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わかった、要求を聞こう

 地獄の役人と一緒にピラティスがテントに戻ってきたのは、署長が犯人との二度目の電話を終えた直後であった。


「あ、先輩おつかれッス!」

 先に戻っていた明朗がピラティスにアンパンを差し出す。


「おう、ありがと」

 ピラティスは片手でスタイリッシュにそれを受け取る。


 こいつわざわざスナーバックスまで行ってきたのか。それに豆乳だけじゃなく、コーヒーやオレンジジュースまで買ってくるなんて、なかなか気が利くじゃないか。


 ピラティスは録音された先のやり取りをさっそく再生しながら、アンパンもといスナバのパン・オ・アズキにかぶりついた。すっかり腹ペコであった。


「安直ナナト、やけにペラッペラだな」

 署長が顔をしかめた。情報局から至急で取り寄せたナナトの閻魔帳のコピーはたしかに薄い。


 ピラティスも近くの警官からその一部を受取り、数十枚程度の冊子をパラパラとめくる。


 見るからに冴えない経歴の男だった。アニメ・マンガが好きなオタク。友人はおらず、高校はすぐに不登校。外に出るのは週に二回、真夜中のコンビニで立ち読みするときだけ。妹がいるが仲が悪く、両親も触らぬ神に祟りなしの対応。


 ――なんでこんな奴が?


 マグショットもピンぼけ気味で顔がいいとはとてもいえない。電話での吃り具合からもダメそうなオーラをひしひしと感じたし、なによりインテリジェンスを感じない。今回の犯行だって計画的なものではないのだろう。


「こりゃ思ったより大したことないかもな」

 老眼鏡をかけた署長はコピー用紙の束を机の上に放り出し、アンパンを豆乳で一気に流しこむ。


「サーモ上、犯人及び人質たちの動きに変化ありません」


 画面に映るのは、犯人グループも人質たちも皆ソファでくつろいでいるという奇妙な構図である。人質全員ハンズアップな先の緊迫感はとうに失われてしまっていた。


 腹部だけ異様に低体温な男にも変化はない。少なくとも死んではいない。トイレでケツから低温の物質を垂れ流し続けているのを鑑みると、本当に腹を下しているだけかもしれない。


「ま、次の一手をどうするかだな……」

 署長がため息をつくと、場には停滞ムードが漂いはじめた。


「人間め……」

 明朗の小さなつぶやきすらやたらと重くテント中に響く。彼はモニターを真剣に眺めながらアンパンにむしゃぶりついている。コピーを手短に読み終えたピラティスは、豆乳片手にそんな彼の横顔を食い入るように見つめていた。


 ――あぁー、いい。


年下の男の子がごはん頬張っているのってなんかいいな、とピラティスは思う。癒される、救われる気さえする。

 明日は食いログで評価高いイタリアンを予約してたんだけど、やっぱ男の子って焼きソイミート食べ放題とかのほうがいいのかしら? とにかく次のデートではお腹いっぱい食べていいからね。お金のことなんて気にしなくていいからね。


