命題の壁
ルイスが悪魔になるという事態に直面したレントはこの間行った矜持との会話を思い返していた。
「なあ矜持、翼階級って事はやっぱり悪魔と戦ったことあんの?」
絶望の象徴とされる悪魔、それに挑めるのは翼階級のみであるため基本的に接点が無いのだが友達がその翼階級だ、となれば聞いてみたくなったのでなんとはなしに聞いてみた。
「あるぞ、何について聞きたいんだ?」
何…と言われても困ってしまう、悪魔は悪魔で超強いくらいしか知らないし何となく聞いてみただけだ。
「何についてって質問の意味も分からんからいろいろ説明プリーズ」
少し困ったような顔をしてから考える時間をおいて矜持は話を始めた。
「んー、レント、天使って言われて思い浮かべるのはなんだ?」
「そりゃ白い羽で優しい感じのやつ?」
「ああ、見た目の話じゃなくてどんな役割だと思う?」
役割…天使によって違うと思うしそもそもいるのかもわからない。
「神さまが手が回らないからこれやってね、って作ったシステムが天使だ、自我は無いらしい、だから俺らの前に現れないってのが通説なんだよ」
神がどんなものかはわからないが多世界において言語が通じる点から全ての世界はなんらかの干渉を受けているとされ、その干渉している存在を神とされている、そしてその作り出したシステムが天使。
「じゃあ悪魔は邪神が作ったシステムってか?」
「おう、そんな感じらしい。悪魔が言ってたし間違いじゃねーと思う、いや悪魔が言ってたから信じていいのかはわからないけど」
「でもそう言うからには信じる理由が他にもあるんだろ?」
「ああ、あいつらってさ、魂が器だけっていうか中身が無いんだよ。
悪意で中身を満たそうとしてもどこまでも虚しくて中身が欲しくて、なんていうかどんな態度も空元気っていうか」
こいつが言うならそうなんだろう、生物ではなくシステム、それも悪意を振りまくシステムだなんて性質が悪すぎる。
「でもなんかちょっと可哀想だな」
「気持ちはわからないでもないがあいつらは言葉はわかっても話は通じない、決して分かり合えない、殺すしかないぞ」
基本的にどんな相手も生かす矜持が言うくらいなのだから相当なのだろう。
「それで、どれくらい強いんだ?」
「難しいな…翼階級で特に相性が良くも悪くもなければ3人で互角、5人なら安全くらいの気持ちでいていいらしいけどあいつらも負の感情集めて強くなったりするし」
「んぁー、翼階級の強さがイマイチわかんねーよー」
「これ以上はもう説明しようがねーよ、最低限翼階級の資格ないと相手にならないし」
なんとも無慈悲な事だ、分かりきっている事だが今俺が悪魔に遭うと死ぬらしい。
「じゃあどうやって翼階級になるか教えてくれよ」
「言われて簡単にできるもんでも無いけどな、まあレントならそのうち勝手になるだろうけどさ、自分が命ある限り掲げる人生の意味を心の底から決めこと、『命題の壁』それを超えるんだ」
そんな事を言っていたはずだ、大きく息を吐き出す、俺の人生の意味…心の底から願う事、考えろ…考えろ!
そうしている間にもルイスだった悪魔は気絶した人達のいる方とレントたちへ向けて放つ魔力を先ほどのピエロ悪魔のように溜めている、あたれば死は避けられないだろう。
今俺がこんなギリギリの場面で考えなくちゃいけないのは適当に生きてきたからだろう、きちんと人生に向き合って壁にぶつかって悩んでいたらもっと早くに矜持と同じステージに立てたかもしれないのに…
手の内の大剣はピエロの悪魔を斬るんだというような意思を感じる、悪魔を殺すために悪魔から作られた剣、こいつでさえ役目を果たそうとしている。
潜れ、自分の深層心理に、問いかけろ、自分自身に!
なぜ俺は戦おうとしているのか
ー悪人が目の前にいるから
なぜ悪人は倒さなければいけないのか
ー罪には罰が必要だから
では悪とはそもそも何なのか
ー……
悪…
俺にとって悪とは
ー正しく生きる人に害を与える者
簡単な事だった、最初から持っていた感情だった。
矜持と初めて会った時もまだ知らない誰かや自分の家族が被害に遭ったらなんて思って、矜持を悪人と勘違いして襲いかかったくらいだ。
だから…自覚すると馴染んだ…
俺は正しく生きる人間に害なす悪を叩き潰す、そんな生き方をしよう。
胸の奥、魂が熱くなる、だが決して嫌ではない。
目を離さずに悪魔を見ていた。
ああ…越えたんだな、俺は『命題の壁』を越えた。
自覚した瞬間視界が白に染まった。
「やっと越えてくれましたね〜」
ウェーブのかかった金髪の美しい女性がいた、特筆すべきはその背にある大きな白い翼。
「天使…」
「はい、元天使で〜す。今はもう堕天したり色々あって搾りかすみたいなものなんですけどね」
どこかふわふわとした雰囲気ながらも少し悲しげに自分の事を搾りかすだなんて言う姿は痛ましい。
「レントさんが壁を越えるのを待っていました、お二人と話をしたくて…」
「ふたり?」
「俺だよ」
後ろから声が聞こえてきたと思ったら矜持だった。
「お二人に私について話したかったんです、今あなた方は意識だけを極限まで加速して精神空間に連れてきています。現実では時間停止するほどの速度ですので脳にかかる負荷もそれなりで…『命題の壁』を越えて精神、肉体共に強くなっていてもらわないとすぐに脳が溶けるので…」
怖すぎる説明にレントの背筋が凍る
「ちなみに壁を越えてたら平気なんだよな?」
「はい!しばらくは!」
長時間はダメだと暗に言っている事に寒気がするがそこまでするということは大事な話なはずだ。
「わかった、話してくれ」