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不思議ちゃんと黒髪ロング

「えっなに!?」


 両手を上げながら扉から出てきたセルフィーと快慶たちに、待合で待っていた女の子がソファから飛び上がる。その大声に反応したナナトが銃を向ける。


「ひぃ!」


 少女は奇抜な格好をしていた。年はナナトと同じくらい、背はナナトより頭ひとつ低く、レモンイエロー、ライムグリーン、ラズベリーレッドへとグラデーションで変化するボブカットに大きな赤いリボンのカチューシャが乗っている。パステル調のフリルもりもりワンピの腰元からは大量のクマのぬいぐるみがぶら下がっていた。


「ここここ殺さないで!」

 少女は震える声で両手を上げる。その怯えた表情にはどことなく小動物的な可愛さがあって、虚をつかれたナナトはなにを言ったらいいのかわからなくなる。


「あ、あと、えと……」


 少女の視線は銃口からナナトの震える口元へと上がり、そのままセルフィー、快慶とぐるりと一周する。それから彼女は視線を再びナナトへと戻し口を開いた。


「ち、チーちゃんは人畜無害……チロ?」

 かすかに顎をひいた上目づかい。


「ひゃ、あ、あわ……」

 ナナトは突然のその黒目がちな瞳を直視できず、

「こ、殺さない、殺す気ないから……」

 などと口ごもりながら顔を背けた。


 一拍置いてから、チロとかいう謎の語尾が妙に心に引っかかった。

 

 ナナトはもう一度少女を横目で窺う。


 いわゆる不思議ちゃんである。

 ナナトの次に呼び出される予定だった少女だ。待ち時間のときにもその怪しき可愛らしさが気になってはいたが、やはり言動も見た目どおり変わっていて、「チーちゃん大丈夫、死なないチロよね? 無病息災チロよね?」などと腰元のぬいぐるみに話しかけている。


 しかし普通、銃を向けられている状況でもキャラ設定に固執するものなのだろうか? ナナトには同世代女子の考えていることがよくわからない。


 ――いやいやいやいや、今はそんなことどうでもいい。


 ナナトはブレはじめた思考を打ち消すように頭を振って、部屋の角へと目をやった。


「きき、君もだ。立って」


 待合室にはもう一人、死者がいた。


 ナナトと入れ違いに入ってきたのだろう。先ほどは見かけなかった黒髪ロングの少女が、三人がけのソファの真ん中でぶ厚い閻魔帳を熟読している。


「はい?」


 綺麗な姿勢の少女は閻魔帳から目を上げて線の細い声で答えた。顔を上げると、とんでもない美少女である。


 ナナトは軽い吐き気を覚えた。え、ちょっとこの子可愛すぎ。いやいやそうじゃなくて、なんだよこの子、こういうとき普通はすぐに立たない? なんでそんなに余裕なの?


「立って!」

 ナナトは混乱を打ち消そうと声を振り絞って、もう一度伝える。


「……わかりました」


 やっと状況を察したのだろう、彼女は閻魔帳を脇に置き、手を上げゆっくりと立ち上がる。


 彼女はナナトと同じくらい背が高かった。彼女もたぶんナナトやチーちゃんなる女子と同年代だろう。公園じゃ老人ばかりだったからめずらしい。


 どこの高校の制服だろうか? 爽やかなブルーのリボンに落ち着いた風合いのベージュのカーディガン、ダークトーンのチェックのスカートに、濃紺のソックスとブラウンのローファー。

 きょとんとわずかに左に傾けた顔は鼻筋や顎のラインがシャープで、黒い髪が息をのむほど艶やかで、凛とした、という表現がよくフィットする。


 チーちゃんとは真逆の正統派美少女だった。カーストが違う、とナナトは思った。制服の着こなし方も品があって、ナナトが一日だけ通った高校にはまずいないタイプだし、仮に同じ教室にいたとしても話しかけることなど決してできない。


