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青薔薇の恋  作者: 藍村 泰
孤独の終
19/39

番外編 聖夜の奇跡

 舗装されていない森の小路を一台の馬車が行く。そう大きな馬車ではない。小ぶりといっていい。黒塗りの馬車は一定のスピードで小路を走り続ける。

 馬車の中には二人の少女が乗っていた。

 真っ白な毛皮のコートを羽織っている少女は、手鏡を真剣な面持ちで覗き込み、しきりに髪型を気にしている。もう一人の少女はげんなりした表情で窓に凭れかかっていた。少し馬車酔いしているようだった。

「ああ、ルビー! あたしの髪型変じゃない?」

 問われ、ルビーはプラチナブロンドのミディアムヘアを揺らした。チャコールグレーの瞳を瞬かせる。彼女は、ケバケバしい化粧を施したマドレアを横目で見やり、溜め息を吐いた。

「大丈夫だと思う。それよりも……ルージュをもっと柔らかい色にした方がいいと思うけど」

 マドレアの髪型は、正直見られたものじゃなかった。まるでチョココロネのようだ。しかし、それ以上に化粧が酷い。

 ルビーは馬車に乗る前、マドレアの化粧と髪型を整えてやったのだが、流行りじゃないから嫌だとマドレアは駄々をこねた。マドレアはルビーが止めるのも聞かずに夜会巻きを崩し、メイクもふき取ってしまった。

