港町サザナミにて3
「じゃあちょっと行ってきますね」
「本当に大丈夫なんだね?危ないと思ったらすぐに戻ってくるんだよ?」
サザナミの門の前で矜持は見張り役の人に心配されながらも罠を仕掛けに出るところだった。
「罠って言っても本当に簡単なものですから周りのことも気をつけますし大丈夫ですよ」
「本来は1人で出るなんてあり得ないんだ、失敗しても構わないから絶対に生きて帰ってくるんだよ?」
心配しながらも通してくれるのはやはり比連校のブランド、そして矜持が真摯な態度であるがゆえだ。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
最後まで心配してくれた見張りに礼を言い背中になにか入っている樽を3つ担いで矜持は門から出る、念のためにという事で見張り台には1人正規職員の魔法使いが控えている。
「楽できるかもしれないから協力するけどさー、失敗したらほんと魔力無駄にするし辛いわー」
言葉の節々から魔力を無駄にするのが決まっていると言うふうな感じでだるさを滲ませているがその認識は普通は間違っていない、だが矜持は普通ではない。
しかし矜持は普通に走っていく、夜に森から大量にでてくるる魔物達が本番とはいえ今だっていないわけではないし平野故に見つかりもする。
だがその悉くが決して追いつけない。
普通は人より早いはずのモンスターウルフでさえも、それは矜持が速いからではない。確かに樽を3つも持っているにしてはガタイから見えるよりも速くそこも評価されるべきなのだが樽が軽い可能性もある。
真に驚くべきは視野の広さだ。前後左右に配置されている魔物たちはワイヤーにより足が挫かれ飛びかかれず、一度失敗すれば矜持より後ろを走ることになり後ろを走れば絶えず貼られるワイヤーに足を取られる。
単純な作業、ただ足元にワイヤーを張り転ばせ走るだけ、だが視野の広さと正確さ、そしてそれを成せる体力があった。
「はっはっは!ありゃいい!魔物の中に1人で突っ込む度胸も凄いがただ走ってワイヤー張るだけで魔物が後ろで勝手に踏みつけあって死んでやがる!んで夜も同じ事が起きるってことか!」
決して全滅させれる罠では無い。どれだけ減るかも運次第、だが意味はある。
そもそもその考え方自体は戦闘班が行なっているのだ。
最初は広めに盾を構えてある程度魔法で殺せば少し陣形を縮める、それにより死体に躓きこけた者は後続に踏まれて死ぬ、自分達は陣形を縮めることで疲れの見える後半になるほど人員を休憩と盾を構える役に分けて継戦能力を補う、さらに言えば積み上がった死体から飛び掛られるのも厄介だからだ。
そして後続の魔物達は共食いをする。つまり戦って殺しながら後続へは餌を提供する事で腹を満たさせ帰らせれる。
レンガによって考えられた無駄のない作戦を戦闘班は以前から行なっているのだ。
しばらくして凄い勢いで矜持が飛んでくる、走るより何倍も速く、それでいて魔物の頭上を渡って
仕組みは簡単、門の入り口付近から伸ばし続けていたワイヤーを両手の甲の巻き取り機能で巻き取って自身の体を引っ張ってきたのだ。
ある程度近づくと巻き取りの速度落とし壁の下あたりまで来たところでまた巻き取り速度をあげる、それにより描かれる軌跡は緩やかな半円からの直角に近い上昇、そして矜持は魔物を外壁まで寄せずに帰ってきた。
その背の樽はいつのまにか無くなっている。
だがそんな事はどうでもいい。
「見張り台で見てたけどやるじゃねーの」
正規職員でもあれができるのは何人いるかわからない、魔道具の性能も良いが矜持自身の力も認めてその姿を見ていた魔法使いは褒める。
「11年もやばい師匠と旅してたんで生き残るのは得意なんですよ、それじゃあ蛮さんに報告とかあるんで先に行きますね。わざわざ出てきてもらってすいませんでした」
なんでも無いように矜持はそう答えて詰所の方向まで走っていった。
残された職員はそれに対して違和感を覚えることも無ければ必要以上に気に留めることもしない。
なぜなら凄い事には違いないが魔法使いが起こす破壊の方がはるかに優れているから。
矜持が行った事も凄いのには違いない、それでも汎用性、破壊力などにおいて魔法には遠く及ばない、それには間違いがなかったから。
「おおお、これが大盾っすか!まじででかいですね!」
レントは自分に支給された大盾をみてテンションを上げていた。
それは足側が尖った五角形の厚みのある盾だった。
「この尖った部分を地面に刺してある程度固定してやるんだ、でないと押し寄せてくる魔物に押し負けちゃうからね、一度刺せば合図があるまではタックルみたいな姿勢で合図が出るまで耐える。それだけなんだけどこれが結構しんどくてね、地面に刺してから持ち上げてごらん」