 美少女はすらりと起立して、特に怯えるでもなくナナトを黙って見据えている。


 そんなことありえないはずなのに、その口元にかすかな笑みが浮かんでいるように思われて、ナナトの肌はじわりと粟立った。


「う、動くなよ!」


 ナナトの顎先から玉になった汗が落ちる。セルフィーと快慶を横目でうかがい銃で牽制しながら、中央の玄関扉の前へカニ歩きで移動する。扉を背にして立ち止まり、待合室全体を視野に収める。建物は一階建てで、部屋の左側、転送室へとつながる扉のある方向には、コの字型に配置された白い革張りのソファと長方形のガラステーブル。右側には呼び出しの案内板と観葉植物、暇つぶし用なのか聖書しかない本棚、隅に男女兼用のトイレがあるだけのシンプルな構造。銀行、いや奥の構造まで含めると、小綺麗な町医者といったところか。天井は奥の部屋よりこっちのほうが少し高い。


「窓の前に行け!」


 ナナトは銃口とともにくるりと九十度回転し、四人をソファの後ろ、ナナトの左側へと誘導する。建物の正面は全面ガラス張りで、その前には歩道と四車線の道路。車はまばらに行き来しているが、歩道に通行人の姿はなく、パトカーもいない。道路を挟んで向かい側にはナナトたちが野宿していたあの大きな公園がある。ツツジの壁に囲われた途方もなく巨大な庭園、三途の川よりはアメニティの整った死者たちの待機場、その正門と審判局の玄関は横断歩道を介して一直線であった。


 そのさらに奥、公園の向こう側にはたくさんの高層ビルが立ち並んでいる。この世界では公園と審判局にしか立ちいったことがないので、あのビル群の正体は謎だ。その上には沈みかけの太陽。今ならちょうどガラスに西日が反射するだろうから、じっくりのぞき込みでもしないかぎり、中の様子はわからないだろう。


「ストップ! そのままっ、そのまま外に向かって一列に並んで」


 人質を道路に面したガラスの前に並ばせる。


 玄関手前から、セルフィー、快慶、黒髪ロング、チーちゃんの順。


 黒髪ロングがやけにゆったりと優雅なスピードで移動するのでイライラする。 


「もしかしてチーちゃん殺されるチロ? 盛者必衰チロ?」

 チーちゃんのどこか他人事のような声。


「だっ大丈夫、大丈夫だ。殺さない、俺は地獄に行きたくないだけだから」

 盛者必衰ってなんだ? と思いつつ、ナナトは小脇に抱えていた閻魔帳をソファの上に投げ出した。


「おい快慶、ブラインドを下ろせ、セルフィーは玄関の鍵をかけろ!」


 ナナトの指示に局員たちが不満たらたらといった顔で従う。ナナトは膝の震えを悟られないよう両足にぐっと体重をかけ、人質たちの背後に回りこむ。


 ――ナメられている。


 ナナトのなかでそんな疑念が頭をもたげた。この十分ほどで、一生分以上の神経をすり減らした気がする。生前の嫌な記憶がフラッシュバックして気分が悪くなる。どうして俺は人とすれ違うときに道を譲ってもらえないのか、老人や外国人に道を聞かれまくるのか、宗教の勧誘に声をかけられまくるのか。


 シャラララ。


「なっ!」

 予期せぬ金属的な音に、ナナトはとっさに銃を構えた。


「ちょっとちょっとなによ? なんなのよ? ブラインドよ」


「そんなの見たらわかる。もっと、もっとゆっくり下ろせ」


「わかった、わかったわよ、だから撃たないで!」


「こわいチロ……」

 チーちゃんが声をひそめる。


「いったい私たちをどうするつもりなんですか?」

 黒髪が小さく揺れる。


「だ、大丈夫だ、お、俺は君らの味方だから」


 ナナトは二人の死者の背中越しに、セルフィーから聞いた話を伝えようとする。


「こ、こいつは審判の女神だ……」


 銃口を玄関扉の前でしゃがみ込むセルフィーに向ける。シャラララ、また一つブラインドが下りる。


「俺たちは死んで……ここに来た……だっ、でも……」


 ナナトは口ごもる。頭がうまく回らない。どう話を組み立てたらいいかわからない。


「しかし、地獄行く」


「地獄? ってやっぱチーちゃん殺されるチロ!?」

 チーちゃんの声のトーンに緊張感が戻ってくる。


「違う違う! 殺さない。俺は殺すつもりなんてない、俺は地獄に行きたくないだけだ。こいつは赤信号を一回渡っただけでも地獄に落とす。それも千年とかそれくらいの単位で」