「しかし先輩、これは難しいヤマッスねー」


「ぷはっ、うぼっ、ぶほっうほっごほっ……」

 不意に明朗がこちらに顔を向けたので、ピラティスはむせてしまった。


「ちょ、ちょっと先輩、大丈夫ッスか?」


「ごはっはぁ、はぁ大丈夫だ、ちょっとお前のそれ、はぁそれ貸してみろ」

 ピラティスは照れ隠しがてら明朗のコピーを奪い取る。さっきまで自分も読んでいたのにいまさら貸してみろはないよなと思いつつ、彼女は顔の前にコピー用紙を近づけた。


 ナナトのマグショットとまた目が合った。

 やはり野暮ったい少年だ。が、明朗の手前読まないわけにも行かないので、再びページをざっくりと読み流していく。


「……ん、祖父?」

 ふと思い当たる部分があった。さっきは見落としていた項目だ。


「この昨年死んだ祖父ってのは使えるかもな」

 ピラティスは後ろを振り返る。

「監査官、ナナトの祖父を地獄から連れてくることってできますか?」


「ふぁ、あ……」

 腕を組んだ役人はちょうどあくびの真っ最中だった。これだから地獄の赤スーツは、とピラティスは舌打ちする。


「す、すみません」

 噛み噛みになりながら赤スーツは答える。

「かか、可能は可能ですが、この時間帯は道路が渋滞しておりまして、多少時間が……」


「明朗、交通課のコネでワイバーンを飛ばしてもらえ!」


「了解ッス!」

 言うがいなや、明朗は監査官を連れテントから駆け出していく。


 その後姿はエネルギーに満ちていて、やっぱり明朗は素直やのぅ、とピラティスが淡い笑みを浮かべた瞬間、


「えっ?」

 メタ村がアンパンを落とした。

「犯人、人質を連れて玄関に移動してきます!」


「なんだと!?」


 皆の視線がモニターに集中する。モニターには体温の低い人質の肩をかつぎ、玄関扉に手をかけるナナトの姿が映っている。


「そのまま外へ!」


 扉が開いた。


「なんでいきなり!」

 署長が慌てる。当たり前だ、犯人からはまだなんの連絡もない。


「ピ、ピラティスくん、とりあえず出るぞ!」


「はい!」


 ピラティスと署長はテントから飛び出した。


 外に出た瞬間、ピラティスの皮膚がざわついた。


 死人たちの喧騒がものすごい。意味不明のヤジをとばすもの、肩車をするもの、他のものを押しのけようとして逆に袋叩きにあうもの、死んだ人間たちはやはり野蛮だ。特に正門を通して審判局がよく見える辺りはとんでもない人口密度になっている。あの付近を防衛するパラディンだけは明らかに負担が重そうで、なにか手当をはずんでやったほうがいい気がする。


 ピラティスたちは正門の陰から様子を窺う。


 左右を完全に警官隊に挟まれた無人の道路の向こうで、審判局のドアが四十五度ほど開いている。ドアの中からはひょろりと細い腕が突き出し、ひらひらと白いハンカチが揺れている。


 ――ナナトめ、武器は持っていないとでも言いたいのか。


 署長とともに恐る恐る正門を抜ける。


 彼女たちが近づくにつれ、局のドアも少しずつ開いていく。野次馬どもの獣じみたざわめきがますます熱を帯びていく。


「おい、亡者どもを黙らせろ!」

 署長が後方のパラディンに怒鳴る。


 道路の両脇に待機する警官隊たちも、銃や盾や棒を手にジリジリと包囲網を狭める。


 ピラティスたちが玄関から十メートルほどの距離にまで近づいたところで、ドアから二人の人影が現れた。


「動くな!」

 警官隊が一斉に銃を向ける。


「きゃっ!」

 出てきた白い制服姿の男が叫ぶ。


 痩せぎすの少年――こいつがナナトか――の左隣で悲鳴を上げる大男。腹部温の低い男。ナナトに肩を預けるその男は撃たれてはいないようだった。


「助けて、お願い撃たないで!」

 そいつは謎のオネエ口調で両手を上げた。


「おい待て、待て撃つな!」

 署長が距離を詰める警官の一人をセーブする。


「おい、お、俺は手ぶらだぞ!」

 同じくハンズアップのナナトが叫んだ。さっき聞いたとおり幼い声だった。


 彼は白いハンカチを高く掲げながら、人質ともども外に踏み出す。


「ぶぶ、武器はないからな」


 彼は落ち着きなくライオットシールドの壁を見回しながら、ゆっくりと歩を進める。ボサボサの黒髪からは汗がしたたり、魔女っぽいキャラクターがプリントされた黒いTシャツも湿って変色している。緑のジャージの下が自分の部屋着とまったく同じで、ピラティスはちょっと嫌な気持ちになる。


 五メートル、三メートル、ナナトが近づく。


 ギャラリーの声がうるさい。ピラティスは汗に濡れる両拳をぐっと握りしめる。


 約二メートルほどのところでピラティスとナナトの視線が一瞬だけ交錯する。


 前髪の隙間からのぞく黒い瞳。実物はマグショットよりもずっと若く見える。だがその一方で、予想以上に虚弱っぽくて、隣の男が大きすぎることもあって威圧感はほとんどない。


