第二話 八神太陽と堕ちた兵士の片鱗
書けたので、投稿。
――状況を整理しよう。
まず、俺はあの森の中で餓死寸前だった。一歩も動けなくなり、近くの岩に寄りかかって寝た。
確かに、誰か助けてくれないかな、とは思った。
人とまったく会えなかったこともあり、実はこの世界にいる人間は俺だけなんだろうか、とも考えた。
そんな俺だったが、今こうして縄でぐるぐる巻きにされた状態で小屋の中に置かれていた←はい、今ここ。
そもそもなぜ、こんなところにいるのか。まったくわからない。
あの虎になってしまった人は、理由もわからずに押しつけられたものを受け取って生きるのが、我々生き物の「さだめ」だとは言っていたが、ここまで理由がわからないと、どうすればいいのかもわからん。
「ひとまず、どうにかせねば」
幸いなことに、腰の双剣は取られていない。
普通は、こういった武器は取り上げられてしまうものだと思うが、なにかしら理由があったのかもしれない。
後は、俺を縛ったのが人間であってほしいということくらいだ。
まあ、まずはこの縄をどうにかしなければなるまい。
力を入れてみるが、やはりビクともしない。まだだ、俺の本気はこんなところじゃねえ。
なおいっそうの力を込める。ふんぬあぁぁぁ!
「…………」
諦めるって……大事だよね。
それに、お腹が空いていることにも気付いた。一気に力が抜ける。
ちくしょう。今の俺は顔のぬれたパン男並みの力しか出ないのか。
ひとまず、もう一度状況を確認しよう。
ここはどこかの倉庫の中。俺の周りにあるのは、たぶん食糧だ。耳を澄ませば、俺の腹の虫がなる音と、家畜か何かだろうか。何かの鳴き声が聞こえる。
つまり、ここはどこかの村だと考えられる。
今少し待てば、きっと村人が俺のところに来るはず。きっと、たぶん、く、来るよね……?
俺が心配のあまり、さらにお腹を空かせているところ、倉庫のドアが開いた。
ついに誰か来てくれた。
そう思い、ドアのところを見ると、そこには何か黒ずくめの男らしき人物が立っていた。
どうでもいい。とりあえず今のこの状況をなんとかしなくては。
「おーい、そこの黒い人。すまないけれど、この縄を外してくれないか」
黒い人は、こちらに気付いたのか。何かしら言っている。
その後からも黒い人が来て、何か話し合っている。どうでもいいが、早くこの縄を解いてもらえないだろうか。
そして、ようやく黒い人がこちらに来てくれる。
「○××ω、△■θ××……?」
駄目だ。言語が通じない。
というより、何語だ、これ。
「あー、わかる、これ、縄、外して」
もぞもぞ動きながら、縄を顔で示す。
伝われ、俺の渾身のジェスチャー。
黒い人たちはナイフを取り出した。
そうそう、そのナイフでこの縄を切ってください。
黒い人はナイフを振り上げて……え?
「ふおおぉぉぉぉ!?」
間一髪セーフ!!
え、え? なんでそのナイフを振り下ろしてくるかな。馬鹿なの、馬鹿なんだな。
俺の渾身のローリング回避がなければ、今頃ナイフが体にブッスリだったぞ。
「△△δ、¥#×●◎。◇×●■%*」
あいかわらず、何を言っているのかわからねえ。しかし、どうにも友好的でないことだけはよーくわかった。
しかし、俺はこの状況から脱出も難しい。どうにかして逃げなければ。
だが、救いの手は意外なところから現れたのである。
俺の真上から人が降りてきたのだ。そして白だった。
そしてその白は、俺の顔に直撃する。いきなりのことに俺はフガフガしかいえない。
その上に落ちてきた人が、何かビクンビクンしているようだが、ただ俺は苦しかったのだ。決して確信犯ではない。
俺の上に落ちてきた人は、すぐに俺からどくと、思い切り平手打ちをかましてきた。
せっかく、無傷だったのに……。
「■◇×××◎ω!! ε#&φ!?」
何かすごく怒っていることだけは、よくわかった。
うしろの黒い人たちは、いきなりのことに呆然としているようだ。
とりあえず、いまのうちに縄を外してくれないだろうか。
その落ちてきた人は俺に近づいて、すぐにナイフで縄を切る。
あらためてよく見ると、とてもかわいらしい少女である。ブラウンの綺麗な髪は、後で結えている。目はぱっちりしていて、まるで人形のようだ。ただ、年齢相応に、まだまだ発育はこれからのようだな!