「千年?」

 これにはクールな美少女の声色も変わる。

「……それはちょっと長いですね」


「だろ?」

 ナナトはソファに置きっぱなしになっている彼女の閻魔帳を横目で見ながら言う。

「君の閻魔帳の厚さならたぶん三万年はふっかけられるぞ」


「そんなに……」

 彼女はどこか憂いを帯びたような声で答えた。ナナトからは表情を伺えないが、さすがの彼女も驚いているに違いない。


「チ、チーちゃんはそんな悪いことしてないチロ、公序良俗チロ」


「あら? 奇抜なファッションは罪だけど?」


「おいセルフィー、無駄口叩くな! さっさと鍵かけろ」


 シャラララ。セルフィーのむくれた返事はブラインドの音にかき消された。


 左側のブラインドがすべて下りた。


「次はあっち、反対側!」


「言われなくてもやるわよ!」


 怯えた様子の快慶が手を上げたままゆっくりとナナトの目の前を横切り、玄関扉を挟んで反対側のブラインドを下ろしだす。


 チーちゃんが言う。「じゃ、じゃあ天国はどうすれば行けるチロ?」


「天国? 今あなたたちがいるここが天国だけど?」

 相変わらずしゃがんだままのセルフィーが何気なく答える。


「えっ? ここが天国チロ!?」

「嘘ですよね?」

 驚く死者二人。


「はっ、えっ?」

 ナナトも戸惑う。

「そんなの聞いてない、どういうことだ?」


「そのままの意味だけど?」

 セルフィーがピンクの髪をかき上げる。

「刑期を終えたら、あなたたちだって名誉天国人としてここに住めるのに……」


「あのー」

 唐突に側面から男の声。


「なんだ!」

 慌てて銃を向ける。


 快慶だ。


「ブラインドは全部下ろしたわよ?」


「は? ならそろままそこで手ぇ上げ立ってろ!」

 ナナトが回らぬ舌で指示を出すと、


「あの、いいですか?」

 今度は美少女が口を挟んでくる。


「は、なななななんだ? なんなんだ?」


「観葉植物の上」

 少女は顔を外に向けたまま、上げた左手の人差し指で部屋の奥を指し示す。

「あそこの監視カメラ、あれ切ったほうがいいんじゃないですか?」


「なっ?」


 確認すると観葉植物の上、部屋の隅にたしかにそれはあった。


「おい快慶、そのカメラ、それ、それを落とせ」

 ナナトは急ぎ快慶に命ずる。危なかった。まったく気づいていなかった。


「あと、この人」

 少女の白くて細い指がカメラからセルフィーに移る。

「鍵閉めるふりだけで、閉めてないです」


「なんだって!?」


「そ、そんなわけないから!」

 セルフィーが立ち上がり声を荒げる。

「私はちゃんと閉めたんですけど!」


「嘘だ!」


「う、嘘だと思うなら自分で確認すればいいじゃん!」


「やっ、ケンカしないでチロ、世界平和チロ」


「あのー、カメラが高すぎて届かないんだけど?」


「あああぁぁぁーーー!!」

 ナナトは叫んだ。声とともにさっき食った粥まで吐きそうになった。釘でも打ちこまれたみたいにみぞおちが痛い。胃が収縮しきって十円玉くらいになっているんじゃないかと思う。


「くそっ、セルフィーはそこに立ってろ!」

 ハンドガードを持つガチガチの指をクネクネ動かし必死に気持ちを落ち着かせる。美少女に指示を出す。

「君はソファをカメラの下まで持ってって」


 黒髪ロングが快慶向かって一人がけのソファをずるずると押していく。セルフィーが手を上げたのを見計らい、ナナトは急いでドアの前にしゃがみ込む。邪魔なライフルを背中に回す。


 鍵はちゃんとかかっていた。


 一応念のためドアを引いて確認しようと思ったとき、背後でガチャリ、と音がした。

 

