10数年ぶりの帰宅
拙作ですが読んでいただけると嬉しいです。
インターホンを押す手が震える。先程から士道家の前でインターホンを押そうとして頭を抱えて身をよじったりしてなかなか押さない不審者ムーブを繰り返す黒髪の男…というか俺は士道矜持
一応この家の住人だ。
「どうした?早く押せよ」
後ろで人の気持ちを全くわかろうとしない師匠がそう言うが4歳の時から10年以上手紙と電話でしかやりとりしていなかった家に帰る俺の本当に押していいの?という嬉し恥ずかしの気持ちと家族に受け入れてもらえるかの恐怖を考えると…
「いい加減にしろよ馬鹿野郎」
そう言って師匠がインターホンを押した。
「はーい!」
若い女性の声が聞こえる…
ガチャリと扉が開けられ、家の中から綺麗な栗色の髪の女性…姉さんが出てきた。
写真でその姿を見てはいたけど当たり前だが記憶に微かに残る姉よりもとても大きくて少し気後れしてしまう。
「おかえりなさい、矜持」
たった一言…笑顔で紡いだその言葉は俺の中の負の感情を消しとばした。
「ただいま、摂理姉さん」
あまりにも小さい頃の記憶なのでほとんど忘れていたけどそれでも俺は自分の家に帰ってきたのだ。
少しうざいけど尊敬できる師匠のおかげで…
始まりは何気ない日常で、その日は母に連れてきてもらった公園で友達と遊んでいた。平凡な両親の元に生まれた俺は当然ふつうの4歳児で、子供らしくヒーローに憧れていた。
だから応えてしまったんだ、何も疑わずに。
「救けて」
公園の隅、茂みの裏から力無くそう言う女の子の言葉に、裏は山になっていて入る人なんて殆どいないのに、そんなことを考えもせずに。
「任せて!」
とそう言った瞬間に全身から力が抜けて声も出せず身動きひとつできないまま倒れた。
追い討ちをかけるように体に激痛が走った。女の子を追い詰めていた何かが僕にも襲いかかっているのだと思い、普段ならただ泣き叫ぶだけだろう痛みに助けを求められた、それだけでヒーローになりたかった幼い俺は耐えたんだと思う。
耐えるだけでは何も解決するはずも無いなんてことは考えもしなかった。
痛みのせいで目を瞑り歯を食いしばっていたしなにかを聞く余裕なんてなかったから正確な時間は分からないけどものすごく長い時間を耐えた俺は救けられた。
自分は人を助けてヒーローになるなんて思い上がっていたところに現実を突きつけられた、それでも
「闇精霊に憑かれて無事なんざぁ…やるじゃねえか坊主」
この言葉は嬉しかった。救けてと言ったあの子を襲った何かを代わりに引き受けられたと思ったから。
白髪混じりとはいえ顔から、体から、全身からエネルギーを発してるかのように精悍な男性。
師匠…熊谷 虎徹との出会いは俺が救けられたことだった。この人に救けられた人はたくさんいるけど、俺はその中で特別になった。
師匠は話すことがあると感謝する母を止めて父も呼ぶように言った。
そこからはもうあの時の俺には衝撃しかなかった。
あの救けてと言った声の主は闇精霊で俺が殺されかけたこと。
師匠がその精霊をぶっ飛ばそうとしたけど俺が救けたいという思いを持ったせいで繋がりが強くなりすぎて繋がりが切れなかったこと。
そして、精霊の力を抑え込んでいる師匠が死ぬと俺が死ぬこと…それを避けるためには
精霊が精霊たる所以、魔法とは違う超常、世界に流れる力を操る術、『仙術』を使えるようにならないといけない、とのことだった。
もっとしっかりと見ていれば…そう母は泣いていた。
父と母は話し合い、俺の意見を聞き…俺は仙術を学ぶことになった。
家族と別れる実感があまりなかった俺は泣いていなかったが母さんも父さんも薄っすらと泣いていたし摂理姉さんは号泣してくれていた。
それから10年以上たってやっと…帰ってこれたんだ。
「さ、矜持はいってはいって!虎徹さんもどうぞ!」
家に入るとそのまま真っ直ぐ奥まで進んでいく。
そしてリビングの扉を開けると、飾り付けられた部屋で父さん、母さん、そして初めて会う妹が待っていてくれて
「「「おかえりなさい!矜持!(お兄ちゃん!)」」」
そう言ってクラッカーを鳴らした。
10年以上経ってるのに暖かく迎えてくれた家族がいることが嬉しくて涙を流しながらなんとか
「ただいま」
その言葉を絞りだすと涙が止まらなくなった。
「えっと…どうしたの?お兄ちゃん?大丈夫?」
父さんや母さん、摂理姉さんと同じ栗色の髪をうなじあたりで2つに纏めた長髪の少女…妹の祈理は写真で見るよりもずっと可愛くて、その声も電話で聞くよりずっと綺麗だった。
「お父さん、お母さん!娘さんを俺に下さい!」
ボフゥ!と後ろで師匠が吹き出す。
「だめよ矜持!弟も妹もお姉ちゃんのものよ!」
摂理姉さんが割って入り
「子どもはみんな母のものよ!」
そう母が主張し、
「そんな事よりお兄ちゃんの旅の話が聞きたい!」
祈理がソファーまで俺を引っ張る。
「みんな、母さんに似ていい子になったなー」
「ハハッバカ弟子の変なところは親譲りか」
そんな父さんと師匠の言葉を背に受けながら俺は士道家の一員として迎えられていった。