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青薔薇の恋  作者: 藍村 泰
神の祝福
39/39

エピローグ


 大気は氷点下まで冷え込んでおり、空はどこまでも透明に澄み渡っている。

 郊外の森にぽつねんと佇む館には、真白い薔薇園が存在した。その完璧なまでの美しさを冠し、そこは白薔薇の館と呼ばれていた。

 ある日、白薔薇の館の主人・カーティス公爵は、一人の青年と娘を館へ招いた。二人は薔薇園近くに新しく建てられた小屋に住み着き、せっせと薔薇の手入れを行なった。

 そんな得体の知れない二人を、使用人達はいぶかしんだ。

 青年と少女が館に来て一年二年が過ぎ、三年が過ぎた頃――使用人達は二人がやって来た意味を知ることになる。

 白い薔薇園が、青い薔薇園に姿を変えたのだ。

 現当主の今は亡き兄が、死の間際まで望んでやまなかった青い薔薇。

 その圧巻の景色を前にし、古参者の使用人達は「ブラウ坊ちゃんの瞳の色と同じだ」と涙ぐんだ。


 それ以降、カーティス公の館は青薔薇の館と呼ばれるようになる。




 果てなく続く薔薇園の中で青年は仰向けに横たわっていた。けぶる金糸のようなウェーブがかった髪が、ちらちらと舞う。

 青い花びらは甘い香りを放ち、そこら中を埋め尽くす。

 青年は微動だにせず、ただ目を閉じていた。

 地上を明るく照らす太陽が、青年と薔薇園に降り注いでいた。

 青年は、空、地上、その場を支配する青薔薇に身を沈める。

 風が吹いた。

 青薔薇の花びらがシャワーのように青年へ降り注ぐ。

「ネイブおにいちゃんっ」

 可愛らしい声がした。

 青年はそれに呼応して瞳を開けた。青薔薇に囲まれる中、深海色の双眸をゆるく瞬かせる。

 プラチナブロンドの巻き髪とチャコールグレイの瞳を不安げに揺らす少女は、青年が瞬いたことで安堵したようだった。

「……ネイブおにいちゃんが死んじゃったかと思った」

 黒髪に大きな金色の目を持つ少年が、泣きべそをかきながら呟いた。

 その横で少女も縦に首を振る。

「ごめん、ごめん。眠たかっただけだよ」

 青年はそう言ってごろりと体を反転させ、小さな子供達を見つめて目元を緩ませる。

「おわびに、今日は湖に連れて行ってあげる」

 青年の言葉に、少女と少年は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。

 二人は青年の右手と左手をそれぞれ引っ張り出す。

「早く行きましょう! この前みたいに白つめ草で花冠を作ってほしいわ」

「……俺は、スケートがしたい」

 あの二人とそっくりな双子を前に、青年――ネイブは少しだけ悲しげに微笑んだ。

 カタッと音がした。

 足元を見ると、ブリキ缶と刷毛ブラシが無造作に置かれていた。

 雨ざらしにされたまま放置していたため、ブリキ缶は錆びついてしまって、今や何が入っていたのかさえ定かでない。

 けれど、ネイブはその中身を知っている。

 青い絵具。十年以上前、青薔薇の瞳を持つ少年が、ある少女と過ごした残骸。大切な思い出。

「ネイブおにいちゃんっ」

 再び、強く名前を呼ばれる。

 思考の海を泳いでいたネイブは一気に覚醒した。

 目の前には腰に手を当てて頬を膨らませた少女と少年。

 双子を見ていると、感傷が霧散していく。

「はいはい」

 ネイブは二人と手を繋いだまま立ち上がる。

 長らく寝転んでいたため、彼の背中には青い花びらが付着していた。

 スキップする双子の相手をしながら、ネイブは湖へ向かう。どこから現れたのか、群青の首輪をつけた黒猫が彼らのあとに続く。猫はネイブにすり寄ってきて、低くかわいくない声で鳴いた。

