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青薔薇の恋  作者: 藍村 泰
孤独の終
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プロローグ



 一面、青い薔薇で覆われていた。

 果てなく続く薔薇園の中で少年は両腕を伸ばし、仰向けに倒れ込んだ。けぶる金糸のようなウェーブがかった髪が、ちらちらと舞う。

 少年は瞑目したまま、手に当たる薔薇の棘を撫でた。棘は容赦なく少年の柔肌に突き刺さり、じわりと血が滲んだ。

 仕立ての良い服に身を包んだ彼は、唇を弓形に象る。

 ぐしゃり、と青い薔薇のつぼみが潰れる。甘い香りが滴った。腕に伝う薔薇の蜜を少年は舌で拭うと、目を開く。

 青薔薇さながら、完璧なまでの純粋な青い瞳は、仄かな月明かりの中で妖艶さを醸し出す。少年はゆるく瞬く。髪色と同じ、柔らかな毛質をした睫毛は長い。

 遥か高みから地表を見下ろす満月が少年と薔薇園を照らしていた。

 常軌を逸した光景だった。

 青薔薇などこの世に存在するわけがない。紛いものならばいくらでも作り出せるだろうが、この薔薇園にある青薔薇の如く、純度の高い青みを持つ花は自然界に存在しない。

 くつりと少年が笑みを零した。

 青白く発光する薔薇の中で寝転んでいる彼もまた、青薔薇と同様に、自然な形で存在していると到底思えないほど、人形のように作り込まれた顔立ちをしている。

 少年が身じろぎする度、薔薇の棘は彼の頬や白い首筋、剥き出しの肘から先を傷つける。それに頓着することなく、彼は青薔薇を幾本か引き抜き、満月へ掲げた。

 宝石よりも美しく煌びやかに、月光を浴びて薔薇は輝く。

 青薔薇の花園を映し、満月さえも青く変色した。

 奇妙な夜だった。

 少年は、ごろりと体を反転させて薔薇園の彼方にある館へ目を向けた。館の脇にある林檎の木が不自然に揺れる。その下には一つの人影があった。

 再び、少年は薔薇の絨毯に身を横たえた。

 青薔薇を一輪、唇に寄せて淡く微笑んだ。その微笑は天使の彫刻のように無垢にも見えたし、悪魔の彫刻のように邪悪にも見えた。ひとひらずつ、薔薇の花弁をめくっていく。最後に彼の前に姿を現したのは、ただの花芯。青薔薇から興味を削いだ少年は、ゆっくりと上体を起こす。

 彼の体中に薔薇の花が付着する。

 風が吹いた。

 花びらのシャワーが降り注いだかのように、青い薔薇は踊る。

「――不可能」

 一言呟いた少年の少し高いハスキーボイスは、誰の耳にも届かない。




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