 ナナトは慌てて振り返る。


「ひゃだ、なにこれ!」

 観葉植物の隣の扉が開き、中から人が現れた。


「なにアンタ!?」

 扉から出てきたのは快慶と同じ格好の大男。

「えっなにちょっとこれ、なに? なんなの!?」


 彼は手にした白いハンカチを振り回し、やはりオネエ口調でわめき出す。話し方や背格好のみならず、顔まで快慶とまったく一緒だ。髪の分け方が逆なだけだ。


 ――服が一緒ということは、当然装備だって一緒のはず。


「運慶! こいつ人間の立てこもり犯よ!」

 セルフィーが手を上げたまま叫ぶ。


「運慶助けて!」

 ソファの上に立つ快慶も叫ぶ。


「くそトイレっ!」

 ナナトは背中のライフルに手を伸ばしながら自分のバカさを呪った。扉は見えていたのに、トイレの中に人がいるなんて考えてもいなかった。


 ナナトが銃を構えるよりも早く、運慶なる大男は身をかがめトイレの中へと手を伸ばす。


 ――間に合わない、そう思ったときだった。


「あらっ! ひゃだなんでっ!?」

 運慶が中腰の姿勢のまま素っ頓狂な声を上げる。

「どうして? どうしてないの!?」


 慌てる運慶、そこにトイレの扉の陰から、黒く細長い筒がにゅーっと伸びてくる。


「あなたが探しているのはこれですか?」


 そして次の瞬間、局中に爆竹のような爆音が数発響きわたった。


 銃に続いて扉の後ろから出てきたシルエットにナナトの呼吸が止まる。


 それはあの制服の少女。スタイルも顔も育ちまでもよさそうなあのような少女である。彼女はナナトと同じアサルトライフルを天井に向けていて、その銃口からは煙が上っている。


「きゃっ、らめちょっとらめ、待って、撃たないで!」

 運慶は両手を上げ生まれたての子鹿みたいに足をガクつかせながら後ずさる。


 少女は曖昧な無表情のまま、黙って銃口を運慶に向ける。


 再び銃声。構えが悪く、反動で振れた銃弾がブラインドを突き破り、ナナトの後ろでガラスが割れる。


 セルフィーの口から「嘘」という声が漏れた。

「はわわぁ」チーちゃんが腰を抜かし、クマのぬいぐるみがジャラジャラと音をたてて床に広がる。

 快慶は取り外した監視カメラをつかんだまま固まっている。


「なっ、なななな」

 彼女の行動にナナトの心臓は破裂しそうになっている。

「なんでなんで?」


「なんで? って」

 彼女は素人っぽい構えの反動で肩を痛めたのか、わずかに顔をしかめながら、丁寧な所作でトイレの扉を閉めた。

「三万年も地獄に行かなければならないと言われれば、誰でもこうするでしょう?」


「ひゃっ」

 運慶がついによろけて転倒した。

「ホントだめ、助けて神様!」

 彼はそのままはこれ以上高く上げれるのかというくらい高く両手を上げて、まぶたをぎゅっとつむって沈黙する。


「あの、あなたのお名前を聞かせていただいてもよろしいですか?」

 美少女はいまだに煙の燻ぶる銃口を運慶に据えたまま、ナナトに尋ねた。


「なななな、ナナトで、ナナトだけど」


 ――なんなんだよこの子。


「私はQです。私も協力させてください」


「きゅ、Q?」


「こういうときって普通匿名じゃないですか?」

 彼女はそこではじめて笑った。ぱぁあ、という音が聞こえてきそうなてらいのない笑顔だった。


「へぁ?」

 ナナトの時間が止まる。

 

「……や、はは、あーね……はははっ」

 そして照れをごまかすようにナナトは声だけで笑った。自分が天国相手に実名でケンカを売ったことよりも、Qの笑顔のギャップにやられて、空気の流れを受けてたゆたう漆黒の髪やスカートに見とれて、つややかな桜色の唇から漏れる透き通った声に酔って、頭のなかでは銃声の乾いた音がずっとハウリングしていて、すっかり言葉を失ってしまった。


