第12話 収穫祭
1.
予習と復習。生きていく上で大事なことである。
異界の女王であっても、それは変わらない。
敵の状況を側近に語らせ、おのれの為せる業について別室で復習した女王は、ここで初めて笑みを見せた。
「こたびはそなたにも働いてもらわねばならぬ」
「心得ております」
彼を従えて、子供たちの育つ巣穴の前に至った。
「こやつらが成人するまで待ちたかったが、致し方あるまい」
「陛下、御気の弱い事を申されますな。勝てば良いのです」
「そう、そうだな」
忠実なるしもべの言葉に心落ち着けて、女王は玉座に座ると目を閉じた。
かつて出陣した時の勝利の記憶を呼び覚ましながら、眠るために。
ついに迫った出陣に備えて、英気を養うために。
2.
夜那岐に送ってきてもらって、詩鶴は帰宅した。
「ただいまー」
「ああ、お姉ちゃんお帰り」
妹が出迎えるなんて珍しい。何かあったのだろうか。
「今送ってきた人が――」
「ん?」
「お姉ちゃんのライバルの人?」
「なんだライバルって」
くふふ、と妹の含み笑いが癇に障る。詩鶴は無視して玄関から上がると、両親を探した。
「まだ帰ってきてないよ。ねえねえ、どうなのお姉ちゃん?」
「だから何のライバルなんだ?」
「もうお姉ちゃんたら、妹に言わせますか」
くふふ。
「恋のライバルだよぉ」
「抜かせ戯れ。祐輔には恋愛感情は無いって言ってるだろう」
「最近、祐輔さんと一緒に部活始めたんでしょ?」
「……お前はなんでそんなことを知ってるんだ?」
冷蔵庫の扉に、また牛乳が無い。詩鶴は足台を運びながら妹の会話に付き合った。
「だってお姉ちゃん、帰りが格段に遅くなったじゃん。しかもなんか、祐輔さんはあこがれの人と一緒に毎日帰ってるっていうしぃ」
「だからなんでお前はそれを知ってるんだ?!」
ようやく牛乳をマイコップに注ぎながら、詩鶴は妹を横目でにらんだ。
「くふふ。この妹を舐めてはいけません。お姉ちゃんの情報は、逐一私の耳に入ってくるようになってるんだから」
「お前それ、女としておかしいとは思わないのか?」
妹は、姉から牛乳パックを受け取りながらまた笑った。
「恋愛対象でもない男を6年余り観察してる女に言われたくないです、はい」
受け取っただけで自分のコップに注ごうともせず、妹は姉に上から顔を近づけてきた。
「ねぇ、いいかげん教えてよぉ。なんで祐輔さんを観察してるの?」
「風呂のお湯、入ってるな」
いつもの質問にいつものとおり無視して、詩鶴はマイコップをレンジに入れると着替えの支度をして、風呂に入った。
ふぅと一息ついて、手ですくった湯を肩にかける。その手は知らず知らずのうちに、今日メソーラに吹き飛ばされて治癒された部位を撫でた。
(ほんとに見事に治ってるな……治癒というより復元だなこれ)
と同時に、慄えも来る。もう3センチ体幹側に着弾がずれていたら、彼女は死亡していたかもしれないのだ。"治癒"であるから、死者は復活させられない。バイタルパートを傷付けられた場合、治癒が間に合わなければ速やかな永久の眠りが負傷者を冥界へいざなうこととなる。脇腹を光弾に抉られた愛美も、実はやばかったのだ。
そういえば、女子会でドタバタしてアルジーヌにお礼を言い忘れた事を思い出して、詩鶴は眉をひそめる。今度アルジーヌに会えたらちゃんと言わねばという気持ちに、夕闇の河原に寝転がる祐輔にこの肩を見られたことを思い出したのが混ざったのだ。
「まったく……最近の祐輔は……」
愚痴って鼻の下まで沈みながら、詩鶴は祐輔の変化について考察し、止めた。
(違うな。私が変化したんだ)
今まで祐輔を初めとする男子の視線なんて、気にしたことがなかった。別にあけすけだったという意味ではない。男子が、いや祐輔が自分を観察しているなんて、思いもよらなかったから。しかもいやらしい目で。自分がいい身体をしていることは自覚していたのに。
(わたしもまだまだ、ということか……って、)
「おい」
それは、バスルームのガラス戸に向かって投げつけられた言葉。妹が隙間を空けて、こっそりこっちをのぞいていたのだ。
「まだ答えを聞いてないよ?」
「面白いから。以上だ」
木で鼻をくくったような返答は、これもいつもどおり。あきらめた妹はまた今度教えてねといって戸を閉め、去っていった。
(そういえば、メグちゃんにも聞かれたな)
詩鶴は湯から顔を出すと目をつむった。
なぜ、詩鶴は祐輔の観察をするのか。その答えをここにはいない質問者に語るために。
