目指せ!シナヨ!
国宝を渡されてから丸一日。
緩やかな晴れの昼下がり、王妃の私室に穏やかな笑い声が響く。
ユリナとイデアとミンスは、王妃の私室で優雅にお茶を楽しんでいた。
この世界に三食の概念は無く、庶民は大体 家で朝食を食べて仕事に行き、帰って夕食。又は外食をする。
なので、定食を食べるような軽いレストラン等はない。
外食をしようとすれば、酒場位しかなかった。
貴族などは外食をせずに、お抱えの料理人に作って貰うのが普通だ。
パーティー等は、主催者の屋敷で行いその家の料理人か料理を作る。平民はお茶もしない。
しかし、貴族や王族は習慣として、昼頃にお茶を飲みながら軽食を食べる。
それに今、ユリナ達はお呼ばれしていた。
本日のお茶のメニューはサンドイッチとスコーンだ。
ジャムとクリームが添えられている。ん〜甘くておいしい!
四人がお茶を飲みながら、楽しく王妃と話をしていると・・・・・
バン!!
派手な音をたてて扉が開かれた。
犯人はグレルだ。
彼は、大量の荷物を抱えてる。
その腕に、鬼の形相になっている初老の婦人がすがり付いていた。
彼女が止めるのも聞かず、強行突破したらしい・・・・・
「グレルさん!前触れの間すら待てないんですか!王妃様に失礼でしょう!止まりなさい!止まりなさい!・・・あ!・・王妃様!申し訳ありません!」
王妃は呆れた様に力無く笑い、グレルにすがり付く女性、マグダリアの女官長を労う様に言った。
「女官長・・・いいわ・・ユリナ狂いの騎士は・・・誰にも・・止められないもの・・・・・ありがとう」
女官長はグレルから、離れ悔しそうに顔を歪めながら頭を下げる。
「はい・・」
女官長が離れると、グレルは王妃に軽く頭を下げてから、嬉しそうにしながらユリナに叫ぶ(グレル!不敬罪で捕まるぞ!)
「ユリナ!薬できたぞ!」
自慢気に胸を張るグレル。それを見ながらユリナハは目を見開いた。
「もう!早っ!」
通常この薬は熟練者でも一月はかかる・・・・・1日2日ではできる物ではない・・・・・
グレルはユリナにニッと笑う。
「三人でしたからな・・・・・つうか・・・シュエ器用過ぎでさ・・」
グレルが呆れたような、化け物を見るような目でシュエを見ながらユリナに言った。
グレルは荷物を抱えたままで、ユリナに近付いてくる。
グレルの後ろからイグニスが入ってくる、彼はウンザリしたように苦笑いしている。
そして、その後ろにシュエが続いていた。
因みに女官長は次々に入ってくる無礼者達を、恨みがましい目で睨んでいる。
イグニスは睨んでくる女官長を、全く気にせず、愛しのイデアに乾いた笑いを浮かべて近づい来る・・・・・女官長に睨まれるのは何時もの事みたいだ・・・・・いつも怒られる事をしてるのか・・・・・
「途中からシュエも調合してたんだよ・・・・・俺は・・無理だった・・緻密すぎて・」
疲れた顔をしているイグニスを見ながら、イデアはフフッと笑った。
「イグニス様はパワータイプだものね」
彼は握りつぶすのは得意なのんだけど・・・・・イデアがお茶を一口飲んでカップを置く。
イデアの横に座っているユリナは、イグニスの後ろで無表情で立っているシュエを、上から下までじっくり見た・・・・・シュエはユリナに見つめられて幸せそうに目を細める・・何が嬉しいんだよ・・・あんた・・
「シュエ・・・凄いね・・薬師の修行もしてないのに・・・・・」
ユリナに言われて、シュエはフッと笑う・・・・・何か自信満々だ・・・・何か・・グレルと似てきたな・・・・・行動・・・・・
「以外と簡単だったぞ?菓子を作るのとあまり変わらない」
シュエは手でボウルと泡立て器(ユリナがシュエに言って作ってもらった。泡立て器がないとケーキに生クリームが!)を持って泡立てる仕草をする。
彼はユリナが幼い頃からユリナの為に、頻繁にケーキやタルトを作ってユリナに捧げている。
彼の菓子職人(ユリナ専属)歴は長い
イグニスは、ケーキを作ると言うシュエを見ながら驚く。
「お前。次期公爵なのに菓子なんてつくるのか!」
体全体で驚きを現す(大袈裟だよ!)イグニスをシュエが生クリーム作りの、ジェスチャーを止めて冷静な口調で答えた。
「ええ。ユリナが食べたいと言う菓子は殆ど売って無い上に作り方もユリナしかしりませんから」
だから自分が作る。シュエはユリナが喜ぶなら、金も労力も惜しげもなく使う・・・・・成人してない頃は祖父に金を出して貰ったが(タンペットは国一番の騎士だった。個人の貯蓄は国の予算並み。金持ちのタンペットは、孫がユリナの為に買いたい物が有ると聞けば、一切渋ること無く買い漁った・・・・・タンペットはユリナを孫の様に可愛がっているので惜しげもなく散財している・・・・・実際、物欲の余り無いタンペットには大していらない金だし)
