港町サザナミへ向かって3・初の実戦
「はいじゃあそろそろ出発するんですが質問いいですかー?」
少し気だるげにおどけながら矜持が言う。
「いいぞ…」
少し沈み気味なレントが応える。
「レント、お前の頬の手形とエリアスの機嫌が悪いのって間違いなく関係あるだろうけど大丈夫か?」
「おう、戦闘では問題ないぞ。その辺はあいつもわかってるから…ただ口が滑ったせいで超機嫌悪いからしばらく怖い」
「口を滑らせたって何言ったんだよ」
ただ寝相が悪くてエリアスの方までレントが侵入したからかと思ったがそれ込みで幼馴染みならまだましとその配置にしたはずだし…と密かに疑問だったのだ。
「その…あれだ…シスカがオレに覆い被さっててさ…エリアスとシスカの胸の大きさの差について言っちまってな…ほんと口が滑っただけなんだよ」
たしかにシスカは豊満な体つきだがエリアスはレイピアの方で体も鍛えているからスレンダーなだけで十分魅力がある。
「本人としてはコンプレックスなんだろうなぁ、レント、どんまい」
「おう…俺が悪いからしかたねーよ」
少し離れたところでクリスがエリアスを慰めているがクリスも平均的な体型でエリアスよりは胸におもちをお持ちなのでエリアスは微妙な表情をしている。
「いたたまれないな、さっさと行こう、隊列変更俺とエリアスが先頭、レントが最後尾の2.2.1で行くぞ」
「マジすまん」
「仲直り…頑張ってな、マジで」
「うぃっす」
しばらく進んで町から離れ、迂回路故に足場も踏み固められておらず歩きづらくなってきたころ。
「みんなー!そろそろ魔物出るから制服の第三段階展開していくぞー!」
矜持の呼びかけに応えて全員が第三段階に装いを変える。
矜持はマントを隠しているため第二段階なのだがレントもまた第二段階と一切変わっていない。
レントが唯一変わったのは腰にあった短剣に魔力貯蔵箱から魔力を込めることで長剣になったことだ。
クリスとシスカは第二段階のタイトスカートにジャケットの上にフード付きのローブを被っており、クリスはさらにタイツをつけている。
エリアスはスカートではなくぴっちりとしたスキニータイプのパンツに変わる。
そして3人それぞれが自身の契約精霊を呼び出す。
「フィー、起きて」「ルールー、出番だよぉ」「シン、きなさい」
クリスの胸の前に浮いているのは昨日誰よりも早く寝ていたのにまだ眠そうにあくびをする赤い仔虎、フィン。
シスカが胸にかざした手に乗っかり両手を上げてやる気を見せるのが3つの蕾が特徴的な精霊、ルールー。
エリアスの胸元から現れるや否や頭の上に鎮座するのさ腹が大きく膨らんだヘビのような存在、ツチノコの土精霊、シン。
「んー、やっぱり男でよかったな、二段階でも動きやすい上に長ズボンで防御力も高い…」
「レントは前衛にしては軽装備すぎるだろ、と言うかこのパーティー全員そこそこ軽装備なんだけどな」
がっつり鎧を着込んだり要所要所にプレートをつけることが多い前衛職に比べたら確かに全員軽装すぎる。
「まあその辺の課題を見つけるのも今回の目的だしいんじゃね?」
「それがレントの最後の言葉だった…」
「不吉なこと言うなよ馬鹿野郎!シャレにならねーって!」
口笛を吹き適当に誤魔化す矜持の横にエリアスがつきさっさと隊列を組めと目で威圧して歩いていった。
「あいつ…チーム内の不仲まで利用しがって…」
「レントさんてからかいやすいですからぁ」
「ど…どんまいです!」
矜持たちにクリスとシスカが続きレントも矜持へ言い返すのを諦めて隊列に加わる。
この瞬間からは気持ちを切り替えなくてはいけないと思っていたから。
「みんな少し緊張しすぎ、それだと夜までもたないって」
「て言っても魔物がどんなタイミングでくるとか俺たちにはわかんねーじゃん」
「左手に森があるって言っても少し距離あるだろ?奇襲はほとんどないけどここから先は戦闘があってもおかしくないってだけだよ」
「わかってるんだけどさぁ…やっぱ緊張するじゃん」
「それはこっちもわかるんだけど緊張しすぎで動けないってのも困るだろ?というわけで向こうの奴らで初実戦だ、さっさと慣れちまおう」
そう言って矜持が指差したのは遠くに見えるオオカミ型の魔物たち
「矜持、あれの名前と気をつけることは?」
エリアスはすぐに反応して情報を聞くがあまりにもガチガチすぎる。
「正式な名前はわからない、あのサイズでオオカミ型は大体モンスターウルフって呼ばれてる。気をつけることなら来る前に調べたろ?落ち着いておもいだして」
「そこそこ早くて知能も低くはないので後衛を狙ってくる、でしたっけぇ」
「シスカ正解、確認し終わったから近づき次第戦闘、みんな心の準備をしといて。
あ、あとクリス、何個か小さめの爆弾くれない?」
「わ、わかりました!衝撃を与えたら爆発するので気をつけて下さいね」
そう言ってクリスが魔法で作り出した手のひらの半分ほどの大きさの爆弾を3つ矜持にそっと手渡す。
「ありがと、じゃあ行こうか」
当たり前のように矜持は歩き出す、他の面々は足場が悪いせいではなく、気持ちによって足取りが重かった。
GRRRRRRR
ある程度近くとモンスターウルフも気づき互いにジリジリと距離を詰める、万一の奇襲用に後衛に配置されていたレントも前にでてレントとエリアス、その他3人の2.3の陣形、対するはモンスターウルフ9匹。
なかなかにしんどい数だ。
GAAAAA!!!!
