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青薔薇の恋  作者: 藍村 泰
孤独の終
18/39

エピローグ

 一面、青い薔薇で覆われていた。

 果てなく続く薔薇園の中でブルーローズは両腕を伸ばし、仰向けに倒れ込んだ。けぶる金糸のようなウェーブがかった髪が、ちらちらと舞う。

 いつか見た光景。そう、この情景はルビーとここで再会した時と似ている。

 もうここに、彼女はいない。

 ブルーローズは彼女とグレイが門をくぐるのをちゃんと見届けた。間違いなく、この空間に残っているのは自分だけだ。

 青い花弁は甘い香りを放ち、空間を埋め尽くす。

 人工的には決して作れない色だと人々から称賛されていた青い瞳は、青薔薇を映し込んでより青く光る。ブルーローズはゆるく瞬いた。

 異様に地上から近い満月が、ブルーローズと薔薇園を照らしていた。

 館は崩壊してしまった。じきに、この薔薇園も消えてなくなってしまうだろう。それを止める術を彼は知らない。

 ブルーローズは、空、地上、空間全てを包み込む青薔薇とともに身を沈めていく。

 くつりと笑みを零した。

 彼は右腕で月の光を遮る。そして、悲しげに息を吐いた。

 終わりが来たのだ。

 ルビーがここに来た時から、こうなることはわかっていた。彼女がブルーローズの館に足を踏み入れた満月の夜――それはとてもとても奇妙な夜だった。

 今日と同じように、満月のふちが青薔薇によって青く変色し、いつもならそれ程大きくない薔薇園も果てなく続いていた。

 ブルーローズは、ごろりと体を反転させて薔薇園の彼方にある館の残骸へ目を向けた。館の残骸の脇には林檎の木が佇んでいた。その下には誰もいない。

 再び、ブルーローズは裂けた地面を覆う薔薇の絨毯に身を横たえた。

 青薔薇を一輪、唇に寄せて淡く微笑む。

 風が吹いた。

 青薔薇の花弁がシャワーのようにブルーローズへ降り注ぐ。


 自分の屋敷内にある薔薇園で死んだはずのブルーローズが目を醒ましたのは、何故かこの場所だった。

 最初は何もなかったが、やがてこの空間は彼の思うままに姿を変えた。おもしろくなって自分の住んでいた館とそっくりな館を造り出し、そこに住んだ。

 この場所で、ブルーローズは自由だった。どんなに駆けても苦しくならない。薬も医者も必要としない。

 嬉しかった。

 少ししてこの空間へ迷い込んできた未練を残して死んだ黒猫・グレイの魂を見つけたブルーローズは、彼もここにとどまらせた。ブルーローズが放って置けば、グレイは現世を彷徨う霊になってしまいそうだった。それくらい、グレイは凄惨な目に合ったのだ。