シュエの話を聞いて、イデアはハッとしてシュエを見る。
「あっ!日本のお菓子ね・・・・・前くれた桜餅・・・・・もしかして・・・・・」
シュエは、ああと考えるよう遠くを見る。
「ああ。あの餅という菓子ですか・・・・・ハヤワーン諸島の島で作られた、ベイという穀物がユリナの言う食べ物に近かったので・・・・・それを使いました・・・・・種も仕入れて、我がメチェーリ家の領地でも作り始めてます」
シュエはフッと笑う。
バッとイデアはユリナの顔を見る。そして、希望に満ちた顔でユリナに・・・・・
「マジ・・もしかして・・・・・・・」
ユリナはイデアに見つめられ、イタズラが成功したようにニッと笑った。
「味はまんま日本米。古代米みたいな感じかな・・・・・」
瞬間。イデアはガシッとユリナの肩を掴む。
「国に帰ったら私にも!」
日本人だった彼女は、米に飢えていたらしい・・・・・日本人は米を愛している・・・・・まあ、余り食べない人もいりが・・・・・
「大量生産に成功したらね」
ユリナが言うとイデアがウンウン頷く。
米。ベイは、輸入するにはむちゃくちゃ高い品なのだ・・輸送コストが無茶苦茶 高い・・・ハヤワーンは遠いから・・・・・
「ユリナは作らないのか?」
イグニスはあれ?と首を傾げてユリナに聞いた・・・ユリナは・・感情の見えない顔でニッコリ笑う・・・・・何か怖い・・・・・
「パンも焼けない私に出来るとお思いですか?」
菓子作りとパン作りは、とても繊細・・・・・不器用なユリナには無理だ。
「・・・・・すまん・・・・」
イグニスは反射的に謝る・・・・俺・・王太子だよな・・扱い酷くないか・・・・・・
ミンスはユリナが菓子を作れなかったと知って、日本のお菓子を再現出来た事を不思議にお思いシュエに聞いた。
「シュエは・・・・・どうやってお菓子の作り方を教えてもらったのですか?」
作れない奴にどうやって?ミンスは頭に疑問が浮かぶ。
「大体の作り方と食材の感触と味をユリナから聞いてから、料理人に存在するか聞いた」
凄すぎる・・・・・根性が凄い
「頑張りましたね・・・・・」
王妃はため息を吐くように、言葉を吐き出した・・・・・それ以外言葉が見つからない・・・・・
「ああ・・しかし・・・あれが見つからないのだ・・・・・」
シュエが苦しむような、悔やむような・・・そんな顔を片手で覆う。
「あれ?」
王妃は不思議そうにシュエを見る。
彼の根性なら大陸中を探してそうなのに・・・存在しないかも・・
「梨だ・・・・・甘くてシャキシャキした触感で、林檎に似ている果物らしい・・・・・タルトにすると美味しいらしいが・・・・・」
王妃は知らないようだ・・・・・ヘェーと興味津々に聞いている。
イデアとユリナは絶望的な顔で項垂れている・・・あの味はもう味わえないのか・・・・・
ミンスだけは、うーんと考え込んでいる。
「・・・・・甘くて・・・・シャキシャキ?もしかして・・・・・あれかしら・・・・・」
ミンスの言葉にイデアとユリナがミンスを見る・・・・・穴が空きそうな程凝視する。
シュエはミンスの言葉に反応し彼女に詰め寄る。
「有るのか!大陸中の国の出身者に聞いても分からなかったのに!」
詰め寄ってくるシュエに、気圧されながらミンスは語り始めた。
「人の大陸出はなく・・・神族の大陸です。たしか シナヨって名前の果物が・・そんな触感だったような・・・・・」
ミンスの台詞を聞いた瞬間に、ユリナは興奮して立ち上がる。
座っていた椅子が、ガタンと音をたてて倒れた。
「行こう!今すぐ行こう!薬出来てるんでしょ!今すぐ!」
「ユリナ落ち着いて!」
「シナヨは逃げませんから!」
今にも出て行きそうなユリナを、慌てて立ち上がったイデアとミンスが、必死で宥めて引き留める。が、止まらずユリナはシュエに駆け寄る。
「行こう!シュエ!シナヨが待ってる!」
シュエはユリナを受け止めて、ユリナの頭を軽く撫でる。
そして・・・・王妃の方を見て口を開いた。
「では、王妃陛下そのように国王陛下にお伝え下さい」
いきなり出発が決まった。
国からの命令なら、普通はもっと大々的に、出て行くのが本当だ。世界を救う旅なのだから・・・・・しかし、行く気満々だ・・・・・止めるのは不可能・・・・・上位術士が味方だし・・・・・
「・・・え?・・・うん・・・・分かったわ、行ってらっしゃい・・・・・頑張って・・・・・」
これしか言えない・・・・・
まあ、準備は整っているし大丈夫なのは大丈夫だ。
陛下には・・・・事後報告でいいだろう・・・多分・・
王妃ご曖昧に笑うと、ユリナはしに抱きついた。
