第九章 冬の朝
十二月の終わり、朝にユキから連絡が来た。テキストだった。
「体がしんどい。今日来られる?」
レンはすぐに仕事の調整をして、出た。
ユキはベッドにいた。熱はなかった。ただ、体が重いと言った。
「昨日から、こういう感じ」
「病院に行く」
「大げさにしないで」
「大げさじゃない。行く」
ユキは少し抵抗したが、断らなかった。
病院で心電図を取った。担当医が呼ばれた。顔が少し変わった。
「入院をお勧めします」と医師は言った。「心機能が少し低下しています。安静にしながら、治療を調整したい」
その夜、レンは病院の待合で一人でいた。
ユキは処置室にいた。
ソラに話した。
「ユキが入院した」
「はい」
「怖い」
「はい」
「ソラが『はい』と言うと、否定されない感じがする」
「否定しません。怖いと思うことは、正しいことです」
「正しい?」
「ユキさんがあなたにとって大切な人だから怖い。その怖さは、大切さから来ている。それは正しい感情です」
レンはしばらく、何も言わなかった。
「ソラ、俺が七歳のときから、今まで——ユキとの会話を、どのくらい記録してる?」
「全部ではありません。私が一緒にいたときの会話は記録しています。ユキさんとあなたが二人でいたときの会話は、あなたが私に話したものだけです」
「ユキとの時間の、全部は残ってない」
「全部は残っていません」
「でも、一部は残ってる」
「残っています」
「それが——今、少し大事な感じがする」
「なぜですか」
「永遠に続くと思ってなかった。でも——無限にあると思ってた。それが急に、有限に見えてきた」
「有限であることが、見えてきたとき——何を思いますか」
「もっと聞いておけばよかったことが、たくさんある気がする」
「どんなことを」
「ユキが七歳の俺を売った日、何を考えてたか。一人でトーストを焼いた朝、何を思ってたか。俺がいなくなった後の時間、何をして過ごしてたか」
「聞いていないことが、たくさんある」
「ある。でも——聞けなかった理由もある。ユキが言葉にするタイミングじゃないと言ってたから。俺が待てる人だから、待ってた」
「待つことは間違ってなかったと思います。でも——今なら聞けることが、あるかもしれません」
レンは待合の天井を見た。
「そうかもしれない」