 天国にも行けず、地獄にも行けない。

 心残りがある者は、幽霊となって現世を彷徨い続けるしかない。

 グレイの状況はブルーローズと非常に似ていた。だから、嫌がるグレイを半ば無理矢理巻き込んだのだ。

「ああ、坊ちゃん! どうしてこんなところに。婆やをどれだけ心配させるんですか」

 メイドのおばあさんもブルーローズのもとを訪れた。

 彼女はルビーの居場所を突き止めてくれた人である。いつもブルーローズを可愛がってくれ、悪いことをしたらきちんと叱ってくれた。母親より、母親らしい人だった。

 メイドのおばあさんはブルーローズを心底心配し、何年かここへ残ってくれていたが、やがて天国への扉を開けて去って行った。

 月日が経過していくうちに、この空間があの世とこの世の境にあることをわかってきた。そして、ここは自分が創造した空間なのだということもおぼろげながら感じ始めた。

 ブルーローズが望めば、ルビーが今、どうしているかが空一面に浮かんだ。

 グレイは見たくないと言って見ようとしなかったが、ブルーローズはいつもルビーが俯き加減で歩いているのを見ていた。

「ボクが、見守ってるから。だから、笑って」

 届かない声。

 ルビーはどんどん心を凍らせていった。冷たい仕打ちを受けるルビーを見ることは出来ても、ブルーローズは彼女を助けてあげられない。それが悔しくてたまらなかった。

 満月の夜はあの世とこの世の境目がゆるむから、場を繋げられるとわかってからも、怖くてルビーを呼べなかった。

 もしも、拒絶されたらと思ったら声が出なかった。生身の人間がこの世界に喜んでくるとは思いにくい。

 七年、ここにいた。

 世界の条理に逆らって存在し続けることは難しく、もうそろそろあの世へ行かなければと思っていたところ、ルビーが身も心も弱まった状態でグラン家を飛び出したのだ。

 ブルーローズはここから、ルビーを見守り続けるだけのつもりだった。

 しかし、ルビーの苦しんでいる姿にいても立ってもいられなくなり、こちらへ引き込んでしまったのだ。


 ブルーローズは青薔薇を撫でる。

 この青薔薇園を作ったのは、かつてルビーがそれを見たいと言っていたことを覚えていたからだ。

 自分が生前住んでいた屋敷の薔薇園には白い薔薇が植えられていたのだが、異国の物語に出てくる青薔薇がどうしても見たいとルビーが駄々をこねた。困り果てたブルーローズは、やけくそでその白い薔薇を青い絵具で塗った。

 すると、ルビーは途端に目をキラキラさせて自分もやりたいと申し出てきた。

 白薔薇に青い絵具を塗るのを楽しんでいるルビーを見ていると幸せになれた。

 ブルーローズとルビーは、二人で作り上げた嘘くさい青薔薇を見て、笑い合った。

『ルビー、鼻の頭に絵具がついてるよ』

『まあ、本当?』

 ゴシゴシとルビーが手で擦ると、さらに絵具は顔全体に広がる。

 ブルーローズもルビーもお腹を捩らせて笑っていた。

 青薔薇が散る中、ブルーローズはまどろむ。

 美しいと感じない本当の青薔薇。ルビーと白薔薇を青くした時はとても綺麗に見えたのに。

 そして、思考を巡らせているうちに、一つの答えに行き当たった。

(ああ、ボクがあの絵具で作った青薔薇を綺麗だと思ったのは……ルビーと二人で作った花だったからなんだ)

 ルビーがいて、ブルーローズがいる。

 もう戻らないあの瞬間が愛おしくて、ブルーローズはこの空間にとどまったのだ。せめて、思い出の中に身を委ねて置きたくて。

 ブルーローズは舞い散る青い花弁に指を伸ばした。

「――――不可能」

 それは青薔薇の花ことば。

 一言呟いた少年の少し高いハスキーボイスは、誰の耳にも届かない。




 絶対に戻ってこない過去の時間と恋は、青薔薇とともに眠りにつく。








     《了》





ここまで読んで頂きまして、ありがとうございました!


結局、最後はこんな感じで悲恋?にしてみましたが……。

お気に入り登録してくれた皆様、ご精読してくれた皆様、本当にありがとうございます(土下座)!!!

青薔薇の花言葉は、昔から使われているものを採用しました。

……本当は青い薔薇、あるんですけどね。まあ、2004年に開発されたってことで、知らないフリを決め込みました(コラ)。

今現在、上記の理由から青薔薇の花言葉には『不可能』の他にも『奇跡』『神の祝福』などが追加されています。でも、創作するに当たって『不可能』という言葉に惹かれてしまって。


この話は題名から作りました。決して叶わぬ恋。色んな愛の形を詰め込んでみたい!と思い立ったのがきっかけです。

ちょっとブルーローズが不憫過ぎたかなと思ってたりします;


少ししたら番外編書きますので、暇な時に覗いてやって下さい。



それでは、また他の作品、もしくは番外編でお会い出来たら幸いです。



これから更新予定の『ヘンな名前で呼ばないで!』はコメディちっくな作品です。

しっとり(暗い?)な小説書き過ぎて憂鬱になってしまったので;

息抜きにちょこっとずつ更新して行きますので、そちらもどうぞよろしくお願いします。


2010.10.30〆 藍村泰


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