口裂け
深夜、飲み会を終えて酒の飲みすぎでおぼつかない足取りながらもなんとか進んでいる男性がいた。
「っだぁぁあああ!飲みすぎた…気持ち悪い…もう飲まねぇ」
そんな事を言うがまた飲むのは自分自身がよくわかっている、40になるまで飲み続けてきたのだ、酔っ払ってしまうのは手軽に楽しい気分になれる上に罰ゲームの一気飲みなんかでみんなしてベロベロになるのも男は大好きなのだ。
だが彼の思いは現実となる。
街灯が少なく暗い夜道だが、前の方からほっそりとしたシルエットの女性らしき人物が歩いてくるのがわかる、こんな時間に危ないな、なんて思いながらすれ違おうとした男性の肩に手が置かれる。
「ねぇ…私は…綺麗かしら…」
急に話しかけてきた事に驚くも、こんな時間に彼氏と喧嘩でもしたのかもしれないと酔った頭で考えながら振り向いた男の目に映ったのは紛れもなく美人だ。
「ああ、美人じゃないか、こんな時間に家を出て心配してる人がいるだろう?落ち着いて帰りなさい」
諭すように語りかける男に対して女はついに涙をこぼす。
「やっぱり…そう答えてしまうのね…これでもそう言える?」
すっと顔の前に手をかざした女が手をどけると先ほどまでは何の異常もなかった端正な顔の口が大きく裂けているではないか。
口裂け女…単なる子どもの噂でしかなかったそれが現れた男は、何も答えることができず、数秒の間を空けてから…
この世から跡形もなく消え去っていた。
世界間通話時間を無視できる矜持ではあるが、急ぐ用事もないため今のところ妖界には何の異常もない事、引き続き調査をする場合どこを重点的に行うかなどを話し終えた。
「読ー、しばらくは待機で適当に動いていいらしい、人間界の方には別の人員を割くんだってさ」
「ん、矜持がいると嬉しい、でもなんで別の人員を?」
妖界のはずれの方、人がほとんどいないここでは殆どの考えが読めるのだが別の人員を割くことに対して矜持は何も考えていなかったため、聞くまでは読には分からなかった。
逆に質問した瞬間矜持の考えを読めるので理解するのだが。
「納得、こっちで何かあった場合矜持がいると安心。人間界より妖界の方が危険」
「て事だと思う、だからしばらくは実質休みかな」
ふふっと読は笑う、その理由は心の読めない矜持でも読める。
「今までも休みみたいなものだった、でも…前よりももっと遠慮せず遊べる」
「ま、でも施設内は周り切らないとな、それから俺はレントも心配だし」
「大丈夫、帰ってくるのはここ」
ムフンと嬉しげに鼻を鳴らす読に矜持もなんだか楽しい気分になってくる。
「せっかくだからお酒も飲みに行こうか、この前は断っちゃったし」
「行く、妖怪の強さ見せる」
調査系の仕事というのは他人を疑ってかかるため矜持は苦手意識を持っているため早々に終わってくれて心底から安心する。
「気が抜けたからちょっとレントを思いっきりからかってみようかな」
「矜持、嬉しそう。レントって人も矜持がいると嬉しそうだったし、良い関係」
「だろ?俺もなんだかんだでレントと出会えてよかったと思ってるんだよ」
「矜持、話聞きたい、矜持なら私に心を読ませないようにできるはず」
心を読めるのは便利であるが話を聞くには面白くないことこの上ないものだ。
「わかった、何から話そうか…話すまで結果がわからないなんて読には珍しい経験だろうし楽しい話がいいんだけどな…」
「なんでも楽しい、順番に全部話して」
「わかった、それなら入学の時から…」
順を追って話すとクオリアの次に一緒にいる時間が長いのがレントだとわかる、比連校の中においてのみなら間違いなく一番長くいるのはレントのようだ。
「本当に楽しそう…この力を封じて、みんなに受け入れられるようになったら…私もいきたい」
「行けるようにするさ、こうやって勇気を出して一歩踏み出してくれたんだから、俺が必ずその力を何とかする方法を見つける」
心を読めなくても本気だとわかるまっすぐな瞳で矜持が宣言する。
「私もできることはする、一緒に頑張る」
読もまたまっすぐな瞳でそう返す。
「それはそうと続きが気になる…」
「ああ、そのあとレントが逆立ちして鼻から牛乳飲みながら白目剥いたんだよ」
他愛の無い話し合いは昼頃施設に行く時間まで続いた。