「おいナナト! 電話用意しただろ。なに勝手に出てきてんだ、無茶すんな殺されたいのか!」

 右側の警官隊を両手で制止し、顔だけナナトに向けるかたちで署長は言った。掛けっぱなしの老眼鏡が汗で曇り、頭のバーコードは本当に悲惨なことになっていた。


「よ、余裕なかったんだよ!」

 話を続けようとする署長を無視し、ナナトはいきなり人質と思わしき警備員の背中を押し、署長向けて突き飛ばす。


「なっやめ――」

 よろめく大男は絡みつかれた署長と一緒に転倒する。

「のわっ!」


 ナナトの突飛な行動に場はパニックとなる。盾の隙間から銃を構える警官隊。ピラティスも腰元の銃に手を伸ばす。


「きゃーやめて! アタシは人質よ!」


「おいこいつは犯人じゃない。こっちに銃向けんな!」

 大男を犯人の一味と勘違いした警官に、署長が地に伏したまま声を張り上げる。


「おいやっ、やめ、やめろ! 俺を撃ったら、中でQがセルフィーを殺すぞ!」


 ナナトは半泣きで白旗を持った手を真っ直ぐに伸ばし、挙動不審ぎみに周囲の銃口にアピールする。背後からは悲鳴とも歓声とも区別のつかぬ声。“殺す”という単語に反応したのだろう。


「ここここ、これで人質は解放したぞ!」

 追い詰められた動物みたいに、ナナトは敵意と恐怖混じりに吠え散らかす。

「それに完全に丸腰だ!」


「やめて殺さないで、中のみんなも全員無事よ!」

 警官に取り押さえられた大男も泣き叫ぶ。


「おいやめろピラティスくん! 銃を向けるな! 犯人は一人じゃない!」

 ピラティスの前に起き上がった署長が転がりこんでくる。


「お前らもちょっと下がれ! 人質連れて下がれって!」

 署長の手振りで後退する盾の壁。


「だからこっ――」

 なにか言おうとしたナナトが勢いよく身をかがめた。

「うわっおい、なんだあのペガサス! スナイパーじゃねーか」

 手を上げたまま玄関へと走り出す。


「やっぱり俺を殺す気だな!」

 ナナトが歩道の段差につまずいてすっ転ぶ。ペガサスたちがいっせいに高度を下げる。


「いや殺さない! おいくそお前なにしてる、さっさと下がれよクソ馬が!」

 署長がナナトと同じく両手を中空に掲げながら、震える声で続ける。

「だ、だからなぁナナト、撃たないから、な、我々は君を撃たないから落ち着いてくれ。

 ……でもこれが、これが天国警察なんだ。君たちじゃ相手にならない。わかるだろう? だから、このまま他の人質も返すんだ。今ならまだ強盗未遂だけですむ。神に楯突いたら無限地獄だぞ。今ならせいぜい大焦熱地獄二十万年で――」


「俺はまだ十六だぞ!」

 玄関のすぐ手前でほこりまみれのナナトが立ち上がった。

「二十万年も待てるか!」

 ジャージの膝のところが破けて血がにじんでいる。


 群衆がざわめく。警官隊がまた距離を詰める。ピラティスも再び銃を向ける。


「ほらまた銃だ! やっぱり――」


「すまんすまん悪い悪かった。お前らホント下がれ、下ーがーれ! ピラティスくんも! そう、オーケー。わかった、わかったよナナトくん。たしかに人質の無事は確認できた、だからとりあえず君の要求を聞こう、な、君の要求はなんなんだ?」


