死を恐れる理由
亜鬼との訓練を終えたレントは成果は出ているはずなのに、どこか納得できない違和感を抱えたまま部屋に戻ろうとしていた、そこへ近づく人影。
「浮かない顔のようじゃがどうしたのかね、魂の感知はできたんだろう?」
レントからすれば気づいたらそこにいたとしか思えない老人、ぬらりひょんの六元がいた。
「いや…なんかそこからうまく行ってる気がしなくて…死にたくないって思えば力が出てきて、何となく掴める気がするんですけどね…」
「ふむ…死にたくない…か、なぜ死にたくないのかね?」
そんな質問をされるとはレントにとって予想外だった。
「生き物なら死にたくなくて当たり前なんじゃないんですか?」
「普通の生き物ならな…まあ、少しゆっくり話そうか」
気配をとぼけさせるように飄々と進む六元についていったレントは応接間らしきところへ案内され、ついでに気づいたらお茶の用意までしてもらっていた。
「どこから話そうか…ぬらりひょんとは気配を消せる、意識の隙間に潜り込める、ただそれだけの妖怪なんだ」
「はぁ…」
いきなりぬらりひょんの説明から入った六元にレントは戸惑いながらも相槌を打つ。
「それが荒くれ者の多い妖界で長をやっている、となればわかるだろう?」
「あ…六元さんも命題の壁を越えてるんすね…」
「そうじゃ、そして自分自身と今まで見てきた経験で命題の壁を越えた者は、比較的命に頓着しないと言える」
「矜持も…ですか…」
「いや、あれはまだ生にしがみつける方さ」
かつてネルパの町で毒を食らった矜持は、そのまま戦っていた、相手を生かすために自分の力を抑えなければいけなかった矜持は間違って死んでもおかしくなかったはずだ。
それでも深追いはしなかった、最後の最後で止まる事が出来ていたのだ、それが追うことの効率の悪さを考えての事であったとしても。
「なら、俺が死にたくないと思ったときにも何か理由があるんですね」
「ああ、そうとも、それが分かれば今より魂に近づけるんじゃないかね?」
と言われても死にたくない時に考えることなんて、死にたくない以外にあるのだろうか。
「死にたくない、何故そう思うのか、じゃよ」
思い出す、なぜ死にたくないのかを…必死に必死に。
「何も成し遂げていないから」
「うむ、きっとそれが答えじゃろうて、にしても死にかけて魂の感知を行うなんて無茶をしたものじゃのう。
どうじゃ?その時の事を教えてくれんか?」
カッカッカと楽しそうに笑う六元の姿を見ると、この人はなんとなく楽しい事をする為に命題の壁を越えたのではないかと思えてくる。
「矜持に戦いを持ちかけられたんすよ、真剣にって。そしたら本当に真剣にやるもんなんで殺されるところでしたよ…」
「あれとやり合うか!そりゃ確かに真剣なら死んでもおかしくないと思うだろうな!」
またもやカッカッカと笑う六元に矜持がどのくらい強いのか気になってしまう。
「俺…ほんとに死ぬかもしれないって思ったのに、矜持にそれを言ったら「そんな訳ないだろ」って言われたんすよ…命題の壁を越えて俺も強くなったと思うんですけど、矜持ってどのくらい強いんすか?」
六元の顔が神妙になる。
「わからん…というのが正しいな、あやつ自身が優しい、故に本気や真剣で戦っていても『全力』で戦っているところは見たことがないんじゃ…」
その通りだ、矜持は優しい、故に相手を殺すつもりの本気を見れていない。
「それにあいつ、自分が戦わずに周りに経験積ませようとするんで余計にですよね…」
「それはそうじゃろう、組織全体のレベルアップは同時に対処できる問題の数が増えるという事、あやつの目的に合致しておる」
「あれを…越えないといけないのか…」
師匠からの頼みでもあり、矜持自身からもいつかは勝てるかもしれないとお墨付きをもらっているのだ、今のところは全くそんな気はしないが。
「あれを越える…か…攻略法をあげるとしたら一撃必殺を最初に撃つことじゃ、力を支配する奴に持久戦を挑んでも負けしかない」
「そうっすね…」
その後亜鬼が飲み会にレントを連行するまでのんびりと二人は話し続けたが矜持が共通の話題になった為なかなかに話が弾んだ。
「それでその時の矜持が〜」「私の時もだった」
「もうやめてくれ…」
クオリアと読の方も矜持の話で盛り上がっていた為本人の矜持はいたたまれない気持ちだった。