五君子戦7
石英をレントが倒した、全員がそれを認知して場を静寂が包む。
「ふむ…よくわかった、お前は強い、だが俺にだって…まだ奥の手がある!」
ずんと一歩踏み出したジンから凄まじいまでの圧が伝わる。
「してやられたままでは終われんなぁ!」
高速移動は剣士ならば誰もが求める技、それをジンがストックしていないはずもない、故に強く強く踏みしめた彼の足は地面に痛烈な足跡を残し土煙をまきあげて…矜持の元へとその身を運んだ。
「万能すぎるだろ…」
今の魂の力を切った状態ではどうあがいても避けられない一撃を最後まで視界に収め矜持は意識を失った。
未だ健在であると誇示するかの様にその力を見せつけるジンの姿はまさしく鬼神とでも言い表すべき様相である。
「さて…石英がいないとなれば出し惜しみする必要も無いだろう」
ジンにもう高速移動のストックはない、しかしルイスにはそれを知らないため警戒しなくてはならない。
矜持の助けも無いため追い詰められていくルイス、どうしようもないほど実力差がある、だが耐えた。
「俺も混ぜてもらうぜ」
そう言ってレントが合流する、合流時に放った挨拶がわりの一撃は防ぐジンの力を無視するかのように強く叩きつけられジンを吹き飛ばした。
仕切り直しという張り詰めた空気の中にそぐわない声が唐突に響く。
「んっんん〜どうもどうも〜私は通りすっがりのあぁぁくまでぇえええす!どうもどうもー!今日はいくら痛めつけても死なないとかいう素敵空間にお邪魔してみましたっはぁ!」
どこから入ってきたのかという問題を置いてその場にいた全員が思った、やばいと
悪魔とは翼階級で無ければ相手をできない存在、そして悪意や恐怖などの負の感情を好む彼らが肉体へのダメージが精神にのみ反映されるこの空間に現れたという事は…死ぬよりも辛い未来が待っている可能性が高いという事…
「あ、外からの救援はぁ、諦めて下さいねぇええええ?当然の事ながら妨害させてもらってるのっでっ!」
突如現れた悪魔により訳の分からないままに進む絶望的な展開、空間の主導権を悪魔が握った…
「嘘だろ…」
観戦中の誰かが呟いた、嘘であってほしいとあまりに絶望的すぎると
「おい!なんとかして転移できないのか!?俺の息子がいるんだ!」
比連関係者は観戦できるため、親も比連に所属している何人かの子どもたちは親が見にきている、そしてその人たちの動揺は計り知れない。
絶望の象徴…悪魔、だがそこでは終わらない…
「あぁぁああああ!!」「いてぇ…いでぇえええ!!」「助けてくれぇええ」「buhyuruaaa!」
たくさんの苦しみを訴える声に既に人のものではなくなってしまった声まで、様々な声が耳に届く。
校門側から聞こえた声に何が起きているのかと外を見た者は絶望する、人が、獣人が、エルフが、様々な者たちがその身を変質させていた。
対応しなければとある考えを巡らせ始めた者たちの思考を遮るようにモニターの映像が切り替わる。
『どうも比連の皆さん、私のことを知らない方も多いと思うのでご挨拶から致しましょう。
私はレイガス、世界を変えるつもりですのでレイガス・ニューワールドとでも名乗りましょう、今現在あなた方が見ている怪物たちは、簡単に言えば失敗作です、私からすれば先へ進むために犠牲になった既に過去の存在ですが…まだ生きていますし救ける方法もあるので、よく考えてから動いて下さいね」
そこでプツンと映像は切れる、救ける方法がある…それは希望のようで絶望でもある。
なぜなら比連職員としてはただの被害者である彼らを見捨てる訳にはいかない、つまり…先程から破壊活動を始めた彼らを生かして鎮圧しなければいけないということだ。
「本部との連絡がつきません!恐らく空間魔法により外部との接触を阻まれている状態です!」
各地で冷静な対処を行った者たちにより隔離されているという情報が全員に行き渡る、ある者は絶望し、ある者は被害が外にいかないと安心する。
「指揮は俺が行う!金翼のクルト・ヴィエルが命じる!全ての出入り口を閉じまずは指揮系統を決める、全員伝令に走れ!」
自身と同じ階級はいても上はいないクルトが、迅速に命令をする事でその場にいた者たちは希望を持つ。
やる事があるという事は何とかなるかもしれないと勝手な希望を持ち動き出すがクルトの内心は穏やかではない。
彼は外で暴れている存在についての対処法をまだ知らないのだから…
愉快そうにレイガスが笑う。
「さて、次に行こうか」
そう言ってまたも自身の映像を流す、今度はセラフェリアに向けて…
『皆さん、突然かつ直接顔を見せない無礼を申し訳なく思うがどうか…どうか私の言葉に耳を傾けて欲しい!セラフェリアに!多くの世界に!自由はない!』
力強い言葉に人々は意識を持っていかれる、掴みは十分だ。
『比翼連理、この組織は一見皆さんの平和を守っているように見える…だが事実は違う、これは彼らが行った不正のデータだ』
適当にでっちあげたものもあれば一部真実もある、少ししか映さないそれの真偽などどうでもいい。
『特に比翼の鳥に所属する者たちの階級、翼階級に至るには『命題の壁』と呼ばれるものがある、自身が今後どう生きるかを強く決意した時に、彼らは人としての枠を超えた力を得る、だがその決意の多くは…
ーー殺しだーー
憎しみからくる殺意によって彼らは強くなった!そんな者たちに平和が守れると思うか!私はそれを変えたい!そして比連内部にも共感してくれた者たちがいる、それほどまでに比連という組織は腐っているのだ!』
これまた嘘の反逆者リストを映す、民衆も、比連もこれにより混乱する、味方を敵と思い込む。
逆に本当にレイガスの見方をしている者を味方と思い込んでしまう。
映像へ反応して混乱し始めたセラフェリアの様子を楽しみながら彼だけは優雅に立ち上がり
「さて、バカはこれでいいとして面倒な『連理の枝』の機能を落としにかかろうか」
心底楽しそうにそう言った。