「異世界だ!」


「イセ、イセキ……? なんだって?」


「異世界、だ! 俺たちを地獄じゃなくて異世界に転送しろ、中世ヨーロッパで、ファンタジックな感じの!」


「ちゅ、中世ってなんだ? 赤ずきんとかそういうやつか?」


「いや違う。一応中世は中世だけど、それよりもっと新しいやつで」


「銀河鉄道の夜とか?」


「殺すぞ」


「わかった。待てわかった知ってる、知ってるぞ! 現世の十代に今一番人気のファンタジーといえばエバー、エバンゲリオンだな。パチンコでやったことがある!」


「古いんだよおっさん!」


「え、あの、あ、そのおじさんこう見えても三千八百歳で……」


 署長は目を白黒、手をひらひらさせて、ナナトに必死に応対する。しかしセンスが絶望的に時代錯誤で、そのあまりの哀れさにピラティスはとても見ていられなくなった。


「署長、彼が言っているのは最近流行りの異世界転生ってやつかと」


「転生? ……あーあれか、不可思議遊戯とかか、わかった、わかったぞナナトくん、それに近い地獄があって――」


「いい加減にしろ!」

 ナナトがキレた。

「お前じゃダメだ、もっと上だ、神を出せ!」


「いや神とか言われても、ここじゃ私が責任者だから」


「あんたは信用できない、それにおいっ、こいつらはなんだ! またこっち近づいてるぞ!」


「バカヤロッ!! お前ら何度言ったらわかるんだ、とっとと下がれ!」


「やっぱり俺を殺す気だな、あそこの人たちだって全員地獄送りにするつもりなんだろ!」

 ナナトが死者の群れに向かって言った。反応してざわめきが凪いだ。


「おいお前なに言ってる! 天国の審判は適切かつ公正でっ――」


「おーいみんな、この建物からは地獄にしか行けないぞ! こいつらの言いなりになったらみんな地獄行きだ! こいつらは生前一回でも駆けこみ乗車をしただけで、一度でもながらスマホをしただけで、マジでそれだけで地獄に落とす!」


 わずかな沈黙が無数の怒声に引き裂かれる。


「貴様っ、だま――」


「そこで異世界だ!」

 無視してナナトが大声を張り上げる。

「お爺ちゃんお婆ちゃんは若返り、若者はチート能力!」

 ナナトは黒山の群れ向かってゆっくりと近づいていく。

「異世界ならなんでも望みが叶う、みんな異世界に行きたくないか!?」


「うぉぉぉぉおお!」

 死者たちが白熱する。

「異世界! 異世界!」

 なるナナトの掛け声に合わせ、

「異世界! 異世界!」

 とこだまのように異世界コールが沸き上がる始末。


「天国なんてまやかしだ! こいつらは俺たちを地獄に放りこむクソどもだ!」


「異世界! 異世界!」


「おいバカやめろ! お前ら、早くこのゴミどもを黙らせろ!」

 署長が縮れた髪を振り乱す。


「痛っ」

 突然ピラティスの頭に空き缶が飛んできた。


 群衆から投石が始まった。ペットボトルや空き缶、もはや使い道のない自宅の鍵などが際限なく飛びかい、審判局前は戦場と化す。


 ピラティスは身を低くかがめ投石を避けつつも、ナナトと一定の距離を保つ。


「異世界! 異世界!」


 バリケードテーブを突破しそうになった死者をパラディン部隊が力ずくで抑えこむ。盾で思い切り殴りつけて、弱ったところをドラゴンが放水し弾き飛ばす。


「異世界! 異世界!」

 それでも声は鳴りやまない。


 ピラティスは路上駐車の車の陰に身を隠した。


 くそっ、こいつらは虫だ。条件反射しかできない動物どもだ。全員まとめて地獄にブチこむ必要がある。セルフィーみたいに邪魔くさい手続きなどせず、公園にでっかい穴でも作って、まとめて無間地獄にブチこんでやればいいんだ。なにが『死者にも健康で文化的な最低限度の生活を』だ、愛護団体のカスどもめ。


「マスコミの人見てますかー? この人たち、まだ刑の確定してない人に暴力を!」

 ナナトは飛び交うマスコミのワイバーンにも叫びだす。


「やめろ死者を殴るな、マスコミが見てる。下がらせろ!」

 誰かの腕時計が直撃しヒビの入った署長の老眼鏡が痛々しい。


「くそっ、こんなことをしたらどうなるか――」

 ピラティスは投石をしのぎながら息を荒げる。


「異世界! 異世界!」


 ――まずいぞ、どうすればいい?