戦闘班の先輩から説明を受けたレントは大盾を受け取り地面に刺す、そしてたやすく持ち上げる。
「結構簡単にできました…」
「おおう…本当に獣人のハーフなんだね、親はゴリラとかかい?」
「いえ、狼です」
「そうなのか!まあ確かに狼も筋肉質だし人の大きさになると凄い力があるのかもな…とりあえずその分なら問題なさそうだね、それでそっちの2人は魔法使いなんだね?」
「「はい!」」
「君たちには前衛を信じて欲しい、必ず後衛まで魔物を向かわせない。だから大火力の魔法をじゃんじゃんぶっ放してくれ」
「「はい!」」
人が寝静まり魔物が闊歩する時間が少しずつ近づいてくる。
辛く苦しい時間を夜が連れてくる、明けない夜はないと良く言われるがそれならば沈まぬ太陽もないだろう。
もちろん探せば両方どこかの世界にはあるのだろうが。
「仕込みしてきましたー」
詰所に戻った矜持は蛮にそう報告する、ダルそうに首だけで振り向いた蛮が
「じゃあお前休憩、夜になったら町の方で問題が起きないか見てこい。魔物が来るからって夜はみんな気が気じゃ無いだろうからなんか起こってもだるい、既に行く予定のやつもいるから嫌なら行かなくてもいい」
「あ、じゃあ行ってきますね」
「自分から働きたがる奴だとは思ってたけど即答はやべーだろ、飯の後でいいからな」
「わかりました、じゃあ一旦部屋に戻ります」
「おいーす」
共用スペースを出て部屋に戻ると他の面々は揃っていた。
「矜持お疲れ〜、いつも夜まではそこそこ暇らしいんだけどそっちは忙しいのか?」
「いや、こっちもそんなにだと思う。というか俺自分で仕事見つけないと完璧に戦力外なんだよ…シスカはどんな仕事振られた?」
「もちろん戦闘後の治癒ですねぇ、町の方の怪我人もなんとかしたかったんですけどきりが無いし魔力が無くなるからって止められましたぁ」
少し悲しげに俯くシスカに合わせてその豊かな胸が下がってから弾む、それによって緑の髪を束ねたおさげも持ち上げられる、その様子にエリアスが悔しげに歯をくいしばるがすぐに持ち直した
「私とクリスもレントと同じね、基本暇だけど魔力の回復が仕事みたいなものだと思う」
「ゆっくり休みながらフィーにシンにルールーを眺めてると癒されます」
みんなそれなりに暇してるようだ。
「でも正直飽きそうだよな…まあ今日はお楽しみがあるんだけどよ」
「そうね、後で聞かせてくれるって約束したしね?矜持」
レントとエリアスがぐへへへと悪い顔で迫る。もちろん話題は彼女についてだ。
「私も気になりますぅ」
「私も…人並みには興味があります…」
シスカとクリスまで聞きたそうにするので逃げ道はない、というか逃げるつもりもない。
「そうだなぁ…とりあえず写真でも見せるか」
自分の過去についてどんな風に話せばいいかを考える時間稼ぎにとりあえずクオリアの写真を見せることに決めた。
「美人なのよね、クリスから聞いたのよ」
「ああ、めっちゃ美人だ、ちょうどクリスと会った時の写真だな。フィーを抱き上げてるとこ」
矜持は懐からペン型の携帯を出すと小さな取っ手を引きスクリーンを伸ばして写真が保存されているところをタッチする。
そこにはほとんど家族の写真、基本クオリアとは仕事で一緒なことが多く写真はあまり取ってなかったりする。
そんな中でクオリアの写真を見つけ画面いっぱいに表示して見せる。
「うお、ほんとに美人だな。可愛いよりも綺麗って感じ」
「そうね、年上?」
「おう、3つうえだ、俺がもうすぐ16だからクオリアさんはもうすぐ19だな」
「それでぇ、どんな出会いだったんですかぁ?」
「あー、俺さ…闇精霊に憑かれてそれをなんとかするために師匠に連れられてたんだよ。んで師匠が比連の職員で仕事ばっかりでいろんなところを飛び回ってたんだけどクオリアさんも親が比連の職員でその親が師匠とよく組むんだけど俺のために連れてきてくれてたんだよ」
遊び相手というのもあるが同世代で同じように強い存在がいてお互いの理解者であえるようにという思惑の元にだが。
「それでそれで?」
「そんだけだよ、幼馴染でお互いがお互いの理解者でちょっと疎遠だったんだけどセラフェリアで再開してそのまま付き合った」
「えー、もっと話してくれよー」
「時間がねーよ、細かい話はまた今度にしよーぜ」
矜持がそう言うとちょうど食事の知らせが来る。
「ほら、な?」
「明日絶対聞かせろよな?」
「暇だったらな」
食事を終えると矜持は町の方へ、戦闘班は門の外、外壁にて待機。
夜が魔物溢れる夜が
きてしまった。