それは、小学3年生の時の事。詩鶴と祐輔がいたクラスで起きたいじめ問題を巡って、クラス担任と教務主任が対立したことがあった。当初は生徒の学校生活に影響を及ぼさないように配慮されていたはずが、何かのはずみでクラスに漏れた。当時の担任はクラスどころか学年全体に人気があり、同級生が詩鶴も含めて皆担任の味方をする中、祐輔だけが教務主任が正しいと言い、クラスから浮いてしまった。
(あいつとは家も近くて、テストの得点競争も挑んでたから、何をバカなことをやってるんだ、って思ってた。ところが)
校長と教育委員会の裁定は――これは親から聞いたところによると――教務主任に軍配が上がった。担任はいじめ問題の一方と親しくまたそれを隠していて、客観性に欠けると見做されたらしい。
『でもそれは、単に佐上君が皆の逆張りをしただけじゃないの?』
(違う)
不在の質問者を、詩鶴は手で制した。
(面白いのはそれからなんだ。担任はその後すぐ、悪事がボロボロ露見して辞職したんだ。クラスのみんなは『ふーん』で終わったけど、わたしには電流が走った。それで祐輔を観察し始めたら――)
『たら?』
(あいつの選択したものが流行ったり、生き残ったりするんだ。高い確率で。それに、あいつの言動が他人に対して力を及ぼすことも観測している。扇動者になれるんじゃないかと思うくらい、密かで確かな影響力が)
だから、これは誰にも教えられない。祐輔を利用しようとする輩が、絶対に出現するだろうから。そもそも祐輔自身に『選んでいる、他人を感化する』という感覚が無いのだから、なおさらだ。
祐輔がもし、選択者もしくは先導者の道を志したらどうなるか。それは今後の観測課題である。
そして、女子会で詩鶴が愛美とレベッカに言いよどんだ一言。それは、『祐輔ともしないほうがいいぞ、ああいうゲームの類は』だった。詩鶴の理詰めでの読みではありえない引きをしてくるのだ。それも、肝心な場面で一番低い確率の好手を。
だから、愛美が下手なのではない。祐輔の手札が常に最善手なのだ。ゆえに高い撃破率となり、オルガニーツァとかいう敵を呼ぶことになった。
面白い。あまりの事態の面白さに、詩鶴は自分の脳がまた一段と活性化している手応えを感じる。
(本当に面白いよ、メグちゃん)
詩鶴はほくそ笑む。相手がここにいない愛美だからこそ。なぜなら、選択の妙手たる祐輔の唯一の汚点、すなわち、
『好きになる女が、どいつもこいつも碌なもんじゃない』から。
(メグちゃんはどうなのかな? 今度こそ当たりだといいけど)
風呂から出ると、妹が温めてくれていたマイコップを回収して、部屋に急いで戻って鍵を掛けた。
扉に耳を当てて妹が付いてきていないことを確認し、ホッと一息。詩鶴は夜那岐にもらった紙袋から、夕方の部活動でメソーラに肩を撃ち抜かれたブレザーとブラウスを出して、今度は溜息をついた。
(ああこりゃ、かけつぎの域を越えちゃってるな……)
まさか自分がデッドストックを作る羽目になろうとは。仕方がない。制服を購入すべく、詩鶴はパソコンを起動した。
3.
夕食を『祐輔の家で済ませてきたから』とパスして、浩二は2階にある自分の部屋へと上がった。何で連絡入れないんだとがなる母親に、適当に謝りながら。
悪かったとは正直思う。だが、夕方の一連の出来事は、余りに密度が濃すぎた。何と言っても、自分の手が吹き飛んでまた元通りに治るという奇跡を体験したのだ。家への連絡など、メソーラの最期のように霧散してしまったと言える。
浩二は右手をまじまじと見た。
「体が吹き飛ぶって、あんな感じなんだな……」
映画でヒーローは撃たれても動きが落ちない。そんなの絵空事だと頭で理解していても、どこか『自分なら大丈夫なんじゃないか。実は大したことないんじゃないか』という根拠の無い自信があった。が、それは夕闇迫るあの河原で、見事に打ち砕かれた。
思い出して、嫌な汗が体中から噴き出る。あれは、痛いなんてもんじゃなかった。銃で撃たれたショックで死ぬこともあるという話も、今なら信じられるだろう。
「なんだかな……」
我ながら矛盾してんな、と自嘲する。そもそも、メソーラからの攻撃から身を護るために、外道部に入ったはず。なのに、今じゃすっかりサポートとして体を張ってる始末。こんなはずじゃなかったのに。