 ふと、遠ざかって行く青薔薇園を振り返った。

 丹精込めて作ったのだと一目見ただけでわかる、青の滲む薔薇園を見ていると、涙があふれてしまいそうになる。薔薇の棘にさえ温かみを感じるほど慈しまれた薔薇園は悠然と横たわっている。

(ああ、ルビー。キミとグレイが作ってくれた薔薇園は……青い絵具を塗って作った偽物の青薔薇と同じくらい、綺麗だ)

 ネイブは双子の手を優しく握りしめて空を仰いだ。



 ――決してとどまることのない今を刻み、思い出はそのままに、過去から脱却する。





 白つめ草の絨毯が敷き詰められた湖のほとりには、絶えず笑い声が響いていた。





 誰もいなくなった青薔薇の花園に、神の祝福のような七色の光が降り注ぐ。








     《了》


ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございした。

これで本当に、『青薔薇の恋』は完結です。

途中、更新停止したりもしましたが……無事完結出来てよかった、よかった(本当に)。


『神の祝福』は、最初グレイスを主人公に据えて書くつもりでいました。

が、プロット切った時点で私は思った。


……グレイス、書きにくい。


というわけで、ルビーとグレイスのダブル主人公扱いで書き進めたのでした。

でもでも、書いてみたらルビーも書きにくかった……(おい)。

てかこれ、マドレアを主人公にしてたらめちゃくちゃ書きやすかったんじゃない? とか執筆中に何度思ったことか。

『孤独の終』で一応、ルビーも成長してひねくれ具合が取れたとか何とか表記しちゃった手前、ひねくれた言葉を多発させるわけにもいかず、私の中の彼女像が全く掴めなくて全く筆が進まず。素直で良い子ちゃんキャラ書くのは苦手なんです。とか言いつつ、読み返してみると結構ひねくれてますね、ルビー……。


…………この二部は、ルビーとグレイスが花のシャワーを浴びて肩を寄せ合う場面が浮かんだことから出来たんだったなあ。感慨深い。


ちなみに、これは完全蛇足になりますが……。


グレイスとルビーは二人でさまざまな土地を放浪しました。どこだって、暮らしはいつも大変で。今まで薔薇の研究くらいしかして来なかったグレイスは野良仕事を覚えるのに悪戦苦闘し、ルビーはルビーで料理の腕がなかなか上がらず二人は言い合いすることもあり。

それでも、いつか生まれ故郷へ帰れる時が来ることを信じて二人は生活を続けて行くわけです。

仕事がたいへんな中でも、グレイスが薔薇の研究を怠ることはなく。

グレイスは、純度の高い青薔薇を作り出すことに成功したら、父親に見つからないよう細心の注意を払ってネイブへ持って行ってやるのだといつも言っていました。そしてようやくその夢は叶い……ルビー達はひっそりとカーティス公爵家に身を寄せることになったのです。

――と、ここに至るまで十数年の年月を要してます。

この頃にはワエブ伯も丸くなってるはず…………多分。爵位を継げ、お前にルビーのようなちんくしゃは似合わんと言い放つこともないと思われます。きっと。


あとがきが大変長くなりました;

申し訳ございません。

お気に入り登録をして下さった方や評価をくれた方、ご精読してくれた方、そしてそして拍手にて続きを待っている、と励ましてくれた方!

 皆様本当にありがとうございました。無事完結出来たのは皆様がいてくれたからです。独りで書いてたら絶対完結出来てないと思います。


次回作は『残響の導き』の続編です。

続編といっても、世界観といいますか……雰囲気というか何か(何かって何だ)を引き継いでいるだけですが。時代は『残響の導き』よりもさらに下った話です。

和風ファンタジーですので、ご興味がある方はぜひごらん下さい。

来月には公開する予定です。あ、ちゃんと完結させてからアップしてきますので更新停止とかそんな事態にはならないと思います。


それでは、長い間お付き合いして頂き、本当にありがとうございました。

感想などありましたら、拍手にでも書いてやって下さい。土下座する勢いで喜びます。




     2011.08.17 藍村泰




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