「シュエ・・・・・」
「ユリナの望みが私の望み・・・・・」
シュエが目を細めて、ユリナを慈しむ様に見る。すると、近くにいたグレルが、荷物を抱えたままなんとも言えない顔をする。
「・・・・・まあ、薬は出来たし・・・・・行かない理由は無いけどさ・・・・・」
「・・・・・目的変わってるわね」
グレルとミンスが力無く笑う・・・・・目的は虚無の討伐であって、果物探しの旅ではない。
「行こう!」
「荷物まとめてからな」
ユリナが叫ぶと冷静にシュエがユリナの手を引き、ユリナ達にあてがわれた客間に向かう。余りに自然に去って行ったので、イデア達は反応が遅れた
「待って!私も行く!」
「私も!」
慌ててカップを置きイデアとミンスが部屋を出る。
残されたイグニスとグレルは無言で、扉の外にある残りの薬を抱えて出て行った。
王妃に一礼をして・・・・・
「嵐のような子達ね・・・・」
王妃は温くなったお茶を静かに飲み干した。
ユリナ達は荷物をまとめて馬車にのり、港へ向かう・・・しかし・・
「何か・・薬・・多くない?」
ユリナは馬車から運び出された、大量の薬を見下ろす。食料より多くないか・・・・・
「これくらいないと海は渡れないと思うぞ」
困惑しながら薬を見る。
そんなユリナに、馬車から荷物を出していたイグニスが言った。
「そんなに遠いの?」
「ええ。船で一月位かしら」
直ぐ横で馬車から男達が荷物を出すのを見ながら、ミンスが答える。その言葉に、ユリナは目を見開いた・・何だって・・・
「一月!?間に合うの!ついたら神族全滅とかしてない?!」
ユリナの言葉にミンスは笑う。
「それは大丈夫ですわ。神族は防御力高いですから、半年くらいなら耐えれます」
半年?半年?!それって・・・・・ユリナはソロッとミンスを見る。
「人間の力必要?」
そんなに凄い力あるなら、人間の力なんて要らないだろ・・・・・なんせ・・・世界を滅ぼす生物相手に・・半年持つんだから・・・・・人間なら1日も持たないよ・・・・・
「虚無の民には光魔術が効かないのです・・・・・倒す事は光魔術しか使えない神族には・・・・・なので、防御しか出来ません」
「守れても倒せないって事か」
倒せないならどれだけ耐えてもいつか限界が来る・・・・・だから人間が必要なのか・・・・・
ユリナ達が話している間に、イグニスとシュエとグレルが、荷物を馬車から取りだし終わって馬車を城に返す。
馬車を見送り、これから乗る船の船員達に、手伝ってもらいながら乗る船を探して少し歩くと・・・・・
凄く大きな・・・豪華な帆船の前でイグニスが止まる。
この船らしい・・・・・立派な船だ。
イグニスが船を見上げると、中にいた髭面のゴツいオッサンが、イグニスに気づいて下に向かい叫ぶ。
「あっ!イグニス王子!船はまだ出せないぜ!」
天気は晴れているのに、海が大荒れなのだ。
とても船を、出せる状態ではない。
「大丈夫よ!ユリナがいる!船を出せるわ!」
イデアがユリナを前に出した。
「あ?この嬢ちゃんに何が出来るんだよ」
海を舐めるな・・・・・凄い恐ろしい顔でオッサンは睨んでくる・・・・・話の流れから言ってこの人が船長だ!
「縄はしごを投げろ!」
船長は渋々縄はしごを投げる。イグニスはイデアを、シュエはユリナを手伝い船に乗る。
ミンスはグレルに手伝って貰った・・・・・シュエだったらわざと落としそうだから・・・・・
「ちっ・・・・・どうなっても知らないぜ!」
ユリナは船に乗ると、魔術を展開する。
「断熱!」
魔術が発動すると、船が殆んど揺れなくなる。
「え?なっどうして・・・・」
船長はいきなり船が、安定して目を向いた。何が起きたか分からず、困惑してユリナを見る。
何かをした事だけは、分かったみたいだ。
「凄いでしょ?ユリナの術」
「・・・・・すげぇ・・・・・ユリナ様・・・・・」
イデアが自慢げに船長に言う。すると、船長がさっきとは正反対に尊敬するような目でユリナを見た。
「様はちょっと・・・・・」
ユリナは、ゴツいオッサンに様付けされたくなくて、必死で声を絞り出す・・・・・オッサン顔が怖いんだよ・・顔が・・・
「じゃあユリナさんで!野郎共!久しぶりの船旅だ!張り切っていくぞ!」
船長が嬉しそうに叫ぶ。すると野太い声が帰ってきた。
船が出せるのが嬉しいらしい。
「「「「「おう!」」」」」
船が大荒れの海を殆ど揺れずに真っ直ぐに進む。
他の船がその異様さに目を向くなかマクダリアの港を後にした・・・・・
船が港から居なくなるとマクダリア沖の周辺は今までの大荒れのが嘘のように平穏を取り戻す。
不思議な事もあるものだ・・・・・船乗り達は揃って首を傾げた・・・・・
食いしん坊ユリナでした!