気分を落ち着けようと、携帯オーディオプレイヤーに接続したヘッドフォンを装着して、ベッドに寝転がった。眼を閉じて、お気に入りの音楽に身も心も委ねる。そうしてしばらく、浩二は感情と思考をある程度整理できたような気がした。
「ほっとけないよな、あんなに一生懸命な奴……」
自身がスペシャルワン、すなわち誰にも想いが届かないという絶望的な――少なくとも思春期の男子にとっては――境遇にもかかわらず、愛美に、よりによって誰からも想いを寄せられないスペシャルワンである彼女に対してあきらめない。
そんな祐輔を、浩二は放置できなくなっていた。いや、今の境遇から助けるのは無理だとしても、せめて手助けはしてやりたいと思うようになったのだ。
あの日、神田と愛美が一緒に歩く姿を見たあと、祐輔に向かって浩二は言った。
『なんでお前が護らなきゃならないんだよ! あの子、お前のことまったく見てないんだぜ?』
祐輔の返事は、即答だった。
『だからこそだよ。あの子の恋を、メソーラから守らなきゃ。俺にしかできないんだし』
そして、愛美がスペシャルワンであると判明してから、もう一度問うた時も即答が返ってきた。
『それでも、あんな危なっかしい戦い方してる征城さんを護りたいんだ』
どうしてそこまでという問いは、それ以上続けられなかった。ガラにも無く、浩二のほうが気恥ずかしくなる答えが返ってきたから。
『好きなんだから、しょーがねーだろ?』
そしてその言葉を何のけれん味もなく吐ける祐輔を助けてやりたい。そう、力みなく思えたのだ。
くだらない自己陶酔だと笑われるかもしれない。でも、理屈じゃない。少なくとも、浩二にとっては。
思索に浸る浩二の耳朶に、ヘッドフォン越しの着信音が届いた。邪魔されたことに1つ、発信元を見てまた1つ。舌打ちを繰り返して、彼はヘッドフォンを外して迎撃体制に入った。
『浩二君、いつまで怒ってるの?』
山本は相変わらずだった。
『浩二君のこと悪く言ったのは、謝ってんじゃん。なんであんな奴のこと、そんなに構うの?』
「あんな奴だからだよ」
浩二の言葉を理解できない故の沈黙に向かって、浩二は自分でも驚くくらい穏やかに語りかける。そう、今日河原で見たあの馬上の王様のように。
「で、あんな奴のことを山本っちゃんが馬鹿にするのは構わない。でもそれが、俺が怒った理由だってことは分かってくれよ」
『分かんない。なんであんなのと一緒にいるの? ケイタ君とかリクトとか――』
ああ、そういうことか。浩二はやっと腑に落ちた気がした。
「お前それ、顔が基準なだけじゃん」
図星を指されて声を詰まらせたモトカノにさよならを言って、浩二は通話を切ると、目を閉じてうなだれた。それから起き直ると、スマホをクレードルに叩き付け気味にセットして、風呂に入るべく階下へ下りていった。
4.
夜那岐はリビングの床に両膝を突き、崩折れていた。愛美とレベッカが寝たあと、やっとブツの確認ができたのだ。ヘブローマ本部から空輸されてきた"理の外を紡ぐ法具"を前に、口から呟きが漏れる。
「どうして――」
祐輔と関わりあってからもう何回目になるのだろうか、この疑問とも嘆きともいえる台詞を吐くのは。
「どうしてこれなの? 佐上君に何をさせたいの?」
あるいは、死なせたいの?
そのブツとは、ジョーカーピーラー。I.A.の指にはめる付け爪のようなと言うべきか、爪付き指貫と言うべきか。5本の指用にちゃんと5つあるそれは表面に複雑な幾何学模様を象嵌され、細い銀鎖で繋がれている。
これは相応の体力と引き換えに、手中にある任意のカード1枚を万能札、すなわちジョーカーに変えるという代物。一見便利そうに聞こえるその効果は、"相応の体力"という代償によって相殺される。
例えばスペードの2をジョーカーに変えたとすると、まずその時点でスペードの2を使用したと同じ分の体力を消耗する。そしてジョーカーとJを使ったペア系のアルテを発動した場合、ジョーカーがJに再変化してさらに対応する体力が失われ、最後にアルテ発動による体力消耗が起きる。
つまり大火力による速戦即決を祐輔に求めているのだが、はたしてそれがオルガニーツァ相手に通用するのか。相手は単体で来るわけではないのだ。
(愛美ちゃんにベッキー、あの2人だけでは……せめて増援がもらえれば……)
せめて私が、先祖が行使していたような力を使えれば。
最後のは夢として、増援を重ねて要請するべく、日本支部に電話をかける。この期に及んで具体的なプランが提示されてない事に、焦燥を感じながら。
5.
