覚
レントと別れた矜持は以前仕事に来ていた屋敷に向かう。
師匠がここで仕事があるからと連れてこられたけれど俺自身はいつも通り待機、又は受けれる仕事があればやるというスタンスでついてきた時のことだった。
その依頼は異彩を放っていた、『普通に話ができる相手が欲しい』というだけのもの。
しかし町ですでに喧嘩大会を抜けた後の矜持は穏やかな人なんだろうな程度の気持ちでその依頼を受けた、そうして出会ったのが…
「おーい!久しぶりー!読ー!」
心を読んでしまう妖怪、『覚』の読だった。
町の少し外れの方にあるこじんまりとした屋敷の前で大声で叫ぶと中からドタバタと忙しそうな音が響いて少ししたら中からけむくじゃらの大柄な生き物が出てくる。
「久しぶり、矜持」
不安を掻き立てるような声、そして毛…正確にはそう見える闇に覆われて顔が見えていない。
「おう、久しぶり読、すごい音だったけど急にきて大丈夫だったか?」
「大丈夫、それよりこの黒いの早く払って」
「そうか、じゃあ払うぞ?」
そう言って大量の毛のように幾本もたなびいていたそれを仙術でコントロールして払ってしまう、すると中から出てくるのは…
ピンクの髪を腰まで伸ばして琥珀色の綺麗な眼をした小さな美少女、読ちゃんだ。
「美少女だなんて…嬉しい、矜持がしたいならまぐわう?」
「本心から即答されるのは傷つく…美少女っていうのはからかい気味だったのに…どうせなら最後まで乗っかってくれたらいいのに」
表情の起伏が乏しい読だから少しわかりにくいが拗ねてる。
「私の唯一の友達なのに拗ねてるのも分かりづらいなんて…矜持には沢山の友達の一人でも私にはたった一人の友達なのに…」
だんだんと罪悪感が募ってくる、心が読めるせいで警戒されること、覚の特性として普段は不安を掻き立てる闇におおわれてしまっているから余計にだ。
「ごめん…でもどうにも読の表情は読みにくいんだよ」
「よく見ればわかるからちゃんと見て、私の今の感情を当てて?」
そう言って読は澄んだ瞳を向けながらこちらへ向けて両手を広げる、友達として期待に応えるべきだろう。
しゃがんで彼女の顔をよく見つめる、無表情じゃね?いや…でもさっきまで拗ねてたし…でも頬はゆるんでる?のか?じゃあ喜んでる?仙術使ったところでわかるのは感情の正負だけだし困ったな…
だんだん顔が近づいてきてる…あ、これいつまでも俺が答えられないから怒ってるのか?
考えを巡らせていても答えはなかなか見つからない、というか考えが全て消え失せた。
瞬きのタイミングを捉えキスされていたから…
「正解は嬉しくて死んでしまいそう…また会いにきてくれたのが本当に心臓が破裂しそうなくらい嬉しい、でした。
それこそ本気でこの身を捧げてもいいくらいに」
ディープな方のキスだったので艶めかしく輝いた唇で読は言葉を紡ぐ、俺にできたのは…
「こういう事はちゃんと相手の合意を得てやるもんだろ!」
読の頭にチョップをかます事だった、しかも連続で。
「いたい、矜持いたい、本心では怒ってもないし嫌がっても無いのに…」
「そう言う読だって痛いって割に嬉しそうだぞ」
「私はまた会えて嬉しいってさっきも言った、とりあえず中に入って、こっちにきたって事は何かあるんでしょ?」
何かあるんでしょって聞いたら用件について考えてしまう、この時点で彼女には全てお見通しだろうが改めてしっかりと話そう、会話そのものを彼女は欲して要るのだから。
「ああ、ありがとう。あがらせてもらうよ」
「ええ、しっかり楽しませてもらうわ」
フフッと彼女は笑う、今度は少し表情が変わったのでちゃんと喜んでいることがわかった。
お茶に茶菓子まで用意してもらってちゃぶ台を挟んで正座で向かい合う。
「それでここに来たのは友達のレントが命題の壁を越えたからその付き添いと読に会いにきたのももちろんなんだけど…聴き取り調査でもあるんだ、本部の方で色々あって各地で『幸福の徒』って奴らについて聞いて回る事になってる、何か聞いてないか?」
「残念ながら?聞いてない。最近妖怪達の間で話題になる組織って言ったら都市伝説達」
「そうか、聞いてないならそっちの方がいいんだ。読が聞いてないって事は話題になって無いんだろうし、一応その都市伝説について聞かせて欲しい」
「ん、と言っても大して説明する事じゃないかもしれない、彼らはこの世界以外には行けないだろうから。
都市伝説、人の噂話が姿を持った奴らなんだけど…人に恐怖を与える仕事は妖怪達からそちらへめっきり奪われてしまったって話。
彼らは無から生まれたもの、元はただの犬や人間だったけど「そう認識された」事でなってしまった者と様々だけどどれも言えるのが認識によって成り立ってるから噂話のない世界に行くと消えてしまったり力が無くなるはず、どんな話か聞く?」
「発生は魔物と似てるんだな、噂話を俺が知っていいのかな?それを知ってしまうと元の世界でも認識してしまう人が出てくるわけだし」
「大丈夫、認識の数が彼らの力だから不用意に広めなければいい。
一応広まっても問題無さそうなのをあげる」
人面犬…人の顔をした犬、それだけ。
ターボばあちゃん…めちゃくちゃ速く走るおばあちゃん、比連職員には普通にいる…
夜喋りだす写真や人体模型なんかもそういう種族と思えばまあわかる。
「こんなのだよ、人間は妖怪より身近な物に恐怖を見出すようになっていってるみたい」
「そうか…ありがと、参考になった」
どこか泊まるところを探しながら他の地域なんかにも聞き込みを行おうと思って席を立つ。
「ここに泊まればいい、聞き込みもすぐ終わるようについて行く、だから私との時間を作って?」
「いいのか?聞き込みは暇になったら人間界の方にも行くつもりなんだけど…結構歩くかもしれないぞ?」
「自分では見えないようにできるから気にならないけどみんなからもあのもじゃもじゃが見えないのは貴重、悪意を向けられないし矜持と歩ける…幸せ」
ここまで言われたら断るなんてできない。
「わかった、じゃあ色々と世話になる」
「うん、世話してあげる」
やっぱり笑顔に関しては少しわかりやすいようだ。