サザナミ決戦1
レンガの視界の先に絶望が立っていた。
7mほどの土の巨人、迷宮そのものが動き出した怪物。
元迷宮らしく体からは魔物が作られていく、その脅威は町一つを破壊するなど容易いだろう。
故に街食いという称号を与えられる。
大量にいる昨晩まで苦労させられ続けた魔物に加えて土の巨人、これはもうダメだとレンガの心に絶望が広がる
「もう少しで応援が来るというのに…」
あと数日もすれば応援部隊が迷宮を攻略して引き継ぎを終えて帰るはずだったのだ。
レンガは膝をつき悔しげに声を絞り出す。
まだ夕方の時分、いつもより明るい時間に起きた森からの進行は明るいが故に詳細に絶望を照らしていた。
「なにへこたれてんだよ、ぶっ潰すぞ」
チーム『センライン』レンガと同じチームであり支援班の長、細女 蛮がそう言った。
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2日目を乗り越えた時点で『スピリッツ』の面々も自信をつけ始めそれぞれの身の上話なんかで時間を使いながらそれなりに楽しく毎日を過ごしていた。
「なーなーシスコン、今俺が考えたゲームやらないか?」
「それ絶対面白くない奴だろ、小5おねしょ」
その話の中から印象の強かったシスコンというあだ名が矜持に小5おねしょというあだ名がレントに付けられていた。
他の3人も一応つけられたのだがこんな風に気軽に呼ぶのは矜持とレントの気安い関係故である。
「えー、面白いから聞いてみ?まず向かい合わせで手が届かないくらい遠くに座るだろ?」
レントの説明を受けて矜持が座る
「おう」
「それでそこから動いたら負けな、ところでシスコンのこと支援班の人が呼んでたぞ。負けた方が帰ったらジュース奢りな」
「わかった、ところで小5おねしょ、ところで俺の手を見てくれないか?」
「なんだよ、呼ばれてるんだからさっさと行けよ」
ニヤニヤとレントが矜持の手を見るがそこには見慣れた指ぬきグローブ、その手の甲の側からはワイヤーが伸びている。
「おう、お前を動かした後でなァ!」
手の甲の円が回転しあぐらをかいていたレントの足を引っ張る。
「んなぁあああ!遠距離攻撃はなしだろぉおおお!」
最初に距離をとったのは物理干渉しないためだと理解していないのかとレントが抗議するが
「知らん、そんなルールは聞いてない、ジュースさんきゅ」
知ったことかと切り捨てて矜持は自分を共用スペースへ向かった。
「レントってほんとバカよね」
「魔法実技見たことないんですかねぇ」
「あれ…立ってやると魔法実技の条件と変わらないですもんね…」
3人の言葉がグサグサとレントの心を抉っていた。
「蛮さん、今日の分ができたんですね?」
「ああ、今日は樽2つ分だからな…最後の最後で失敗するんじゃねーぞ」
「分かってますよ、蛮さんや支援班の他の人だけじゃなく前任者の思いも背負ってるんですから」
「ああ、お前は最初からそう言ってたな…ったくよぉ、目ざといガキだぜ本当に、可愛くねぇなぁ」
「これでも経験はそれなりにあるんで」
「ほんと可愛くねぇ、そこらの正規職員よりも地獄を歩いて来た目ぇしてやがる。他のガキみたいにもっと若い輝き見せろってのに」
ああ、子どもが苦しむこと自体を悪だと言うこの人はとてもいい人だ。
俺はそうじゃない、誰かを守る比連職員は強くあらねばならない。それ故に苦しみを超えて行かなければならないと思ってしまう。
自分が全てを救うヒーローになれないから周りに力をつけろと責任を押し付けるようなその考えを自分自身が一番責めている矜持も同じようにいい人なのだと言ってくれる人は今、側にはいない。
「とりあえず行ってきますね、俺たちの滞在最終日にしてやっと完成な訳ですからさっさとやってしまいたくて」
「あいよ、もう心配もしてねーけどいい知らせ待ってるぜ」
何だかんだで心配もしてくれてるであろう蛮に感謝しながら矜持は今日も外へ行く、考えるのは強さを得ることの理不尽さだ。
人には魂と呼ばれるものがある。
それが強くなればなるほど人は魔力の質と量、肉体の強度さえも上がる。
それは胸に強く刻んだを糧に苦しみや悲しみを乗り越える度磨かれに強くなる。
その末に他とは隔絶した強さを得た…得てしまった者が翼階級とされる。
最も手っ取り早く強くなるには苦しみを乗り越えればいい、技術などの細かい事はなくても単純にステータスが上がれば強くなる。
強い人になってほしいとは苦しんで、その上でそれを乗り越えてほしいなんてあまりにも酷い願いなのだと、それを友に願わないといけない自分自身の弱さに腹が立つ。
自分が全てを救えるヒーローであれば…
絶対にありえないとわかっている願いだが、それでも心のどこかで燻るその思いは今日も矜持の魂の糧となる…
「バッチリ完成しましたよ」
矜持が帰ってきてそう報告して来た、蛮は胸に込み上げる喜びを表には出さず返事を返す
「おう、お疲れさん。ほんと助かったわ、お前はもう休んでていいぞ」
ああ…本当に良かった…『センライン』戦をせんと呼んで線を英語にしたチーム名、戦線という意味がこめられているこのチームは4人だった。前衛のレンガ、魔法使いのライム、解析などの雑務をこなす俺、そしてもう1人、ニナイという魔法使いがいた…
そいつは魔力に反応する特殊な液体を作るという先天魔法を持っていて、それで陣を描くとさらに特殊な効果を発揮するという力を持っていた。
俺たちが復旧にこの町にきて絶望的な魔物の量に直面した時、その予想外の量に押し切られて死んでしまった。
そいつが昼間のうちに半分だけ描き進めたその陣を…意味のないものになってしまったそれを矜持が完成させてくれた…
レンガの作戦です死者が出なくなった以上人手を避けないと諦めていたそれを完成させてくれたのだ。
感謝しても仕切れないほどの熱い想いが込み上げる。
今日の作戦前にレンガに伝えて驚かせてやろうと思っていた、どうせ念のため前衛も配置に着くのだからそのタイミングで問題ないだろうとの考えで少しいい気になっていたところへその声が響いた。
「レンガさん!進行です!それも今までと違う大物が出ました!」
「なに、まだ夕方だぞ!本当か!?」
空は赤く染まっていて夜には程遠い。
「とにかくその目で見てください!」
「地面を押し上げる!レンガ、蛮、さっさとこっちへ来い!」
ライムがすぐに詰所からでて迅速な対応をとる。
レンガも俺もすぐに駆けつけて近くに並ぶ、徐々に押し上げられた足場から見えたのは体から魔物を産み落とす巨人
「ありゃ迷宮そのものが動き出した魔物だな、迷宮巨人、街食いに分類されてる」
「もう少しで応援が来るというのに…」
レンガが膝をつき悔しげに声を絞り出す。
まだ夕方の時分、いつもより明るい時間に起きた森からの進行は明るいが故に詳細に絶望を照らしていた。
「なにへこたれてんだよ、ぶっ潰すぞ」
ニナイが残した陣が完成している以上雑魚どもの相手はする必要がない、あの巨人一匹だけなら決して高くはないが勝てる可能性はあると蛮はレンガに喝をいれた。