そして3日後。メソーラが、駅前のショッピングモールに出現したとの連絡があった。
「市街地のど真ん中に来たわね」と夜那岐が眉をひそめる。
「どうした部長? 何かあるのか?」
後池の問いに、夜那岐はうなずいた。その表情は深刻な色をたたえている。
「オルガニーツァの出現事例は、全て市街地、それも中心部なのよ。偶然だとは思うけど……」
答えて頭を激しく振り、夜那岐は部員たちを見回した。
「もう一度、確認しておくわ。メソーラが火器に適応して堅牢化したように、オルガニーツァもこの世界に適応してくると思われる」
これまでに出現したオルガニーツァの共通項は、巨体であること及びその巨体を変化させる第2形態を取る場合があること、近衛兵と呼称する生命体を異次元にある巣から呼び出す場合があること、やはり日没とともに巣に帰る習性はメソーラと同じであること。この4つである。
「臨機応変に、ってことね。嫌いな言葉だけど。……じゃ、手筈どおりに」
言い置いて、夜那岐が部室を出て行く。彼女は先行して敵の戦力を偵察する役目だ。右田川が相変わらずゆったりとしたハスキーな声で、警察関係各所に後池の指示を伝達し始めた。
「さあ、行こうか」
祐輔は、あえて声を張った。敵の目標が自分であるなら、誰かに護られるのではなく、前に出て敵を倒したい。そう思ったからだ。といっても彼以外の戦力は愛美とレベッカしかいないのだが。
増援は来なかった。『いろいろ事情があるそうよ』と夜那岐は荒れていたが、要するにスペシャルワン1人(ないし2人)を護るよりも、フラクトゥス・アモリスを収穫されないことのほうがヘブローマにとっては大事なのだろう、と後池は推測し、詩鶴も同意していた。
増援といえば、
「ベッキー? 騎士団の人は?」
「風邪を引いたから寒い日本には行きたくない、だとよ」
「冗談、だよな?」と浩二がレベッカをにらむ。
「ああ、冗談さ!」とレベッカは机を叩いた。
「人の命がかかってるのに、冗談で返されたんだよ! むかつくぜちくしょう……」
「テッサだか鉄火丼だか知らないが、騎士団もヘボローマと同じ結論ってこったな」
後池の言葉は相変わらずだが、表情は渋い。警官としては人命第一なのだろう。
「なにへこんでんだよ」と祐輔はうなだれるレベッカの肩を軽く叩く。
「お前と征城さん。十分じゃん。浩二と詩鶴も、後池さんや右田川さんもバックアップしてくれるし」
「サガミ……」
目を潤ませたのはほんの束の間。レベッカは眼をゴシゴシこすると、精悍な顔つきになった。
「よし、行こうぜ!」
パトカーに祐輔、愛美、詩鶴が乗り込む。運転手役と、緊急走行時のナビゲーション役の制服警官2人が乗って定員一杯なパトカーとなれば。
「……変なところ、さわるなよ」
「なんべんおんなじこと言うんだよ! さわらねーよ! さっさと行け! ゴーゴー!」
レベッカのバイクに浩二がタンデムして、ロケットスタート!
「おーい! お前らは緊急車両じゃないぞー!」
助手席の警官がマイクでがなって、パトカーもサイレン鳴らして走り出した。
スピードに乗ったパトカーの車内で、祐輔は押し黙っていた。反対側に座る愛美が緊張をほぐそうとしているのか、祐輔との間に挟まれた詩鶴にぽつぽつと話しかけているのだが、詩鶴は適当にあしらって、じっとフロントガラス越しの景色を凝視している。
いや、違うな。
(運転の仕方を憶えてるんだな……無線の操作とか)
問題は運動神経と、足がペダルに届くかどうかだな、サイズ的に。そこまで考えて、祐輔は小さく吹き出した。
「! でしょ? 面白いでしょ、佐上君」
愛美の一言に、祐輔は内心で冷や汗を掻く。
(やべ、俺に話振られてたんだ!)
