事件後2
セラフェリア居住区のなんの変哲もない家の一室、彼はそこでひたすらに世界を呪っていた。
自分が銀羽でくすぶり続けているのに入学して数ヶ月で金羽まで駆け上がった生意気なレント・シャルカンが事件の渦中で命題の壁を越えて翼階級に昇格した、許せない。
悪魔と対峙した事がきっかけならその場に自分がいてもそうなっていたはずだ、それなのに奴ばかりが持て囃されて英雄視される、許せない。
ならなぜ自分がそこに立っていなかったのか、それはレント・シャルカンの卑劣な罠に嵌められ摩耶樫 紫陽花の毒を食らったから、許せない。
全部全部気に入らない、奴の味方ばかりして自分の敵になる世界が、気に入らない、壊してやりたい…
ずっと自身の階級が上がらない事、自身が強くなっている実感が無かったこと、ひたすら追い詰められていた所へ追い討ちをかけられるように事件に関われなかった彼は最悪の決断をする。
誰かに打ち明けていれば、悩みを察してくれる人がいたならば、共感してくれる人がいたならばそんな選択をしないで済んだのかもしれない。
だが彼の普段の素行の悪さからか、そのどれもが存在しなかった、故に彼は…
『気に入らないものを全て壊す』という形で、命題の壁を越えてしまった。
望む力を手に入れたというのに、彼はもう止まれない、生き方を決定してしまったから。
その悲しい命題の元に、夜闇の中、目を血走らせたゼロ・リフレクトはレント・シャルカンが現在宿泊中の比連校へ向かう。
比連校の一角にて矜持とレントは態々ベッドを並べて寝ようとしていた。
「いいな!?今度はトイレに用があれば絶対俺に声かけろよ!?」
「わかった!わかったから!俺が悪かった、もう一人で行動しません!物を壊さないように気をつけますからどうか鎮まり給え!」
「鎮まり給えってなんだよ、俺は荒御魂か」
そこまで言ってから矜持は既に比連校の中まで侵入してきている大きな悪意に気づく。
比連校には普段関わりがないが夜行性の種族や獣人のために夜も同じく夜行性の先生が常駐している。
そのため人がいる事自体は珍しくないのだが、負の感情を振りまきすぎだ。
「どうしたんだ?変な顔して」
急に眉間にしわを寄せて黙り込んだ矜持を心配してレントが声をかける。
「いや、ちょっとすげー負の感情を感じてな、様子見てくるわ」
「そうか、俺も行った方がー」「お前が動くと危ないからとりあえずここにいろ」
付いて行こうとしたレントに対して食い気味でピシャリと言い放って矜持は外に出た。
貸し与えられたスペースは周りに被害が出ないように、というよりも出てもあまり問題ないようにと比較的酷く崩壊した部分であるためあまり人が寄り付かない、だと言うのにその負の感情はまっすぐこちらへと向かっていた。
「なにかお困りですか?」
表情が見えないため負の感情がどんな原因かわからない矜持は優しく声をかけた。
「その声…お前はレント・シャルカンの友人だな?」
明らかに穏便に済みそうにない声音だがもともとそういう声でなにかレントに相談があるのかも…そういう希望を矜持は捨てなかった。
「はい、そうですがどうされました?」
「なら死ね」
唐突に行われた銃撃、魔力によって作られた銀色に輝く弾丸が何発も矜持に向かっていく、驚異的なまでの連射、とても拳銃とは思えない弾幕だが…矜持相手では遅すぎた。
極太のワイヤー数本が現れ全てを遮る、それを見てゼロ・リフレクトは驚愕した。
「なぜ羽階級のお前がそれを防げる…!」
悪魔を倒したレントと違いルイスを正気に戻しただけの矜持はあの場にいた面子以外には戦闘力についての情報も階級についても出回ってはいなかった。
大事なのは相手が羽階級では自分に勝てないと確信しているところ、つまり彼は…命題の壁を越えた上でこのような行為に及んでいるのだ。
「その疑問にお答えする代わりに、僕の質問にも答えてもらっていいですか?」
「はんっ、わざわざトリックの種を明かしてくれるってんなら殺しやすくて好都合だ、なんでも答えてやるよ」
矜持が銀翼であると知らないゼロは何か仕掛けがあって防がれたと考えている、それさえわかれば矜持を殺せるという思惑でその提案を受け入れた。
「あなたは…どんな命題を掲げたんですか?」
「なんだ、そんな事か…壊すんだよ、気に入らないものを全て!世界が俺を見放したように俺も世界を見放した!だから壊す!その手始めにレント・シャルカンをぶち殺してやる!」
何となくわかっていた、それでもそうであってほしくは無かった。
泣きそうな表情で声を矜持は声を絞り出す。
「俺があなたの攻撃を防げたのは…俺が本当は銀翼だからです、そして銀翼として…あなたの命を奪わせてもらいます」
命題の壁を越えてしまえば生き方を変えることはできない、彼はもう破壊する事でしか生きられない。
それを禁止したところで彼に幸せは訪れない、この場で殺しても罪に問われることはないが検証班にわざわざ魔法で現在の状況を再現させると他の生徒の目にも映るかもしれない、だから矜持の選んだ選択は拘束、しかしゼロが死ぬ事は確定している。
本部に送り届け証人をつけた後、責任を持って矜持は彼が苦しまずに済むよう、恐怖しなくて済むように夢の力を使い心地よい夢の中で逝かせてやった。
ガラっと扉を開けてレントとベッドを並べた部屋に矜持が戻る。
「よ、お疲れさん!どうだった?」
「だいぶ悩んで思い詰めてる人だったよ、明日別れの挨拶して施設に行くから時間も無いし俺にはどうしようもないからちょっと本部まで口利いてきた」
「そうか!相変わらずお前は優しいな!それはそうとお別れ会ってどう思うよ?俺すぐ帰ってくるつもりなんだけど」
おそらく何か察して話を変えてくれたレントのいつもの明るさに感謝する。
「すぐ帰って来れるかはお前次第だなー…長いと半年くらいかかるかもしれないぜ?そうなりゃ計画してた海とか川とか遊びに行くのもできないだろうなー」
「ぃいっ!?それはまずい!速攻で何とかする!何とかならなかったら予定ズラすかもう一回行こうぜ?リゾート系の世界ならいつ行っても問題ないだろ!?」
本気で自分がやばいのだと理解したレントはここに来てようやく焦る。
「いやー、その辺はあれだろ。やっぱ祈理とかエレナの休みの関係とかー、俺は良くても他のみんなはいろいろなんかあるだろうしー?」
「くっそぅ!一週間!一週間で終わらせてやる!」
「はっはっは!頑張れよ、クオリアは3ヶ月かかってたから!じゃ、おやすみ!」
呆けたレントを放置して矜持はさっさと寝てしまった。
決して殺したくはない、しかし殺さなくてはいけない時もある。その辺りの折り合いはとっくの昔につけてある、それでも拭えない小さなシコリはこうして楽しい日々の中で埋もれさせなくてはいけない事を彼はもう知っているから。