ブラックワイバーン・リローデッド
まるでチョコバーをかじったみたいにタワーが十フロアほど崩壊し、そこから振り落とされたナナトはあてもなく落下し続けていた。
たった一発魔法を撃っただけで、皮膚は裂け肉が擦り切れ、力が入らず意識を失ってしまいそうだった。骨は粉々で、関節がひしゃげひん曲がっていた。エマの魔力を引き継いだはいいが、その反動はあまりに強力すぎた。
だけど、胸の中は不思議と穏やかだった。
エマのおかげでミサイルは両断され、核融合を起こす前に処理された。
自分の百メートルほど下で、左右に別れたワイバーンの死体がビルの看板に激突する。快慶やチーちゃんが乗ったヘリは大通りをゆらゆら蛇行しているが、なんとか墜落を回避し上昇していく。体をひねって真上を見ると、すっぽり丸く切り取られた雲の中央に、自由落下するエマが見える。ヘリと違って、彼女は普通に大丈夫だろう。
――もしかして俺はやったのか? この世界を救えたのか?
ナナトがほっと一息ついたとき、“それ”が見えた。
落下を続けるエマのはるか上に、大きな扉があった。扉の奥で渦巻くのは禍々しい紫の光。そこから“新たな黒い影”が、こちら側へと抜け出してきた。
ワイバーンだった。
しかも今度は一体じゃない。
一、二、三、四……
「まだおったんか!」
エマが叫んでも止まらない。
八、九、十……
計十二体。天使の輪のごとく扉の周囲を旋回し始めたワイバーンたちは、それぞれがひとつずつミサイルを持っていて……
「エアロバースト!」
ナナトが叫んだのと、ワイバーンの一体がミサイルを落とすのが同時だった。
ナナトが放った風を受けて、再びエマが上空へ一直線に舞い上がる。一方、ナナトの全身には規格外の反発が加わり、空気抵抗が臨界点を突破する。セントラルタワー側面がナイフで削ぎ落としたかのように崩落したのもつかのま、視界が一瞬でブラックアウトし、今度こそ意識を失う。
落下したミサイルをエマが一刀両断し、爆発。彼女は勢いを殺さず、ミサイルを落としたワイバーンの巨大な羽をも斬り落とす。
ギュオォォォッッッ!!
飛竜が断末魔を発する。だが仲間のことなどものともせず、他のワイバーンたちが三本同時に核弾頭を落下させる。
バランスを失い落ちていくワイバーンを蹴り飛ばし、エマが急降下する。
爆発。さらに爆発。
そこで、ナナトは意識を取り戻した。
「おいナナト、なにしてんねん!」
エマの声がした。
「一本そっち行ったで」
ナナトは辛うじて天を見た。
相次ぐ爆発で、空は真昼のように明るくなっていた。手の空いたワイバーンたちがいっせいにエマを襲って行動を封じ、ミサイルが一本、霧も雲も雪もなにもなくなった空をまっすぐに落ちていた。
「エアロっ……!」
ナナトには、もはや息継ぎすらままならない。叫びすぎて喉が擦り切れている。
「……バーストッッ!」
血反吐とともに吐き出して、間一髪、なんとかミサイルを空に弾きかえす。またしても気を失いそうな反動がきて、空中をくるくるくるくる回転する。あっという間に地面が迫る。敵味方など構わずキュアスフィアを唱えたかったが、先にエアロバーストを撃たないと血の詰まった水風船みたいに破裂してしまう。
そのときだった。
「おいヘリがっ!?」
エマが叫んだ。
意識から完全に抜けていた。
ナナトの目に飛び込んでくるのは、地面より先に爆発。
快慶たちの乗ったヘリが、ビルの谷間へと墜落し、爆発した。




