ルリアラ・カロラ
ヘクセライ教王皇国。
皇都の中心部に存在する王宮。その中にリームの執務室があった。
執務室で、リームは重厚な椅子に座り、立派な執務机の上に有る報告書に目を通していた。
ガチャリ。
執務室の扉が開き、大柄な男。まるで、プロレスラーみたいな男性が入ってくる。
先日ミリ達と行った戦場。そこにいた上官男性の上司。師団長だった。
彼は部屋に入ってくると、リームが座る机の前で止まる。
それを見たリームは、師団長が口を開くよりも先に、師団長に問いかけた。
「どうであった?」
リームが鋭く訪ねると、師団長はビビった様にビクッとする。彼はびくびくしながら、ビシッと敬礼した。
「はい!吐きました!ディオス公爵が仰るとおり・・異界の人間がかかわっていました。
若い女性らしいです!レイン様と同じく、黒髪黒目の人間との事で・・その女性がヒナワジュウと、タイホウの作り方を指導したそうです。イオウは、南方貴族。ルリアラ・カロラの仕業でした」
ルリアラ・カロラ・・・奴隷制度撤廃を、教王に願い出ていた貴族で、大陸南部に大領地を持つ伯爵だ 。
大陸の南には、大陸唯一の貿易港がある。
此処でのみ、人間の住む大陸との貿易が許されている。
カロラ家ならば、イオウの入手も容易だ・・・
なんせ、自分達が貿易を取り仕切っているのだから・・
「カロラ家か・・たしか・・夫人の恋人が奴隷だったな・・」
そう・・・・・
ルリアラは、自分の家に使えていた戦闘奴隷と恋に落ちた・・・
しかし、その頃。当主であった前カロラ伯爵が猛反対。
家族や親類も、二人の仲を認めはしなかった・・
前カロラ家伯爵は、他家に嫁いでいた自分の姉の、子供。
つまり甥と、ルリアラを無理矢理結婚させた。
そして・・カルラ家の当主が亡くなった今は、前当主の甥がカルラ伯爵をしている。
「カルラ伯爵夫妻を呼んでこい。今すぐにだ」
「はい!」
師団長が部屋を出て数分後。
師団長は、伯爵夫妻を連れてきた・・リームは、二人が南部にいると考えて居たので、数日かかると考えていたのだが・・既に王宮にいたらしい。
もしかしたら、既に兵士達が尋問していたのかもしれない。
入ってきたのは、細い文官風の貴族男性と、スラリした美女だった。
二人は、暗い顔をしながら部屋に入ってくる。
リームが、口を開くより早くカルラ伯爵が頭を下げた。
「申し訳有りません!私の監督不行き届きです!よもやこの様な事をしでかすとは!」
カルラ伯爵がリームに頭を下げる。
しかし、夫人はピクリとも動かない・・
カルラ伯爵は、そんな妻を睨み付けた。
「ルリアラ!頭を下げろ!」
「嫌」
伯爵夫人ルリアラは、夫を見もしない。
目線は、まっすぐリームを見ている。
「ルリアラっ!」
カルラ伯爵は妻の名を呼び、無礼だと叫ぼうとするが・・・リームに睨まれて口をつぐんだ。
「ディオス公爵様。私は死罪でも何でも構いません。
しかし・・私の遺体は・・罪人墓地に葬ってください。
汚らわしいカルラ家には・・・髪の毛一本たりとも、渡さないで下さい!」
ルリアラはそう、一気に捲し立てる・・・
彼女は、覚悟を決めた目をしていた。
「何故?死罪だと?」
リームは、チラリと夫妻の後ろにいる師団長を睨む・・何を言った・・
「私が・・奴隷達に力を貸した事は、もう誤魔化しようが有りませんわ」
ルリアラは、フッとヤケクソ気味に笑う。
リームはそんなルリアラの目を、じっと見た。
「カルラ家が憎いか?」
ルリアラの目に、憎しみが篭る
そして・・激しい殺気が体から溢れていた。
「憎い・・私の愛しいあの人を父と、この汚らわしい男は、切り刻んだ上に獣の巣に放置したのです!
あの方が、いなければ死んでいたわ!