「でも、そこで犬は無いよな、普通」と詩鶴は前を見つめながらコメントしてる。
(こいつはこいつでちゃんと聞いているし)
愛美の声色はどことなく上ずったもので、緊張を紛らわそうとしているのがありありと分かる。先ほどの夜那岐の言葉が影響を及ぼしているのかもしれない。
(緊張しているのは俺も同じか)
国道にあるコンビニの角を曲がったとたんに銃声が聞こえ始め、警官が驚きの声を上げる。先行したレベッカがB.E.を使用しているのだろう。事前の連絡によって手際よく開けられていた車道の封鎖線を通過してすぐ、ショッピングモール前の駐車場が今日の戦場だった。
その10メートルほど手前で、パトカーが停車する。ブレーキの軋みを聞いて、祐輔は慣性で前のめりになるのを抑えながら、意識を戦闘モードに切り替える。そうせざるを得ないと、潜在意識が警告を発している。警戒しろ。覚悟しろと。
ドアを押し開けて転がらんばかりに飛び出すと、ひたすら異形の者に向かって走る。パトカーが急旋回して戻っていくのを背後に聞きながら走ることしばらく、ついに祐輔と愛美、詩鶴は現場に到着した。銃声とレベッカの罵声が、ショッピングモールの壁や駐車場のアスファルトに反響してうるさい。
「くそっ! ちょこまか動きやがって!」
夜那岐の棒手裏剣による影縫いまで回避して駆け回っているのは、強襲型メソーラだった。動体視力まで強化されているのか、まさに紙一重ながら攻撃をかわしている。そしてレベッカの弾切れからの装填、夜那岐の手持ちの棒手裏剣切れを狙って逆襲を掛けてくるのだ。
「すごい、速い…」
「征城さん、兵を展開して!」
祐輔は叫んで、雑兵とヘクトルを前面に撒いた。愛美も一瞬遅れて、ランスロットに防衛の軍勢を任せる。すると。
「ぬ、来たな」
メソーラが祐輔を視認するとにやりと笑い、とーんと後方へ大きくバックステップすると、指笛を勢いよく吹いた。
「なんだ?」
「祐輔! 前見てろ! 俺と能美さんで後ろ見るから!」
思わずキョロキョロしてしまった祐輔だったが、流れ弾を恐れて物陰に潜んでいた浩二が駆け寄ってきた。
だが、浩二の配慮は杞憂だった。
メソーラが歪む。いや、その3歩ほど前の空間が歪んでいるのだ。地面と垂直方向に大きく伸びた歪みはすぐに中心線が裂け、気味が悪いとしか形容しようのないグネグネの色彩が彩る内部をさらけ出した。
「やっぱり……来た……!」
夜那岐の歯噛みも遠く聞こえる。それほどまでにこの光景からくる精神的圧力は祐輔たちを押しひしぎ、1体の異形の者の登場をもって頂点に達した。
全高は3メートルほどだろうか、体表の複雑な文様を怪しく光らせながら、しずしずと祐輔たちのほうへ進み出てくる。顔は逆光でよく分からないが、微笑んでいるようにも見えるその表情は、いたって穏やかだ。その雰囲気に飲まれて静まり返った場を、銃声が破った。レベッカが、問答無用の先制攻撃を仕掛けたのだ!
「きさま、女王に対して無礼な!」
憤るメソーラを、異形の者――オルガニーツァは片手をひょいと上げることで制した。まるで、大したことじゃないと言わんばかりのその仕草を肯定したのは、当の発砲者だった。
「弾かれた、だと……」
祐輔も改めて前方のオルガニーツァを凝視して、愕然とする。被弾したはずのその胸元は、傷一つ付いていないではないか。
「いい腕だ」
女王はレベッカに顔を向けると、勿体無くもお言葉を発せられた。
「褒めてつかわす」
ギリギリと歯軋りをしてにらみつけるレベッカを無視して、オルガニーツァは祐輔たちを見すえたまま言った。
「お前は帰ってよい」
恭しく一礼して、メソーラは後ろにできた空間の裂け目に身を投じた。
「……余裕だな」と詩鶴がややあっけにとられた声を出す。
「つか、思いっきり日本語しゃべってるんだけど」と浩二も拍子抜けした様子。
「ふふ、そなたらとの交渉事には、言語の習得は欠かせぬからな」
「交渉……?」
祐輔が抱いた疑問は、天から降ってきた忍びによって中断された。気合いもろとも夜那岐が棒手裏剣を放ち、オルガニーツァの前に伸びた影の四周を地に縫い付けたのだ。
「今だ!」
浩二の叫びを合図に、祐輔と愛美はアルテによる攻撃を開始する。祐輔の手札は、
スペード9 クラブ3 ハートA スペードJ クラブJ
「ならば!」
祐輔は手袋に装着したジョーカーピーラーの親指の爪でクラブ3の表面を引き剥がした。ベリベリと嫌な音を立ててクラブ3の表面が剥がれ、道化師――ジョーカーが現れる。
「行けっ!!」
<< Lance Charge >>
祐輔が気合いとともに放った札たち。ジョーカーはヘクトルがすでに出ているためラ・イルに変化し、オジェ・ル・ダノワ、ランスロットとともに馬上槍を掻い込んでメソーラめがけて突進する!
愛美は詩鶴の助言でダビデと雑兵を召喚して、弓兵隊を編成した。
「射よ!」
そのダビデの号令一下、十数名が弓につがえた矢を放つ!