 暴徒などは別にどうでもいい。死者は高齢者ばかりで沸点は低くとも持久力に乏しい。ドラゴンの放水力、パラディンの機動力に敵うわけなどありえない。鎮圧は数分もあれば十分だ。しかし問題はあの少年である。警察の圧倒的な火力を前にして、頑強なドラゴン、俊敏なペガサスを見てもなお、署長に盾突き観衆を煽るなんて想定外だ。


 ――若い、若すぎる。


 十六歳。それはピラティスの六十分の一も生きていない人間特有の無謀さだった。

 目鼻立ちこそ整ってはいないが、シミひとつなくみずみずしい肌、白髪ひとつない美しい黒髪。おそらく徹夜しても疲れないスタミナに、スポンジのような記憶力だってあるはずだ。活力、有り余る時間、未来へのありとあらゆる可能性。


 羨ましい。そのすべてが妬ましい。


「やっぱりお前は信用できない! 早く神を連れてこい!」

「冗談言うな! 私が責任者だって言っとるでしょうが!」

 異世界コールの中、署長とナナトとの口論は続いている。


「お前じゃ話にならん! 交渉役は俺が指定する。そっちの水色のお姉さん!」

 なぜかナナトはピラティスのことを指さした。

「その人、そうその綺麗なお姉さんに担当になってもらう」


「えっ」

 とっさのことに、ピラティスはナナトが言っていることを理解できなかった。綺麗? こいつは今私のことをそう言ったのか!?


「答えろ! あんたがやらないなら、もっと煽るぞ」


「ぴぴぴぴ、ピラティスくん、ここはもう乗るしかない」


「どうする? やるのか、やらないのか?」


「はっ、えっ? ってええぇぇぇ!?」

 ピラティスは慌てて立ち上がる。誰かが投げたベルトが車に直撃し、フロントガラスが粉々に砕け散る。


「お姉さん名前は?」


「ピ、ピラティスだが?」


「よしピラティスさん、お願いだ。俺の要求は何度も言うとおり異世界だ! “異世界転生”って単語を知っているあんたならどういうフィーリングかわかるだろ?」


「あぁ」

 定年間近でろくに情報収集していない署長と違い、ピラティスは知っている。トラックに轢かれここにやってくる若者の一群は昨今のトピックだ。公園で「思ってたの違う」「ステータス画面が出ない」などとわめいて、精神病院送りになることが多い。

「だが世界の創造は神の領域だ。私には――」


「それは知ってるって! だからさっきから神を出せって!」


「えっ……? おっ、お前本気? マジか? もしかしてマジに言ってるのか?」


「あぁそうだ俺はマジだ」


「だってお前、神だぞ。マジでわかってる? 頭大丈夫?」


「はぁ? 神を呼んでなにが悪い」


 ピラティスは絶句した。

 たぶんこの少年は本当になにも考えちゃいないのだ。考えることができないのだ。

 無知ゆえの無茶、無教養ゆえの無鉄砲。


 沈黙のBGMは鳴りやむことのない異世界コールだ。


「ダメなら人質を――」


「ま、待てわかった、一応掛けあってはみる、みるが、たぶん無理だ」

 ピラティスは軽率な若者を諭すように言った。

「お前は神の力を知らない。おとなしく投降したほうがいい」

 若さゆえの蛮勇を諫める憐れみの語調で言った。


「うるせー! お前も結局あのおっさんと一緒かよ。若くても警察はみんな同じなんだな!」

 ナナトは答えた。

「十二時だ! 十二時までに異世界に行けないなら、一時間おきに人質を一人ずつ殺していく!」


「おいお前、今なんて!」

 彼の言葉にピラティスの心臓が波打った。


「十二時、待つのは日付が変わるまでだ!」


 ピラティスはなにも答えられず、へなへなとその場に膝をつく。


「おいピラティスくん、おいってば」

 署長が駆け寄ってくる。


「十二時だ、わかったな!」

 沸き立つ群衆にナナトは高らかに手を上げると、くるりと背を向け扉の奥へ消えた。


「異世界! 異世界!」


 果てなき歓声の大音量、投石、ドラゴンがまき散らす放水のしぶき、動揺する警官隊、署長、マスコミ、そのすべてが遠くに感じられた。まるで他人事のように感じられた。


 ピラティスは完全に放心状態となっていた。


 若いって、この私が若いって、十六歳の少年が私のことを若いって!?


「若い」そんなことを言われたのは、ピラティスにとって実に七百年ぶりであった。



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