 最近、マドレアの通う大学では濃いメイクが流行っているらしい。

 派手なメイクはマドレアの膨らんだ顔をより膨らませる。鼻筋に入れるハイライトを入れ過ぎて豚鼻がより強調され、コメディアンのようだ。

 巻貝をイメージしただろう洗練された髪型だって、人によって向き不向きがある。

 真実を言ってやろうかと思ったが、それは失礼だろうと思いとどまった。

「もう、ルビーは古いんだから! そんなんだから、彼氏の一人も作れないのよ」

 マドレアは、つんとそっぽを向く。

 ルビーは肩を竦めた。彼女は膝に乗せた黒猫を撫でた。黒猫は低い鳴き声を上げる。

 ルビーは微笑んだ。

 ブルーローズの館にルビーが迷い込んだあの夜から、早三年の月日が流れた。ルビーは二十歳になっていた。

「別に、彼氏なんて要らないもん」

「ふんっ。強がっちゃって」

「マドレアを見てたら、彼氏作るのも大変としか思わないし」

「あんた……言うようになったわね」

 それで、とルビーは頬杖をついてマドレアを見つめた。

「どこに行くつもりなの?」

 マドレアは行き先を告げずに、ルビーを馬車に乗せた。マドレアの両親からも、「楽しんで来なさい」と笑顔で送り出されたルビーは、キツネに抓まれた気分だ。

 マドレアは意味深に笑う。

「じゃーん」

 ルビーは目と鼻の先に突き出されたカードに目を凝らす。

 それは、クリスマス・パーティーの招待状だった。ルビーは目を丸くする。

「クリスマス・パーティーに、どうして私を連れて行くの?」

「いいじゃない。あたし一人で行きたくなかったのよ。ほら、あんたの分の衣装もあるから」

 マドレアは早口で捲し立てると、横にあった大小三つの箱をルビーに差し出してくる。ルビーは戸惑いながらもそれを受け取る。

「でも…………パーティーなんて、久しぶりというか……覚えてないというか……」

「気後れしなくていいわ。ただの立食パーティーだから」

 美味しいものたらふく食べられる絶好の機会よ、とマドレアは鼻息荒く言った。

 ルビーはそんなマドレアに苦笑する。

 遠い昔、父親に連れられてよくパーティーに出席していたルビーだったが、もう十年くらいブランクがある。マナーだって、申し訳程度しかない。

 いくらマドレアと仲良くしているからといって、令嬢と同じパーティーや学校に通うことは許されない。身分相応の場で、ルビーは慎ましく暮らしていた。

 しかし。

 ルビーは箱の中から、青いシフォン生地のドレスを取り出した。青い花のコサージュがついている。

 もう一つの箱には、マドレアとお揃いのコート――ルビーのものは黒色――が入っていた。

 最後の箱にはエナメルの青いハイヒールと黒いタイツが詰め込んである。

 思わず、マドレアを見た。彼女は照れているのか、頬を紅潮させて口を尖らせる。

「あんたのイメージ的に、暖色系で揃えようかなあと思ったんだけどね。あんた……青薔薇好きみたいだし――青で統一してみたの。気に入った?」

「マドレア! ありがとう!」

 喜びが胸のうちより溢れて、ルビーはマドレアに飛びついた。マドレアはまんざらでもなさそうに鼻を鳴らした。


 ◆


「ここって……」

 広大な森の中に佇む古い館。その館の手前には、薔薇園があった。

 真冬の寒さに耳が赤くなる。しかし、ルビーは寒さなど全く感じていなかった。黒猫を抱く腕に力がこもる。黒猫も金色の瞳で、じっと館と薔薇園を見つめている。

「あんたが家出した時に来た館って、ここのことでしょ。本当、あんたが言ってたとおり……立派な薔薇園ね」

「――うん」

 本当は違う。ルビーが見たのは、ブルーローズが造ったあの空間の薔薇園で。しかし、目の前に広がる景色は、今なお記憶の中で鮮明な輝きを放つ大切な思い出の景色で。

「おお、よく来たね」

 皺がれた声がした。マドレアは颯爽と老人の前に進み出る。車イスに乗った老人は、使用人を従えて館の中から現れた。ロマングレーの髪色をした老人に、ルビーは見覚えがあった。

 ブラウ=カーティスの父親――カーティス伯爵だ。

 ルビーは瞑目する。瞼を閉じれば、青薔薇の瞳を持つ金髪の美少年の姿が浮かぶ。

 記憶の中に残る彼は、悲しげな微笑でルビーに手を振った。

 いまだ、心が疼く。ふとした瞬間に少年はルビーの胸を占領するのだ。

 もうブラウは死んだのだと、どんなに自身に言い聞かせてみても、頭と心は別物だった。

 ルビーは黒猫に自らの顔を埋めた。黒猫は心配そうに鳴く。

「今宵はお招きいただきまして、ありがとうございます」

 可愛らしくドレスの端を摘まみ、マドレアはカーティス伯に挨拶をしている。

「今日はあたしの家に仕える使用人を連れて来たのです」

「はて、使用人とな……」

 老人の視線がルビーに向く。瞬間、彼は目を丸くした。

 ルビーは表情を硬化させ、会釈する。

「ルビー=プルチェット嬢かい?」

 カーティス伯は車イスから立ち上がろうとして、使用人達に止められた。

「お久しぶりでございます」

 ルビーは言葉を選んで、行儀良く挨拶する。伯爵は戸惑っていたようだったが、すぐに笑顔を取り繕ってパーティーを楽しんで行くよう声をかけてくれた。

 ルビーは寒空の下行なわれているクリスマス・パーティーの中、手持無沙汰に佇んでいた。

 マドレアはいつの間にか美しい貴公子と談笑している。ルビーも声をかけられなかったわけではないが、何となく喋る気分になれず、黙々とローストチキンやクリスマスケーキを頬張っていた。

