施設内調査
先ほどまで矜持を追い詰めていた六元も、矜持が別の目的があるからそちらの話をしたいと強めに言うと、ようやく妖怪のまとめ役としての顔をだした。
「ほうほう…同じ組織であろうと親しくなければ疑うのは当然だな、儂から見てそういう危ない輩はおらんのじゃが読に頼む方が確実だな」
「はい、読には今回本当に助けられています」
「ああ、あの子の力は強力だからな、施設内は自由に行動してよい、存分に仕事に勤しむといい」
「はい、ありがとうございます」
ここまでが互いの立場としての会話、それが終われば再び個人の話だ。
「矜持、仕事の上で効率がいいからという理由でお前が読の力を利用する事について異論はない。
しかしだな、読がどういう気持ちでお前に協力しているのかは分かっているのか?」
矜持は読が好いていてくれているのをよくわかっている、その上で応えることはできないと伝えた、読もわかっていてなお矜持に協力している。
「分かっています、そして彼女の求めには応えられないとも伝えています」
「お前が義理堅い人間だという事は知っている、だがそれ以前に読からの誘いを受け入れないのがわからん」
「それは…それは俺の自由です、読のことは大切に思っています、現状読が心を開けるのが俺くらいしかいない事を考えるとこの対応は間違っているのかもしれない、それでも俺はこうするんです。
読が操る事のできない闇のせいでみんなに怖がられるなら、それを元から断ち切って彼女に、どんな相手を好きになれる状態をプレゼントする。
それを譲る気持ちがありません」
できるかどうかなんてわからない事を譲らない、それはまさしく傲慢である、だがその答えを六元は気に入った。
「ふむ、その後読がお前を好きだと言うなら受け入れると?」
「それはその時にならないとわかりません、僕一人の問題では無いですから、ただそこまで行かないと始まりもしないので俺のやる事は何一つ変わらないです」
行き当たりばったり上等の答え、怒る人がいてもおかしくは無い、でも。
「うむ、それはそうだ、お主がどのような考えを持ちどう行動するのも自由だからな、ただどんな結果になろうと読がどう行動するのも自由であり…そして何より儂がどう行動するかも自由である事を忘れぬように」
誰もが自由だからこそ自分の思い通りにならない事はいくらでもあると釘をさす、それはこれからも六元が矜持に読との関係を迫る事を示しているのだが、当然矜持にそれを止める権利はなく、ただしそれを受ける義務もない。
「ええ、よくわかっていますとも」
最後にははははと互いに笑顔を交わし話し合いを終える、意味があるか無いかで言えば六元にとってこの話し合いは大いに意味があった。
前はどうしていいのかわからないと言って最後まで答えを決めなかった矜持がはっきりと答えを持ったのだから、どの様な形であれ決着がつかなくては次に進めない、それは間違いなく、今の矜持はその決着をつけるだけの強い自分を持っている。
ただのらりくらりとやりたい事をやっていたらいつの間にか妖怪の長となっていた六元だが、いつからか気が向いてやるようになった誰かの成長を助け、見守るというのはこうやって実感を得た時が楽しくて仕方がない。
「さて…他には誰が楽しい成長を見せてくれるのかな」
クツクツと喉を鳴らす六元はただ立ち上がり移動した、それだけなのに他の誰かが見れば妙に頭に入らない不思議な動きでその場を後にした。
相変わらずぬりかべの作った壁を殴り自身の魂の知覚を目指すレントの所、まずはそこに矜持がやってきた。
自身への怒りや焦りなどで精神的に暗い部分がよく出ているそこは負の感情が強く、読に見える心もあまりいいものでは無い。
読の力は人が人が減るほどに深く読み込め、人が増えるほどに浅い部分の心しか読めない、ましてやここは暗い気持ちで考えすぎてしまう人たちが多いところ、通常よりも読みにくい。
となれば矜持のとる行動は簡単だ。
「こんにちはー、銀翼階級の士道 矜持です。この前『幸福の徒』という宗教団体に比連本部が襲われたので今後そのような事がないようさらなる戦力が欲しいと思っています、ですので皆さんが早く復帰できるよう何かお手伝いできることがあればと顔を出しに来ました」
名前を出してしまう事だ、そして宗教団体とも言ったのはここでは別の名前で活動しているかもしれないから。
少しでも気になる事があれば読が矜持の袖を引っ張る手はずだったが彼女は首を振るだけ、つまり白だ。
余計なお世話だと憤りを若干覚える者もいたが、早く元の生活に戻りたい、初期段階で躓いているのが嫌だ、と思っている彼らは熱心に矜持から盗める技術を盗もうとして結果が伴わなくても矜持は必ず褒めた。
魂なんて曖昧なものなのだ、頑張った、有意義だったという思いで案外本当にできたりする。
その日実際になにかを掴みかけた者や何も変わらなかった者、そのどちらもが確かな手応えを感じていた。