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強行突入だ!

「公園の暴徒、鎮圧完了しました」

「ダメです。神と連絡つきません。秘書によると会合中だとかで」

「ナナトの祖父、あと五分ほどで到着とのことです」


 対策本部は大わらわだ。


 ものの数分のうちに、人質の反逆、そして拘束、ナナトからの要求と、状況が刻一刻と変化して目まぐるしい。


「ヤサイマシマシってなんだ?」

「てか現世から出前って頼めるの?」

「出前ドットコムで住所を黄泉比良坂にすればいけますよ」

「アニメ見たいからテレビ持ってこいって何様だよ」

「だがテレビなら中にカメラ仕込めるぞ」


 ヘッドセットをかぶった厳つい男たちが目を血走らせている。交渉役から外れた署長が落ち着きなくテント内を往復している。


 そんなピリピリとした雰囲気のなか、ピラティスだけが受話器片手に上の空だった。

「ヤサイマシマシアブラカラメ」ナナトの唱えた呪文が脳内でリフレインしている。

 年頃の男子の声、私のことを「若い」と言ってくれた男の声。


「失礼します」

 解放された警備員の事情聴取に当たっていた警官がテントに戻ってきた。

「人質によりますと、犯人は三人、ナナト以外にQとチーちゃんというふたりの少女がいるとのこと、情報局が今、ここ数ヶ月の死者から該当しそうな人物を当たっています」


「なるほど全員若者か……」

 署長がヘッドセットの下のバーコードを整えながら言った。

「若者は怖いぞ。一揆だの維新だの、あいつらは想像もつかんことをしでかす」


 十代の若者、とピラティスは声にならない程度につぶやいた。十六歳、ピラティスとの歳の差は九百八十歳ほど。普段死者を相手にしているときには意識しないが、よく考えるとこれはすごいことである。


「武装はM83自動小銃が二丁。局内に残された人質はセルフィー局長と、解放された警備員の双子の弟、快慶のようです」


「他には?」


「それがこれ以上聞き出そうとすると、腹が痛いとトイレに篭ってしまい……」


「なんだそれ」


「すみません。トイレから戻り次第再び――」


「いや、もういい!」

 署長が吐き捨てた。

「ピラティスくん、異世界だとか、アニメだとかわけのわからん要求を突きつける奴らに話なぞ通じん。こうなったら射殺だ、射殺」


「へっ?」

 ピラティスは急に現実に引き戻された。

「しゃ、射殺ですか?」


 いくら重罪人とはいえ、さすがに殺さなくてもいいのでは?


「そうだ。おいメタ村、狙撃は可能か?」


「正面側からはほぼ無理ですね。公園の野次馬が多すぎます」


「転送室の窓からはどうだ?」

 署長が壁の図面を指さす。


「サーモを使えばブラインド越しでも可能です。でも犯人たち、全員待合室ですよ?」


「うーむ……」


「それに三人同時に射殺、いけますかね?」


「少しでもミスれば人質の命はない……か」


「三人の犯人、二丁の銃……せめて犯人たちを分断できればいいんですが」


「爺さんを使えばナナトは出せる。残り二人のうち銃を持つほうを転送室に移せれば……」


「それができるなら強行突入も可能なんですけどねぇ……」


 皆が真剣な面持ちで考えこんだ。


 ただでさえも人口密度の高いテントが重苦しい空気に満たされる。うだるような暑さ、もやっとした湿度が息苦しい。


 ピラティスは話がどんどん射殺方向で進んでいくことに若干の不安を覚えていた。殺されれば魂の回収は不可能となる。となればナナトを尋問することも、ナナトが名誉天国人として社会復帰することもできなくなる。


「……転送室の無線LANルーター」

 沈黙を破るようにメタ村がつぶやいた。

「ネットをとめたら犯人たちが転送室に行くかもしれません。ワイファイを切るんです」


「は、ワイファイ?」

 署長が首をかしげる。


 ワイファイ――ピラティスにも意味がわからなかった。いや言葉の意味はわかるのだが、ワイファイを切ったからなんだというのか?


「これを見てください」

 モニターの一つを使いメタ村が見せてきたのは、ツブヤイターのとあるアカウントのトップページである。


『神判局で立てこもり事件なう、はやく助けてほしいな☆』


 最新つぶやきの投稿時間は約三十分前、ライフルを手にしたナナトの後ろ姿を背景に、ピースサインをするピンク髪の女の自撮りが添付されている。


「ええええ!」

 ピラティスは我にもなく声に出た。


 思いっきりセルフィーのアカウントだった。


「審判局のトラフィックを調べてみてわかったんです」

 メタ村は言う。

「セルフィー氏は事件後もツブヤイターに投稿しまくってます」


「はっ?」

「え? どういうこと?」

 疑問符が飛び交う。


『フォロー外から失礼します。“神判局”でなく“審判局”ですよ。慌てて書きこんで間違えたのでしょうが、これからは注意してくださいね (^_^;) 』

『はいはい“凶悪犯の前でもビビらない私”の演出乙、てか俺なら後ろから首絞めてるけどなwww』

『お、これはM83自動小銃ですな。ちなみにこの銃は天国軍の標準装備でして、大変いい銃なのでござる。いまだにAKに頼っている地獄軍などとはやはり格が違うというか(略)』