「……かっこいいチロ」

 そう言って、床にへたりこんでいたチーちゃんが立ち上がった。

「チーちゃんはチーちゃんチロ!」

 弾みでぬいぐるみ群がムチのようにしなってナナトの方に飛んでくる。


「ちょっ!」

 僅差でよけるが、そばのQともども両手で抱きつかれる。


「ねぇねぇ、チーちゃんも一緒にやっていいチロ? 呉越同舟していいチロ?」


「えっ、あっ、ま、まぁ……」

 ふんわりとした女の子の匂いにナナトはむせた。生前に経験したことのない女の子とのハグ。それを二人同時にやられてしまって、彼の心臓は痛みを感じるほどに収縮する。

「べ、べべべべ別にいいけど……」


「私も構いませんよ」


「やったチロ! Qちゃん、ナナトっち、よろしくチロ」


 グレーのカラコンの入ったチーちゃんの大きな瞳がまぶしい。Qのインパクトでアレだったけど、この子も普通に可愛いよね、てかナナトっちってなに? それに呉越同舟ってたぶん悪い意味じゃなかったっけ? 


 ナナトの頭のなかは彼の生前の自室と同じくらい無茶苦茶になっていた。


 ――わけもわからぬまま仲間が二人も増えてしまった。


 乱れた衣服を丁寧に正すQのサラサラのキューティクルに照明がキラキラ反射して目がチカチカするし、ケラケラ笑うチーちゃんのリボンの赤さに頭がクラクラしてくる。暑い。ナナトの全身からは異常な量の汗が吹き出してくる。


 プルルルルルル。


 そんな中転送室から突然の電子音。さらなる追い打ちに彼の身体は三センチほど地面から浮かび上がった。


 プルルルルルル。プルルルルルル。


「ちょちょちょちょ、ちょっとなんだよあれ?」

 逆ギレ気味にナナトはセルフィーに突っかかる。


「なにって電話でしょ?」


「でででで、出てくだ、出ろよ!」


「あれ? 私ここから移動してもいいの?」


「つべこべ言わずに早く行けって!」


 セルフィーはやれやれといった調子で転送室に向かう。ナナトはセルフィーに銃をつきつけたまま足をもたつかせ待合を横切る。指紋認証で扉を開けるセルフィーを追ってふらふらと転送室に入りかけたときにふと気づいて、ナナトは扉から半分顔を出し、Qたちに呼びかけた。


「あっ、あのちょっと、ちょっとだけここ頼んでもいいかな?」


「はい、任せてください」


「頑張るチロ! 元気溌剌チロ!」


 初対面の女の子ふたりに頼るのは正直不安だったが、この際どうしようもないのでナナトは転送室に入る。


 入ったあとで今度は扉がオートロックであることを思い出し、慌ててまた待合に戻って、快慶に観葉植物で扉を押さえるように命令する。


 プルルルルルル、プルルルルルル、デスクにつく頃にはコール音は二十回を超えている。


 ナナトに促されたセルフィーは大げさすぎるくらいゆっくりと受話器を取った。


「大変お待たせして申し訳ございません。死者審判局西東京支局長のセルフィーです」

 彼女の応答はナナトに命を握られているのをまるで感じさせないものであった。


「はぁ」

 受話器を持つセルフィーがナナトをチラ見する。

「はい」


 なぜかその表情が変わった気がする。


「はい」


 ナナトは嫌な予感に寒気を覚える。開けっ放しの入り口の扉を確認する。一つしかない窓のブラインドにも目を配る。


「はい、はいはい、はいはい……はい、じゃあかわりますね」


 そう言ってセルフィーはナナトに受話器を差し出した。なぜか彼女の口角は不気味に上がっていた。


「えっ?」


「あなたにだって」


「おっ、俺? なんで俺に?」

 ナナトは思わず後ずさる。


 なんなんだよ、なんなんだよマジで。オープンワールドのゲームで強盗やんのと全然違うじゃんよこれ。爽快感皆無。なにひとつ思いどおりにならないし、両手だって痺れてきた。実銃がこんなに重いのも知んねーし。俺がなにしたっていうの? 俺はただ地獄に行きたくないだけなのに、なんでこんな目に合わなきゃいけないの?


 そんなナナトに詰め寄るセルフィーは受話器を差し出したまま勝ち誇ったように続ける。


「だって警察の人がそう言ってるんだもん。犯人にかわれって」



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