」
そう言ってハルディスは自身の頭にある手を取り強く引く、細い腕ながらも夢の中では強い力を持つハルディスがそのようにすれば油断していた矜持は体制を崩す。気づけば大人の姿に戻ったハルディスに抱きしめられている。
「急になんだよハルディス…」
「なんだも何も無いだろう…私をこんなに疲れさせるまで自身を追い詰めるように訓練しおって…お前は背負いすぎなんだ、せっかく幸せを掴んだのにそれじゃあお前を支える周りの者まで重さで潰れてしまう。
背負ったものは役目を終えたらしっかり降ろしていけ、それがこれからやらねばならん背負い方だ」
ハルディスの言っていることはわかる、自分が来てからは誰も死ななかった、出来る事はやってみんなの強化にも繋がった、町の人の思いはしっかりと悪魔にぶつけた。
矜持にできることはやったのだ…
「それでも…それでも俺はプノレート神父の苦しみに気づけなかった…もし俺がここにいればあんな悪魔に好きにはさせなかったって思うと…悔しくて…」
「それが背負いすぎと言うんだ、5年前私と和解したお前がその後も虎徹の下で修行を続けさせてもらったのが何故かわからんお前では無いだろう」
「中途半端な力をもった馬鹿が事件に首を突っ込んで死なないように…だろ?」
間違ってはいないがそれでは足りない。
「お前に幸せになって欲しかったからだよ、だから地獄を味あわせて力をつけた。お前が目の前の命を諦めなくていいように、簡単に死なないように、誰かのヒーローにならなれるように。
そうしなければお前が後悔を続けて家族の元へ戻っても幸せにはなれなかったからだ」
でも…それでも納得なんてできない
「だから死んだ人間のことは仕方ないって諦めろって言うのかよ…」
「諦めろと言うのではないさ、ただ背負ったものの降ろし方を学べと最初から言ってるのさ。それが家族と恋人のところに戻るお前がこれから覚えないといけない技術だ、とりあえず今はお姉さんの胸で泣いておけ、今なら誰も見てないさ」
「もう泣いてるよ…こんな歳になって恥ずかしい…」
「今まで強くなるために背負うだけだったものな…ほとんど泣けてなかったろう?同族の死は本来いくつになろうと背負えば潰れる、そういう代物なんじゃ…ゆっくり泣いて置いていけ…」
胸の中で泣く矜持を撫でながらハルディスが囁く
「お前は本当によくやったよ、自分が前に出て戦えば済むのを傷つく人を見るのをひたすら耐えて…そんな事は初めてだろ?よく耐えた…よくやった…」
「お前…そうやって人を堕落させそうな辺りは本当に闇精霊だよ…」
「その通り、堕落を極めた闇精霊だとも…ついでにお前の実の姉のポジションを奪うお姉さんでもある」
思わず矜持か吹き出す
「確かに摂理姉さんは世話を焼いてくれるけどこんな風に頼ったりはできないな」
「じゃろじゃろ?ついでにクオリアの嬢ちゃんから相棒ポジションも…」
「それは無理だな、それだけは譲れない」
「なら仕方がないな、私もあの子は好きだぞ」
少し機嫌が良くなった矜持は泣き止み、肩の荷はちゃんと降りていた。
さらに言うと魂も少しだけ強くなっていた。
「あれ?なんでだ?」
「降ろす事でしっかり受け止められた部分もあったんだろうさ、よかったじゃないか。そろそろ起きても大丈夫か?」
「ああ、大分スッキリした。いつもありがとうなハルディス」
「ならもう行くといい、現実で仲間がお前を起こしているぞ」
ハルディスが指を鳴らすと矜持は現実に移った、残されたハルディスは
「さっきのは超頼りになるお姉さんだったじゃろ!これで好感度爆上がりじゃろ!」
などと1人叫んで興奮していた。一連の流れがジャージ姿でなかったらもっと格好がついたのに本人はそこだけは頓着していなかった。
「おーっすおはよう!」
起きてすぐ目に入るのは紺青の短髪に深くて黒に近い紺の瞳のボーイッシュな美少女…ではなく少年、レント・シャルカンの顔だった。
「最悪の目覚めだ、朝からレントの顔で起きるなんて…」
実際は毎日ハルディスに起こされているので目覚めは幸せな方だ。
「朝からなかなかパンチが効いてるな…それより今日から帰りだろ?お前が寝坊なんて珍しい」
「あー、悪い、みんな準備は?」
「完璧だ、と言ってもそんなに時間はかからないもんだろ?」
「わかった、すぐに用意する」
起き上がって魔法で出した水で顔を洗う、ご飯の方はレタスに挟まれたモンスターウルフの肉、歩きながらでも食べられるものだ。
第1段階…黒のシャツにズボンとなっていた制服を第2段階へと変える。白のジャケットがつきズボンも白の布地が上から重ねられ厚みが出る。
「よっし!俺も準備完了!」
最後にまだ寝たままのラティファを両手で持ち上げてから左手のみで支えて矜持がそう言った。
「過保護か!」
レントには怒られた。