サザナミ後日談2
「落ち着いた?」
グスグスと泣き続けた少女が泣き止むまで待った矜持が機を見計らって問いかけた。
「はい、大丈夫です」
「うん、よく頑張ったね…それで君はこれからどうしたい?」
頭を撫でたまま矜持がこれからについて聞く
「えっと…封印は嫌です…」
レントの方を見ながらビクビクと答える
「俺だって剣は強いままの方がいいしな、封印なんてされたらキレる」
「今まで封印しててごめんなさいぃぃ」
「あー、レント発言には気をつけてな、お前は今俺を敵に回し掛けてる」
腕の中でプルプルと震える少女をかばうように抱きながらレントを睨む。
「いやほんとすまん、封印なんてする理由も無いって言いたかったんだよ」
「最初からそう言え、じゃあ改めて君はどうしたい?」
レントには厳しい口調で、少女には優しい口調で再度問いかける。
「その…私、ラティファって言うんですけど…契約してくれませんか?」
少女は縋るような目で矜持を見ながら答えた。
「せっかく自由になれたんだよ?」
「でも…また誰かに捕まえられられたらと思うと怖くて、だからお願いします。お兄さん」
しかし既に矜持はハルディスという闇精霊と契約している、契約して精神世界に住んでもらう以上彼女の了承も得なければならない。
「少し考えさせてね」
そう言ってから心の中でハルディスに呼びかける。
(おーいハルディス、今の聞いてた?)
(聞いていたぞ、大精霊たる私からすればその子は可愛らしい子どもそのものだからな。大賛成だぞ?)
(そうか、それならよかった)
(ああ、私は構わんが複数の精霊と契約すると人間の体は内側から暴走して死ぬから仙術で押さえ込めよ?)
(わかった、ありがとな)
そんなやり取りをしている間にラティファと名乗った少女は表情を曇らせて行っていた。
契約を拒まれるのではないかと不安が押し寄せてくる。そんなラティファにシスカがなにかを囁いた。
それは矜持がハルディスとの話を終えるとほぼ同時、そしてラティファが口を開く
「お願いします!矜持兄さん!」
シスコンの矜持なら効くかもしれないとシスカからの入れ知恵だ。
実際効いた
「ああ!なんでも任せてくれ!」
「ほんとに効果ありましたぁ」
「シスコンてか妹萌えじゃないのあれ?」
「あ、それ町に行った時に本人に聞いたんだけど母親のお腹に妹がいる間に親元から離れたからお兄ちゃんて呼ばれるのに弱くなったらしいぞ」
残りの面々はヒソヒソと話を始めるがクリスだけは前髪に隠れて完全に見えるわけではないその表情を明らかに笑っているとわかるほど緩めて数回頷いたあと満足そうにしていた。
「あ、ありがとうございます!じゃあ『あなたに私の命を預けます』」
ラティファの詠唱で彼女の下、今は矜持の膝の上であるため椅子の下に何かの模様が浮かび上がる。
「ああ、大切にさせてもらう」
2人の言葉が交わされると共に契約が結ばれ矜持の内側で2種類の精霊の力が暴れるのでそれを制御して均す。
「ねえシスカ…今の見間違いじゃ無いよね…」
「言いたいことはわかりますぅ」
「矜持さんが主体の主従契約…ですよね…」
「なんだそれ?」
3人は心底驚いているがレントだけはピンと来ていない。
「えっとね、簡単に説明すると精霊との契約は2つの種類があるの。
どちらかが主人となる主従契約と対等な関係で契約する友誼契約ね」
「それで主従契約の何が問題なんだ?」
「それはぁ、主人の側が従者側の力を無断で使えるんですぅ…やろうと思えば従者の魔力をも主人が奪い尽くして殺しちゃえるんですよぅ…友誼の場合はお互いが相手に力を貸さないって選択ができるので実質ただの仲良しさんですぅ。
メリットは精神世界に精霊を住まわせられるので常に一緒ってだけですねぇ」
「そ…それから主従契約は主人から契約破棄はできますが従者からはできなくて友誼契約はお互いに契約破棄ができます…」
あまりにも公平性が無さすぎるそれを矜持があっさり受けたのがレントには信じられない。
「おい矜持!それだとその子にメリットが無さすぎて可愛そうだろ!」
「いや、あるぞ?」
あっさりと矜持が言って断言する。
「この子の力を俺が勝手に使えるわけだから戦闘中にでてこなくていい、意思疎通によるタイムロスが無いから俺が強くなる分この子は安全になる」
「そう言われれば…そうなのか」
「まあ矜持なら酷いことはしないと思うしラティファちゃんも懐いてるんならいいんじゃない?」
「はい!お兄さんといると安心します」
先程までよりも幸せそうに矜持にひっつくラティファの笑顔に皆が微笑む、その中でもとりわけクリスは胸に手を当てて頬を緩ませまくっている。