 セルフィーのつぶやきには無数のクソリプが付帯している。リつぶやき数は天文学的な数値に達し、いまだ毎秒数万単位で増え続けている。バズっていた、というか炎上していた。


「おいおい、犯人は人質にスマホ許可してるのか!?」

 署長が言った。とても信じられないという口ぶりだった。

「監視カメラ壊したくせにスマホいじらせる? あんなに激しい抵抗あったのに、ちょっとおかしくない? ありえなくない?」


「あーでも、現世の若者にとってスマホは生活必需品ですからねぇ。我々の腕時計とかそういう感覚で、他人がいじっていても気にならないのかもしれません」


「いやでも、それでもさすがにアホすぎない?」


「これがデジタルネイティブ……」

 さすがにピラティスも言葉に詰まった。

 これが今の十代のリアル。不十分な教育に乏しい想像力、ジェネレーションギャップってやつなのか。ナナトとまともに意思疎通できるのか、なんだか不安になってきた。「若い」というのも私の聞き間違いだったのではなかろうか?


「それはそれとして……」

 メタ村が続ける。

「セルフィー氏も大概ですよね。だって相手は凶悪犯、言動ひとつで殺されるかもしれないわけですよ。そんななかでスマホいじります? ポケットの中でこっそり通報するとかならわかりますけど、自撮りをツブヤイターに投稿します? 常識的に考えてありえなくないですか?」


「たしかに」


「この場合、犯人とセルフィー氏、どっちの頭が悪いのでしょうか?」


 一同は長く深いため息を吐いた。


 ピラティスもこれにはあきれた。ナナト以上にあきれ果てた。


『カプチーノでほっと一息♪ 午後からの仕事も頑張ろっ』

『どうして男って頭悪いのかな、もっと私の気持ちを察して欲しい』

『ダメダメ、もっとPDCA回さなきゃー』


「というかさぁ」

 フードポルノと自己愛ポエムだらけのセルフィーの過去つぶやきを流し見し、うんざりした顔の署長が言う。

「そもそもツブヤイターって現世のサービスでしょ? なんで天国から現世のネットにアクセスできるわけ?」


「あれ、署長知らないんですか?」

 訳知り顔でメタ村が答える。

「ツブヤイターって天国のサービスですよ」


「えっ、そうなの?」 


「そうですよ、だってIT企業の八割は天国に本社があるんですから」


「ええっマジで!? でもさ、ああいう会社ってヒルズの上とかに本社あるんじゃないの?」


「そうですよ」


「ってえっ? ならってえっ? ちょっと意味わかんない」


「署長、ヒルズのオフィスフロアって入ったことありますか?」


「いやないよ、入れるわけないし」


「ヒルズのオフィスフロアの一部は天国に繋がっています」


「へ?」


「天国は最近現世のIT企業への投資に積極的なんです。特に若年層において信仰が薄れつつある昨今、ネットでの布教は重要ですからね。署長も『神はインターネットで見た』って聞いたことあるでしょう?」


「あーね、あるある」


「先日のウィンディ10への無償アップグレードだって、天国からのサービス、完全な善意だっていうのに、あの批判のされっぷり……やはり現世の人間どもはわからずやのクソですよ、いまや信仰は不毛の荒野に近づきつつあると言ってもいい」

 メタ村は歯ぎしりしながら言った。


「うーむ、なるほど……」

 署長も納得したようだった。ピラティスもそんなことは今の今まで知らなかったので、この話は正直びっくりだった。家に帰ったらXPから10にさっそくアップグレードしようと思った。


「……あ、そうだ」

 署長が手を打った。

「よく考えたらピラティスくん。君って局長の友人なんでしょ? ネットなんて落とさなくても、君がメールで直接呼びかければいいんじゃないの? 犯人を転送室に移動させろって」


「なるほど! 名案ですよ署長!」


「そ、そうですね、あは」

 ピラティスは曖昧にうなずいたが、別にセルフィーとはそれほど仲良くないので、最高にしんどい気分になる。

「あはは、送りますよ。送ればいいんですよね、いひひ」


だが、上司に言われるとノーと言えないのがつらいところだ。


『事件大変だね。でも今警察のみんなでセルフィーちゃんを助けようとしているから安心してね。もうすぐしたらナナトの祖父が来てナナトが外に出るから、そのタイミングで他の犯人を転送室側へ行くように仕向けてもらってもいいかな、そうすれば警察の人たちが突入しやすくなるから』


 ピラティスはセルフィーへライソを送った。謎な丁寧語が微妙な距離感を感じさせるなと自分でも思った。


 二秒で返信がきた。


「OK」というスタンプだった。


 そのキュートなブタのスタンプに一同が快哉を叫ぶ。


「ははっ、やりましたね……」

 普段なら一晩は既読無視するくせにこういうときだけは早いのな、返信も「りょ」とかやる気ない一言だけなのにこういうときだけスタンプ使うのな、と若干イラつきながらもピラティスは言った。

「……これでいけますね」


 沸き立つテント、そんな最中、メタ村が一際大きな声を上げる。

「署長、たった今ナナトの祖父が到着したそうです!」


「おいこのタイミングだ!」

 署長が勢いよく立ち上がる。

「今すぐ突入部隊を編成しろ! 出てきたナナトを確保し、もう一人を狙撃したらすぐに突入だ!」


「はい!」

 皆の顔つきが変わる。


「よしピラティスくん行くぞ! これでもうこのクソみたいな事件も解決だ!」



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