モンスターウルフが痺れを切らし遅いかかってくる。
「いや、動き出しが遅いだろ」
そう言った矜持が自力で操る2本のワイヤーと両手甲の巻き取り機能で足を引っ張られ4匹がひとまとめにされる。
「クリス、あれ爆破してくれ」
「は、はい!」
『火薬よ煙れ』
クリスがそう唱えると固められた4匹のモンスターウルフの周りに火薬が舞う。
「ガウ!」
そこへフィーがは小さな火の玉を吐き出し爆発させる。
火薬を吸い込んだ鼻の中まで一気に爆発して4匹のモンスターウルフが確実に死に絶える。
残りの5匹はそうしているうちに既に前衛と交戦を始めている。
レントの振るう長剣で2匹は徐々に傷を負い、残り3匹のうち1匹は接敵する時にエリアスの土魔法で地面から伸びた槍で貫かれているがそれ以降魔法を使おうにもレイピアで応戦するエリアスに発動はできても正確な狙いをつける事は出来ず一匹も仕留められていない。
シスカは2人にできた細かい傷を癒してほかの動作ができていない。
「シスカ!2人の治癒を一旦やめてルールーと一緒に攻撃しろ!」
「はい!」
矜持の声でルールーが種を蒔きそれにシスカが活性魔法を使う。
『元気になーれ!』
「いけぇ」
ルールーが種を蒔き、それに活性魔法を放つ事で急速に成長させる、それがシスカの攻撃方法だ。
だが避けられる…それで構わない。
「はぁ!」
避けたことでバランスを崩したうちの1匹の額をエリアスのレイピアが突き刺す。
「おらあ!」
その横でレントが植物を避けたものの間に挟まれ上にしか逃げ場が無かったモンスターウルフに上段から剣を振り下ろし切り裂く。
さらにそれ以外の2匹のうち1匹は矜持に足を縛られクリスに貰った爆弾を投げつけられる事で息絶える。
最後の一匹が一番近くにいたエリアスに遅いかかる、エリアスは初めてレイピアで生き物を殺した感触に動きが完全に止まっている。
その間にモンスターウルフは迫りその距離はかなり縮まっており魔法が使えない上にレイピアでは弾く事など出来ない。
エリアスは足を動かし避けるという考えが頭から抜け食べられてしまうと頭が真っ白になる。
「いやあ!」
叫んだエリアスはモンスターウルフに向かい変換も何もせずに魔力を叩きつける。
それにより吹き飛ぼうとしたモンスターウルフはしかし足に付けられていたワイヤーにより扇型の軌跡を描いて地面へと激突する。
そこへすかさずレントが駆け寄り両断する。
最後の1匹はエリアスが何もしなくてもその牙が届くことはなかった。
そんな保険をかけていたとはいえ矜持がエリアスに危険を感じさせたのは実戦を知ってもらうためだ。
「エリアス…怖い思いをさせてすまなかったが、今のが実戦だ。どう思った?」
「殺す感覚が…とてつもなく怖い…」
「レントは?」
「案外楽だったな、俺はこんなの殺す事に特に何も思わないし」
「おう、いい感じだったな。エリアス、殺す感覚に慣れてくれ。殺さないと死ぬのが現実なんだ、さあ、次が来る前に移動しよう」
このまま死体の処理もせずに放置しているとさらに魔物を呼ぶだろう。それをめんどくさがった矜持は移動を提案する。
「ええ、わかってる…取り乱してごめん」
その後何度か戦闘を行いながらも誰一人として大した怪我をせず、夕方を迎えた。