「みゃあ」

 黒猫がルビーの足にすり寄る。ルビーは食べる手を休めて屈み込む。

「どうしたの、グレイ」

 黒猫はついて来いとばかりに走り出す。反射的にルビーは黒猫を追った。

 冷たい夜風を切り裂き、猫は駆ける。ルビーも負けじとドレスを託し上げてその後に続く。ヒールを履いているので、爪先に痺れるような痛みが広がるが、構わず走った。

 白つめ草が星の光に照らされている。

 懐かしい光景に、ルビーの胸が熱くなる。

 ふっと、視界が拓けた。

「…………っ」

 声が出ない。上がった呼吸を整え、黒猫が見ている先の風景を眺める。

 凍りついた湖だ。

 幼い頃、ここでスケートをしたっけと彼女は頬を緩ませる。

「あれ?」

 息が止まるかと思った。

 聞き覚えのあるハスキーボイスに、ルビーの鼓動は一気に上昇する。

 ゆっくりと振り返った。

 そして、口許を両手で覆う。

 ブルーローズがいた。金髪に青い瞳。ビスクドール然とした美貌の少年。

 少しだけ首を傾げて、薔薇色の唇から白い吐息を洩らす彼は間違うことなくブルーローズだった。

「どうしてこんなところに――」

「……ブルー!」

 少年が言い終わらないうちに、ルビーは彼に抱きついた。彼は目を白黒させる。

「お、落ち着いて」

 少年はルビーの肩を掴んで、自分から引き剥がす。

「お姉さん、ボクは兄さんじゃないよ」

「え……?」

「ボクは、ネイブ=カーティス。カーティス家の二男です」

 ルビーはまじまじと少年を見た。よく見たら、瞳の色が微細ながら違った。ブルーローズの瞳よりも深い青――深海の色をしている。

 それに、まだ十二歳前後だろう。どう考えてもブルーローズなわけがなかった。

 ルビーは顔を真っ赤にさせて謝罪する。

「ご、ごめんなさいっ。確かめもせずに……」

 ネイブは気さくに笑った。悲しいくらい、笑顔も似ている。

「いいよ。兄さんのこと写真でしか見たことないけど、自分でもよく似てるなと思っているから」

 優しい声音と言葉が、じんと心に染みる。

「本当、ごめんなさい」

 気にしないで、とネイブは困ったように微笑む。

 ルビーは泣きそうになった。

「じゃあ……ボクはこれで」

「あ――はい」

 ネイブは純粋そのものの笑顔をルビーと黒猫・グレイに振りまき、手を振った。ルビーがあの青薔薇園で見た――ブルーローズの最期の笑顔ではなく、満ち足りた笑顔。

 思わず、顔を背けた。これ以上彼を見ていたら、色んな感情が溢れ出して泣いてしまう気がした。

 黒猫がルビーの腕に飛び乗った。彼女は黒猫を強く抱きしめる。

 雪が降り出した。

 雨と違い、無音のまま大地に降り注ぐ雪は、雲間から見える星々に照らされて光の粉のように見える。ルビーの睫毛に、雪が落ちる。それはすぐに雫となって弾けた。

「幸せに、ルビー」

 ぽつりと呟かれた言葉。

「え……」

 ルビーが振り向いた時には、ネイブは既に駆け出していた。

 粉雪の合間に揺れる少年の背中にルビーは手を伸ばす。決して届かない。わかっている。

 先程の言葉は幻聴に違いない。それでも、幸せだと思う。

「ブルー、ありがとう」

 ネイブの後ろ姿を見送るルビーの興味を引きたいのか、黒猫がしきりに鳴いた。しょうがないな、と彼女は猫に視線を落とす。

 ルビーは息を詰めた。

 地面に青い花弁が落ちていたのだ。震える手で、それを拾い上げる。

 ルビーはそれを空へかざした。

 彼女の頬に涙が伝った。彼女は嗚咽を殺して笑顔を象る。

「……メリークリスマス」

 ある年のクリスマスに起こった、小さな奇跡。




  〆


長い間、放置していてすみません。

というか、その間にもお気に入り登録が増えていて嬉しかったです……(感動)

皆様、ありがとうございます!



この話は、本編終了してから三年後のクリスマスの話になります。


本編完結後、この話を書くつもりで連載中のまま放置してました(おい)。

ブルーローズを復活させるのは、ちょっとどうかなと思ったので……読者の方々にゆだねる形で終わらせました。


弟はブルーの生まれ変わりだとでも、いやあれはルビーの幻聴だとでも、クリスマスということでサンタからのプレゼントだとでも……。

どういう風に捉えて頂いてもOKです。



あと一本番外編書いたら【完結済み】表記にするつもりです。


次の番外編は、ルビーとグレイの話になります。

【聖夜の奇跡】から一年後の話になる予定です。バレンタインの時期に合わせてアップする予定ですので……よろしくお願いします♪


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