現状でできる最高の攻撃。そのはずだった。しかし、オルガニーツァの挙動は祐輔たちの想像を超えていた。
自身に迫る騎馬突撃と矢の雨を目の当たりにしても動じたふうの無いオルガニーツァの背中から、腕が生えた。合計6本にもなったそれは放射状に広がり、そして――
「飛んだ?!」
オルガニーツァの体が、まるで綱か何かに引っ張られたかのようにすっと飛び上がったのだ! 膝も脚も曲げることなく、つまり予備動作がほとんど無かったからこそ引っ張られたのだと感じたのだが、その結果として攻撃が全て奴の真下を素通りしてしまった。
「なにあれちょーのーりょく?」
「おいおいどーなってんだ?!」
愛美と浩二が動揺する。祐輔も呆れ半分焦燥半分で声を失ったが、詩鶴は冷静だった。
「よく見ろ」と逆光に手をかざして言う。
「あの背中の腕の先から糸が生えてる」
なるほど言われてみれば、背中に生えた計6本の副腕が複雑に動き、その掌にある口状の穴から糸のような透明の物体がショッピングモールの外壁や駐車場の外灯に伸びていた。
「なるほど、それで市街地に出てくるのか……」
祐輔の呟きが聞こえたのだろう。副腕を操って複雑な経路で先ほどとは違う場所に降り立ったオルガニーツァが、彼に向かってその笑顔をさらに大きくした。
「そう。お前たちの建物は頑丈だから、実に快適だ」
さて、と女王は居住まいを正した。
「攻撃させてもらうぞ」
その言葉に身構えた祐輔たちに向かって、オルガニーツァは副腕全てを突き出した。しゅっと言う音とともに掌の口から糸が吐き出され、軍勢を襲う!
愛剣で弾いたヘクトルとランスロット以外の雑兵が4名貫かれて、霧散してしまった。
「くそっ! あんな遠くから!」
祐輔はハートが4枚揃ったところで、残りの1枚をジョーカーに変えてアルテを発動!
<< All hands assault >>
元の手勢に加えたひとかどの軍勢で、ヘクトルが突撃を仕掛ける!
「ふふ、残念ながら亡霊のオスに迫られてもねぇ」
戯言を放ちながらオルガニーツァは副椀を使って、また宙に逃れた。詩鶴の声が背後から飛ぶ。
「今です! ダビデ王!」
「うむ!」
ダビデが、今回は自前の投石器で石つぶてを放った。だが、それはまるで大暴投のように標的であるはずのオルガニーツァの、副椀でガードした頭上を越えてゆく。……いや違う。詩鶴がダビデに狙わせたのは、
「むぅ! 糸か!」
オルガニーツァが建物の外壁に貼り付けた副腕の糸だった。それが石つぶての直撃を受けてふっつりと切れたために、オルガニーツァは空中で留まるすべを失った。それでも他の副腕を動かして、ある腕はヘクトル勢を迎撃し、別の腕は他の築造物に糸を吐いて逃げ切ろうとする。
「させねぇ!」
その声は、レベッカのものだった。祐輔が視界の端に捉えていた彼女は、オルガニーツァに皮肉交じりの賞賛をされて以来唇をかみしめて戦況を見守っていた。その拳銃が突如吼え、ダビデに倣って糸を断ち切った。落ちたオルガニーツァにヘクトル勢が雄叫びを上げて襲いかかる!
副腕による迎撃を受けながらも、ヘクトルと雑兵たちはオルガニーツァに一太刀浴びせ、そこで効果切れとなり無念そうに消えていった。
祐輔は肩で息をしながら、敵が立ち上がるのを雑兵の壁越しに見ていた。
「小僧、大丈夫か?」
カエサルの懸念に作り笑顔で答えて、祐輔は問うた。ここからどうするかを。
「恐らく奴は、手を変えてくるだろう。前衛をもっと厚めにしろ。愛美殿も。小僧はアルジーヌ、愛美殿はラケル殿を配置。ダビデ殿は副腕の先を潰せませんか?」
「やってみよう」
カエサルの指示に素直に従い、祐輔と愛美が戦力の再配置を終えるか終えないかという時に、女王の次なるお言葉がこちらに向かって発せられた。
「ふふ、やはり1対3ではちと分が悪いか。なかなかやるな」
「私をわざと勘定に入れないで怒らせようとしても、無駄よ」
夜那岐の嘲りに対して、さらなる嘲りが返ってきた。
「そう憤るな、老婆よ」
「だ、誰が!!」
「そなたの影縫いは、わらわには効かぬ。ゆえにそなたは戦力の外。事実であろう?」
さて、とオルガニーツァは話題を変えた。
「また攻撃させてもらうぞ」
「来るぞ、祐輔!」
「メグちゃん、ドロー忘れてる!」
