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託す想い

 付き合うことになった、そう報告すると、智治は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「え……華月、好きだったの? コレを!?」


 智治は私を指差してコレ呼ばわりした。よって踵で足の甲を思いっきり踏むという制裁を与えてやった。痛ってぇ、と叫んでうずくまる智治。ふん、ヒールじゃなくてローファーだった事に感謝してほしいくらいだ。


「うん、好きだよ」


 あっさり頷く華月。同時に赤面する私と智治。

おま、思春期真っ只中でよくもまあそんな率直に……と呆れるやら感心するやら。


「な、何で今まで言わなかったんだよ。今まで一回も聞いた事ねーぞ?」


「そうだったっけ?」


「そうだよ。え、どこが? こいつの一体どこが良かったんだっ!?」


 失礼な智治の問いに、華月は全部だよと答えた。即答だった。手放しで褒められるとお尻がむず痒い。これまでも分不相応に褒められる事は何度もあったけれど、そこに恋愛の匂いを含ませた事は無かった。なのに先日の一件以来、華月はその気持ちを隠さずに伝えて来る。思春期男子には有り得ない言動だ。お前はどこの国出身だと聞きたくなる。

 智治はその答えを聞いて脱力し、すぐに立ち上がった。


「んじゃ、俺先に帰るわ」


「え、もう?」


「出来立てホヤホヤのカップルの邪魔する訳にはいかないだろ」


「僕は気にしないけど」


「私も」


「俺が気にするんだっつーの」


 智治はやってられっか、と呟き肩に学校指定のスポーツバッグを背負って去っていく。私はその背中を複雑な気持ちで見送っていた。そんな事気にしなくてもいいのに。そうか、華月と付き合うってそういう事なんだ。もう、三人では居られなくなるのか。


「真理ちゃん、どうかした?」


「ううん、別に」


 顔を覗き込んできた華月に、私は小さく首を振って見せた。

いつも三人だった私達は、今、二人と一人になっていた。




 そしてバレンタインデー当日。朝迎えに来た華月に綺麗にラッピングされた手の平サイズの箱を差し出すと、華月は嬉しそうに目を輝かせた後で少し眉を下げた。


「手作りじゃないの?」


「冗談。私の家庭科の成績、知ってるでしょ」


 調理実習の時、私の担当は食器洗いだ。そんな私に手作りチョコを求めるなんて、死にたいのか。自分ですら、私が作った物なんて食べたくないというのに。


「嘘。嬉しいよ、ありがとう」


 華月は鞄にチョコをそうっと仕舞うと、私の手に自分の指を絡ませた。ひどく大事そうに、壊れ物を扱うように。それがたまらなく嬉しいと思う。でも、そう思ってしまった自分が自分じゃないみたいでたまらなく気持ち悪い。だからついつい愛想の無い態度を取ってしまう。


「それ食べてちょっとは太った方がいいよ。華月細すぎるから」


「うーん、食べても太らないんだよね」


 女の敵、発見。

智治はまだ分かる。あいつは食べた分部活で消費しているから。だけど華月は文化部でしかもそれすらサボりがちだというのに、どうしてこんなに細いんだろう。太ももやお尻なんて私の半分くらいしかなさそうだ。……今日からお菓子食べるのやめよう。


「んじゃ、今度すんごく太りそうな物食べに行こっか」


「それってデートのお誘い? 真理ちゃん、積極的~」


「馬鹿じゃないの」


 繋いだ手が温かい。最近二人とも手袋をして来ないのはもしかするとお互い手を繋ぐため、なのかもしれない。




 放課後、いつもの公園へ寄ろうと下校する人の波に逆らって歩いていると、2階の渡り廊下に智治が居るのが見えた。背が小さくて目が大きい女の子が智治に何かを差し出した。何か、だなんて、今日が何の日なのかを考えれば一目瞭然だ。