「じゃあそろそろ寝ようぜ?俺も寝支度さっさと済ませるから」
「だね」
1人遅く帰ってきた矜持が寝支度を整えた頃には皆寝てしまっている。
「あの…一緒に寝てもいいですか?」
1人起きていたラティファが矜持のベッドの上で正座している
「ごめんね、精神世界の方で話すことがあるから今日は戻ってほしい」
「いえ、その…話が終わった後は…」
「それなら問題ないよ」
「それじゃあおやすみなさいです!お兄さん」
断った時は悲しそうな表情をしていたが最後にはパァと光精霊らしく輝くような笑みを見せてから消えた、矜持の精神世界へ向かったのだ。
「おやすみ」
そう呟いて目を閉じた矜持の意識はすぐに夢の中、精神世界へと移された。
見慣れた野原、遠くに見える海に山と相まって非常に絵になる景色だと思う、のどかな世界、これが矜持の精神世界だ。
「お兄さんお兄さん!大変です!知らない人がいます!」
だと言うのに焦り気味なラティファの声が聞こえる。
「落ち着いてラティファちゃん、その知らない人も俺の契約精霊だから」
「ええ!?だってそんな事をしたら体が!」
ウェーブのかかった長い金髪がラティファが驚き飛び跳ねるのに合わせて揺れる。
「そろそろ私にも話させて欲しいんじゃが…」
先程から矜持とラティファの前に立っていたハルディスが少々困惑気味に言葉を出す。
病的な程に白い肌、足元まである長い髪は漆黒、その瞳は一切の光を反射しない闇。
白と黒でその体は構成されているのにイメージを言葉にするなら黒だと誰もが答える程の闇を感じさせる美女が…ジャージ姿で立っている。
「うん、話してくれても全然構わないんだけどさ、ラティファちゃんと初対面なのにジャージで来るとは思わなかった…」
「さっきまでゲームしててじゃな、私もお前たちが来てから気づいたんじゃがもうよいかと思うてな…すまん」
「うん、まあジャージのことはラティファちゃんわかってなさそうだからそのまま話そうか」
「あの!本当にあなたもお兄さんと契約してるんですか?」
矜持とハルディスが知り合いとわかり少し落ち着きを取り戻したラティファが質問する
「ああ、しているとも、私の権能を奪うためにしつこくつきまとっていた精霊をそいつがズバッとやってくれた時に惚れてしまってな。お前と同じ主従契約じゃよ」
その前にそのストーカーに手傷を負わされて回復する為に矜持から力を搾り尽くして殺そうとした所から考えると敵対してもおかしくないのだがその辺りの禍根は仙術の修行を手伝ったり今日のように色々と手助けしてくれたりで既に払拭されている。
「権能を狙われる…ってことは大精霊様だったんですね!それでもってそんな人を助けるなんてお兄さん凄いです!」
「「はは…まあね(な)」」
精霊は長く生きると権能が後付けされ大精霊となる、しかし後付けされた権能は属性とは関係が無いため精霊同士なら殺して吸収する事で奪うことができてしまう。
最も精霊の間でも同族殺しは倫理的に問題がある上に後付けの権能を持つ大精霊に普通の精霊は勝つことができず、大精霊となるほど長く生きたものは争いを好まないのでそんな事はまず起こらないのだが…
しかしジャージ姿から分かるようにハルディスは怠け者で古くからいる大精霊であるため『夢』という特殊な権能と闇精霊共通の『闇』という権能こそ強いが魔力などは大したことがなかったため狙われたのだがそれは口にしない。
矜持としてもあの頃はまだ弱くハルディスとそれを狙う今なら瞬殺できる程の精霊が戦って散った力を仙術で集めて一太刀入れただけなので褒められるとむず痒い。
「ま、まあとにかく今会ったのは顔合わせじゃ、これからは私が面倒を見てやるからな!」
「はい!よろしくお願いします!」
強引に話を変えたハルディスにラティファも元気よく頷く。
「私の権能は『夢』だからな!退屈はさせんぞ!」
パチンとハルディスが指を鳴らすと畳張りの部屋にテレビとゲーム機、お菓子にジュースが現れる。
誰かの夢の中から拝借したそれらを矜持の精神世界の中という外敵に襲われない場所で目一杯楽しむ…それが大精霊ハルディス・ナイトメアの生態だ。
「よくわからないけど凄いです!」
「ハルディス、今日はもうラティファは寝かせるからな…ゲームとかは好きなだけしていいけど生活リズムとかはほんと頼むぞ?」
「心配するな、その子は私と違って普通の精霊じゃからな。『夢』の権能がなければ私の不眠不休のデスマーチにはついてこれん」
「おう、ならいいや。じゃあ朝になったら特訓頼むな」
「あいあい、それまでは完全に頭を休めてよく眠るがいいさ」
ハルディスがそう言った瞬間矜持の意識は闇の中へ沈み本当の眠りについた。