一気に緊迫感を高める祐輔たちの意表を突いて、オルガニーツァは後ろをちらと振り向くと、右手を軽く上げた。すると、彼女の後方10メートルほどの路面に、小さな空間の歪みが生まれた。
「さあ、参るぞ!」
向き直ったオルガニーツァが副腕を前に突き出したかと思うと、その口に胸元を噛ませた。
「な、何してるんだ?」
「小僧! 攻撃だ!」
あいにく化身が誰もいない。それでも動きが止まったこの時ならばと、祐輔はI.A.に持っている全ての手札を投げ、攻撃を命じた。愛美もそれに倣う。都合30名ほどの雑兵が槍を低く構えて敵めがけ疾走する後ろ姿に、祐輔は祈った。
何かが起こる前に奴を串刺しにしてくれ、と。
そのころ部室では、後池と右田川が監視カメラの映像に見入っていた。ショッピングモールの駐車場脇を通る歩道に立つ電柱。それに取り付けられた監視カメラを、県警に依頼して目一杯駐車場側に向けてもらっていたのだ。おかげで祐輔たちの姿はカメラの撮影範囲外ではあるものの、オルガニーツァの攻防はどうにか観戦できていた。
「画像の精度、もうちょっとなんとかなんないっすかねぇ」
右田川がのんびりした声を出しているが、さすがに表情は硬い。こちらの攻撃がしのがれ、かわされているのを見たのだから、無理もないと後池は思い、すっかり冷めたコーヒーをすする。
あれを目の当たりにしている夜那岐たちは、後池たち以上に重圧がかかっているだろう。特に夜那岐には攻撃手段が何も無いのだから。
「佐上君、大丈夫っすかね」
「何がだ?」
「だって一昨日、ぶっ倒れちゃったんでしょ? あのジョーカーなんちゃらの使いすぎで」
夜那岐に手渡されたジョーカーピーラーの試験を、その日出現したメソーラに対して行った祐輔であったが、いろいろ試しているうちに半ば意識を失い、うずくまって動けなくなってしまったのだ。
「それでも一晩寝りゃ回復するんだから、若いってのはうらやましいぜ」
同意の印にうなずく右田川を見るともなく見ながら考える。
ヘブローマもテッサリア騎士団も、どうにも敵に対する姿勢が理解できない。異空間に存在するのが1体のみではないとはいえ、敵の女王を倒す機会が到来しているというのに。
敵に対してだけではない。身内に対する処置もおかしい。これでは現場の人間は『やってられない』との思いが強くなることは避けられないだろう。いざという時に守ってくれない組織に対する忠誠心を期待する、というのか。それほどまでに両組織の構成員というのはおいしい仕事なのか。
後池は夜那岐ほかのコーディネーターやスペシャルワンたちを何人も見てきたが、とてもそうは思えない。では、彼らはなにに縛られているのか?
後池の沈思は、右田川の素っ頓狂な叫びで破られた。
「なんだありゃ?! 膨らんでる?」
慌てて集中したモニターの向こうで、オルガニーツァの身体が膨張を始めていた。
5.
軍勢の突き出した槍衾の穂先は、確実にオルガニーツァを捉えたように見えた。だが、歓声を上げかけた浩二の気勢が途中で止まる。
「なんだよあれ……」
吐き捨てるようにつぶやく祐輔の横で、もはや言葉もなく震え始める愛美。詩鶴が、彼女だけは平静を保ったような声でつぶやく。
「第2形態か?」
オルガニーツァの副腕が、前面の体表をその口で毟り取った。いや、正確には体の正中線から2つに割れた皮膚を後ろへ開いたのだ。開いた内部からは内臓ではなくオルガニーツァの肉体が現れ、それは瞬く間に膨張した。膨張は前方向にとどまらず、上へ、横へ拡大する。
兵たちの突撃は膨張によって皮を刺したのみ。無念の声を上げながら、兵は消えていった。そして、攻撃を食い止めても膨張と拡大は止まらず、祐輔たちの眼はオルガニーツァの威容をいやでも見せつけられることとなった。
体高は5メートルほどになり、肩や胴回りは2倍、いや3倍にもなったか。副腕は消えたが、背に負うランドセルのような大仰な瘤が不気味さをさらに際立たせている。脚も腕も、頭までが相応に増大した女王は、しかし変わらず笑みをたたえて言った。
「さあ――」
祐輔たちは弾かれたように身構える。
「蹂躙してつかわそう」
オルガニーツァの背後に開いた空間の裂け目から、いくつもの影が踊り出た!