私の体を汚し、私と・・私とあの人の子供も!生まれた直後に森に捨てたのよ!憎くて・・憎くて・・」
唸るように、叫ぶルリアラの口元からちが一筋流れる・・・どうやら口を噛みきった様だ。
この汚らわしい男!と呼ばれた伯爵は、苦々しげに妻を見ている。
「だから殺したのか?」
ルリアラは・・目を見開いてリームを見た。
カルラ伯爵は、信じられないモノを見るような顔をする。
・・まさか・・・・・
「叔父上は御病気で・・・」
「・・・フフフさすがはディオス公爵・・・気づきましたか・・」
ルリアラは不気味に笑った。
そう・・前カロラ伯爵は病死等ではなく、ルリアラが殺したのだ。
ルリアラは、前伯爵の食事に少量づつ・・毎日毎日、遅効性の毒を盛っていた。
半年位して、伯爵が寝たきりになると、今度は薬と偽って毒を飲ます・・伯爵は、徐々に弱っていたので皆。病気だと考え高名な医者や、治癒術士を頼ったが・・病状は良くならなかった。
当然だ。ルリアラが、医者の出す薬を毒とすり替えていたのだから。
ルリアラは、子供を守りたかった・・・
けれど、守れなかった・・父に出産と同時に連れ去られ、どのように殺したかと、どうなったかを事細かに口にした。
子供を産んだお前が悪い・・・
奴隷の子を産むなど、カロラ家の恥だからだと。
だから・・ルリアラは恋人が殺され、子まで殺され悲嘆に暮れる中。父親の殺害を実行した。
愛しい人の子供の、仇をとるために・・・・・
「ルリアラ!何て事を!」
激しい怒りを抑えられずに、カロラ伯爵がルリアラに掴みかかる。それを師団長が止めた。
「師団長!」
「やめろ!ディオス公爵の前で!」
リームは騒ぐ二人を、静かに見つめてから行けと手を降る。
「師団長。連れていけ・・尋問は任せる、必ず吐かせろ」
師団長は、カロラ伯爵を押さえながら敬礼する?
「はっ!」
カロラ伯爵を拘束した師団長は、カロラ伯爵とルリアラを連れて執務室を後にした。
その日の深夜。
冷たい拷問室で、半裸の女性が呻いていた。
背中には無数の鞭の痕・・血が滲みとても痛そうだ。
師団長が、遠慮無しにルリアラを拷問したのだが、結局口を割らなかった・・・
剥き出しの背中は、傷のせいで熱をおび始めている。
拷問に休憩はない。師団長は鞭を振り上げる。
しかし・・師団長はもう鞭を振るう事はできない。
両手が無いからだ・・・
正確には、彼から見えない場所に転がっている。
・・突然切り落とされたのだ・・・
「だっ誰だ!」
団長は突然腕がなくなり、痛みと混乱で狼狽えながら叫ぶ。
すると、暗闇から、若い女性の声がする。
「霧隠才蔵!」
「キリガクレ?」
師団長は困惑した。
・・キリガクレ?聞いたことすらない・・・
「フェイだ」
暗闇から、呆れたような男性の声がする。
すっと暗闇から、二十代くらいの赤髪の男性と、十代後半くらいの女性が出てくる。
男性の持つ刀の様な剣は、真っ赤に濡れていた。
数時間におよび、拷問されて弱っていたルリアラは、男性の声を聞いて痛みを忘れて叫ぶ
「フェイ?フェイ!ああ・・・もう会えないと・・・」
泣き出すルリアラに、フェイは駆け寄って鎖を引きちぎる。
・・・怪力だ・・・・・
ガシャン鎖が地面に落ちる。
ルリアラを引っ張っていた鎖が切れたことで、自由になったルリアラの体が地面に倒れる前にフェイが彼女を受け止める。
「大丈夫か?ルリアラ」
「うん・・ありがとう・・大丈夫・・だよ・・・」
フェイは、ルリアラを大切そうに優しく抱きしめる。
彼は、バキンバキンと手枷を砕く。
ルリアラはフェイに微笑んだあと、フェイと一緒に、走りよって来た女性に自慢げに笑った。
「・・ユウコ・・何にも喋ってないわよ・・・」
ユウコと呼ばれた女性が、抱き抱えられている同年代の、ルリアラの頭をヨシヨシと撫でる。
「偉い!あら?フェイ!他の兵士達が来たみたい!長居は禁物よ!」
フェイはルリアラを抱き抱えて立ち上がると、何か言いたげに両手から血を流し続ける師団長をみる。
殺気が凄まじい・・・・・
「心配しなくてもあの出血なら確実に死ぬわよ!ほら!行くわよ!」
フェイはフィッと、師団長から視線を外して、ユウコの手を取った。
「転移!」
パッと三人の足元が光一瞬で三人が消える・・・・・
ギイイイ・・・重い音をたてて、拷問室の扉が開かれる。
二人の兵士が、呑気な声で拷問室に入ってきた。
「師団長!交代で・・!?師団長!どうしました!」
部屋の中は、悲惨な状態だった。
拘束用の鎖がバラバラに散乱し、部屋の中心部では、師団長が血を流して倒れていた。
慌てて兵士達が駆け寄り、自らの上衣を使い止血をする。
「俺が、止血をしているから治癒術士連れてこい!早くしろ!」
「分かった!」
兵士は急いで、地下の階段をかけ上がる。
彼は、地上の扉をバンと開け放ち兵士は叫んだ 。
「師団長がやられた!治癒術士を早く!」
師団長が死んだ・・
治癒術士が、数人ががりで治療したが、治療のかいなく師団長は亡くなった。
・・・出血死だった・・
葬儀が終わり、リームは現場の拷問室に来ている。
彼は、床に仄かに残る魔力を感じた。
・・レインに似た魔力だ・・・・・
「・・異界の娘か・・・」
リームは静かに目を伏せた・・・
奴隷達の援助をしたのは、貴族令嬢でした・・・・・
次はもう一人の召喚者のお話です!