 智治は驚いた表情を浮かべて照れくさそうに頭を掻きつつ、一言二言話してその箱を受け取った。赤面しながら泣きそうになっている彼女。それをおろおろしながら見ている智治。青春だ。いけない、これ以上覗き見していたら気付かれそうだ。後でからかってやろう、と心に決めつつ、私は再び歩き始めた。


「見たよ。かわいい子だったね」


 部活が休みだったらしく、早々に公園へと現れた智治に、私はさっそくニヤニヤしながら言った。友の成長を黙って見守ろうという気持ちはこれっぽっちも無い。


「えっ、何で知って……見てたのか?」


 慌てた様子の智治を見て、私は更にニヤニヤした。


「何の話?」


 図書館へ寄ると言って別行動をしていた華月も公園へとやって来た。当然のように私の隣を陣取る。


「智治がね、女子にチョコ貰ってるとこ見ちゃった」


「へぇ、智治モテるんだね」


「お前ほどじゃねーよ、嫌味かよっ」


 智治は不貞腐れた顔をして、腹いせとばかりに今日一日の華月の行動を私にバラした。

 何でも華月は宣言通り私以外のチョコを全て断り、そればかりか相手の女子に私のチョコを見せびらかして自慢していたんだとか。……何て事だ。そんな事したらまた敵が増えてしまうじゃないか。しかも華月は授業中何度も机の中に置いてあるチョコの箱をこっそり取り出しては微笑みを浮かべていたらしい。……授業に集中しろよ。


「他の男子を牽制するためでもあったんだけどね。真理ちゃん放っておくとすぐにモテちゃうから」


 華月が拗ねたように呟く。確かに今日一日、男子の熱い視線をいくつも感じた。鞄を開ける度に、席を立つ度に、いくつもの目が私を見ていた。「日野さんのチョコが欲しいです」と直接言ってきた人もいた。遅いよ言うならもっと早く言えよ当日にそんな事言われてもチョコ用意出来ないだろうが、と心の中で盛大に突っ込んだ。もちろんあげるつもりなんて更々無かったけれど。その人の他にも逆チョコを持って来る男子までいて、その人達には出来る限り丁重にお断りしたつもりだけど、何故か全員泣きながら去って行った。どうやらまた言葉を間違えたようだ。


 それでも例年よりも明らかに少ない男子の数は、華月の牽制のせいだったらしい。私は体温が上がって来るのを誤魔化す様に小さな箱を鞄から取り出して智治に投げた。さすが運動部、それとも運動神経の差か、智治は難なくキャッチする。


「それ、智治の分。もう要らないと思うけど」


「は? 俺にもあんの? ……毒でも入ってるんじゃねーだろーな?」


 智治は箱を上に持ち上げて下から覗き込んだ。つくづく失礼な男だ。


「買ったやつだから安心して。でも、今、毒入れとけば良かったって後悔してる所だよ」


「うわ、じゃあ来年は貰わないようにしないとな。俺まだ死にたくねーもん」


 サンキュ、と言って智治はスポーツバッグに箱を投げ込んだ。

 その箱は華月に上げた物よりも更に小さい、明らかに義理と分かるチョコだ。

それを確認した華月は私の顔を見て心の底から嬉しそうに微笑んだ。その表情はとても綺麗で、男の人なのに美しい、と思った。だけど私は照れくさくて視線を外しながら、ああ、私って相当華月の事が好きなんだなって、自分の気持ちを再確認させられていた。


 今思えばそれは、あの時からだろう。あの時からきっと私は華月しか見ていなかった。


 その日も智治は私達を残して先に帰って行った。


「智治って意外と気が利く子だったんだね~」


「真理ちゃん知らなかったの? 智治はすっごく気を遣う人だよ。……すっごくね」


「えー本当に? 例えば?」


 到底信じられなくて尋ねた私に、華月は答えず微笑みを浮かべる。

 私はそれをやっぱりお世辞だったのだろう、と判断した。智治が先に帰ったのも私達の邪魔をしちゃ悪いと思った訳じゃなく、単純に見たいテレビでもあったんだろうと思った。




 そしてその一週間後、智治はマネージャーと付き合い始めた。


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