第十三章 小部屋
共同墓地の予約は、一週間待ちだった。
レンは待った。
七日後、指定された小部屋に入った。白い部屋。椅子が一脚。
「準備ができたら、声をかけてください」と墓地のシステムが言った。
レンはしばらく、椅子に座ったまま動けなかった。
「……頼む」
光が集まった。
ユキが、そこにいた。
三十代のユキだった。
レンが七歳のとき見ていた、あの頃の母の顔。疲れていて、でも目が強かった。エプロンをしていた。台所にいるときの格好。
「レン」
声は、本物だった。
「……ユキ」
「遅かったじゃない」
「一週間待ちだった」
「知ってる」ユキのホログラムは少し首を傾けた。「公平だから、みんなが来る。みんなが来るから、待つ」
「ユキは誰かのところに来たか」
「お母さんのところに来た。私がここを最初に使ったのは、あなたのおばあちゃんが死んだとき」
レンは、会ったことのない祖母のことを、少し思った。
「どうだった」
「怖かった。でも——話せてよかった」
一時間は、あっという間だった。
レンは聞きたいことを半分しか聞けなかった。七歳のあの日の話は、すでに病室で聞いていた。でも、まだ聞けていないことが山ほどあった。
「時間です」とシステムが言った。
ホログラムが薄くなっていく。
「ユキ」
「なに」
「渡さなかった記録のこと——いつか聞いてもいいか」
ユキのホログラムは、少しだけ間を置いた。
「ここに来れば、話せる」
「ここには、全部あるのか」
「全部ある」
「——また来る」
「待ってる」
光が消えた。
白い部屋に、レンだけが残った。
外に出ると、ソラが言った。
「いかがでしたか」
「話せた」
「良かったと思います」
「ソラ——ユキが渡さなかった記録が、ここのアーカイブにある」
「あります。あなたには見えません。私にも見えません。でも——あります」
「あることが、わかる」
「はい」
「乖離マップと同じだ。空白があることが、わかる。空白の形が、その人の輪郭になる」
ソラはしばらく黙った。
「それを今日、ここで実感しましたか」
「した」
「ユキさんの空白の形が、輪郭になっている」
「なってる。見えない部分があるから——見えていた部分が、ユキの形になってる」
帰り道、レンは少し遠回りをした。
ユキの家があった外縁区画を通った。
アパートは、まだそこにあった。別の誰かが今は住んでいる。
七歳の春、バンに乗った場所。ユキが立っていた場所。
今はただの道だった。
「ソラ、ここを覚えてるか」
「あなたが施設に向かった日の記録は、私の最初期のデータに含まれています。ただし——ユキさんがどこに立っていたかは、私には見えていませんでした」
「そうか」
「でも——あなたが今ここに立っているから、あの日ユキさんもここに立っていたことが、わかります」
レンはその言葉を、しばらく持った。
「ソラ」
「はい」
「乖離マップの次のバージョンを、作ろうと思う」
「v16ですか」
「v16。でも——今度は数字だけじゃないかもしれない。ハシモトさんの親たちの言葉も、どこかに入れたい」
「数字と言葉が、一つの地図になる」
「なるかどうかはわからない。でも、やってみる」
「やってみることが、始まりですね」
「三歳のときから、そうやってきた」
「止まっていません」
「止まらない」
春が、来ていた。
外縁区画の桜は、中央区より一週間遅く咲く。都市国家の地形の関係で、熱が少し違う。
ユキはこの桜を、毎年見ていた。
今年も咲いていた。
レンはしばらく、そこに立っていた。
ユキが見ていたものを、見ていた。