「おー、ありがとなー」
とりあえず、感謝しておく。
たぶん、流れから考えるに、この子はここの村人だろう。とういうことは、この黒い人たちは、敵ということになる。
俺はある程度の縄が解けたところで、あとは自力で縄をほどいた;
「%¥@□◎……×◎●」
少女が俺に何か言っている。多分、逃げてだとかそんなもんだろう。
「だが、断る」
だって、このまま置いておいたら、こんなかわいい子が殺されるのだぜ。さすがに、大人ふたりには敵うまい。
殺されるならまだマシかもしれない。少女はかなりレベルが高い。それこそ、ただ殺すにはもったいないと思うだろう。当然、あんなことやこんなことをされてしまうはずである。そんなうらやまゲフンゲフン。もとい、陵辱をゆるすわけにはいかない。
幸いにして、腰元に双剣はつけられたままである。
黒い人たちは、やっと理解が追いついたのか。じりじりとこちらに詰め寄ってきた。
少女がナイフを構える。
にしても、本当に遅い。この黒い人たちは、なぜこんなに遅いのだろうか。
「あー、こんなか弱い少女を襲うだなんて、大人としてどうなんだ?」
俺がそういうと、黒い人たちはこちらにもナイフを向けてきた。
言語の壁は、依然高いようだ。
「そっちがその気なら、こっちもやる気でいくぞ」
あの猪ですら両断した双剣を、ゆっくりと抜く。
瞬間、研ぎ澄まされるような力が、俺の中に入ってくるのを感じた。
空腹で限界状態だからかもしれない。ただ、確かに、何かが入ってくるのを感じた。
「おい、この男も仲間みたいだ。早く殺してやろう」
……へ?
「せっかく、村の倉庫も見つけたんだ。この女も上玉だし、さっさと連れて行こうぜ」
「あんたたちに、連れて行かれるくらいなら、ここで死ぬわ」
あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。せっかく武器があるんで戦おうとしたら、なんかさっきまで、まったくわからなかった言葉がわかるようになってしまったんだ。な、何を言っているのか分からないと思うが、事実なんだから仕方あるまい。
「ごめんね、森の人。こんなところに連れてきてしまったばかりに……。だからせめて、早く逃げて」
「いや、そういうわけにもいかないだろう」
少女バッとこちらを振り向く。
黒い人達も驚いたようにこちらを見た。
どうやら、言語もいつの間にか通じているらしい。
「とりあえず、こういうのは男に任せなさい」
あの猪に比べれば、この黒い人達など、まったく恐怖を感じない。あのナイフも猪の牙に比べれば、つまようじみたいなもんだ。
俺はゆっくりと双剣を構える。神経がどんどん研ぎ澄まされていくように感じる。
「くそっ、なんだかわからねえが死ねや」
男が俺に襲いかかってくる。
にしてもさ……
「なんで、お前らはそんなに遅いんだ?」
振り下ろされると同時に、横から突いてきたナイフを避ける。
黒い人達は大振りのため、体勢を崩した。そのまま俺は二人の腕に向かって、剣を振る。
「ぎ、ぎゃあぁぁぁ」
何の違和感も感じることもなく、黒い人達の腕は落ちた。
だが、その程度で苦しむなよ、と思ってしまった。なんでだろうか、人を殺したこともないのに、その光景は、ひどく懐かしいものに感じた。
黒い人は狼狽して、後ろに下がる。
だが、逃がすわけがない。
ここで、逃げるのは、漢ではない。
「死ね」
言葉がすらりと出てきた。
ああ、なぜだろう。殺すことに躊躇いがないなんて。
俺の双剣は、そのまま逃げようとする黒い人達の首を落とした。血が飛沫のように舞い上がる。
その中で、俺は間違いなく微笑んでいただろう。
だが、同時に空しさもあった。
なぜこんなにも、空しいのだろう。
ああ、外から同じように匂いがする。この空しさを埋めなくては。
俺は外に駆けだした。
そこにあるのは、血だまり。
それは、かの兵士のごとく。
殺戮の末、誓いを果たした最強の傭兵。
日輪の輝きを背負いし、神に愛された男。
気付いたら、俺は、多くの敵を殺していた。
血の匂いなんて、知らないはずなのに、俺は満たされていた。
白の剣が泣いている。
黒の剣が歓喜している。
剣に意志なんてあるはずないのに、そう思えた。
ここにいるのは、誰だ。俺なのか。
血だまりに映る俺の顔は、ひどく歪に見えた。
ああ、俺は、一体、どうしたんだ……。
数多の屍の上に立ち、俺は呆然としていた。
村人達の、歓喜の声を聞きながら。畏れの視線を受けながら。
太陽は沈む。何があろうとも。
はい。主人公の力の片鱗がこのあと少しずつ現れていきます。
戸惑う主人公。そして断片になった記憶とどう向き合うか。お楽しみください。