「近衛兵だ! 円陣を組め! 回り込まれるぞ!」
カエサルの良く通る声にヘクトルとランスロットが反応し、たちまちのうちに雑兵が祐輔たちの全周を囲む。近衛兵は強襲型メソーラよりシンプルな――なんといってもヒトの服装すら着用していない――フォルムのヒューマノイドタイプだ。すぐには数え切れないほど多く、また軽量ゆえ機動力のあるそれらに円陣の周囲を囲まれて、防戦一方となった。
独り離れた位置にいたレベッカは、一度マグポーチの中を探るとぐっと唇を噛み、走りながらの射撃を始めた。だが、こちらにも近衛兵が4体、付かず離れずの翻弄を始める。
祐輔はジョーカーピーラーでペア系の、愛美は詩鶴の札読みでストレート系のアルテを繰り出そうと四苦八苦していた。その間にも、円陣が近衛兵に少しずつ削られていくのだ。もはやカエサルまで剣を抜いて防戦に加わっているほど敵に肉薄されているさまを目の当たりにするのは、実に心臓に悪い。
いや、それだけじゃない。アルテを繰り出した後、祐輔は胸を押さえた。先日と同じようにかがみこんでしまいそうになるのを、ぐっとこらえる。
「佐上君!」と夜那岐が身体を支えてくれた。
「祐輔! お前はもう止せ! あと5分だ!」
その時、突如近衛兵たちが円陣を離れた。祐輔が重い頭を振ってレベッカを探すと、銃をだらんと下げた彼女を駐車場の隅に見とめた。その表情は重い。
「助かったの? わたしたち……」
「違うな」
安堵の声を出す愛美と、それを否定する詩鶴。正解は、幼馴染のほうだったようだ。
「ふふ、少々お遊びが過ぎたようだ。勇敢な少年よ、感謝してつかわす」
遠回しに名指しされて、浩二がキョドるのに構わず、オルガニーツァは祐輔に向かって話しかけてきた。
「わらわの力は、そなたの周りの壁の薄さで理解できたであろう?」
確かに、損耗率で言えば7割を超えている、と祐輔は青息吐息の中で推量した。圧倒的な戦力差であることも、自覚する。
「さて、汝に問おう。わらわの元で、メソーラとして働かぬか?」
祐輔の直視を勧誘の続行可と判断したのだろう、女王は相変わらずの落ち着いた声色で話し続ける。近衛兵たちは女王の背後に整列を始めた。
「汝はこのまま生き続けても、生涯誰にも愛されることなどない。汝の恋は全く実らぬ。そんな境遇に汝を産んだ、この世界が憎くないか? 汝が孤独に苦しみもだえる傍で、恋をし、伴侶を見つけ、家族を為す。そんな奴らが憎いとは思わぬか?」
オルガニーツァは右の手を、20歩ほど離れた祐輔に向かって差し出す。
「わらわの元に参れ。さすれば、力を与えよう。この世界に復讐できる力を。ヒトを絶望の淵に叩き込める力を。その理の外を紡ぐ法具の使用者ならば、さぞ強きメソーラとなれる」
オルガニーツァの顔と手は、愛美にも向いた。
「そなたもだ。歓迎するぞ」
改めて突きつけられた現実は、祐輔の心に深く突き刺さった。愛美も同様なのだろう。苦しげにうつむいた彼女は、すぐ顔を上げると祐輔を見つめてきた。その瞳は揺れている。
誰も、何も言わない。止めるのが義務のはずの夜那岐すら、祐輔の身体を支えたまま、彼の顔を見つめている。その顔に微笑んで、祐輔は夜那岐から離れた。重い足を動かして、円陣を抜けて前に出る。愛美たちの息を飲む音や化身たちのざわめきを背に、祐輔は勧誘者に言葉を発した。
「……3つ、質問させてくれ」
勧誘者はうなずき、無言で続きをうながす。
「まず、あんたは嘘をつくか?」
ほぉ、と詩鶴のつぶやきが聞こえる。オルガニーツァは取り澄ました声で答えた。
「女王は虚言を弄さぬ」
「じゃあ、2つ目だ」
祐輔は、自分の少し後ろに立ちすくんでいる愛美を指さして言った。
「俺がメソーラになれば、征城さんに俺の想いが通じるようになるのか?」
「! そ、それは――」
「どうなんだ?」
「……ならぬ」
勧誘者の表情に揺らぎが見えた。祐輔は淡々と続ける。強まり始めた逆風に負けないように、足をしっかりと踏みしめて。
「3つ目。征城さんも一緒にメソーラになったら、付き合えるようになるのか?」
「……ならぬ」
「じゃあ」祐輔は背筋を伸ばした。「お断りだ」
背後のざわめきに混じって、ランスロットの静かな感嘆の声と、カエサルとアルジーヌの低く笑う声が聞こえる。それも加味されたか、オルガニーツァは眉根――それらしき顔面上の隆起――を寄せた。
「汝はこの世界のことなど、どうでもいいというのか?」
「そうじゃない」
祐輔は背筋を伸ばしたまま、困惑の色を隠さなくなった勧誘者から眼をそらさず語り始めた。
「俺はあんたらと戦って、戦い続ける。その結果――」
少しだけ苦しげに顔を歪めたが、それを振り払うようにもう一度声を上げる。
「――俺がたとえ孤独なまま死ぬんだとしても、この世界のみんなが誰かを好きになって、結婚して、子供作って、世界を回していく。それを護りたい。そうすれば、お前らからフラクトゥス・アモリスを回収し続ければ、征城さんもその輪の中に入れるんだ」
祐輔はいつもの穏やかな笑顔で締めた。
「だから、真っ平御免だ」
オルガニーツァは残念そうに手を振った。
「今日はこれまでにしよう」
後退しながら、なおもオルガニーツァは話し続けた。
「汝の生体パターンは憶えたから、明日からはメソーラで釣り出すような真似はせぬ。直接会いに参る。汝の命を刈るために」
オルガニーツァは空間の狭間に身を投じざま、もう一度鷹揚に手を振った。
「また会おう。恐ろしき男よ」
駐車場のアスファルトに空いた狭間がすっかり閉じても、祐輔は決意を秘めた目でそこを見つめ続けた。




